36.増員の予感 ~一度は言ってみたい言葉3~
大分人ははけたが、それでもまだ残りがたく余韻に浸っている者もいた。
「やあ、すごいね、グリフォンが太鼓を叩くなんて、聞いたことがないよ! 小さい方も、すごく楽しそうだね。こちらも楽しい気分になるよ」
中には親し気に語り掛けてくる者もいる。
「エディスに来たばかりなんだけど、すごいものを見た!」
さらさらの前髪の毛先をやや左側へ流した、日に透ければ金に見える茶色の髪を持つ。童顔で少しばかり下唇が厚い広がった鼻。丸い曲線を描く頬は愛嬌のある笑みを浮かべている。
「君たちが噂の翼の冒険者なのだろう?」
連れの男はすれ違う女性が頬を染める美男子だ。広い額からすっと通った鼻筋の下、薄いが小さくはない唇。中央から分けた茶色の前髪がこめかみで外側に緩くカールし、伊達男に見せている。力強い眉頭のすぐ下にある髪と同色の明るい茶色の目が甘さを与えている。
声を掛けてきた二人連れに曖昧に笑って返す。
「幻獣たちがすごいだけで、二つ名をつけられるほどの者ではないんですが」
『名乗る程の者じゃないが、九尾のきゅうちゃんです!』
名乗っているじゃないか、という言葉はすぐそばに人がいるために飲み込んだ。おそらく、言ってみたい台詞パート三だろう。一体どこまで続くのか。
「その幻獣と一緒にいられるのがすごいのさ」
若い方の男が興奮気味に話す。
「君ほどの者なら何か聞いたことがないか? 精霊のことなんだ」
「精霊? 農夫の方が大地の精霊を祀っていると伺ったことがあります」
当たり障りない事を言ってみせると、落胆の色を見せずに笑う。
「そう、それさ。その精霊は滅多に姿を現さないんだけど、高位幻獣ならごくわずかに見ることや感じることがあるらしいんだ」
そういえば、九尾は闇の精霊の出現を目撃していた。あれは確か、リムが暑い最中でもシアンの肩に乗りたいと闇の精霊に願った時だ。
「そうなんですか?」
シアンの言葉に大きく頷き、続ける。
「だからさ、グリフォンなんていう高位幻獣なら、見たことがあるんじゃないかって。聞いてみてくれないかな?」
輝く笑顔がそこでシアンの心持を窺うような表情に変わる。それでも明るくまっすぐな気性は損なわれないで現れていた。
「構いませんけれど、どうしてそんなに精霊にこだわるのですか?」
「それは———」
「ロイク、こんなに人通りがあるところで喋りすぎるのは感心しないな」
伊達男が止める。確かに、込み入った事情は話しにくいだろう。
「俺はこの人ともっと話したいんだ。だからって、初対面の人間が場所を移してくれって言うのは失礼だろう?」
確かにその通りだが、若く見えるものの、分別のある人物のようだ。
結局、人目を避ける為に場所を変えて話すことにした。
『シアン、この二人、異能を持っているようだよ』
ティオがそう言ったからだ。
異能を持っているということは異類ということになる。
人型異類といえば、つい先日のゾエの悲劇が思い起こされる。それに、純粋に他の人型異類に興味があった。
広場を後にする。ティオが動くと自然と人垣が割れる。
「ティオ、よく分かったね」
ティオの声を二人が聞き取れないことを良いことにこっそり話す。
『うん、感覚が鋭くなってきているみたい。ゾエに行ってから、異能持ちの人型異類がどんな風なのか、何となくわかるようになってきた』
かくも精霊の加護とはすごいものなのか。凄まじいスピードでティオは様々なことができるようになってきている。
エヴラールが言っていた。人型異類が非人型異類をけしかけていた、と。
しかし、その人型異類がエディスでこうものんびりしているものだろうか。
細い路地を入り、小さな人気のない広場で立ち止まる。
彼らはロイクとアメデと名乗った。
アメデがハンサムなら、ロイクは美少年といったところだが、実際は二十前後だろう。二人とも常に笑みを湛えている。アメデは口の両端を吊り上げ、ロイクは頬を綻ばせている。
「急に声を掛けて申し訳ない。俺は幻獣を探していたから、街中でグリフォンやドラゴンなんていう高位幻獣に会えたのが嬉しくて」
「どうして幻獣を探しているのか聞いても? 精霊が見えるから、ですか?」
