31.村の人から料理を教わる ~それも毒ありです~
ニーナの村はエディスの近くにある。ティオの背に乗ればすぐだ。
森を丸くくり抜いて、肩を寄せ合うようにして家々が並んでおり、その周辺に畑が広がっている。
入り口から離れた場所でティオから降りて歩いた。シアンたちの姿に農作業をする村人のうちの一人が気づくと、素早く伝達され、ニーナが駆け寄ってきた。
「いらっしゃい! よく来てくれたね」
「おはようございます。お言葉に甘えて、野菜や果物と肉の交換をしてもらいに来ました」
『おばちゃんだ!』
自分に向かって元気よく鳴くリムにニーナは相好を崩す。
「おや、リムちゃんはおばちゃんを覚えていてくれたんだね! そうだよ、トマトのおばちゃんだよ」
『トマトのおばちゃん!』
好物を育てるニーナに、リムは早くも好意を抱いている様子だ。
「リムはニーナさんの作ったトマトが好きになったみたいです」
「嬉しいねえ」
ニーナの案内で村の中へ入る。
「おや、こんな辺鄙な所にまでやって来るのかい、流石は翼の冒険者だね」
「クレールさん、おはようございます。ニーナさんのお言葉に甘えてお邪魔しました」
「キュア!」
クレールの皺に覆われ筋の浮いた腕に掴まれた黄色い果実に、リムが首を伸ばす。クレールはエディスの市でよく果物を売っており、何度か賞味している。
「ほれ、今朝に収穫したばっかりのリンゴだよ。食ってみな」
クレールはやや口が悪いが、特にリムに優しい。
「ありがとうございます」
「キュア!」
シアンがリンゴを受け取って、リムに渡してやると、両前足でしっかと丸い果実を掴んでかぶりつく。トマトと変わらない無造作さで、硬度をものともしない。
「すっげー、あのチビ、クレールばあさんからリンゴを貰っているぞ」
「クレールばあさんが優しいなんて!」
「あんなに穏やかな顔、初めて見た!」
「あのチビ、やるな!」
遠巻きにシアンたちを見物していた子供たちが騒ぐ。妙な尊敬がリムに集まった様子だ。
「ふん。あたしはもう行くよ」
子供たちを歯牙にもかけず、驢馬に曳かせた荷車に乗る。小さな御者台がついている、以前見たニーナの荷車よりも立派なものだ。
「今日もエディスでお店を開くんですか?」
「そうさ。あんたもまた、店においで」
「はい。また伺いますね。あと、リンゴ、ありがとうございます。美味しかったって言っています」
「お得意さんだからね」
素っ気なく言って出かけて行った。慣れた手綱さばきでうまく操っている。腰の曲がった高齢な姿だが、元気なものだ。村の子供たちの言う通り、口の回りは動作に輪をかけて達者だろう。
「そういえば、イレーヌちゃんがシアンちゃんに料理を教えることができたって言っていたよ。世話になったのに忙しくてなかなか教えられなかったけど、ようやくって」
またイレーヌの務める料理店にも顔を出してやれとニーナに言われる。
「そうだ、せっかくだから、私も教えようか? イレーヌちゃん程上手じゃないけど、毎日作っているものだからね」
「いいんですか? 農作業でお忙しいのでは?」
「それこそ、クレールばあさんの言う通り、お得意さんだからね。今日も良い肉をたっぷり貰ったからさ」
「それはちゃんと野菜と果物を頂いていますし。ソーセージまでいただいちゃって」
ゼナイドではソーセージをよく作る。寒い冬に入る前に加工しておく。保存が利く冬のご馳走だ。シアンはこの特有の白いソーセージを沢山貰っている。
「何言ってんだい。こんなに肉を貰っているんだ。まだまだ足りないさ」
ティオたちが狩りで得ることから、肉は大量にある。物々交換ができるのはありがたいことだ。
「では、教えていただけますか?」
