4.懐かしい顔ぶれ1-2 ~一生ついて行きます!~
「俺たちはさっきも話した通り、トリス西北の国境の洞窟を抜けて来た」
食事をしながら、マウロはさりげなく切り出した。他の団員たちはようやくたどり着いた街で見知った顔を見つけ、暖かい料理にありついてすっかり安らいでいる様子だ。しかし、頭としてはのんびりしているわけにもいかない。
「トリスやアダレード国都にも数人残しているがな」
こっちへ来たいという者が多くて選別に困ったと笑う。
「中には転移陣登録している者もいたんだが、少数で先行させるのは止めておいた」
「はい。今後も安全策を取ってくださいね」
言いながら、シアンはそっと袋を渡す。中にはゼナイドの貨幣と魔銀や魔鉄が入っている。貨幣はゼナイド周辺でしか使えないが、貴重な鉱石はどこででも珍重される。
「おいおい、まだ報告を上げていないうちから報酬を渡しちゃあならんだろう」
大雑把に見えて律儀なマウロの言葉に唇を綻ばせる。
「いえ、こうやってみなさんの元気な顔を見れたことが何よりのことですから。それに、僕の方でもいくつか頼みたいことがあるんです」
和やかに話しつつも、シアンの言葉に耳を傾けていたしもべ団が色めき立つ。
「仕事が!」
「見せ場が!」
「やるぜ!」
「やってやる!」
「お前ら、ちょっと落ち着け」
気炎を吐くしもべ団を諫めて、マウロは肩を竦める。
「お頭に良いところをみせたいんだろうさ。頼みたいことって何だ?」
「僕のは後で話しますよ。それより、マウロさんの話を聞かせてもらえますか?」
「ああ。といっても、ゼナイドに入ってまっすぐにこちらにやって来たから、そう話すことはないんだ。ただ、コラにまで翼の冒険者の噂は届いていた」
「コラまでも?」
「ああ」
コラにもしもべ団団員を残してきたのだと言う。
「コラとエディスの転移陣を使える奴を残していったから、移動が楽で速い」
金は掛かるが、と肩を竦める。
やはり、シアンのように毎日転移陣を使うことの方が稀なのだ。更には大型の幻獣をも連れて通っていた。
転移陣の代金は現実世界と異世界で物の価値観のずれがあるが、大まかに航空機のファーストクラスの料金ほどだ。大型の幻獣は利用例が稀であるからか、トリスの聖教司たちも戸惑ったものの、人の数倍の料金で決着した。
シアンはふと悪目立ちしたかもしれない、とマウロに聞いてみると、そういったことは噂になっていない、と顎を撫でる。
「思うに、神殿の方で噂にならないようにしてくれているんじゃないか?」
「神殿が?」
「俺は各所に特定の人間と幻獣に余計な手出しをしないように、という触れがあったという情報を掴んだ。しかも、一属性じゃない。複数の神殿が、だ。これは上層部で秘匿されている秘中の秘の特ダネなんだぜ」
言いつつ、もの言いたげにシアンを見る。その視線に、疑う風ではない、問うに問えない、といった意味を読み取り、シアンは腹を括った。
「ええ、お察しの通り僕たちのことです」
しんと静まり返った周囲にかたずをのむ音が酷く大きく響いた。
「そうか。まあ、そうじゃないかと思ったが。いや、その先は聞かないでおく。もともと、俺はリムに精霊の加護があるってんで、しもべになることを決めたんだ。そうだな、精霊の加護があるくらいなんだから、神託をさせることもあるだろうさ」
マウロは何か言いたげな表情をすぐに消し、肩を竦めて見せた。シアンとしても、聞かずにいてくれるとありがたい。
「神託をさせるなんて……」
「精霊ってすごいんだな」
「その加護を得た頭の上司!」
「カトラリーを自在に操るドラゴン!」
「おまけに可愛い」
「なに、それ、最強の存在!」
「「「「「一生ついて行きます!」」」」」
「キュア!」
何だかもはやこれはこれで良いような気がしてくるシアンだった。
