35.街角で演奏 ~ちっともそっち方面のフラグが立たないんですよ~
串焼き屋で買い物をした際、ティオが嘴で肉をこそげ取っていった串を見て何となく思いついた。
ボウルに粘り気の強い種類の小麦粉、低めの温度の湯、ドライイースト、塩、オリーブオイルを入れて捏ねる。
それを光の精霊に温めてもらった後、更に捏ね、タネを休ませる。細く細く長く伸ばしてオーブンで焼く。
これで食べられる串、グリッシーニの出来上がりだ。
このグリッシーニを細長いソーセージに沿って突き出さない程度に刺す。
今度は粘り気の弱い小麦粉に牛乳と卵白と砂糖で作ったメレンゲを混ぜる。このタネでソーセジを包み込み、油で揚げる。
手作りのトマトソースを煮詰めたものやマスタードをかけて食べる。
アメリカンドッグもどきである。
『揚げパンが甘い!』
『トマトの酸っぱさと黄色いソースの辛さとパンの甘さとソーセージの塩辛さが合わさっているね!』
リムは随分語彙が増え、表現も豊かになった。そして、味覚も鋭い。これはどんどん料理のハードルが上がって行くのではないか。
『まさしく、色んな味の競演。美味しいですね』
九尾も気に入って器用にグリニッジを摘まみ上げながら齧っている。皿に乗せたのを直に齧っていたリムが九尾の真似をして小さな手で持ち上げてかぶりつく。小さな顔の割りに大口が開くので、みな同じ大きさで作った。
「この串もパンの一種だから、食べられるよ」
『本当だ、さくさくしていて美味しい』
『ティオもお皿の上のを全部食べられるね』
串焼きを食べる際、ティオは他者に串を持ってもらうか、皿に置いたものを前足と嘴を使って食べる。
『何ていう料理なの?』
ティオの問いに戸惑う。
「え? うーん、本来はコーンドッグなんだけれど、コーンミールは使っていないからなあ……」
この世界にない国名を冠した名称は和製英語で、元々はコーンドッグと呼ばれている。
『また作ってほしいから、呼び名が知りたい』
「じゃあ、グリッシーニを使ったから、グリッシーニドッグでどうかな?」
ドッグはホットドッグから由来する。どちらもソーセージを使っていることからついた名称だ。ホットドッグもサンドイッチと同じくらいの頻度で作っているので、その方がティオやリムにもわかりやすいだろう。
『グリッシーニというのが、この食べられる棒?』
リムが短くなったグリッシーニを掲げて見せる。いわゆる食べさしである。
「うん、そうだよ。でも、食べかけのものを振り回したり見せつけたりするのはあまりお行儀がよくないから、やめようね」
『分かった!』
素直に受け止め、残りのパンを口に収める。串焼きの串のような形状なので、つい同じく扱ったが、それは違うのだと諫めれば受け入れてくれる。
『グリッシーニドッグ、また作ってね!』
自分の皿を空にしたティオが随分気に入った様子で、シアンの腹に頭をこすり付ける。頬ではないのは食べたばかりの嘴の汚れを気にしてだ。
シアンはその嘴を布で拭きながら、自分の皿からティオとリム、九尾の皿に一本ずつわける。
『いいの?』
『シアン、食べないの?』
『お替わりが!』
「うん、まだあるからね」
幻獣たちの皿に山積みにした勢いで自分の皿にも四本乗せていたのだ。大量に油ものを揚げた身としては、一本で十分だ。
シアンはそうやって美味しいものを食べさせてくれ、あまつさえ自分の割り当てでさえ、分け与えてくれようとする。ティオとリムはそれを喜び、分け与えるという行為や人に示す優しさを知っていった。
彼らは高位幻獣とはいえ、何のしがらみもなく生きていれば、自分の獲物を譲ったりしない。しかし、協力して力を合わせること、分け与えること、一緒に体験すること、つまり、分かち合うことを知った。そうすることを楽しみ、喜びとしてきた。
シアンが自然とそうすることで、ティオとリムの意識を徐々に変えていく光景は、また、九尾にも影響した。シアンは何か目的をもって彼らを変えようとしているのではなく、彼らと長く共にあるために努めているのだということを、九尾は間近で見ていた。
『ねえ、これ、あの小さい人間にも食べさせてあげようよ。こんなに美味しいんだもの。きっといっぱい食べて元気になるよ!』
リムがそう提案したのに、シアンは驚いた。
小さい人間とはエディのことだろう。そういえば、リムはエディにトマトをあげていた。
「珍しいね、リムが人に興味を示すのは」
カラムやジョンといった美味しい食べ物をくれる人間ではなく、自分が分け与えたいと思う人間はシアン以外では思い浮かばない。フラッシュもマウロもリムによくしてくれているからこそ、リムは彼らを味方だと思っている節がある。そして、それは当たり前のことだ。
『じゃあ、必要な材料を買うために狩りに行ってこようか?』
ティオが言う。これはリムがやりたいということを手伝う気持ちからだろう。
「ふふ、二人とも、優しいね。材料ならあるから今から作るね」
体の弱いエディは妹を彷彿させた。なのに胸が痛まないのは、兄であるシリルと母であるイレーヌとの関係が良好だからだ。
