39. 囚われの幻獣1
多少のグロテスクな表現を含みます。
ご注意ください。
その日はシアンはあまり長時間ログインしていることができなかった。そう言うと、ティオが提案した。自分たちはエディス近辺で狩りをして人がいない場所で休むから、明日、エディスで合流しようと。コラでもそうしたことがあったので、シアンはその提案に頷き、ティオとリムと別れ、エディスの宿泊施設へ向かった。
エディスの宿に興味があったこともある。巨躯のティオがいないので、狭い路地に入った先の店で買物をするのも新鮮だった。
「兄ちゃん!」
声がしたが自分にかけられたものとは発想すらしなかった。
腕を軽く叩かれてそちらを見やると、子供が一人いた。
「なあ、兄ちゃん、翼の冒険者だろう?」
「うん、そう呼ばれているね。君はシリルの友達の一人だよね?」
確か、以前、一緒にいるところを見かけたことがある。
「覚えてくれていたんだ!」
にかっと笑顔になる。
「ちょっと、ついてきてほしいんだ」
「どこへ?」
「エディがさ、体調が悪くてずっと部屋で寝ているから、音楽でも聴かせてやってよ」
「ごめんね、僕はこのすぐ後に用事があって」
本当は少しなら時間は作れた。
「じゃあ、ちょこっと顔を見せるだけでも。気分が変わるだけでも気持ちが持ち直すだろうしさ!」
頼むよ、と言ってくる声音に何かしらかの嘘を読み取った。けれど、何故、シリルの友人が嘘をつく必要があるのか。しかも、接点のないシアンに。
『この子は異類に乗っ取られている』
風の精霊が警告を発する。シアンの単独行動を幻獣たちが許す筈もなく、くれぐれもと安全を頼んでいた。
風の精霊の言葉に、そういうことか、とシアンは得心がいった。
「いいよ、少しだけならね」
シアンが告げると、再び笑顔になる。その小さな顔のこめかみが、く、と動いたような気がした。血管が浮き出るような皺が寄る動きだ。
踵を返す少年の隙を見て、風の精霊に視線をやる。
乗っ取られているのならば、できることなら取り戻したい。
少年はすぐさまシアンに目を向ける。なかなかの監視ぶりだ。
「こっちだよ。早く行こう」
近道を通ろう、という少年に路地に連れていかれる。
市を大分離れ、親子が住みこみ、母イレーヌが働く料理店からも遠く離れて歩く。
「秘密の抜け道を教えてやるよ! 内緒だからな!」
明るくそう言い、路地の片隅に埋め込まれるようにしてある黒く汚れた鉄格子を開ける。本来あるだろう南京錠などは見当たらず、甲高い音を軋ませて開いた。用意良く携帯ランプを布袋から取り出して火を灯す。手慣れたものだ。
鉄格子の奥の通路の先には木の扉があり、薄暗い。扉もまた施錠されておらず、少年に続いてくぐると、人の手による隧道がまっすぐ続いている。
濡れた地面を少年は迷いなく歩く。淀んだ空気はひんやりしている。
「ここを通ればすぐだよ!」
こんなに怪しい場所を歩くとは。それに普通について行く者がいると考えるものだろうかと呆れた。しかし、実際シアンはついて行っているのだが。
吹き抜けの塔の中だった。
石を平らにして積み上げたごつごつした壁にへばりつくように階段がつづく。アーチを支える円柱が階段に沿って並び、螺旋を描いて上に続いている。アーチの下、細い柱の大きな狭間からたっぷり光を取り入れている。
振り仰ぐと空が丸く切り取られて見える。光に向かって階段の螺旋が吸い込まれていく。登って行って塔の天辺を見てみたい気持ちに駆られた。上から覗き込むと、井戸を見下すみたいな感覚になるのではないだろうか。
ただ、相当長い間、手入れされていないらしく、苔むして緑が岩を覆っている。
その一番下に、隧道から続く道が口を開けている。
子供は階段を登らず、向かいの壁に向かう。その床に押し上げて開ける収納扉のようなものがあり、重い音をたてて押し開けた。鉄格子戸といい、なかなかの膂力である。子供のものとは思えない。
ぽっかり地面に四角の口が開き、階段が続く。暗い。
躊躇なく降りようとするのを止める。
「待って。君は何の目的で僕をここに連れて来たの?」
「こんな所まで付いてきて、今更それはないよなあ」