話を聞いてみる気になった。人気が多いところではリムがドラゴンであるということを口にしなかったからだ。一目でグリフォンと分かるティオはともかく、リムは大きくなるまでは一見してドラゴンかどうかはわからない者が多いだろう。シアンがそのことを公言するしないを知らないにしても、自分の方からは伏せておいた。その気遣いに好感が持てた。そして、幻獣を探しているというだけあって、リムの正体を見抜いたことへの称賛もある。
「そうなんだ。どちらかと言うと、精霊の方を探していてね。俺は精霊を見たり声を聞くことができるんだ」
「そうなんですか。精霊と会うことができるのは稀なことだと聞きますが」
シアンがそう返すと、拍子抜けした顔をされ、戸惑う。
『シアンちゃん、通常は精霊の姿を見たり声を聞いたりすることはできないんですよ。十分に異能者です。それも、珍しい能力を持っている者と言えるでしょう』
九尾の注釈に、反応を間違ったことを悟る。自分が四種類もの属性の精霊と親しくしているからといって、それが当たり前のことではないのだ。
「では、聞いてみますね」
こちらとしてもあまり深く触れられたくはない事柄だ。早めに済ませてしまうことにする。
「ああ、頼むよ」
ロイクは明るい心根があふれ出す笑顔を浮かべる。
「ティオ、リム、精霊を見たりその声を聞いたことがある?」
「ピィ?」
「キュア?」
二頭揃って首を傾げて見せる。ティオは合わせてとぼけてくれたが、リムはしっかり、もちろんだよ?と言っている。
「そう、ありがとう」
二頭の首を撫でてロイクに向き直る。幻獣自体も好きなのか、簡単に触れることができるシアンを羨ましそうに見ている。
「見たり聞いたりしたことはないそうです」
「そうか……」
残念そうに肩を落とす。
「ロイクさんは精霊に会って何をしようとしているのですか?」
「うん? 会ってみたいだけさ」
「願い事をしたり、加護を希望したりはしないんですか?」
シアンの言葉にロイクは目を見開いた。
「まさか! そんな大それたことは考えたこともないよ。精霊ってのは世界の力の粋だ。いわば、世界を支えてくれている存在だ。十分尽力しているのに、さらに力を寄こせなんて言わないよ」
本当に気持ちの良い人だなと思う。異類、という区別がシアンにはまだあやふやな所為か、異能を持つ人、で良いのではないかと思う。
「そうなんですか? 農夫の方などはよく精霊に祈ると聞きますが」
「まあ、生活がかかっているから、いいんじゃないかな。それに、応じるかどうかは精霊の自由なんだしさ」
肩を竦めて悪戯めいて笑う。少年っぽさを残している。
「精霊も人の願いを叶えてばかりじゃあ、大変だろうから、精霊に会ったら逆に何かできることがないか聞いてみようと思ってね」
その言葉にはっとさせられる。自分はしてもらうばかりで何かしてやれることはないかなどと考えていただろうか。精霊たちの方が圧倒的に力がある存在だとしても、自分なりに何かできることがあるのではないか。
そう、シアンは考えた。
改まって考えたことがないだけで、シアンの言動は常に精霊たちのためになることをしようという意識を持っていた。だからこそ、彼らの加護を得ることができたのだとも言える。
「ロイクさんが精霊の願いを叶えてあげるんですか?」
「そうさ。できることは限られるし、俺たちの価値観とは全く違うから、何を言われるのか、今からわくわくしている」
目を輝かせて話すロイクの瞳が急に陰った。かと思うとふらりと上体を大きく傾がせる。咄嗟に手を伸ばして支えようとしたが、黙って控えていたアメデがすぐさま支えた。
「大丈夫か?」
「ああ、うん、ちょっと興奮しすぎただけ」
少し呂律が回らない。
「体の調子が悪いんですか?」
言いながら、シアンはマジックバッグから経口補水液を取り出して渡す。
ぼんやり礼を言いながらのろのろと手を伸ばしたロイクを遮って、アメデが受け取り、先に口をつける。毒見だ。
「こら、失礼だろう」
「構いませんよ」
体調を悪くしながらも礼儀を忘れない姿勢はいっそ天晴である。
「水と塩と糖分と果汁が入っています」
「ありがとう」