あの親子が何故こうも気に掛かるのか、最初は分からなかったけれど、少しずつ自覚していった。互いが互いに思いやっているその関係性がシアンにとっては眩しい理想そのものだったのだ。自分が手に入れられなかったものだから、大事にしたい。それは勝手な思いだけれど、好意は好意だ。
正午を越え、ようやく厚い雲から日差しが伸びてき、徐々に暖かさも蘇ってくる。
エディスへ戻ってイレーヌが働く料理店へと向かう。昼を過ぎれば料理店も休憩に入ると以前、料理を習った際に言っていた。人が多い広場を横切ろうとすると、イレーヌ親子がちょうど歩いてくるのに行き会った。
「ティオ!」
「リム!」
シリルとエディが腕を振って駆け寄ってくる。
「こんにちは」
「こんにちは。みなさんでお食事ですか?」
「ちょうど済ませたところです」
残念ながら既に食べ終わったようだ。
「じゃあ、お腹が一杯かな? ティオとリムがシリルとエディに食べたパンが美味しくておすそ分けしたい、って言うから持って来たんだけれど」
兄弟に向けてやや腰をかがめて尋ねる。
「「ティオとリムが? 食べたい!」」
仲良く口を揃えて喜ぶ憧れの幻獣が自分たちに食べさせてやりたいと言っていたのだと聞き、嬉しく思い、興味を抱いたのだろう。
「すみません、色々頂戴してばかりで」
「気にしないでください。僕にも病弱な妹がいたから、母親は大変なんだろうなって思うので」
『きゅっ……! なんと、まさかの年上狙い?!』
九尾が益体もないことを言っているが聞かぬ振りをする。
イレーヌ親子は初めて見る食べ物に驚き、味を楽しみ、美味しいと言ってくれた。持ち手の棒まで美味しく食べられるところが良いとシアンの発想も褒めてくれた。シアンが褒められるのは幻獣たちも嬉しく、穏やかな空気が流れる。食事を済ませた三人はそう食べられず、幻獣たちもご相伴に預かった。
一緒におやつを食べているうちに色々話し、ティオもリムも楽器を演奏すると言うと聞きたいとねだられた。
「広場って勝手に演奏しても良いものなんでしょうか?」
「大丈夫みたいですよ」
マジックバッグからリュートとタンバリンを取り出した。ティオの大地の太鼓も、ここから取り出す振りをしておく。
「きゅーたんは?」
いつの間にか、リュカもやって来ていた。九尾に懐いている子供だ。他に、街の人も何が起きるのかと足を止めている。
『きゅーちゃんは聴衆です。拍手要員です。賑やかしです』
「リュカ、きゅうちゃんと一緒に聞いていてね」
「うん!」
九尾の隣に陣取って、白い毛並みにくっつく。
「ちびたん、キュイたん、がんばって!」
自身よりも小さいリムをそう呼べるのが嬉しいのか、リュカはリムを「ちびちゃん」と呼ぶ。ティオは鳴き声からそう呼んだ。
可愛い応援に後押しされ、テンポの良い曲を次々と演奏する。
ティオが力強いリズムを作り出す。それに合わせて、リムが腹を見せる格好で空に後ろ脚立ちしながら足踏みする。
演奏をしていると人が集まってきて二重三重と円ができた。
皆一様にグリフォンが太鼓を叩き、小さい幻獣がタンバリンを鳴らすのを微笑ましく見守った。
シアンはフラッシュたち親しいプレイヤーや精霊たち以外の人前ではリュートしか弾かない。精霊からもらった楽器が大事だということもあるが、どちらも一目で質の良いものだと分かるからだ。この世界にも奇しくも既にピアノもバイオリンも完成形のものがある。しかし、ピアノをマジックバッグから取り出すのは目を引く。大仰な二つ名をつけられてしまっているので、狩り以外の分野では人目につかないようにしようと思っていた。
幻獣が楽器を奏でるという世にも稀な事象に関しては思い至っていない。彼らと音楽を楽しむのは既に身近なものとなっていたからだ。
聴衆はシアンの演奏の腕前について、まあまあ上手かな、という認識を持った。それより、ティオとリムの演奏に気を取られた。
それでも、演奏が終わった後に沢山の拍手を貰って笑顔で称賛された。
「いやあ、グリフォンもちっこいのも強いだけじゃなくて音楽もできるとはなあ」
「上手だったねえ」
「グリフォンの太鼓のリズム! 力強さ! クール!」
「ちびちゃん、すっごく楽しそう!」
「こっちも楽しくなっちゃったわあ」
言いながら、音楽の礼だと言って果物やパン、串焼きなどといった食べ物から、布や炭などといった日用品、中には貨幣までくれた。
「あの、お代をいただくつもりで演奏したのではないので」
「いやいや、良い気分にさせてもらったお礼だよ」
「良い冒険者が来てくれたわ」
「頑張れよ、翼の冒険者!」
口々に言って手を振り笑顔で去っていく。
後に、エディスの公共施設がある街でも一番広い広場に立つ円柱の上に、グリフォンや白い小さな幻獣の像が設えられることになる。
エディスの街の人々はそれほどにグリフォンとその同行者たちに感謝しているのだ。街の守護者として、長く語り継がれることとなる。
シリル親子やリュカも名残惜しそうに手を振って別れた。
彼らも興奮しきりだった。
エディが青白い頬を赤く染めて生気あふれる満面の笑みを浮かべていた。一時でもそんな姿にすることができて、シアンはひそかに達成感を抱いた。




