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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
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9.精霊の加護   ~ふぉーえばー~

 

 ティオはすぐにシアンの気配を辿ってやって来た。

 残念ながら、大トカゲの肉は美味しくないらしい。魔石だけ咥えて持ってき、渡してくれた。

 卵から孵った小さな動物をはじめ警戒するように見つめたが、自分を見て大慌てでシアンの体の陰に隠れ、様子を窺ってくる様に危険はないと判断した。

「大丈夫だよ。君を助けてくれたティオだよ」

『その子に名前はつけないの?』

 大人しくシアンの肩に乗って撫でられて目を細めているのを眺めながら言う。

「山で会った親はこの辺りにいないかな? できれば返したい」

『この辺りにはもう気配は残っていないよ。初めて見るやつだった。』

 最近、シアンに合わせてトリス近辺で狩りをしているが、翼のあるティオの行動範囲は広い。また、強靭さから様々な魔獣を狩るが、初めて会う動物だという。

「野生に返すんならつけない方がいいよね」

「キュア!」

『シアンと一緒、って言ってるよ?』

「本当? いいのかな」

 今でさえ、ティオがかりでの異世界生活を送っている。それに、下手に人間慣れさせてもいいものか悩む。親のように大きくなっても扱いに困る。

『ぼくも野生に返ってないし』

「ティオは初めから自分で何でもしていたでしょう?」

『そう、そしてできることできないことをシアンと分担してきたよね』

 結局、ティオの説得と離さないとばかりにシアンにへばりつく動物に負けた。

 翼のある動物はリム、と名付けた。

「二種類の動物の交わった姿をしているし、幻獣だよね」

『うん、魔力も多いよ』

「そうなんだ。ティオもね、幻獣なんだよ」

 ティオの太鼓判に頷き、リムにティオを紹介する。

「キュア!」

 ティオに近づきふんふんと小さな鼻を鳴らす。ひょい、と広い背中に乗り、駆け回る。

「ティオ、痛くない? リムを止めようか?」

『大丈夫だよ』

「弟が出来たね」

 ティオもリムを受け入れたようだ。下宿先の面々はどうだろう。



「リムだよ。よろしくね、きゅうちゃん」

「キュア!」

『くっ、白くて可愛いもふもふだと?! きゅうちゃんとキャラかぶるんですけど!』

 フラッシュ宅の庭で九尾と対面する。家主は工房で仕事中だ。邪魔をするといけないから、生産作業中は訪ねないようにしている。

「え、駄目? リムは生まれたばかりだから、色々教えてくれると嬉しいんだけど」

『きゅうちゃん、お兄ちゃんになる! 兄弟キャラは大歓迎です!』

 九尾が変なことを言いだしたが、それよりもシアンの気を引くことがあった。

「キュア?」

 おにいちゃん?と声が聞こえる。

 高めの可愛い声だ。早々にリムの言うことが分かるようになった。生まれたばかりで警戒心が薄いからか、ティオはもう少しかかった。

 シアンが喜びをかみしめていると、九尾が爆弾を落とした。

『シアンちゃん、君もやりますねぇ。グリフォンのお次はドラゴンですか』

 きゅっきゅっきゅと笑いながら幻の扇を振りかざす。

これもお代官様ごっこの一環かと思わないでもないが、もっと気になることがある。

「えっ、リムってドラゴンなの?」

 ゲームに疎いシアンですら知っている、大抵の場合、力が強い存在だ。

