28.翼の冒険者 ~翼、ないよ?!~
水面から戻ると長い年月が経っていた、ということもなく昼過ぎだった。
お伽噺ではないが、水中を移動したティオとリムは相当空腹だろう。シアンはもうこのままギルドに報告を済ましたらログアウトして今日は戻ってこない予定だが、その前に適当に腹ごしらえをしておけばいい。ティオとリムはとりあえず、エディスの街で買い食いして腹もたせをしてから、トリスへ戻って本格的な狩りをすると言う。
エディスでも串焼きを販売する店があり、トリスとは異なり、こちらはれっきとした店舗で販売している。
食べる量が多いので、あちこちの店で購入する。串焼き屋のはしごである。同じ通りに串焼き屋があれば、心得たもので、他の店舗で買っている最中に準備に取り掛かってくれる。焼くから食べていってくれ、ということだそうだ。
「そういえば、二本隣の路地にも串焼き屋があるぜ。ティオたちがうちの通りにも来ないかな、って言っていたから、今度行ってみなよ。俺から聞いたって言えば、まけてくれるぜ!」
すっかりグリフォンは街に馴染んでいて、名前で呼ばれるようになった。
「ありがとうございます。行ってみますね」
エディスは国都だけあって、広いのでまだ通ったことがない道も沢山ある。
既に一軒目の串焼きを平らげたが、まだまだ足りないようで、ティオが網の上で香ばしく焼き上がる串焼きを見ながら喉を鳴らす。
「ピィ!」
「はは、そうだよね、この匂いと焼ける音がたまらないよね」
「キュア!」
「きゅ!」
リムも九尾も賛同する。
「もうすぐ出来上がるからな!」
わくわくと期待の籠った様子の幻獣三頭に、串焼き屋の店主も張り切る。
この様子では、シアンが傍にいさえすればシアンから直接渡されなくても食べるようになるのではないだろうか。
街の人もティオやリムに慣れてくれたが、ティオやリムもまたエディスの街の人に馴れてきたように見える。
ようやく小腹を満たし、冒険者ギルドへ向かった。
さすがにティオの巨躯では建物の中には入ることができない。ジャンの店が特別なのだ。ティオとリムは厩舎の空いた場所で待っていてもらう。
国都らしく広い厩舎でティオが横寝する傍らにリムも丸くなる。たっぷり水中で動いた後、腹がくちくなって眠気が勝ったのだろう。ティオも目を閉じる。
「きゅうちゃんは昼寝しておかなくても良いの?」
『はい、湖ではずっとティオの背に乗っていましたから、次はきゅうちゃんがシアンちゃんのボディガードとして働きます』
前回は節制のために走っていたが、ティオの速さについて行くのはなかなか大変なようで、今回は背に乗っていた。
「じゃあ、報告漏れがあったら教えてね」
『お任せあれ!』
昼過ぎの時間帯のせいか、ギルド内部は人影がまばらだった。
受付カウンターに向かうとにこやかに迎え入れられる。
人が増えたことによる生活汚水による汚染であること、また、湖水を浄化する役割をしていた海綿が一部魔素によって壊死していたこと、その魔素除去を水中にいる魔獣が行えること、意思疎通可能な異類が手伝ってくれることなどを話した。
「長年のエディスの悩みを解決してくださるとは! 流石は翼の冒険者です!」
冒険者ギルドの受付が感極まった風情で声を上げた。
いらぬ注目を浴びそうでシアンは首を竦めたい気分になる。
「その翼の冒険者というのは何ですか?」
「はい、お連れのグリフォンや小さい白い幻獣が翼を持つことから、いつしかエディスの街の人がそう呼ぶようになったのです」
九尾が頭をひねって自分の背を見る。もちろん、そこには翼はない。
無言で首を垂れ、消沈する。
そんな九尾には気づかず、受付が続ける。
「ティオはもちろんのこと、リムちゃんも可愛いですものね」
どうやらこの受付はリムファンのようだ。リムは愛らしい姿と鳴き声で、女性に人気だ。
「それで、今日は引き上げましたが、また水中には行ってみることにします。またご報告しますね」
「畏まりました。こちらの方でも、念のため、依頼遂行の確認者を水中へ送ります。それにしても、こんなに短期間で調べられるとは、一度で長く深い場所へ行かれたのでは? 濡れていないようですし、シアンさんは本当にすごい冒険者ですね」
言ってから、受付は慌てて居住まいを正す。
「詮索するようなことを申し上げました。失礼いたしました。長年の問題が解決するに当たり、はしゃぎすぎました」