「まあ、なんだ、何かあれば、シアンは神殿に逃げ込むのも手だってことだな。三十六計逃げるに如かずってな」
言語スキルによって、こちらの世界特有の言い回しや諺を言われると、プレイヤーの知っているものへと置き換えられる。なお、現実世界の知らない諺などまで引っ張り出されることもあるそうで、徹底している。
「ああ、そうか、そうですね」
転移陣登録した際、聖教司と称されるこの世界の聖職者たちにもそう言われたが、改めてマウロに言われてようやく、避難場所にもなり得るのだと実感した。それを知っていれば、シリルの友人をむざむざと死に追いやることはなかっただろうか。いや、あの時は急いていた。そんな余裕はなかった。
「またぞろ、王族と関わったって聞いたぜ。ティオは分かりやすく力の象徴だからなあ」
だからこそ、いざとなれば神殿へ逃げ込む手段も取れる、と言うことか。
マウロは街の噂だけでおおよそのことを類推したのだろう。行動力も知能も高い。得難い人物に協力してもらうことができたことを、改めて実感する。
「そうですね。でも、今後は神殿という世界的組織を頼りにできるようですし。それに、マウロさんがカールさんに話をつけてくれたおかげで、冒険者ギルドからの協力も得やすくなりました。今回の件でエディスのギルドは、冒険者ギルドがある国への入国ができるようにも取り計らってくれました」
「そいつぁ、豪儀だな!」
冒険者ギルドもやるじゃないか、と破顔する。
「そうそう、国境の洞窟やコラ周辺では、異界の眠り持ちの姿を多く見たぜ。異界人だっけか?」
プレイヤーたちのことである。アダレードの北西の国境を通れるようになり、フラッシュたちパーティも洞窟の攻略をしたそうだ。
「こぞって国境を越えたらしいですね」
「シアンは山脈越えしたんだろう?」
「はい、ティオのお陰で」
もちろん、精霊たちの助力もあって、高山病も寒さも日射もなんのそのだった。
「じゃあ、この話を耳に入れて良いかどうかわからんが」
そう前置きしてマウロが話したのは、人型異類がプレイヤーを捕まえて被検体にした件のことだ。
あの地下室で人型異類は、寄生虫型の非人型異類をシアンに寄生させるために、同じ種族とみなされるプレイヤーに色々実験したのだと話した。
マウロはじめ幻獣のしもべ団は実に優秀だった。そんなことまで掴んでいるとは恐れ入る。
「コラから離れた廃屋で奇妙な姿の非人型異類を見かけた人間がいてな。始めは非人型異類も魔獣の見間違いじゃないかと思っていたんだが、間違いないって言うんだ。探らせたところ、人体実験のような代物を行っていたようだ。俺も報告内容からして異能持ちだと思う」
言いにくそうに話す。それはそうだろう。吐き気を誘う出来事だ。
「団員が自分は異界の眠り持ちだぞ、という叫び声を聞きつけてよくよく調べてくれたんだ」
自分はプレイヤーだぞ、というのがこちらの人間にはそう聞こえるのだろう。
詳細は語ろうとしないマウロの心遣いに感謝する。また、気味の悪い姿の非人型異類にもかかわらず、より多くを探ろうとしたのは、シアンが同じ異界の眠り持ちだからだろう。気を回してくれた幻獣のしもべ団団員にも深謝の念が湧き起こる。
「知っています。僕も聞かされました」
そこで、一角獣が囚われていた時のことを話す。以前、アダレードで狂った研究者にティオの翼を寄こせと言われた場面をマウロたちは目の当たりにした。同じようなことが、今度はシアンの身に起こったと知った幻獣のしもべ団たちは大いに悔しがった。
「閉じ込められたって⁈」
「遅かったか!」
「くっそ、その場に俺たちがいたらなあ!」
マウロだけでなく、しもべ団団員たちが口々に嘆く。
