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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
7/630

7.滞在先   ~わいばーん、おいしいよ!~


「シアンか?」

 満腹を抱えて次は寝床の確保をしようと思っていると、声を掛けられた。

「フラッシュさん」

「君はテイマーに職替えしたのか?」

 ティオをまじまじ見ながら問うてきた。

「いえ、最近、一緒に外で会う幻獣です。ティオと名付けました。とても賢くてきゅうちゃんみたいに声も聞こえます」

「意思疎通もできるのだな。しかも、幻獣に名付けたのか。それは、非常に稀なことだよ」


 以前、召喚獣でも意思疎通ができたりできなかったりすると聞いたが、多様な個体差を持ち、さらにそこから学習していくという。

 AIは多くの個体差にそれだけの可能性を与える。

 幻獣の中でも特に強い力を持つ知能の高い存在に名付けは通常行えない。勝手につけられた名を呼んでも反応しないし、時と場合によっては、反撃され殺されることもあるとフラッシュは続けた。


「ティオはさらっと受けてくれました」

 戸惑いながら言うと、よほど相性が良かったのだなと頷かれた。

「召喚獣やテイムモンスターは戦闘が続くと理性が薄れ、野性が勝つと主の言うことを聞かなくなり、ひどい場合は逆に主に襲い掛かったりはぐれてしまったりするものなんだよ。プレイヤーも同じく、戦闘酔いというステータスがある。戦闘をし続けると精神が不安定になってくるバッドステータスだな」

「ティオは音楽を楽しむことができるんです。他者が発する音楽を感じ、楽しんだり、ましてや拍子をとって自分も楽しむことができるなんて」

 AIとはそこまでできるものなのだろうか。人の脳が見せる反応と変わらない。

「それはすごいな。クジラやイルカが歌を歌うと聞いたことはあるが」

「あれは仲間とのコミュニケーションですよね」


 まじまじとティオを見やると、何?とばかりに首を差し伸べてくる。なめらかかつ唐突な動作にまだ慣れなくて、かすかに驚く。

 頭から首にかけて何度も撫でると、目を細めて掌に頬を寄せる。

「本当によくなついているな。グリフォンは鷲と獅子、鳥獣の王だ。広く信仰や尊崇の対象になっているくらいの幻獣だよ。能力が高ければその分、矜持も高い。ましてや、人の使役には下らないと聞いている」

 召喚士であるフラッシュもグリフォンには憧れを抱いているのか、視線が固定されている。

「王都の方でグリフォンの記述があった文献が発見されたとプレイヤー間の噂で聞いたことがある。召喚もテイムも後半になって高難度条件を揃えてからではないかと言われているよ。ティオは中でも特殊なのかもしれないな」

「それで、街の人たちが戸惑った態度だったんですね。でも、召喚獣でもテイムモンスターでもないんです」

 くちばしのふちをなでると、ふるふると羽を動かす。気持ちよさそうだ。


「シアンは料理スキルを持っていても、料理店へ弟子入りしていないようだから、のんびり異世界を楽しんでいるんだろう?」

「はい、メイン職業に料理人を、サブ職業に吟遊詩人を選択しました」

 ああ、それで音楽、とフラッシュが納得したようにうなずいた。

「メインで料理人を選ぶと、もう外へ出て冒険できなくなるという噂だよ」

 自分の店を持ちたい、と街中の料理店で下働きをするのが基本だ。お金をためて屋台を出し、そこから店を持つ、という流れが主流となる。

 まず、戦闘ができない。戦闘スキルを取ることはできるが、効果が薄くスキルレベルが上がりにくい。

 料理スキルは上がるし、活動することによって経験値はそこそこ上がるが、街の外に出るにはリスクが高い。

 パーティーを組んで街の外へ出ても、戦闘では役に立たないどころか、守られなければ簡単に死亡し、直近でログインした場所へ戻されてしまう。となると、一人分の戦闘員が減る上、守る対象が増えるだけ、とデメリットが大きい。

 後衛職は防御力は弱いが、魔法や投擲、弓矢などの攻撃や補助・回復の役割をする。戦闘や探索できちんと役割を果たす。

 では、メイン職種を料理人として、サブ職種を戦闘職にした場合、今度はステータスとスキルの成長が問題となってくる。

 生命数値であるHPや体力守備力といったステータスの上がり具合が戦闘に適さない上がり方でレベルアップしていく。スキルも同じで、メインが生産職であるせいか、戦闘系スキルが上がりにくくなる。となれば、いきおい、料理スキルのみを取得して、まずはそれらを集中的に成長させた方が効率が良い。


