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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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37.久々の再会 ~どれにしようかな/くっこん~

 シアンがログインして居間に向かう際、人の声と幻獣たちの鳴き声が聞こえてきた。

「フラッシュさん?」

 部屋に入る前から名前を呼ぶ。

「シアン、何だか久しぶりだね」

 フラッシュはソファに座って、その周囲に幻獣たちが寛いでいる。

「本当ですね。ゼナイドに入国したんですか? 迷宮は無事抜けられたんですか?」

 彼らに近づきながら、浮かぶ疑問を次々と口にする。

「ああ。コラに着いたよ。迷宮は大変だった。でも、ザドクとフィルのパーティと協力して何とか抜けることができた」

「そうですか。良かったです」

 向かいのソファに腰掛けながらシアンは微笑んだ。

 すかさず、ティオがシアンの足元へ移動して膝の上に頭を乗せる。リムは定位置である肩に陣取る。そのうち飽きたら、シアンの腕を伝ってティオの首から背中へと駆けまわるだろう。そうだとしてもティオはシアンの膝の上で目を閉じたままだろうけれど。

 シアンが来た途端、離れていく幻獣にフラッシュが名残惜し気な視線を送る。久々なのでもっと幻獣を堪能したかったのだろう。

 九尾もいるが、フラッシュの隣に座っている。久々の逢瀬のせいか、向かい合ってではなく、同じソファに位置している。

「迷宮を抜けたところのセーフティエリアで他のパーティとは解散となったけどな。それでも皆のスケジュールをやりくりするのは大変だった」

 しみじみと言う口調に実感がこもっている。

「その後はうちのパーティも時間を合わせるのがなかなか難しくて。未知の領域を少人数で踏破するのは止そうと言っていたんだ。そうしておいて正解だったよ」

 そう言ってフラッシュは茶を飲む。

「異類というのが強敵でね。特殊能力というのは実に厄介だね」

 シアンは頷きながら自分も茶を淹れようと立ち上がった。


 厨房でフラッシュの分の新しい茶の他に菓子も用意する。

「他の廃人プレイヤーはさっそくエディスを目指しているそうだよ」

 シアンのテーブルセッティングを手伝いながらフラッシュが話す。

「そのうち会うかもしれませんね」

『きゅっ! これ、誰がどれを食べるんですか?』

 九尾が目ざとく菓子に反応する。

「みんな、同じものが良かったかな?」

 茶菓としてフルーツや野菜を練り込んだパンを人数分用意した。栗とベリーとサツマイモとくるみと甘い豆のパンだ。

『うーん。栗もサツマイモも良いですが、たまには冒険してみるのも。でも、くるみの地味ながらも存在感ある食感も捨てがたい!』

 九尾が目移りする。

「はは。きゅうちゃん、先に選んでも良いよ」

『こういう時はアレです!』

 九尾がくわっと目を見開く。そして、前足の指を一本伸ばしてパンに向けて差し伸べる。節をつけて歌いながら、一つずつ指し示していく。

『どれにしようかな 九尾様の言う通り きゅっきゅっきゅ』

 不意を突かれてフラッシュが噴き出した。

「くっ……こんなことで」

 と、笑いをこらえる苦しい息の合間に呟く。

『おお、これがかの有名な「くっこん」!』

 シアンとフラッシュは発言の意味が分からなく、怪訝な表情を浮かべた。ティオとリムは早く決めてよ、と菓子を待っている。

『おお、まさかの突込みなし』

 心なしか、九尾の尻尾が垂れ下がり、幻影の尾も薄く儚げに見える。

「九尾様の言う通りだったら、迷う必要がないんじゃないかな?」

 シアンが首を捻りつつ、九尾が最後に指さしたくるみのパンを渡してやる。

