3.懐かしい顔ぶれ1-1 ~リムの統率力~
エディスの冒険者ギルドで採取した薬草を納品し、仕事達成の報告をする。
街はやはりと言うか当たり前にまだ浮ついていてどこか居心地が悪い。
「トリスに戻ってログアウトしようかなあ」
「キュア……」
シアンの呟きを拾って、リムが肩の上で残念そうにする。
エディスの冒険者ギルドは国都にあるだけあって、施設が整っている。厩舎もまた立派なものを有している。そこへティオを迎えに足を向けたが、当の本人がやって来た。
『シアン、リムの手下がいるよ』
リムの手下とは何のことだ、と一瞬ぎょっとする。
「よう、シアン、元気そうだな!」
太い声にそちらを向けば、三十代半ばの男がやって来る。濃い茶色の短髪、眉も鼻も唇も全体的に大ぶりのくっきりした顔立ちをした男が軽く腕を上げている。アダレードで出会ったマウロがいた。
「マウロさん!」
マウロは自分に気づいたシアンに近寄ろうとしたが、後ろから続々とやって来た他の幻獣のしもべ団団員たちに押し退けられる。
「ご無沙汰しています、頭の親分の兄貴!」
「いやあ、ご無事そうで何よりです」
「ばっか、お前、ティオ様がついているのに、無事じゃないはずないだろうがよ!」
「お前ら、お頭の上司のリム様のことも忘れんな!」
「ちょ、お前ら、邪魔!」
わらわらとシアンたちを取り囲み、マウロは人垣に見えなくなった。嬉しそうな顔つきで口々に再会を寿ぐ姿に、シアンも気分が高揚してくる。
「みなさんも怪我などはしていないですか? アダレードからは西北の洞窟を通られたんですか?」
「そうです、その洞窟を抜けてきました!」
「全員、揃っています!」
「まあ、ちょっとこいつが滑って転んで額を割ったくらいですよ!」
真っ先に団員の負傷を気にするシアンに、くすぐったそうな表情を見せたり、冗談を言って笑い声をあげる。
「キュア!」
冒険者ギルドは広場に建っており、厩舎の方へ移動していたところへ幻獣のしもべ団がやって来たので、そう往来の邪魔にはならない。ただし、これほど騒げば人目を引く。
リムがうるさい、と一喝すると、途端に団員たちは口を噤んだ。なかなかの統率力である。なお、幻獣のしもべ団はリムの声を拾うことはできていない。何となく、雰囲気で伝わっているのである。
「お前ら、俺の言うことには耳を貸さないのに」
肩を落とすマウロにどこ吹く風だ。
「ごめんね、こんなところで騒いじゃ駄目だよね」
シアンも眉尻を下げてリムに視線をやる。
「キュア?」
そうなの?と聞いて来るところを見ると、単にうるさかっただけのようだ。ティオは我関せずだが、ちょっとシアンに近寄り過ぎのしもべ団たちに面白くなさそうな顔つきだ。
イレーヌが以前働いていた料理店へ場所を移したところ、二十名近い人数だから、と貸し切りにしてくれた。
「すみません、急にこんなに大勢で押しかけて」
「いやいや、いいですよ。翼の冒険者にはエディスの人間がお世話になっておりますからね。それに、外にグリフォン様が鎮座していれば、文句を言う客もそうそうおらんでしょう」
せめて売り上げに貢献しようと料理を大量に注文する。
「おいおい、そんなに頼んでも良いのか?」
「はい、みなさんの労いも兼ねているので、遠慮なく食べてくださいね」
控えめな歓声が上がる。きちんと頭の親分の言うことを聞く優良団員たちだ。
料理店の主に頼み、ティオの食器に料理を盛ってもらい、外へ持って行ってやる。
「リムもティオと一緒に外にいる?」
『ううん、ぼくはシアンと一緒!』
『シアンはリムと一緒の方が良いよ』
随分過保護ではあるが、先ほど親分としての統率力を見せつけられたばかりだ。
ひとしきりティオの後頭部や首筋を撫でた後、リムを肩に乗せて店内へ戻ると、すでに食事を始めている。酒も入っているようだ。