「あ、結構レベルは上がりました。ティオのおかげだね」

 ティオに微笑みかける。

「一緒にあちこち見てまわったり、音楽をしたりしているんですけど、僕は戦闘ではほとんど役に立たないんです」

『大丈夫。ぼくが戦う』

 料理人をメインで取るとそういうものだな、というフラッシュにはティオの声は届いていない。

「ありがとう、ティオは強いもんね」

『そうだよ! わいばーんも一撃!』

 グルグルと喉を鳴らして顔をシアンの腹にこすり付ける。

「機嫌がよさそうだな。なんて言っているんだ?」

「ワイバーンも一撃、だそうです」

 フラッシュは息を飲んだ。

「どうかしましたか?」

「……ワイバーンはこのエリアのボスではないかと言われている。レイドを組んでも勝てなかったそうだ。この国から出られないのは攻略できていないからだと噂されているよ」

 大まかに、北は砂漠で南は海に面しており、海流の関係で現在は船を出すことはできない。東の隣国とは政情が不安定で、西北の山脈に隔てられた国境付近を、ワイバーンのせいで近づけなくなっているのだそうだ。

「えっ、そんなに?! ティオ、一撃なの?」

『わいばーん、美味しいよ! 今度狩ったらシアンも一緒に食べようね!』

 賞味済みのようだ。

 空に飛びあがるが為に攻略が難航しているのであって、飛べるティオなら戦闘も互角なのだろう、とひきつった面持ちでフラッシュが結論付けた。


 フラッシュに、テイムモンスターとともに宿泊できる施設を尋ねる。もし、ないならば今後はテント生活となる。

「さっきも言ったように、グリフォンがプレイヤーにどうこうできるのはもっと後からだと思う」

「そんなに凄いんですね。やっぱり宿屋の厩舎には預けられないかな」

 ティオが一緒にいたいというのなら、今まで通りシアンがログインするたびに外へ出れば済むことだ。考えていたよりも稀有な存在だったようで、街の中に滞在しない方がよい気がしてきた。

「なるほど。では、私の家を間借りしないか?」

「え?」

「私は工房を持っていてね。サブ職種が錬金術師なんだ。今は事情があって外で戦闘はせず、もっぱら工房にこもって生産する毎日さ。それはそれで楽しいがね」

 そういえば、今日は九尾の姿が見えない。

「工房に住居が併設されていて、小さいが庭もある。家賃を払ってたまに料理を作ってくれたらこの上なくありがたいね」

 工房にこもりっぱなしで食事を摂りに出ていくのすら面倒になることがあるという。

「それはもはや嵌っているレベルで熱中しているのでは」

「まあ、そうとも言う」

「僕としてはこの上なくありがたい話です」

「一度、見に来て決めるがいいよ。今は時間はあるかい?」

「はい、よろしくお願いします」

 話はまとまった。



 フラッシュの工房兼住居は大通りから一本筋を入った場所にあった。

 工房の方はそこそこ人通りがある薬屋や雑貨屋などの日用品から専門的なものが並ぶ路地だ。住居の方はもっと人通りの少ない路地に面している。

 住居の方の扉から案内され、中に入るとティオも十分羽を広げることができる庭があった。庭は高い壁に沿って樹木が植えられているものの、中頃は芝生のような短い草が生えているだけで特に何か栽培している様子はない。

「庭に薬草畑でも作ろうと思っていたんだが、工房での作業が忙しくて、手入れができなくて一度全滅させてしまったことがあってな。以来、何も育てていないんだ。だから、ティオは好きに使っていいぞ」

 何とも贅沢な話である。


 ログアウトすることになる自室や居間を見せてもらい、厨房に案内された。本人の申告の通り使っている形跡はない。その分、きちんと片付けられていた。

「オーブンがある!」

「料理人らしい喜び方だな」

「使わせていただいても?」

「お好きにどうぞ。なんなら、調理器具を置いていてもかまわないぞ。厨房は使わないし」

「もったいない。フラッシュさんはこんな立派な住居も工房も持てるなんて、実はすごいプレーヤーなんですか?」

 鎧や兜に盾、剣に弓矢、武器防具の他に、怪我やバッドステータスを治す薬、食材に宿代、実に金がかかる。

 なのに、すでに住居兼工房を持っているとは、シアンには雲の上の人間に思えた。

「いや、以前はフルパーティに参加していたがね。今は完全に生産の毎日さ。もともと、召喚士と錬金術師のどちらをメインとサブにしようか迷ったくらいだから、逆転しても構わない。だが、今は魔石が手に入らなくて戦闘もすべきか、と思っているところでね。痛し痒しだよ」