「任しておおき!」
ニーナが豊かな胸を力強く拳で叩く。
「ニーナさんが料理を教えてくれるって。頑張って美味しいものを作れるようになるね」
ティオたちにそう言うと、新しいレシピへの期待に鳴き声を上げ、各々顔をこすり付けてくる。なぜか九尾までシアンの脚にしがみついた。
『じゃあ、その間、狩りに行ってくるね!』
「そう? 戻ってくる時はどうしようか? 村に近づいたら呼んでくれる?」
突然、村にグリフォンが人を連れずにやってくれば騒ぎになるかもしれない。
「おや、ティオちゃんたちは外へ遊びに出かけるのかい?」
「いえ、僕が料理を教わっている間、狩りに出かけるそうです」
「それは助かるねえ」
「この村の近辺でも魔獣被害があるんですか?」
ニーナの声のニュアンスからそう尋ねる。
「今は少ないものの、ないとは言い切れないからね」
「そうですか。じゃあ、ティオ、リム、きゅうちゃん、村人被害が出ないように内側から外へ向けて狩りをしてくれる?」
『分かった』
『頑張る!』
『きゅうちゃんも新しいレシピごはん、楽しみにしています』
若干一頭は発言に不安があるが、すべきことはきちんと行ってくれるだろう。
「村の者たちには私から行っておくから、安心して帰っておいで」
「ありがとうございます」
気を回してくれる彼女の伝達力は既に知っている。
意気揚々と出かけていくティオたちを見送って、シアンはニーナについて彼女の家の厨房へと入って行った。
フライパンで熱したバターで玉ねぎを炒める。透明になるまで炒める間、ホウレンソウを茹でて水気を搾り取り、みじん切りにする。玉ねぎに加えて共に炒めた後、粗熱を取る。
ボールにひき肉と塩を入れて混ぜる。粘り気が出たら玉ねぎとホウレンソウと胡椒を加えて混ぜ、タネを作る。小麦粉で作った皮の片面に水をつけ、二枚に重ね合わせる。その中央にタネを置き、皮の縁に水をつけて空気を抜きながら包み込み、四角に成形する。
これを熱湯で茹でる。
「皮に水をつける時、満遍なく塗るんだよ。ほら、これを使いな」
言って、ニーナが刷毛を渡してくれる。
「茹でるのは浮かんでくるまでさね」
豪快で手早いし、それ以上に口が動きっぱなしのニーナは調理のコツやタイミングなどを丁寧に教えてくれる。教え慣れているのか、説明は分かりやすい。ちょっとした失敗も笑い飛ばしてくれる。
小さい兄弟に接するように優しく物柔らかなイレーヌとは異なるものの、ニーナには暖かみと気の置けなさを感じる。
ゆで上がったものにトマトソースやチーズをかけたり、香草をかけて食べるのだそうだ。
「しっかり茹でているからね。チーズは余熱で十分溶けるのさ」
見た目も実に美味しそうだ。
ひき肉に小麦粉、チーズにトマト。たっぷりの玉ねぎとホウレンソウ。美味しい要素が沢山詰まっている。
しかも、ニーナはティオたちは沢山食べるだろう、と大量に作ってくれた。
また、白いソーセージを茹でて出してもくれた。
出来上がった料理の匂いに、狩りから帰って来た幻獣たちにせがまれ、昼には早い時間だが、食事となった。
ティオやリムは皮ごと齧って、ニーナを驚かせた。人間たちは皮を剥いて食べる。噛み千切れないからだ。そして、九尾が器用に皮を剥いているのにも驚いていた。さもありなん。
ソーセージは甘いマスタードとともに食べると至極合う。歯ざわりも香辛料の香りも独特だ。
ついでに覚えていくと良い、とマスタードのレシピも教えてくれる。
ニーナにはたった今狩ってきた獲物を渡していた。
「なんだか、悪いねえ、料理を教えたくらいでまたこんなに良い肉を貰っちまって」
「いえ、大量の料理を作ってくれたんですから。ティオたちも美味しいって喜んでいましたし。そのお礼だそうですので」
