33. 新たなメンバー
「あの、非人型異類を操っている人型異類が、あの黒ローブだとは限らないですよ?」
立ち去るタイミングを逃し、あれよあれよという間に、彼らの内情を随分と見聞きしてしまったシアンは、念のため言っておく。
「そうだね。でも、何らかの関わりはあるだろうさ」
言って、ロラが済まなさそうに笑う。
「シアンには余計なことを色々聞かせてしまったわね。今、聞いたことは忘れてちょうだいな」
夫を失い、復讐を誓う反面、こうやって他者を気遣うことができる、強く優しい女性に何も言うことはできなかった。
せめてもとアダレード国で得た鉄鉱石や魔鉄、魔銀、そして狩りで得た肉や野菜を復興の一助にしてほしいと渡す。
「いや、でも、こんなにもは……」
マジックバッグから次々と出てくる物資に、一同は戸惑う。多くを失ったゾエ村としては必要なものだ。しかし、貰う謂れはない。
「それは情報料です」
「情報料?」
「皆さんはこれから、世界のあちこちを旅される。その行く先々で、もし僕や僕の友人たちに出会ったら、情報を提供してほしいのです。これは先払いです」
村の再建に使うも良し、路銀にするも良し、金属も金も食料もいくらあっても足りないだろう。
「ああ、シアンなら、あちこちで会いそうだなあ」
エヴラールがティオを見て、シアンの行動範囲は相当広いだろうと頷く。
「友人って?」
アシルが怪訝そうに尋ねる。
そこで、幻獣のしもべ団のことを伝える。彼らに鉱石などを受け取らせる方便だったが、意外に良い案かもしれない。フェルナン湖の水質調査も、スクイージーに出会って彼から情報を得たことから大きく前進した。そういった各地の情報を得ることは今後、重要な事なのかもしれない。何しろ、シアンはこの世界のことに疎い。
「へえ、流石はドラゴンだな。もう手下を持っているのか!」
アシルが面白そうに目を輝かせてリムを眺める。なお、ティオとリムは危険はないと知って、近くで寝そべってのんびり寛いでいる。他者の事情には露ほども興味はなさそうだ。
「正直、今の俺たちにこの物資は有難い。だが、ゾエ村の者全てが幻獣のしもべ団に入ることはできない」
「は?!」
グェンダルが真面目な顔で告げるのに、シアンは思わず素っ頓狂な声を上げた。今、自分は幻獣のしもべ団に勧誘したのだろうか。しかも、村人全員を?
「だから、ここにいる俺たち、人型異類及び黒ローブを追う者たちが幻獣のしもべ団に入ろうと思う。いいな、お前たち」
完全なる思い違いだ。そんなちょっとした勘違いで人生の岐路を選択してしまって良い筈はない。
シアンは断ろうと思った。しかし、ロラたちは一様に頷いたし、他の声が乱入してきた。
「私も行く!」
「リリト?」
シアンが否定する間もなく、自分も行く、いや残れ、というやり取りが何度目かで起こる。
「わたしも、カリーネを、家族を殺されたの! 確かに力はないわ。遠くを見通す目も聴き分ける耳もない。でも、隠ぺいは得意としているわ」
「だが、お前は……」
「そうよ、二度目よ。二度も非人型異類に住処を奪われたわ。三度目は嫌なの。三回も奪われてなるものですか!」
荒い息を突きながら大きく肩を上下するリリトに、ベルナルダンが困り果てる。
「いいじゃないか、連れて行こうよ」
「ロラ! リリトはまだ幼いんだぞ」
諫めるグェンダルにロラは笑う。
「何を言っているんだい。リリトは女だよ。すぐに大人になるさ! それに私たち一族にない技能を持っている。きっと役に立ってくれるさね」
「うん、うん、私、頑張るから……」
リリトが目元を乱暴に拭う。
「ほら、そんなに力いっぱい拭くから赤くなっているじゃないか」
ロラが妹に対するように面倒を見る。その姿に、グェンダルが仕方がないとばかりに肩を落とす。
「じゃあ、シアン、ここにいる八人が幻獣のしもべ団に入る」
「よろしくな!」
グェンダルの言葉に、エヴラールが乗っかる。
「いえ、しもべ団に入っていただかなくても、情報をいただくだけでいいんですよ」
「そうなのか? でも、幻獣のしもべ団に入る方が何かと繋ぎがつけやすいだろう」
慌てて断りを入れるシアンに、ガエルが言う。
何故、皆、リム、もしくはティオの手下になりたがるのか。そも、リムが手下を欲しがったのはシアンを人間として助けさせるためだ。マウロたちはそれでも全く構わないと言っていたが。
「あ、あの、気を悪くしないでくださいね」
前置きをして、その旨を伝えたが、当然のような顔をされた。
「いや、リムの言う通りだろう?」
「え?」
「リムやティオは強い。だが、世情に疎かったり、多種族のコミュニティには手出しできないことがある。そこを補おうとしたということだろう」
そんなに理論的に考えたとは思えないが、もしかしてシアンが侮っているだけで、リムはそんな深謀遠慮を?