アメデに渡された水筒を口につける。意外に喉を鳴らしながら大量に摂取する。
「ああ、美味いな、これ。それに何だか気分も良くなった気がする」
物言いもしっかりしたものに戻っている。
「よければ、レシピを教えてくれないか?」
ロイクが復調したのを見て取ったアメデがシアンに要求する。
「お前は本当に失礼な奴だな」
「こんな時に遠慮してどうする」
アメデに支えながらも不満を口にするロイクにやり返す。遠慮ないやり取りにシアンは笑う。
「いや、本当に済まない。精霊の声を聞いたり見たりできる分、あっち側に引っ張られやすくて、体調を崩しやすい体質なんだ」
『肉体と神のバランスを保つのが難しいんでしょうね』
九尾が補足する。
「それでも、精霊に会うんですか?」
「悪い事ばかりじゃないさ。魔力感知は得意だし、魔力を細かく扱うのはお手の物さ。風の矢をまっすぐ飛ばすんじゃなくて、障害物を乗り越えて的を狙ったり、追跡したり、色々重宝するんだぜ?」
茶目っ気たっぷりに笑う。
体調が悪くても精霊に傾倒する彼は全く気にしていない風だ。
「この調子だから、周囲が気をもんでいるんだ。力が強いからこそその分体が耐えられないってのに」
アメデが眉間に皺を寄せてため息をつく。嘆かわしいと言わんばかりに左右に頭を振る。どこ吹く風でロイクが続ける。
「だから、外の世界へ飛び出したんだよ。いつまで経っても過保護にされるばかりでさ。それを心配した執事の息子がついてきたってわけ」
結局過保護にされている、と肩を竦める。
「執事の息子?」
意外な言葉にシアンは思わず繰り返す。
「そう。アメデはうちの家の執事の息子なんだ」
「こう見えても、ロイクは良いところのお坊ちゃんだ」
酷い言い様のアメデに気にせず、ロイクは頭の後ろで腕を組んだ。
「あーあ、幻獣でも精霊を見たことのあるやつはいないのかなあ」
正しく、ロイクが探している幻獣は目前にいる。
シアンはそれを言うのは控えた。この流れは、確実に幻獣のしもべ団の団員が増えるものだ。
あまり大きな組織になっては据わりが悪い。
願わくば、マウロたちと接触しないでほしい。精霊が見えるどころか、加護を持つということがばれてしまう。
「じゃあさ、この近くに人型異類の村があるんだけど、それは知らない?」
何故、嫌な予感ほど当たるのだろうか。
「ゾエという村なんだが、異類の村だけあって、知っている者が少ないんだ」
ロイクの言葉にアメデが続ける。
「場所が分からないんですか? そんなところへ何の用事があるのですか?」
明言は避けて詳細を聞いてみることにした。
「おいおい、人型異類は理性的だよ」
アメデが片眉を跳ね上げて言う。
「ゾエ村の異類もだけど、俺たちもね。あ、君はもしかして、異類はすべからく排除せよ、という主義?」
ロイクが首を傾げてシアンの顔を覗き込んでくる。くるくると表情が変わる。
「いいえ、そんなことはありませんよ」
実際、ロイクには好感を持っている。ただ、彼の目的が目的なだけだ。
「知り合いがそこに住んでいるって言っていたから、訪ねていくんだ」
「差し支えなければ知り合いの方の名前を窺っても?」
「グェンダルだよ」
これは逃げられない、とシアンは観念した。
「知っています」
そこで二人にゾエが非人型異類に襲撃されたことを話すと青ざめた。
「そんな……」
「グェンダルは無事だったが、だから良いというわけでないな」
流石のロイクも陽気さが鳴りを潜め、絶句する。アメデも難しい顔をして腕組みする。
「それでも、ゾエに向かわれますか?」
「ああ、復興の手は多い方が良いだろう」
「色々教えてくれてありがとう」
シアンの質問に、アメデは即座に頷き、ロイクは礼を言う。礼節をわきまえているのは良家の子息だからか。腑に落ちる。アメデがロイクにぞんざいなのはそうするように言われているのかもしれない。そんな気がした。
「すぐ向かうとするよ」
「お気をつけて」
願わくば、すでにグェンダルたちが人型異類を追って村を出かけていると良い。シアンの願いは届けられたかどうか、知る由もなかった。ゾエに向かえばすぐにわかるが、自ら地雷を踏みに行くことになるかもしれない。避けたいところだ。