口調が違っている。ねっとりした纏わりつく不快な物言いだ。シアンを振り仰ぐ目が三日月の形となっている。口はその目をひっくり返したような小舟型に両端が吊り上がっている。
「何が目的なの? まだるっこしいから、出てきて話をして」
シアンは常になく強い語調になる。目の前の子供の顔色が青ざめて見えたからだ。唇はひび割れ、荒い呼吸になっている。明るいところに出て、ようやく判明したのだ。子供の体だということを考慮に入れてもっと早くに解決を考えるべきだった。
「へえ、お見通しってわけか。じゃあ、この下に何があるか知っている?」
首を傾げる。スクイージーのように柔軟に肩につきそうなほど曲げる。人の仕草とは思えなかった。そのこめかみから耳にかけて、皮膚の下に何かが蠢いていた。
背筋を毛むくじゃらな何かが這いあがる感覚が襲う。
「分からないよ。知る必要はない」
「そう? 湖の調査をしていたんでしょう? 翼の冒険者さん」
にたりとした笑顔を張り付けたまま言う。唇は動いているのに、端は吊り上げられたままだ。そして、目は血走っている。顔色は青みを帯びた白色になっていた。
「英知。切り離せる?」
『難しいな。かなり無理やり寄生している。相当不安定だ。おそらく、君が一人になるのを狙っていたんだろう。急ごしらえで滅茶苦茶になっているね』
何が滅茶苦茶なのか、問う猶予はなかった。
子供の目の縁から血がこぼれ落ちる。と、喀血した。勢いよく噴き出し、顎と胸を汚し、床を濡らす。軽い音をたてて倒れ伏した。
「この先、一角獣、とらわれ」
最後まで子供を利用した。
「英知!」
『死んだよ』
慌てて風の精霊を呼ぶも、至極あっさりと事実を告げられる。
「僕がもっと早く切り離してもらっていたら」
人目など気にせず、風の精霊が異類による乗っ取りを告げた時点で頼んでおけばよかった。
『言っただろう。寄生された時点で、すでにその人間は弱っていた』
後悔するシアンにどこか労わりを感じさせる温度の声音で風の精霊が言う。
「異類は?」
『子供の中で一緒に死んだよ』
「そうなの?」
いつ飛び出てくるか、身構えていたシアンは拍子抜けした。
『そこまで万能な異能を持っていたのではないね』
「英知、この子の体から異類を取り出せる?」
『分かった』
ふう、と風が周囲で動くのを感じた。子供の耳からずるりと何か長い紐状のものが出てくる。五センチほどの長さの細い糸みたいだ。まさしく、寄生虫のようだ。
マジックバッグはティオに渡している。これをそのまま持ち運ぶのは気持ちが悪い。
「この子の体とこの異類を誰の目にも触れさせないようにしてくれる? あと、干渉できないようにってできるかな?」
『それは私の領分だね』
地下階段奥の闇から滑るように闇の精霊が姿を現した。
『うん、これでいいよ』
シアンの目には何も変わらない。しかし、闇の精霊のお墨付きなので問題ないだろう。
「深遠、ありがとう」
『どういたしまして』
礼を言うと嬉し気に笑う。そんな場合ではないのに釣られてシアンも笑う。途端に笑われたと捉えてうろたえる闇の精霊を落ち着かせるように腕に手を添える。
「手伝ってくれたリムにお礼を言った時の笑顔と深遠の今の笑顔がそっくりだったから」
『そう。私が変なことをしたのかと思った』
「いいじゃない、変なことをして笑われても。一緒に笑っておこうよ」
ね、と言って中空に浮く闇の精霊をやや見上げる形となる。
「リムたちは無事でいる?」
『うん、大丈夫だよ』
闇の精霊の太鼓判に、ではやはり自分が目的なのだと一つ頷く。
「この先の闇に何があるか分かる?」
『うん。一角獣がいるね』
あっさり告げるのに、やはり分かるのか、と聞いたものの感心する。
闇に融けて消える精霊を見送って、シアンは風の精霊を見上げる。
「英知、僕は一角獣の様子を見に行きたい。強制的に拘束されているのなら、助けたい。その場合、どんな影響があると思う?」
『元々、この湖を起点に魔力を広く行き渡らせ、寒い地方にも関わらず、春の恵みを与えてきた。しかし、魔力枯渇が近づいている。それと、魔力が変化してきている』
「変化?」
いつからかは知らないが、魔力によって広範囲に渡り恵みをもたらす幻獣とはどれほど力のある存在なのか。
