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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
69/630

22.街の人から料理を教わる ~もてる狐は辛い/脂肪フラグ1~

 

「あっ、きゅうたんだ! きゅうたーん!」

 可愛らしい高い声がする。

 女性と手をつないだ幼児が逆側の腕を懸命に振っている。自分に気づいたことに満面の笑みを浮かべて、女性の手を引きながら近づいて来る。

「こんにちは」

「こんにちは!」

 挨拶すると元気に返してくれる。ふっくらした頬は色つやがよく、大きい目は青く、金色の巻き毛と相まって天使のような容貌だ。

「僕はシアンです。こちらの大きいのがティオで、小さい白い方がリムだよ。きゅうちゃんはもう名前を知っているよね?」

「うん! きゅうたん! ぼくはリュカ!」

 シアンにも物おじせず名乗ってくれる。まっすぐに見上げてくる視線に、思わず笑みがこぼれる。

「リュカ君か。よろしくね」

 リュカはさっそく九尾に抱き着く。

『もてる狐はつらいワ~』

 相変わらずのおネエ言葉である。気に入ったのだろうか。聞いてみたいところではあるが、人目がある。

「私はこの方の乳母です。すみません、犬好きというわけではないのですが」

 幼児の連れの女性が頭を軽く下げる。リュカが白い犬に見える九尾に懐いているのが不思議なのだろう。

『なぬっ?! きゅうちゃんは犬っころではありませんぞ!』

 九尾が目をむいて講義する。それをリュカが通訳する。

「きゅうたん、わんたんじゃないって!」

「あ、きゅうちゃんは狐なんです」

 正確には幻獣だ。どちらかというと、そちらが仮の姿なのではないかとも思うが。

「まあ、狐! すみません、ころころしていたので、思わず」

 目を丸めた女性が追撃する。第三者視点の無邪気な言葉が、結構なダメージを九尾に与える。

『きゅっ……』

「ふ、冬毛で毛がふわふわしているからそう見えるのかもしれませんね」

 女性に向けて、というよりはショックを受けて固まる九尾のためにシアンが説明する。

「きゅうたん、ふわふわ!」

 リュカは気に入って毛並みに頬ずりする。小さい子供が動物と戯れる光景は微笑ましい。


 のんびりと九尾とリュカを眺めていると別の声が上がる。

「あ、グリフォンだ!」

 人気がなかった広場はいつの間にか賑やかになっていた。

「本当だ!」

「すっげー、でけー!」

 子供の歓声が上がる。本来、グリフォンの威容に泣かれる事があるかもしれないが、噂のお陰で子供も慣れたものだ。

「ティオ!」

「リムもいる!」

 よく街中で掛けられる声の中に聞いたことのあるものが混じる。

「シリル、エディ」

 様子が気になっていた兄弟だ。

 ベンチから立ち上がったシアンに兄弟が駆け寄ってくる。

「久しぶりだね。元気にしていた?」

「うん! ティオやリムの噂をよく聞くよ」

 良い話のようで明るい笑顔を浮かべている。

「そうなんだ。ティオもリムも頑張って魔獣を倒してくれているよ。エディのお医者さんは見つかった?」

「ううん」

 兄の方が残念そうに首を振る。弟はリンゴを一心不乱に食べるリムを見て顔を綻ばせている。

「シリルたちがグリフォンに助けてもらったって本当だったんだな」

 後ろから一緒にいた子供たちがついてくる。

「だから言ったろう? グリフォンが曳く荷車に乗ったんだぜ!」

 子供らしくシリルが胸を張る。友人には遠慮がない様子だ。

「ティオは強くて大きくて、空を駆ける姿はすっごいんだ!」

 すっかり心を奪われているらしく、熱弁をふるう。

「何度も聞いたよ!」

 笑いが起きる。

 自分よりも大きい子供たちを、リュカが九尾にしがみついたまま、きょとんと見上げる。

「もう友だちができたんだ。そうだ、果物を沢山買ったんだけれど、食べる?」

