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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
85/630

38.魔族の罪

 黒い部屋に松明の灯りが蠢く。

 波打つ明かりによって、影もゆらゆら揺れる。

 部屋も異様だが、黒いローブを頭からかぶった十数人が無言で身じろぎもせずに佇んでいる様子も異様だった。

 突然扉が勢いよく開き、同じ黒いローブを纏った者が大股で入室し、奥へと歩みを進める。常の静かな所作はそこにない。

 中央奥に設えられた布を掛けられたテーブルへ一直線に向かうと踵を返して振り返る。黒ローブたちの拳を逆側の肩に当てる礼にも答えず、口を開く。

「さて、佞悪粛清の失敗の理由を聞こうか」

 言い放ちながら、集まった黒いローブの者たちを睥睨する。

 後ろの方で細身をさらに縮めている者に目を止める。

「同志四十五番、何か申し開きはあるか」

「……っ!」

 与えられた番号を呼ばれたアリゼが身を弾けさせる。

「四十五番? 申し開きがあるなら聞いてやると言っている」

 性急に急かされる。

「佞悪粛清の場で、突発的なことがあったとは言え、不用意に声を上げたと聞いているが、相違ないか?」

「ございません。しかし、失敗したのはそれが原因ではなく———」

「言い訳するなっ!」

 斬撃のような怒鳴り声にアリゼは身をすくませる。

「この役立たずがっ、ごく潰しがっ、貴様の食い扶持のために仲間がどれほど苦労していることか、うすのろのとんまめ、ろくに役割を果たせぬとは!」

 続いて罵られる。延々と続く罵倒にただなぶられ続ける。

 ひとしきり言いたい放題言った後、荒い息を吐きながら呼吸を整える。その間隙を狙って、アリゼと同じく魔族襲撃に参加した黒ローブが口を開いた。

「同志五番、佞悪粛清は確かに失敗しました。しかし、それは例の冒険者の横やりが入ったからなのです」

「何?」

 生贄が全くの八つ当たりで痛罵された後、わめいて気が済んだのを見て取ってから報告する要領の良さと言うべきか冷酷さと言うべきか、黒ローブの言葉に、怪訝そうな声が返ってくる。

「そう、市井を騒がせている翼の冒険者などという輩です」

「なぜ、そやつが、我らの邪魔をするのか」

「単に正義の味方面をしたかっただけでしょう」

 少しばかり注目されて調子に乗っているだけだと付け加える。

「ふん、崇高な使命を持たぬ不逞の輩が」

 アリゼは自分から矛先が反れたことに安堵した。彼は、翼の冒険者はまたこうやって自分を助けてくれた。身を挺して助けてくれたのだ。

 その後、彼の者の動向を監視するように、しかし、手は出さないでおくことを厳命され、同志の会は解散した。

 シアンはこの先、ずっと監視されるだろう。自分たちの邪魔をした者を、同志たちがしつこく付け狙うのは常だ。

 でも、きっと自分が力になってみせる。

 シアンは誰も助けてくれなかった自分を助けてくれたのだ。今度は自分の番だ。

 アリゼはそう、思い込んだ。誰かが守ってくれて自分も役に立つ。そう思わなければ、自分を保っていられなかったのだ。


「忌々しい粛清失敗はさて置き、本題に入ろうか。御神託のお方についてだが」

「かの君がどなたか判明しましたか?!」

 どよめきが広がる。今日は静粛を良しとする教えに反することばかりだ。

「いや、まだだ」

「至高の御方より下された御神託だ。慎重にも慎重を期すべきだろうからな」

 否定の言葉にも落胆の声は上がらなかった。万に一つでも間違いがあってはならない事象だからだ。

「では、引き続き、かの君の解析を」

「見つけ次第、我らの旗印となっていただかねば」

「さよう。手出し無用とのことだったが、崇め奉ることは厭われまい」

 口々に言う。麗々しい言葉で飾られた手出し無用という神託は、しかし、間違って受け止められた。当の本人が最も厭う方向へと転がって行った。知らぬは本人ばかりではなく、思い違いをしていた者たちも、だった。