シアンは一時、混乱した。
単に自分にできないことをさせようとリムは考え、それを難し気にグェンダルが言っただけだ。
「じゃあ、ちょうどいいな。俺たちは人型異類として、その特性を活かしてシアンの手助けをする、ってところだな」
アシルが一つ大きく頷く。
「そういうことだ。では、情報伝達手段だが」
グェンダルがどんどん話を進めていく。
シアンは観念して、幻獣のしもべ団の合図となる色分けされた布のことを話した。
「他の人間のしもべ団には僕の方からみなさんのことを伝えておきます」
「ああ、宜しく頼む」
「っは~、すごいな、ドラゴンのしもべだ!」
エヴラールがため息をついた後、浮き浮きと言う。
ここでもそんな反応なのか、とシアンは苦笑する。
「済まないね、すっかり巻き込んでしまって」
「いいえ、これからも宜しくお願いしますね」
シアンを気遣う言葉を掛けるロラに微笑む。
「皆さんも、くれぐれも怪我をしないでくださいね。しもべ団の細かい規定などはマウロさんに会う機会があれば聞いてみてください。でも、これだけは守ってください。必ず、無事でいること」
シアンの言葉に全員が頷いた。
自分で言ったものの、そういえば、幻獣のしもべ団には規定はあるのだろうか。それすらも知らない首領の一員とは。いや、首領はリムなので、シアンは知らなくても良いのだろうか。でも、リムも知っているとは思えない。ティオはそもそもしもべ団に興味はないだろう。
シアンは新しい幻獣のしもべ団団員をティオとリムに一応紹介し、彼らと別れ、帰路に就いた。
黙っていた。
非人型異類をけしかけて笑っていた人型の異類が、村人を捕まえてシアンについて色々聞き出していたことを。
初めは戯れにグリフォンを連れた冒険者を知らないか、知っていたら助けてやろう、と冗談めかして言った。
それは完全に助ける気のない表情だった。しかし、掴まった村人はほぼ無力に近い者だった。助かりたい一心で、知っていることを洗いざらい話した。
異界の眠りという長時間睡眠をするのだ、ああ、眠っている間は何ものも寄せ付けず、何があっても起きることはないのだと言っていた、と。また、最近異界からやって来た異類で、もう少し後になったらゼナイドにも増えるとも言っていたとも。
客人は珍しい。グリフォンとドラゴンを連れ、リュリュを携えてくるような人型の異類など見たこともない。だからこそ、よく覚えていたのだろう。白い小さい幻獣がドラゴンであることやそのドラゴンが不調に陥り、相当取り乱していたことまで喋った。
人型異類はこんな辺鄙な村で有用な手掛かりを得ることができた、とほくそ笑んでいた。
そして、今、自分はその異類に村人が情報を与えたことを黙っている。シアンが怒るとグリフォンとドラゴンがどう出るかわからないからだ。これ以上、災厄を呼び込みたくない。狡い考えであることは承知していた。
予想通り、喋った者は殺された。自分はただ隠れてそれを聞いていただけだったのだ。
思いもかけず、幻獣のしもべ団というものに所属することになったが、この先、どうなることか。しかし、せめてもの償いをしようと思う。シアンがこの先、何かからかは知らないが、狙われるのは予測できる。それを防ぐことに手を貸せるなら、精いっぱいの償いを。
リリトは再び会えた冒険者に、けれど、単純に喜ぶことはできなかった。もはやそんな心境にはなれない。
自分の怠慢で、カリーネは死んだのだ。自分の代わりに。
毎朝、産みたての卵を回収して近所に配るのはリリトの役目だった。しかし、その日、悪夢にうなされて寝つきが悪かったせいで寝坊したのだ。たまには寝させてやるかとでも思ったのだろう、カリーネが餌食となった。
もはや、この先、リリトは卵を食べることができないだろう。今は見るのも嫌だ。
でも、それが何だろう。あんな風に内臓を食い破られて死んでしまって、夫を復讐に駆り立てることよりも大変なことだろうか。
この罪は一生背負っていくことになる。それが自分が受けるべき罰だ。
「英知、人型異類は人間の盗賊のように集落を襲うことはしないの?」
シアンはティオの背に乗ってゾエからエディスへ向かう空の上で風の精霊に尋ねた。グェンダルたちから聞いた話で不可解なことがあった。
『通常、そう認識されているね。大体において、人間と同等の高度な知能を持つ存在で、それ以上に理性的であると言われているから。でも、中には好戦的な種族もいるよ』
「非人型異類の中でもスクイージーたちのように好意的で穏やかな者もいるよね」
『彼らは知能と理性が高いからね』
つまり、知能か理性が低いと、好戦的になるということか。
「でも、おかしいね。以前、英知は家畜とその卵を食べつくしてから卵を産んで、家主は卵だけは無事だったと思うって言っていたでしょう? でも、一晩で家畜と卵を食べつくして、夜が明けたら卵が孵ったの?」