 リムが美味しそうに食べているのに触発されたのか、集まった子供たちは次々に手を出した。


「最近はどう? ご飯はしっかり食べている?」

 細い体のエディが気になるシアンは兄弟に尋ねる。

「食べているよ。お母さんの料理はうまいしな」

「僕ねえ、こないだ、お兄ちゃんが食べられない野菜を食べてあげたの!」

 自慢げに笑うエディにシリルはちょっと恥ずかしそうに笑いながら、ありがとうと応える。

 他の友達にからかわれるシリルを傍目に見ていると、迎えに来たのか、イレーヌが姿を現してシアンに会釈する。

「弟思いの子で」

 友だちとわいわい賑やかにする兄弟を眺めて、ぽつりと言う。

「本当はとっくに食べられるようになっているのに、弟のために訂正せずにいるんですよ、あの子」

 自分がエディにどうしても気を取られがちで、シリルに我慢ばかりを強いる、と唇を噛む。

「ふふ、シリルとエディはティオとリムのようですね。強いお兄ちゃんに可愛い弟ですね」

「本当?!」

 それを聞きつけて、兄弟が喜ぶ。

「お母さん、僕たちティオとリムみたいだって!」

「ええ、良かったわね」

 エディの前では兄ぶるシリルも母親には甘えている様子だ。イレーヌが優しい笑顔で頷く。

 体が丈夫でないエディは、シアンに自身の妹を彷彿とさせる。そして、それにわりを食う形となる兄のシリルもきちんと母親に甘えられる様子になぜか安心した。自分と重ねてのことだが、そのことに気づくのは後になってからだ。

「先ほど、シリルが言っていましたが、良いお医者さんはいないとか」

 シアンに頷きを返しながら、イレーヌは何人かの医師に診せているが芳しくない状況だとため息をつく。

 気分を変えるように、約束していた料理を教えてくれるという。料理店で働く者から教わることができる良い機会だ。時間があることだし、言葉に甘えることにした。

 ティオもリムも新しい料理を教わりたいと言うと喜んで賛成してくれた。


 リュカやシリルとエディの友人たちと別れ、イレーヌ親子と連れ立って母親が務める料理店へと向かう。

 ちょうど店が休みの日であるということ、街で人気の冒険者たちになら、と快く店の厨房を貸してもらえた。

「いやあ、イレーヌさんは本当に料理上手だからね。うちも助かっているよ。いつも頑張ってくれているのだから、厨房を貸すくらい、お安い御用さ」

 陰ひなたなく働くイレーヌの人柄がよく表れた店主の言葉である。

 ティオとリムは店の外、往来の邪魔にならない場所でのんびり寛いでいる。シリルとエディは彼らに触れることはできないものの、近くで眺めているだけで十分楽しいらしく、外で待っていると元気よく告げた。

 綺麗に掃除された厨房に入ると、シアンはマジックバッグから肉や野菜を取り出す。

 イレーヌの指示の元、肉を一口大の正方形に切り、鍋で焼き色が軽くつくまで炒め、一旦取り出す。

 ジャガイモを肉と同じ大きさに切り、タマネギはそれより大きめに切る。ニンジンを斜めに歯ごたえが残る厚みに、ネギはジャガイモの半分ほどの幅に切る。

 鍋でタマネギを透明になるまで炒め、鍋から取り出す。鍋に肉、塩コショウ、野菜、塩コショウを入れる。

「塩コショウをたっぷり入れるのがコツなんです」

「肉を先に炒めるのも?」

「そうですね。そちらの方が旨味が出ますから。肉を炒めたらそのまま鍋に野菜を全部入れて煮込んでも大丈夫ですよ。今回は丁寧に」

 言って、イレーヌは鍋から顔を上げて笑う。手間を惜しまず教えてくれたのだろう。

「鍋に入れたら後は混ぜないでくださいね」

 西洋出汁とローリエ、セロリ、水を入れ、煮立たせる。

 シアンは鍋を覗き込みながらふと思う。

 こうやって知り合って間もない人と並んで息がかかりそうな距離で野菜を刻んでいるなんて、不思議だと。人がAIに指示して作り出した異世界で行っているのだ。それが好ましく思えるのは、イレーヌがシアンが理想とする母親だからだろうか。