 肩をすくめるフラッシュにシアンが何気なく言った。

「ああ、じゃあ、ティオが狩った魔石を家賃としてお渡ししましょうか?」

 シアンの両手を握る。

「助かる!」

 ぬ、とティオが首を下げ、二人の手の下に嘴を入れ、離させる。そのままシアンの腹に顔をこすり付けてくる。いつになく力を入れられ、シアンは後退さる。フラッシュから距離を取る形となった。

「ティオ?」

「はは、焼きもちだな!」

 やや強引なティオに、シアンが戸惑うが、フラッシュは笑って流してくれた。

「すみません」

「いや、召喚士としては主の関心を集めたい召喚獣の特徴はわかるよ。おっと、ティオはシアンの相棒だったな」

 目を細めてティオを眺める。決して安易にティオに触ろうとしない辺りが心得ている。

「狩りではティオに任せっぱなしですけどね。ティオ、この家にお世話になるんだよ。そのお礼に、獲物の魔石をフラッシュさんに渡してもいい?」

 首を軽く叩きながら言うと、いいよ、と快諾された。


「ティオは冒険者ギルドに登録は済ませたのか?」

「グリフォンが冒険者登録するんですか?」

 目を見開くシアンに、フラッシュがおやと片眉を上げる。

「テイマーはテイムモンスターを登録しているよ。プレイヤーが長期間ログアウトしている間、テイムモンスターたちも食事をしなければならないからな。この世界では私たちが特殊事情持ちなだけで、みんな普通に暮らしているんだ。異界の眠りになる冒険者のために制定されたシステムがあるんだよ」

 召喚士とテイマーはどちらも魔獣や幻獣に魔力を与える。

 召喚獣は戦闘時など用がある時にのみ呼び出す。別の時にはねぐらにいる召喚獣を転移陣に似た紋章陣によって召喚する。そして、召喚する際、膨大な魔力を必要とする。呼び出している最中も個体差で魔力を必要とする。

 テイムモンスターはねぐらは決まっていないため、用意してやる必要がある。だが、契約時に魔力が必要とされ、あとは何かの折に必要になる程度で、魔力消費は少ない。

 プレイヤーは魔力消費を抑える傾向にある。時間経過の他、魔力回復の手段が見つけられていないからだ。

 冒険者ギルドにテイムモンスターを登録することによって、条件や制限は設けられるが、門をくぐって街を出入りすることができる。

「あの、門をくぐる必要はあるんですか?」

「うん? ああ、ティオは飛べるんだよな。そこは冒険者ギルドに確認するしかない、よなあ」

 自信無さ気に言うフラッシュに、それもそうかとシアンは頷いた。


「良かったね、ティオ。僕がいない間、狩りに行ったり戻ってきてここで休んだりできるよ。フラッシュさんの家、とても住み心地が良さそうだものね」

 やはり、ログアウトしている間、厩舎に閉じ込めておくというのは無理があると思っていたのだ。シアンと共にいたいと言ってくれたとはいえ、一度、実際に人の街で過ごしてみたら、ティオにも不便さが分かるだろうと考えていた。

『シアンがいいならいい』

 何とも素っ気ない言葉だけれど、シアンは嬉しくなってティオの首に頬を寄せた。

「でも、これでログインしている時はずっと一緒だよ」

『だったら、いい』

「では、シアンとティオはこれから同居人だな」

 弾む声でフラッシュが言う。

「あの、フラッシュさんはどうして数回しか会ったことのない僕にこんなに良くしてくれるんですか?」

 首を傾げてしばし考えた後、フラッシュが答えた。

「まず、ゲーム慣れしていなさそうで危なっかしいから。なのに、グリフォンなんて連れて、揉め事を誘引しそうだから保護しておかないと」

「じ、自己責任で頑張ります」

 冗談めかした言葉に、自覚はあったので、どもりながら告げた。

「グリフォンが懐いていることや親しくなれるという、単純な尊敬。職業柄それがどれだけ難しいか知っているからな。それに料理人への期待もある」

「それも頑張ります」

 絶賛修行中だ。

「あとは、九尾の声を初対面で拾い上げたから、かな」

 確かに、シアンは初めから九尾の声を聞くことができた。

「何はともあれ、これからもよろしく」

「よろしくお願いいたします」



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