 何度かエディスへ行って周辺で狩りを楽しんだ。一度は湖水に入ってスクイージーたちに会いに行った。

 海綿の魔素除去作業は順調に進んでいるそうである。

 漏斗たちはスクイージーたちに協力することに引き換えに、敵から守ってもらっているようで、魔素も取り込めるし、概ね納得している様子だ。

 様子を聞いた後、スクイージーらが二つの胸鰭の先を合わせながら、また演奏が聴きたいというおずおずとしたリクエストに応えたりもした。

 体調は大丈夫かとリムに聞くと大丈夫、と元気良く返ってくる。

『ぼくね、大きくなる夢を見た!』

 と、嬉しそうに話す。

 AIは夢を見るのかと思いつつ、リムならばそうかもしれない、と微笑むシアンだった。


 ジャンの店に顔を出した際、魔族の商人を助けたことを既に知っていて、礼を言われた。頭を深々と下げる親子にシアンは慌てた。それで、つい余計なことを口走ってしまう。

「魔族の方は魔力が強いと伺いましたが、身を護るために使われないんですか?」

 世事に長けた九尾がいたならば、うまく話を逸らしてくれただろう。しかし、今は、万事につけシアンとリムのこと以外は狩りのことくらいしか興味のないティオと、生まれてそう経っていないリムしか傍にいない。

 さっと顔色を変えたルドルフォを、隣に座るジャンが視線で咎める。

「すみません、立ち入ったことを聞いてしまって」

 察したシアンが謝罪するのに、ジャンがにこやかな顔で否定する。

「シアンさん、世間話を聞く時間はありますか?」

 首肯するシアンに、ジャンは奥の部屋へと誘った。ルドルフォは新たな茶菓を命じられて姿を消す。

「申し訳ございません、修行不足な奴でして」

「そんなこと。ディーノさんも褒めてましたよ」

「あいつに評価されてもなあ」

 言いながらもまんざらでもなさそうだ。

 奥まった部屋は広々しているものの、応接セットがあるだけで、商品も他の客の姿もない。

「グリフォンがいては注目されて落ち着かないでしょうから、先日もこちらにお通ししたかったのですがね。流石に初対面のよろず屋のおやじに奥の部屋に連れ込まれるのはお嫌でしょうから」

 何を売りつけられるかと警戒されるだろうから、と快活に笑うジャンに勧められてソファに座る。座り心地が良い。家具は品よくまとまった印象を受ける。商品が陳列された店内と同じく、ティオはシアンが座ったソファのすぐ傍にうずくまる。リムがシアンの肩からティオの背に移動する。

 ジャンが目を細めてその様子を眺め、シアンに視線を戻す。

「魔族の魔力を使わない理由でしたな」

「はい。でも、単に疑問に思っただけなので、答えて下さらなくても結構ですよ」

 聞いたら何でも応えてくれるとは思ってはいない。

「そのうち分かることですから。いえ、花帯の君には知っておいてほしいのです」

 呼ばないでほしいと言った呼び名が出てきた。それでシアンにも闇の精霊に関することなのだと知れた。

「我々魔族は常に闇の君の許しを乞うているのです。我々は確かに人間にしては魔力が高い。長寿で魔力が高く自然と親しむエルフよりも高いのです」

 ゲームやファンタジーの世界に明るくないシアンはエルフという存在は知っていたが、具体的な特徴は分からなかった。ただ、比較に挙がるということは、相当魔力が高い種族であり、魔族はその上を行くのだということは分かった。

「ですが、我々が魔力を使うのは本当に差し迫った時のみなのです」

「ティオとリムが魔族の商人の方を助けた時は襲われようとする状況でした」

 命の危険があるのは差し迫った状況ではないのか。

「我ら魔族の魔力は闇の君から掠め取ったものなのです。おいそれと使うことはできません」

「深遠から?」

 不穏な台詞に思わず眉間に皺が寄る。

『深遠に意地悪したの?』

 ジャンの話には興味を示さずティオの背の上を駆けまわっていたリムが闇の精霊に関することに反応する。後ろ脚立ちし、体を長く伸ばす。小さな前脚を下に垂らして首をシアンに近づける。

 シアンはその小さい顔を指でそっと撫でる。大丈夫だよ、という気持ちが伝わったのか、への字口を横に伸ばして緩める。

「さよう。我らは闇の君のお優しさの上に生かされてきたのです」

「深遠に許しを乞うているというのは?」

「我らの罪を、です」

 そこでルドルフォが茶菓を携えて入室してきた。

 ジャンはこの話はこれまで、という態でシアンたちに勧める。

 折角なのでティオとリムに食べさせながら、シアンは不穏な言葉の響きに考え込んだ。

 闇の精霊の力を得てどの種族よりも強い魔力を持った魔族。そのことに関して、罪の意識を覚え、許しを乞うており、そのため、命の危険があってもおいそれと力を使うことはないと言う。

 果たして、あの闇の精霊がそんなことを望むだろうか。

 あるものを使って幸せになってほしいと思うのではないだろうか。具体的に何があったのか分からないシアンは確証を持って言えることではないので、口を噤んでおいた。



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