腕が千切れたことは話さなかった。何故今くっ付いていて普段通り動かすことができるのかを説明するのが憚られる。この世界では滅多に手に入らない霊薬か相当高度な魔法を用いなければ成し得ないことだ。
プレイヤーの体の欠損は再ログイン後には元に戻るが、ステータスと経験値のペナルティがある。それをマウロたちにどう説明すれば良いのか皆目見当もつかない。
なお、シアンの腕はログアウト前に元通りになったので、ステータスや経験値の低下はない。
「みなさんのお気持ちだけで充分ですよ」
「充分なものかよ!」
珍しく、マウロが声を荒げる。常の余裕のある様子と異なっている。
「俺たち自由な翼は、ティオやリムのように力にはなれない分、情報を探って届け、分析して選択肢を増やすってのが存在意義だ。専売特許だ。それが役に立たないなんてなあ!」
プライドの高い男たちだ。この上なく頼もしい団員たちに、シアンは知らず微笑んでいた。
「なんだよ、何にやにやしているんだ」
自分でも取り乱した自覚があるのか、マウロは不貞腐れるというよりばつの悪そうな顔つきをする。
「いいえ、みなさんがしもべ団となってくれて良かったな、と思って」
「キュア!」
リムが元気よく、ぼくの手下!と、ぴっと前脚を上げる。
毒気を抜かれたように、余分な力みが抜けたマウロが力なく笑う。
「いや、まあ、今回は大幅に遅れちまったが、次は任せておけ」
「はい。それで、その非人型異類を追ってほしいんです」
「そうだな。そんな厄介なやつがうろちょろしていたんじゃあな。知らない内に好き勝手操られているんじゃないかって、疑心暗鬼になるのもぞっとしない話だしな」
シアンはマティアスという人型異類が、ゾエ村という別種の人型異類の村を襲うように非人型異類をけしかけたということや、それに黒ローブが関わっているかもしれないということも話す。
「おいおい、随分、不穏だなあ、この国も」
「そうなんです。なので、みなさんが来てくださって、とても心強いです」
シアンが心底言うと、しもべ団団員が次々に任せておけ、と力強く請け合ってくれる。
「あと、なんだ? 新しいしもべ団団員? 人型異類の? こりゃまた強力なやつらが入ってきたもんだな!」
マウロが呆れたように言う。
「なんだかんだ言って、シアンこそがやり手の引き抜きじゃないか!」
「不可抗力です」
そうしようと思って幻獣のしもべ団員を集めたのではない。
「自由な翼としての合図も教えておきましたので、合流したらお願いします。彼らは彼らの事情を抱えていますから」
「そうだな。でも、協力できることは沢山あるだろうさ」
マウロは去り際、ゼナイドの国境でNPCパーティの姿を見かけたので、十分に注意しろという忠告を言い置いて行った。自分たちも注意を払っておくが、シアンは要だと言った。その要を失っては簡単に空中分解する。
「お前さんは自分のことを大した何ほどのものでもないと思っているようだが、それは違う。リムやティオを悲しませるなよ」
そう言って、軽くシアンの肩を叩こうとしてリムに威嚇されていた。その縄張りを犯す者は命がけだ。小さくともドラゴンなのだから。
飲んでも陽気なだけで酷く騒ぐこともない幻獣のしもべ団に、料理店の主も気をよくした。
何より、翼の冒険者が連れて来た者だ。その翼の冒険者が料金はたっぷり前払いしている。こぞって料理を褒めてくれるのも心地よい。
街に貢献著しい翼の冒険者は、少し前ここで働いていたイレーヌに料理を教わったこともある。料理店の主としても見知らぬ噂の主ではない。それに、翼の冒険者はできた人間で、立ち去る前に大量の飲み食いをして材料を消費させたから、と肉や香草を置いて行ってくれた。
太っ腹な人間は得てして好感を抱かれやすい。シアンは知らずして、そうして信奉者を増やしていった。