『気づかなかった? まあ、鱗もないし、よく言うトカゲみたいな体よりもぽってりしているもんね』

「そっか、リム、すごいんだね」

「キュア!」

 どこか誇らしげに答えるリムを撫でながら九尾に視線をやる。

「それにしても、きゅうちゃん、よくリムがドラゴンだってわかったね」

『きゅうちゃんですから』

 言いつつも、視線を明後日の方向に飛ばす九尾のわざとらしい態度に、隠したいのか悟ってほしいのか、判別がつかなかった。

 ティオは必要に応じて長文も伝えられるが、初めは嬉しい美味しい戦う、など短文を話すことが多かった。リムはなんとなく、こんな気持ち、というのが伝わってくる。

 九尾はシアンの知らないことまで話す。

 AIの多様な個性は細かなところにまで及んでいた。個別の習得能力なども違いそうだ。

「リムはどんな食べ物が好きかな。いろいろ作ろうね」

「キュア!」

 リムは一声発した後から声を聞けていないが、まだ生まれたばかりだ。また可愛い声を聞けるのを楽しみに待つことにしておく。

「グリフォンの次はドラゴンか」

 召喚獣と同じことを言ったのはその主だった。

 リムの周りを回って矯めつ眇めつしながら、ため息をつく。

「小さいですけどね。リムも一緒に同居してもいいですか?」

「もちろん、歓迎するよ。ドラゴンというのはあまり公言しない方がいいな。その点、小さい方が目立たなくていいだろう」

 冒険者ギルドには幻獣の種類は不明で登録しておけばいいというフラッシュにシアンは頷いた。

「可愛いですよね。きゅうちゃんとキャラクターがかぶっちゃうらしいですよ」

 また九尾がいらぬことを言ったのか、とフラッシュが渋い顔をする。

『きゅうちゃんはおんりーわんですから!』

「きゅうちゃん ふぉーえばー」と書かれたタスキを右前脚から左後ろ脚にかけ、後ろ足で立ち上がり、右前脚を天へと伸ばし、ご丁寧に右前足の指を一本立てている。左前脚は軽く曲げて腰に当てて、腰は軽く右側にまげている。上からスポットライトに見立てたのか光が降り注いでいる。

「きゅうちゃんすごいね、よくバランス取れるね」

『きゅうちゃんですから』

 納得した。

「リムは小さいからそれほど食事しなさそうですし。でも、ドラゴンだったら小さくても沢山食べるのかな?」

 オコジョは肉食で自分よりも大きな動物すら狩るが、ドラゴンであるリムは更に上をいくのかと一抹の不安を抱く。

「幻獣の中でも強い存在は他の食物を摂取するのとは他に、世界から魔力を取り込むことで生命活動を維持している。だから、体の大きいドラゴンなどはそれに見合うだけの捕食をするかといえばそうでもないらしいぞ」

 この異世界には魔力が満ちており、大地には大地の精霊がおり、水には水の精霊がおり、それぞれの特性に見合った力を有している。

 炎は事象だが、そこはファンタジーらしく、炎の精霊も存在するそうだ。

 力の源となる精霊に繋がりその力を得ることで魔法という事象を発露させる。その代償として自身の持つ力を差し出す。それが魔力で、プレイヤーとしてはMPという力である。

「大地の精霊といえば、ティオに加護がついたそうです」

 すごいですよね、と笑顔で言うシアンにフラッシュは唖然とした。

「精霊の加護って……そんなの誰も持っておらんぞ」

「そうなんですか?」

『数百年前に大地の大聖教司が加護を受けたという記録が残っているよ』

 九尾が珍しく真面目なことを言う。

「ずっと魔力を込めて大地にリズムを刻んでいたら、精霊が見えるようになったって、ティオが言っていました。ティオが地面を叩くたびに小さい精霊がわらわら出てきてケラケラ笑いながら飛び跳ねるのが楽しかったって」