『まさかのそこ突込み?!』

「フラッシュさんはどれにしますか?」

「うん? 私はどれも美味しそうに見えるから、先に決めて良いよ」

 次にリムとティオの順番で選び、フラッシュはサツマイモが入ったパンを食べた。



「シアンの方はどうなんだ? ゼナイドではもう大分先へ進んでいるのか?」

「コラの次に国都のエディスへ行って、今はそこへ通っています」

 転移陣でトリスとエディスを行き来していると説明する。

「ティオが泊まる宿泊施設はなかったか。それにしても、毎回転移陣を使っているのか?」

 豪勢だな、と茶を啜る。

 確かに高額だが、シアンの所持金からしてみると、通勤交通費程度だ。

「エディスは世界有数の湖の畔にある良い街ですよ」

「ああ、物資も豊富そうだものな」

 食べかけのパンを眺めて言う。

『湖の中でスクイージーたちとも仲良くなったんだよ!』

「スクイージー? 掃除用具が捨てられていたのか?」

 リムも楽し気に新しい街の出来事を語るのに、フラッシュが首を捻る。

 そこで、シアンはギルド依頼によって湖の中へ行き、そこで出会ったT字型の異類について語った。

「そんな異類もいるんだな。私も会ってみたいが、水の中か……」

「水深は相当深かったと思います。魔法を駆使しても、行くのは難しいですか?」

 人差し指を曲げて顎に当てるフラッシュに、シアンが尋ねる。

「だろうな。シアンたちにしか成し得ない依頼だな」

『きゅうちゃんの大活躍もお見せしたかったですよ!』

「本当なのか?」

 胡乱気に九尾を見やりながら、フラッシュは他でもないシアンに尋ねる。

『きゅっ! お疑いとは!』

「本当ですよ。きゅうちゃんは世事にも長けていますし、狩りでも活躍していました。何より、リムが体調を崩した時に薬を貰って来てもらって、助かりました」

『きゅうちゃんのお陰だよ!』

 シアンの言葉をリムも後押しする。

「ほう、九尾がな」

『きゅうちゃんに掛かれば、チョチョイのチョイですよ。きゅーっきゅっきゅ』

 感心するフラッシュに、ソファの上で九尾が胸を逸らす。今度の鳴き声は含み笑いではなく、得意げな呵々大笑のようだ。フラッシュが自分の言よりもシアンとリムのものを信用したことには気づいていない。

「それで、どうやって薬を手に入れたんだ?」

『それはヒ・ミ・ツ』

 節をつけて指一本立てた前足を左右に振る。

「幻獣の謎というところかな。リムはもう体調は良いのか?」

 軽く受け流して、リムを気遣う。リムは元気に返事をしている。

 こういうところが、フラッシュのすごいところだとシアンは思う。召喚獣だからといってなんでもかんでも報告させようとはせず、制限を課さず。幻獣の事情が何かしらあることを広く許容している。だからこそ、九尾は伸び伸びと動けるのだろう。時折、自由すぎて召喚主を疲弊させてはいるが。それすらも楽しめる懐の深さがある。



 その後、フラッシュは迷宮のことやゼナイドのことを話した。他方、リムや九尾、時折シアンとティオも加わって、空や水の旅、温泉に入ったこと、狩りの獲物について語った。

「迷宮は当たり前だが、とにかく暗くてな。光魔法が使えるようになって重宝した。シアンとリムに感謝、だな」

 だからこそ、ザドクとフィルのパーティも自分たちパーティと同行したのだろうと話す。視界がきかないというのは大きく行動を制限される。

「光源は松明や携帯用ランプか魔道具、魔法に頼る他ないからな。ライトの魔法が広範囲かつ低燃費で使えた。皆からライト以外は魔法を使わないよう言われていた程だ」

 炎の魔法も周囲を明るく照らすが、持続性が短く、また、空気を薄くするので、洞窟のような密閉空間で長時間用いるには適さない。携帯用ランプも松明も、手がふさがる為に何かと不便だ。