きちんと線引きをする得難い人材にシアンは笑顔を向ける。
「いいえ、街の人たちには良くしていただいているので、少しでも力になれたようで、良かったです」
「エディスは翼の冒険者の来訪によって救われています。本当にこの街に来てくださってありがとうございます」
綺麗な仕草でお辞儀をされるのに、くすぐったい気持ちになった。
あれが翼の冒険者か。全く武術の心得もなさそうだし、魔力もそう感じられない。佇まいものんきそのものだ。
グリフォンと小さい幻獣の連れ、それらの力頼みなのだろう。伴っている白い犬にしても、特に力は感じない。
「新入り、どこ行くんだ? まだ仕事が残っているぞ!」
「すみません、ちょっと腹を壊したみたいで」
「はあ? 使えないやつだな! とっとと便所へ行ってきな!」
裏口から外へ出ようとしたのを目ざとく見つけられ呼び止められる。咄嗟に適当な言い訳をして難を逃れた。
自分もあの翼の冒険者と似たり寄ったりの地味な顔立ちだ。性格も控えめで寡黙な風に振舞っている。仕事の出来はそこそこだ。
そういう人間が一番記憶に残りにくい。そうやって、あちこちへ入り込み、情報を得る。
通常は調べたい場所の人間を引き込むことが多いが、今回は急ぐよう言われていた。だから、冒険者ギルドに務めることなんぞになった。暖かくなるこれから忙しくなるギルドには容易に潜り込むことはできたが、内部に馴染む間もなく、対象の動きが激しい。翼の冒険者などと呼ばれるだけあって、その機動力はとんでもない。お陰で、報告することが多くて不審に思われないかと気が気でない。
腕に自信がある者も多いギルド内部では先ほどみたいに気配に敏感な者が多数いる。腕利きの間者である自分でさえもうかうかしてはいられないのだ。
素早く裏通りの細い路地を通って、目的の宿屋へたどり着く。店主の目を盗んで二階へ入り込むと目当ての部屋の扉を叩く。定時連絡外だが、特徴のあるノックの音を聞きつけて、声掛けしなくともすぐに開錠される。
中へ入り込んだ間者は繋ぎの者に翼の冒険者のことを語った。仕事の報告のことを詳細に告げる。
報告を終えるとすぐさまギルドへ戻る。
「なんだあ? なっげー便所だな。大丈夫かあ、そんなに弱っちくてギルド職員が務まるかよ!」
ギルドに入った途端、罵声を浴びる。予測はしていたが致し方ない。何より逐一迅速に報告することをきつく申し付けられているのだから。
二階の廊下の柱の陰、定位置で膝をつき、首を垂れる。
彼がゼナイド第二王子ギデオンに報告をする時はこの場所でこの格好だった。
「そうか、湖の水質調査はさほどに進んだとな」
よもやこんなに早くに判明するとは、と小さく呟くギデオンには浮かれた様子はない。さすがは未来を遠く見通す深謀遠慮の王子だ。自分の主に感銘を受けながら寿ぐ。
「はっ。これで長年我が国が抱えていた問題が解消されたことかと。王室におかれましては、祝着至極に存じます」
ギデオンが中指で鼻の頭をかく。最近、時折見る癖だ。
「祝着。そうだな。これで決着がつく。そして、ゼナイドはこれから先も魔力溢るる国として長々と栄華を極めるのだ」
窓の外に視線をやっていながら、もっと別の何かを見ているようだ。その聡明さゆえに目に映るものは他の者とは全く別のものなのだろう。奢侈を好む貴族、放蕩にふける国王、未来像を描けぬ第一王子、愚鈍の者には見られ得ぬ全く別の。
「かのグリフォンを連れた冒険者の動向を今後も随時報告せよ。動きがあればすぐにだ」
「しかし、かの冒険者は翼ある幻獣を連れているが故に行動も迅速かつ広範囲でして、冒険者ギルドには手の者を配しましたが、それ以外の場所での動きは掴みかねまして……」
「痴れ者がっ!」
鋭く吐き捨てられて、身を竦める。これまで叱りつけられることはあってもそれは遠回しの言い回しで嫌味を言われる程度だった。最近、こういったことが多い。何かを焦っているのだろうか。それとも短気な性質を覆い隠していたものが馬脚を現したのだろうか。
「私の言う通りにしておれば良いのだ。わかったな!」
第二王子のこめかみが激しく動いていた。何かがその皮膚の下で蠢いているかのようだ。
「はっ。全てはゼナイドの為に!」
第二王子の怒りに触れたくはない、と慌てて首を垂れる。だから、彼は見なかった。その第二王子の耳からちらりと何かの尾の先が覗いていたのを。