『うん、音楽、楽しいって!』

 ティオが嬉し気に言う。

「精霊と一緒に音楽を楽しんだんだ。良かったね、ティオ。中々できない経験みたいだよ」

 ティオの首辺りを撫でながら、ファンタジーらしさに感心する。

「ピィピィ」

「精霊がわらわら出てきて……」

「ピィピィピィ」

「そのうち人間と同じ身長のおじいさんのような精霊が出てきて加護をくれたそうです」

 ティオも姿を現した精霊は落ち着いた雰囲気で好ましい存在だったようで忌避する気持ちはなかったらしく、くれるなら貰っておこうと加護を受け入れたそうだ。

『それは上位精霊っぽいですな!』

「上位精霊!?」

「なんだかすごそうですね」

 事の重大さを理解しておらずあっさり言うシアンにフラッシュが頭を抱える。

「レイドボスを一頭で倒せるグリフォンが上位精霊の加護!」

『神様にでもなるのでしょうか!?』

「ティオ、スフィンクスみたいになるのかな。そうだ、そんなに凄い人に力を貰ったのなら、何かお礼をしなくちゃね」

『古来から上位存在には食事と音楽を捧げると決まっております!』

 九尾が期待を込めた目で見上げてきた。

「はは、きゅうちゃんありがとう。それなら僕にもできるね。何を食べるかな?」

『お肉でいいよ』

「それはティオが食べたいものでしょう。まあ、加護を与えたティオが美味しく食べているものなら興味があるかもしれないね」

 ティオとリムを両手で撫でながら試案する。

 リムは生まれたばかりなのだから、食事も特別なものを用意すべきかと悩んだものの、幻獣だから大丈夫と先輩幻獣の九尾が保証する。

「そうだなあ。ジャガイモが残っているのがあるし、それとさっきもらったソーセージとベーコンを使った料理を作るね」

 牧場を荒らす魔獣をティオが狩り、その礼に金銭ではなくハムやベーコンをもらった。グリフォンに驚く牧場主から報酬を渡す意志を示されたものの、手持ちの金がないと言われた。そこで、美味しそうなので牧場の加工品がほしいと答えたのだ。牧場主は生産物を褒められて悪い気はしない風情で分けてくれた。

 ジャガイモを洗って切り、水にかけた鍋で煮る。その間にソーセージとベーコンを切り、オリーブオイルでニンニクの香りを立たせたフライパンでこんがり炒める。煮えたジャガイモを投入して塩コショウを入れて軽く炒める。

「ティオ、できたよ」

 美味しそうな匂い、と首を差し伸べてくる。

「人が加工した肉だよ。人も結構すごいでしょう?」

 そうだねと頷くティオ。

 リムも小さな口を懸命に動かしながら食べた。口の周りをなめるのを、拭いてやる。嫌がるかと思ったら、大人しく拭われている。

 食事を済ませ、料理を盛った皿を前にリュートを奏でた。

 自分たちが先に食べるのは何だが、まずは何事も腹ごしらえだ。空腹状態、つまりSPがなければスキルは使えない。

 今までティオやリムの前でしか歌ったことがないので、実はプレイヤーであるフラッシュの耳目が気になった。けれど、リムの可愛い様子にすぐに気にならなくなった。

 小さいドラゴンは胡坐をかいたシアンの膝に前足を乗せ、掴まり立ちをして後ろ脚で立った体勢で、足踏みで拍子を取りながら、鳴く。合わせて尾も左右に揺らしながら、楽しそうだ。

 見上げてくる小さい顔いっぱいに開いた口から小さな鋭い牙が見える。

 初対面の時にシアンの肩に乗って傷つけた爪といい、猛獣の要件を備えている。

 でも、リムもティオもシアンにとっては大切な仲間になっていた。

 ティオもまたリュートに合わせてリズムを取っている。

(どうか、ティオに力添えを。僕に音楽を取り戻すきっかけをくれたティオに祝福を)

 人のために音楽をすることに疑問を抱いたことがある。結局は自分のためにするのではないかと思っていた。でも、音楽を楽しむことを共有するのは、美しいハーモニーを生み出す、まばゆい高揚感があった。

 一曲終わった時、ティオが両前足を乗せた地面が盛り上がり、十センチくらいの高さの太鼓が現れた。同じ高さの、ふたつの口径が違う丸い形がくっついた片面のボンゴに似た楽器だ。材質は皮のようにも鉱物のようにも見えなくもない。鉄や銅ではなかった。シンプルだが見目麗しい透かし彫りがされている。