『魔力をこの塔の地下から湖へと流している。その魔力が憎悪に歪んでいる』
「そういえば、スクイージーが言っていたね。流れてきた魔素に憎しみや哀しみが宿っていたって」
魔素は魔力から発生する成分の一種だ。それが海綿の一部を死滅させ、湖の透明度を下げることとなった。
今は順調に海綿の魔素切り離しが進んでいる。
『そう、それを流したのが一角獣だ』
では、その一角獣が恨みや哀しみにくれているというのだろうか。
「この先へ進んでみようと思う」
『助けるの?』
「分からない。でも、話を聞いてみたい。もし、力を貸してほしいと言われたら、手伝ってくれる?」
『君の頼みなら』
「ありがとう、英知」
風の精霊は恐らく、湖の中に入った時に気づいていたのだろうと思う。その時言わなかったのであれば、この先に待つものはシアンにとってそれほど良い結末をもたらさないかもしれない。
辺り一帯を豊かにする力を持つ幻獣の嘆きを救えるほど、自分に力はない。
それでも、進んでみることにした。
床に携帯ランプが転がっている。シリルの友人が持っていたものだ。それを使用すると、片手がふさがる。
「ライト」
フラッシュが重宝したと言っていた魔法を使う。シアンが久々に使う魔法でもあった。
床下の闇が一掃される。
煌々と照らす階段を降りていく。
曲線を描かず、まっすぐ斜め下に伸びる階段を歩く。冷たく淀んだ空気だ。
石造りの段差は徐々に湿り気を帯びてき、すぐにぐずぐずとブーツの先を汚した。水たまりが増える。
固められた地面にたどり着く。
数歩先に、鉄の扉がある。
試しに押したり引いたりしたが、音すらたてない。
『開いたよ』
傍らにいる風の精霊か、もしくは大地の精霊を頼ろうと考えた時、前者が声を上げた。頼むまでもなく、率先して開けてくれた。
果たして、その言葉通り、ふぉん、と風がどこか狭いところに入り込むような跳ねるような軽音が鳴る。その直後、重々しい音を引きずって、鉄の扉が開いて行く。
『誰? これはあの子の血族しか開けられない扉の筈なのに。城が落ちたの?』
シアンの脳裡に、きかん気の険のある声が響いた。
黒く濡れた石を敷き詰めた上に横たわるのは、白い馬の姿の幻獣だった。
白い鬣を持ち、額の真ん中から長い尖った一本の角が生えている。角は白銀に輝き、パウダースノーが陽に照らされているようだ。
以前、九尾が高知能と意思伝達する能力があれば異類とも会話ができると言っていた。この幻獣もそうなのだろうか。能力によりけりで様々なことができるという。
『何なの、いきなり。眩しい』
シアンは慌てて魔法で作り出した光源を弱く小さくした。暗がりにいて急に明かりが灯ると目が眩む。光の精霊と闇の精霊の加護を持つリムでさえ、暗い中急に光源を作られると驚いていた。
白馬が広さ三十畳もない部屋でうずくまっている。天井は高いが、ずっとこの狭い場所に閉じ込められているのだろうか。
「初めまして。僕は冒険者のシアン。君は伝承に残っている一角獣?」
『そんなの知らない』
素っ気ない言葉だが、逆光で見えないだろうシアンをじっと見つめている。
「ここを出る気があるなら、お手伝いしますよ」
貴方には狭いでしょう、と言うが一角獣はそっぽを向く。
『放っておいて。我はここを出ないんだから』
そうは言うものの、心なしか毛並みも鬣も汚れている。少し前に苦しんだリムの姿と重なる。当人がそうしたいというのを赤の他人のシアンが止めることはできない。
どうしてもここを出ないと言う幻獣に付き合っているうち時間を過ごし、そろそろ本格的にログアウトしなければ身体的に支障をきたしそうな頃、風の精霊が声を上げる。
『誰か来るよ』
「英知、裏を探りたい」
この先もこうして親しくなった者の周囲を狙われてはたまらない。
『分かった。手出しは控えるよ』
佳境に入ってきましたので、
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(二章40話は五月二十日更新となります)
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