畑仕事を中断させて教えてもらったのだ。
「ティオちゃんたちは美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるねえ」
「はい。本当にそうですね」
両腕を振る村人たちに見送られて、村を後にした。
クレールの一件でリムを尊敬した村の子供たちから、周辺の食べられる植物のことを教わった。
まだ少し時間があるので、採取を行う。
『すっかり春ですなあ』
「暖かいね」
梢から差し込むうららかな日差しに穏やかな気分になる。
九尾の声に釣られて上を向くと、木漏れ日の暖かさを目でも楽しめた。
傍らに置いた籠にはアダレードでは見たことのない種類の植物も入っている。
ティオとリムに一つずつ、これとこれ、それとあれが食べられるんだよ、と教えていく。姿かたちや匂いでシアンが教えた草や木の実を拾って来ては籠に入れてくれる。
『シアン、大きくなったシメジのようなキノコを採った!』
リムが得意げにキノコを片前足で掴んで掲げて見せてくる。
木の根に生える香草を採取していたシアンは、しゃがんだまま振り向き、さてどうしようと内心苦笑する。
リムの顔程の長さの柄に三角形の傘が被さった姿のキノコだが、それは毒キノコだ。またもや風の精霊の世話になる必要がありそうだ。
『おお、聖火ランナーのようですな』
「きゅうちゃん、良く知っているね」
『きゅうちゃんですから!』
九尾への追及は後にして、リムに毒のことを伝える。ぴゃっと驚いて取り落としてから、高難度超高速もぐら叩きのもぐらのように行ったり来たりをする。かと思えば、後ろ脚立ちし、首を伸ばしてシアンを見上げ、自分の体を見下し、再びもぐらになる。
『リム、頑張って動いても毛の中に入り込むだけだよ』
「英知に頼もうね」
九尾の言にすかさず付け加える。
『うん! 英知、菌を取って!』
少し説明が足りないのではないか、と思うシアンを他所に、木漏れ日の透明な翡翠色を揺らしてするりと風の精霊が姿を現す。
見上げるリムを一瞥し、次の瞬間には頷いた。
『もういいよ』
あれで分かるのか、それで菌の駆除はできたのか、といつものことながらその力には驚かされる。
「キュア!」
喜色満面で礼を言ったリムが、さっそくシアンに駆け寄り、足から上へとよじ登ってくる。器用にバランスを保ってあっという間に肩に乗る。
ティオが長い茎に枝分かれしたような花柄が沢山つき、丸い花をつけている植物を咥えてやって来た。全体的に楕円を上下に伸ばしたフォルムをしている。細長い花托が無数に支える中に黄色い小さな毛のような花が上向きで咲いている。
『この茎の下部に生える細長い葉や根が薬用になる。カルシウム塩を含んでいるんだ。下痢の薬や殺虫剤にも用いられるし、場所によって、発酵酒の材料となることもある』
茎ではなく、その下が必要なのだと知り、ティオがしょげる。
その首を軽く叩きながら、シアンは仏具のろうそく立てのような形だなあと思っていた。
『シアン、ブラシがいっぱいついているよ!』
「本当だ、ブラシみたいだね」
リムには丸いブラシのように見えるらしい。
『ブラシして~』
後ろ脚立ちし、前脚をちょろりと胸に垂らして小首を傾げる。可愛いおねだりに思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、ちょっと休憩しようか」
ずっとしゃがんだままでいる脚も伸ばしたい。
風の精霊の案内で近くのセーフティエリアで水分補給傍ら、リムをブラッシングし、ティオの大きな体をリムと二人掛かりでブラシをかける。九尾は丸くなって英気を養っていた。