「この後、弱火にして一時間ほどじっくり煮込みます。水分が切れないように注意してくださいね」

 ローリエやセロリを入れた方が味わいが深くなると言うイレーヌは、それらを買うことができないときもあると苦笑する。やはり女手一つで息子二人、しかも病弱な者を養うのは大変な苦労があるのだろう。それでも、彼女は体の弱い弟の方も、彼を気遣いつつもしわ寄せがいく兄の方も、両方気に掛ける姿勢を見せる。シアンはその光景を感動の気持ちで眺めており、応援したいと思っていた。

「しっかり煮込むと肉も柔らかくなります。エディが固形物が喉を通らない時、この野菜と肉の旨味が染み出たスープだけでも飲ませてやりたくて、よく作るんです」

 本人も大変だが、傍で見守るしかできない者も心を痛めているのだろう。

「でも、最近はティオちゃんやリムちゃんに出会って、一杯食べるようになってくれたんです」

 だから感謝していると告げられる。

「やっぱり男の子ですね。幻獣には憧れを抱くものなんですね」

「そうですね。それに、とても強いし、街の人のために頑張ってくれているというのと、そんな彼らと知り合うことができたのとで、シリルもエディも喜んでいます」

「元気になって良かったですね。では、もっと力をつけてもらうために、この肉をどうぞ」

 遠慮するイレーヌに、ティオやリムが沢山狩ってきて余らせるのは勿体ないので、と勧める。

「では、スープを煮込んでいる間、この肉を調理しちゃいましょう! そのお料理を分けていただいても良いですか?」

「もちろん。新しい料理を教えてもらえるし、ありがたいです」

 二人でさっそく肉の塊を下ごしらえをする。

「豚肉に似ているので、焼き豚のような調理をしましょう」

 煮ている間に型くずれしないよう、頑丈な糸で縛る。玉ねぎを縦半分に切り、ニンジン、セロリを一口大に切り、鍋に水を張り、火にかける。

 沸騰したら肉を入れて中火にし、表面が軽く煮立った状態で、水が減ったら適宜足しつつ茹でる。火を止めた後、鍋に入れたまま冷ます。

 肉を取り出して水気を拭き取り、表面全体に塩コショウする。

 オーブンで途中、上下を返して全体にまんべんなく焼き色が付くように焼き上げる。

「鍋を煮込んでいる間に付け合わせを作りましょう」

 キャベツを太めの千切りにし、塩をふってもみこむ。少量の水で煮込み、しんなりしたらワインビネガー、ローリエ、赤トウガラシ、砂糖、黒コショウ、キャラウェイシードを鍋に入れて軽く沸騰させ、漬け込む。

「三十分ほど漬けた方が美味しいですよ」

 豚肉とこのキャベツを皿に盛り、マスタードを添える。


 スープや肉を煮込むのに結構な時間を要した。

「やはり寒い地方なので煮込み料理が多いですね」

「そうですね。暖かい料理が美味しいですから。あとは保存肉を食べるためのレシピだということもありますね」

 言葉数は多くはないが、しっとりした声で丁寧に教えてくれたイレーヌに礼を言ってシアンは外へ出た。

 足音を聞きつけていたのか、ティオもリムも立ち上がって迎えてくれた。兄弟の方はいつの間にか夢の世界へ行っている。

「あら、すっかり寝入っているわ」

「中へ運びましょうか」

 遠慮されたが、大きい方、シリルをそっと抱き上げるとすまなそうに頭を下げながら、エディを抱きかかえる。

 イレーヌの後に従って、住み込み従業員として与えられた一室の寝台に兄弟を寝かせる。

「今日は本当に色々ありがとうございました。教わった料理をティオとリムに食べさせてやりますね」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 安らかに眠る兄弟を優しく見つめる母親に、シアンは理想の母親像を重ねた。

「ニーナさんも言っていた通り、イレーヌさんも頑張り過ぎないで、自分のこともちゃんと労わってくださいね」

 だから、つい余計なことを言ってしまった。

 イレーヌは目を丸くして、ありがとうございます、ともう一度礼を言いながら笑った。


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