「おう、悪いな、先に始めているぜ」
マウロが杯を高く掲げて見せ、にやりと笑う。
「どうですか、ゼナイド料理は。ああ、でも、コラにも立ち寄ったのなら、もう味わわれました?」
テーブルに一人着くマウロの対面に座る。
「いや、こんなにちゃんとした店でしっかり食べることはないからな」
言って、丸いテーブルに均等に分かれて座り、食事を堪能する団員を指し示す。
「うまい! うまい!」
「肉が柔らかいなあ」
「味も野菜も豊富だし!」
「コラじゃあ、肉どころか野菜も少ししかなかったし、味に幅はなかったんだ」
舌鼓を打つ団員にマウロが肩を竦める。
「「「「「翼の冒険者様々!」」」」」
二つ名を異口同音で挙げられ、シアンは知らず赤面した。
「もう二つ名を得たんだって? 流石は自由な翼の首魁だ」
からかう声音に苦笑する。
「首魁はティオとリムでしょう。幻獣のしもべ団なのだから。それに、僕たちはいつもの通り、討伐依頼を受けているだけですよ」
「いやいや、エディスでもご活躍だってな。春先早々に食卓が豊かになったって、あちこちで喜びの声を聞くぜ」
言って、勢いよく杯を煽る。大きく息をつくのに、仕事の後の一杯は格別だろうな、と埒もない事を考える。彼らは命の危険を冒してここへたどり着いたのだ。まさしく生の実感の一時だろう。
「それに、リムが俺たちにさせたいのはシアンの手伝いだろう?」
そうなのだ。これほどまでに世事に長けて生命を脅かす危険をも危なげなく乗り越えることができる人材を、自分の手伝いとしてしまうことへの忌避感がある。大それたことに思えて仕方がない。
それが表情に出ていたのか、マウロが笑い声を立てる。
「そんな顔すんなって。俺たちゃ、お前さんには期待しているんだぜ? きっと知らなかった世界を見せてくれるってな。そりゃあすごい度肝を抜かれるような光景をな!」
どんどんハードルが上がっていく気がして、苦笑するしかない。
マウロは杯をテーブルに置くと、シアンにも料理を勧めながら自らも食べる。食べられるときに食べておくことは鉄則だと以前も言っていた。
リムが自分のカトラリーを使いたいとせがむ。
リムには一応、幻獣がカトラリーを使用すると周囲が驚くので、理解を得られそうな者たちの前でのみ使用するよう依頼してある。
してみると、幻獣のしもべ団は理解を得られる存在ということか、それとも手下だからか。
マジックバッグからリム専用のカトラリーを出してやり、食事を始めるとマウロが呆気に取られた表情をする。
「っは、早速度肝を抜かれるぜ!」
マウロの言葉には我関せずで、リムが器用にカトラリーを操って食べる。賑やかに食事をしていたしもべ団団員たちも静まり返ってリムを注視している。
「さすがは頭の上司、上手に食べていますね!」
「失礼だろう、上品に、とか優雅に、とか言えよ!」
「ナイフとフォーク、スプーンで食事をするドラゴン……!」
「めっちゃ、可愛い!」
「ちょ、ちょっと、俺もマナーってやつをだなあ」
「無理無理、俺たちゃ、はみ出し者だぜ?」
ひそひそやっている。
「駄目ですよ、みなさん、礼儀正しいドラゴンのしもべなんだから、そんなことを言っては。ね、リム」
自虐的な言い分を否定しつつ、幻獣のしもべ団の親分に同意を求める。
「キュア!」
器用に操っていたカトラリーの動きを止め、顔を上げ、首筋を伸ばして周囲を見渡す。ひと声高く上げれば、彼らにとって睥睨したに値するだろう。
「「「「「はいっ!」」」」」
揃って切れの良い返答をし、背筋を伸ばす。
「そうそう、まずは姿勢からだな」
余計な口を挟んだがために、昔宮仕えをした際に作法を身に着けたマウロは、礼儀を教えることとなった。