「あ、僕も密林の中の遺跡で使いました。あの時、急に明るくなってリムをびっくりさせちゃったね」

『眩しかった!』

 シアンの言葉に思い出したのか、顔を首筋にこすり付けてくる。

「トッププレイヤー揃いだから、後はそう難しくない。皆、頭も要領も良い。共同攻略は色々勉強になったよ」

『ぼくも高い山を越えたよ。雄大の君のお陰だね』

『雪がいっぱいだった。白くてふかふかなんだよ!』

「そうか、ティオはすごいな。あんなに高い山を人を乗せて越えられるなんて。リムは雪は初めて見たんじゃないか?」

 フラッシュに褒められてティオは嬉し気に喉を鳴らし、リムは雪について語った。

「リムも九尾も雪は保護色だな。しかし、そんな高度は相当低気温で高山病の恐れがあったのじゃないかね?」

『そこで精霊王の加護ですよ!』

「ああ」

 九尾の短い言葉に、それだけで全てを納得した表情になる。

「至れり尽くせりでした」

 まさしく、山を越えて水の中までも、だ。

「ティオも温泉に入ったのか? 寒いところを飛んだからさぞかし気持ち良かったろうな」

『うん、皆が洗ってくれた』

『ぼくねえ、ティオの尻尾も洗ったの! 獅子の尾!』

「しかし、濡れたままだと体が冷えるだろう。逆効果ではないのか?」

『そこはそれ、風の精霊と光の精霊にご助力をいただいて』

「ああ」

 九尾の短い説明に、それだけで得心した表情になる。

「本当に頼りっぱなしで」

 シアンが主従のやり取りに苦笑する。

『シアンちゃんに力を貸せるのが嬉しそうな節がありますがね』

「だろうな。私にまで影響が及ぼされるほどだものな」

 それほどに甚大な力を持つ存在だ。

 何となく、黒ローブのことについては話さなかった。どう説明すれば良いのかわからなかったからだ。変な因縁ができてしまったシアンとしては、この懐の深い女性を巻き込みたくはなかった。


「コラには行ったんだろう? 大丈夫だったか? いや、ティオがいるなら心配はいらないだろうがな」

 フラッシュが語るところ、コラのような大きな街では、旅人と見ると途端に寄って来る客引きや物乞いがいる。シアンはティオがいるから人が寄ってこないが、甘い誘い文句やなれなれしくされたり、しつこい者もいる。

「私もパーティメンバーがいたから無事だったが、これがソロで初めて訪れた街ならば、緊張と不安で押しつぶされそうになるだろうな」

 やはり、アダレード国は過ごしやすい場所であるように設定されていたのだろう、と言う。

「思いがけず、初の異国に足を踏み入れるのは恐怖すら感じたよ。判断力も鈍る。そこを狙って物売りや物乞いが寄って来る」

「そういう時はどうするんですか?」

「まずは落ち着くことだね」

 至極真っ当なことを言う。確かに気持ちの高ぶりや緊張がほぐれれば、冷静に対処することもできるようになる。

 他にも、大都市の宿にも特徴があって安い高いだけでなく、商人たちが集う宿、冒険者たちが集う宿、という特色が出てくるといった話を聞く。

「現実の話はあまりしないものだが」

 そう断りを入れて、現実世界での登山家やバックパッカーがこのゲームを希望していると話した。

 命の危険はなく、けれど、臨場感とリアリティは味わえる登山、今や便利になりすぎた旅行を、よりサバイバルに体験することができるのが魅力なのだという。セーフティエリアで野宿でも最低限の安全は保障されている。体力は現実世界よりもあるし、怪我や病気をしてもゲーム世界の中のことである。

 そのため、近々またプレイヤーが増えるだろう、とフラッシュは話す。そうすると製作会社の何らかの手も入るのではないか、とプレイヤー間の話題となっているそうだ。

 マジックバッグなどというゲームならではのアイテムもあり、バックパッカーよりも重い荷物を持たずに済む分、十分に楽だ。ただ単純に歩くことを楽しめるという意味では確かに旅目的でこのゲームを始めるのは良いかもしれない。

 シアン自身も異世界旅行をしようとこのゲームを始めた。

 それだけでないことを、シアンはすでに知っていたが。

 アダレードにはなかった異類という存在が大きく影響している。また、貴光教も影を落としている。

 フラッシュのパーティはしばらくコラを起点にスケジュールの合うメンバーで活動すると言う。そんな訳で、九尾はフラッシュに付いて行くことになった。

『くれぐれも気を付けてくださいね』

「うん、色々ありがとう」

 シアンよりよほど精霊の力に詳しい九尾の忠告に神妙に頷いた。


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