「鑑定してみたら、大地の太鼓、と出ているな。ティオ専用楽器でシアンとリムも使えるみたいだ。それでその……神器、大地の精霊王からの贈り物、となっている、な」

 ティオの両前足の下を凝視したフラッシュが真っ青な顔で解説してくれた。

『精霊王!!』

 九尾が悲鳴じみた声を上げる。シアンはフラッシュや九尾の様子よりも、顕現した楽器に気を取られていた。

「良かったね、ティオ」

『うん』

 軽く太鼓をたたいてみるが、グリフォンの強靭で鋭利な爪に傷一つつかず、乾いて透明な、それでいて深みのある音がする。

「良い音だなぁ」

 リムが興味津々でティオの足元をのぞき込んでいる。

『叩いてみる?』

 言いつつ、脚を下す。

「キュア!」

 嬉し気に小さい足で叩くと小さい高音が聞こえる。ティオに合わせた楽器なだけあって、かなり大きい。リムならその上でタップダンスができるのではないだろうか。

「力具合や叩き方によって音色の調整ができそうだね」

 貰った楽器を囲んで夢中になる三人を他所に、フラッシュは混乱していた。

「精霊王、王ってなんだ」

『王って精霊の最上位なんじゃあ』

「あっ、すごい! フラッシュさん、これ、ティオの意思で出し入れできるみたいですよ!」

『空間魔法付きとはまた……セーフティエリアとマジックバッグ以外の空間魔法って都市伝説じゃなかったんですねとしか。チートキタコレ』

「神器……」

 呆然とした呟きが召喚獣とその召喚士から漏れる。

「あっ」

「今度は何だ」

『もう驚かなくってよ、シアンちゃん』

 九尾が珍しく疲れた声で言う。

「僕にも大地の精霊王の加護が」

 今度こそ、フラッシュは絶句した。

「きゅっ……!」

 九尾も短い悲鳴を上げて毛を逆立てている。

 ゲームシステムとして、生命力、魔力や取得したスキルを確認できる、マップと同じく視界に浮かぶ画面に、数値が並ぶ隅に今までなかった記載がある。

『シアンちゃん、あのね』

 九尾がすう、と赤い瞳を細め、シアンを見上げてくる。常の陽気な雰囲気は鳴りを潜めており、只ならぬ気迫を感じ、居住まいを正した。

九尾は両前脚を揃えて上半身を支え、尻を付ける格好で厳かに口を開く。

精霊は力の源で、力が弱めのものならばそこら辺に存在するが、力の強い者となると人の価値観から遠い。上位のものともなれば、神の方が力を借りることもある魔力の塊のような存在だと言う。

 上位に位置づけられる神ですら精霊から助力を得ることは稀であるという。下位に位置づけられる神は人間に加護を与える存在であると同時に、生贄を要求したり、時に人の前に立ちふさがり、結果斃されることもある。

 もともと、精霊は人の世に滅多に姿を現さず、人や幻獣に加護を与えるのは神の役割だ。

 そして、上位精霊とは全く別ともいえる、力の結晶、各属性魔力の粋のような存在が精霊王であると言われている。

「そんなに凄い存在が……」

 唖然と呟くシアンにフラッシュが声を上げる。

「ようやく分かってくれたか!」

 あまりに軽く受け止めるシアンに思うところがあったのだろう。

『あ、料理、なくなっているよ』

 話を聞いていたのかいなかったのか、ティオが大地の精霊に捧げた料理の皿が空になっているのを発見した。

「キュア!」

『シアン、ぼく、力が強くなったよ! 力加減もうまくできるようになった!』

 嬉しそうに言うリムとティオにつられてシアンも微笑んだ。

「次はなんだね……」

 疲れたように問うフラッシュに、シアンは首をすくめた。

「ティオ、力が強くなったのもあるんですが、力加減がうまくできるようになったみたいで」

「ほう、それは重畳だな」

「僕、大地の精霊に歌を捧げている時、ティオが地面を叩いているのを何とはなしに見ていて思い出したんですが、ティオと初めて会った時に、力任せに叩いちゃ駄目なんだよって言ったなあ、って」

『ああ、それで、カスタマイズされた加護が! って、そんなわけあるかーい!』

「精霊王の加護に付加価値を付けるとか、何なんだ、君は!」

 召喚獣とその主の双方から突っ込まれる。その後、激高するフラッシュをなだめ、疲れた様子の彼女を休ませるのに苦労した。



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