『親が残っていたんじゃないの?』
リムが肩の上で首を傾げる。柔らかい毛並みがシアンの顎を撫でる。
「そうかもしれないね。でも、親は卵を産むためにわざわざ家畜小屋に入るのでしょう? 孵える筈の仔の食料を奪い取るかな?」
『たまに変わった奴が出てくることがあるよ』
ティオが言う。
「突然変異か。あり得るね」
異類の特異な性質から考えられることではあった。あれほど怖気が走る光景ならばそれもあり得ると思えた。
狩りと食事を済ませた後、早々にトリスへ戻った。
『シアン、元気ない?』
肩に乗ったリムが顔を覗き込んでくる。
『あの異類の村へ行ったから? 血の匂いが強く残っていたものね』
ティオも首を差し伸べてくる。二頭の頭や首筋を撫でながら、シアンは頷いた。
「うん、アダレードはまだのんびりした国だったんだなあ、って思って」
戦争の兆しがあったり、冒険者ギルドの上層部に売られたり、国に目をつけられたり、妙な機械に吸い込まれそうになったり、スタンピードが発生したりと様々なことがあった。
ゼナイドへやって来て、非人型異類や得体のしれない黒ローブといった存在を初めて見た。ゾエの惨状は片付けた後でも察するに余りある光景だった。
「僕も少しは自衛手段を身に着けなくちゃね」
『大丈夫、ぼくたちが付いているから』
『心配ないよ!』
シアンの胸に頬をこすり付けていたティオが視線を上向ければ、リムはシアンの肩の上で器用に飛び跳ねる。よく落ちないものだ。時折、後ろ足で肩や背をまたたくように足場を探して軽く蹴られることがある。それも慣れ、据わりの良い場所を探す足踏みが肩から外れていると、手で支えるようになった。その補助足場によってリムは一層シアンの肩で好き勝手に動き回るのだが、気づいてはいない。
「うん、ありがとう。いつも助かっているよ。でも、念のため、群れで押し寄せられた時とか、他の人の目がある時の目くらましが欲しいんだ。無用な嫉妬や詮索をされたくないからね」
ただでさえ、ティオは目立つ。エディスでは翼の冒険者などという大層な二つ名までついてしまった。実際にはシアンが強いわけではないというのに。
だから、依頼していたスリングショットのことを思い出し、ディーノの店へと向かった。
シアンが持つための威嚇武器として発注していたものの進捗具合を確認する為だ。無力なシアンとしては、手札を増やしておきたい。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。先日お願いしたスリングショットはどんな感じですか?」
「ちょうど、仕上がってきました。ジャンにも伝言をしておきましたが、そちらから聞かれましたか?」
すでに出来上がっていて、エディスの魔族が経営するよろず屋にも伝えていてくれたようだ。
「すみません、最近ジャンさんのお店には寄っていなくて」
折角、便利だからと紹介してくれた店もあれから行っていない。
「構いませんよ。こうして足を運んでいただいたのですから。早速、お持ちしますね。よろしければ、その椅子に掛けてお待ちください」
恭しい態度に苦笑が漏れる。出会った当初はもっとぞんざいだった。
蓋を取った箱のような形の盆の上に乗せたスリングショットは新品特有の艶と匂いがした。
「すごい、ゴムみたいに伸縮性がある」
「用途から素材を選び、腕力などを考慮して強度他様々な要素を調整しております。試してみて、お気に召したものをどうぞ」
スリングショットは四つあった。確かに全てに伸びた際の負荷が異なるし、持ち手も少しずつ違っている。
「全て買い取りますよ?」
オーダーメイドしてもらったのだ。その分材料も手間暇もかかっている。
「いいえ、そうはいきません。また、これらはいわゆる試作品で、微調整しますので、お気に召したものを使っていただく間に製作すると申しておりました」
職人のこだわりがあるのだという。
シアンが案だけ出したものを素材の選定から始まって、確固たる形に仕上げた。それは使い手の思うままの道具となるように尽力するのだという。
「いえ、折角ですし、それぞれで飛距離や衝撃力を試してみたいですから」
「でしたら、ぜひ使い心地など詳細を教えてください」
職人の標となると言われて約束させられた。
「腕の良いクロスボウ職人に任せましたので、具合の良い逸品に仕上がってはおりますが、やはり射手の体形や力に合わせたものを提供したいと申しておりまして」
その代わりでもないのだが、きちんと代金は四つ分を払う。
「ありがとうございました。職人の皆さんにもお礼を言っておいてください。エディスのジャンさんの店にも寄らせていただきますね」
「ぜひ。職人たちも喜びますので、使用感を教えてくださいませ」
深々とお辞儀をされて見送られた。




