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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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21.貴光教の迫害 ~美しさは罪/きゅふふ/もてる男は言うことが違う~

 ジャンの店を出た後、エディスの街をのんびり歩きながらふと呟く。

「魔族ってみんな格好良いのかなあ」

 ディーノもそうだが、ジャン親子も見目良かった。

『そうですね。美男美女が多いですよ』

「本当にそうなんだ?」

 流石に街中では四つ足で歩く九尾を見下して思わず笑いかける。

『ですが、それが良いことばかりでもないのです』

「まあ、見た目が良いと得をするというのはあまりないものね」

 そんなシアンの感想は続く九尾の台詞とは次元が異なるものだった。

『光の神にのみ愛を捧げる貴光教が、魔族の美貌は教徒をたぶらかし、欲望の原因になる諸悪だと断罪したのですよ』

「は?」

 九尾のあまりの言葉に素っ頓狂な声が上がる。

『静かな心で神に仕える者の心を惑わす悪魔や魔女だと言って迫害したのです』

「自分たちの欲望を抑制ができないことを他の人のせいにしたの?」

 しかも、容姿が良いのは本人の瑕疵ではない。

『そうです。貴光教が魔族を敵視するのはそれだけではありませんが、弾劾で挙げた内容の一つではあります』

「弾劾って……罪を犯した訳ではないのに」

『美しさは罪なのですよ! きゅうちゃんも罪な可愛い狐ですから、よく分かります!』


 小声で九尾と話し合っていたが、そろそろ口を噤んだ方が良いだろう。人通りが増えてきた。川岸から一つ筋へ入ると、両側に店が連なる通りに出た。

 呼び込む売り子の声や買い物客と話す声など賑やかだ。

 一階の天井を高く取り、カウンターがせり出し、一階上半分の口を開ける店先から、店主が上半身を見せて買い物客に応対している。カウンターにも室内の棚にも様々な商品が並ぶ。二階からは看板がぶら下がり、細分化された専門業種による紋章などの図柄が描かれた看板がかかっている。文字が読めなくても一目で何の店かわかるようになっている。

「しつこいな! 買えないって言っているだろう!」

 ざわめきの中から怒号が響く。

 視線が吸い寄せられる。カウンター越しの怒りに顔を赤くする店主が店先にいるフードをかぶった客を軽く突き飛ばした。その手から何かが落ちて、シアンの方に転がってくる。ティオの脚の下に入ると取りづらいだろうから、と拾い上げた。

 頭からかぶった灰色のフードの中から、綺麗な少女の面差しが見えた。

「これ、果物かな? 落としましたよ」

 ついた砂を軽くはたきながら、果物のような円形のものを差し出す。

 すぐには手を出さずに、シアンの傍らで静かに佇むティオを見つめている。

「どうぞ」

 もう一度声を掛けると、おもむろに細い腕を伸ばす。

「これは果物ではないわ。薬果よ」

「薬果?」

 少女の手に拾ったものを乗せながら、耳慣れない言葉に首を傾げる。

『薬草の果物バージョンですな。もともと栄養素が高い果物の中でも、症状によって効果的に食したり、相互作用を及ぼすものと組み合わせて食するのです』

 漢方薬みたいなものか、とシアンは九尾の説明に得心する。

「知らないの?」

 九尾の声が届かない少女が物知らずを揶揄するような声音で発する。声の質そのものは高く硬質に澄んでいる。

「はい。初めて聞きました。ゼナイドでは一般的なものなのですか?」

「そんなことあるものかい! 初めて聞いたぜ。そんな胡散臭いもの、買い取れるかってんだ!」

 シアンの疑問に答えたのはすぐ傍の店から身を乗り出した店主だ。

「うちはれっきとした薬屋だよ。どこの誰だかわからない奴が持ち込んだ得体のしれないものなんて、取り扱えないな!」

 唾を飛ばす勢いで怒鳴る店主に、少女はふん、と鼻を鳴らす。

「なんだあ、さっきから態度の悪い!」


『シアン、リンゴがあるよ!』

 騒動に我関せずのリムがシアンの肩の上で首を伸ばして訴える。

「あ、本当だ。クレールさんの店だね。ほら、黄色いリンゴをくれた果物屋さん」

『黄色いリンゴ! 食べたい!』

 以前、魔獣掃討のお陰で街道を通りやすくなった礼にリンゴをくれた老婆が店番をしている。思わずそうリムに話したシアンは視線を感じて振り向いた。

 先ほどのフードの少女が怒り心頭の店主を他所に、シアンを見やっていた。

「何か?」

「グリフォンを連れているといことは、貴方が噂の冒険者?」

「さあ、どんな噂が流れているのかよく分かりません」

 抽象的なことには答えられないと言っておく。

「いいわね、強い存在に守られて、名声も富も手に入れられるなんて」

「あんたっ! さっきから感じ悪いと思っていたら! このお人はなあ、この街の為に命を張ってくれているんだよ!」

 すかさず店主がシアンを擁護する。それが面白くないのか、少女が更に言葉を重ねる。

「貴方が命を懸けているわけではないでしょう? そちらのグリフォンがやったことを誇っているなんて、滑稽だわ」

「そうですね、ティオたちが頑張ってくれているお陰で、助かっています。だから、僕も僕のできることで返していますよ」

 本当に、危険なことを担当してくれて、感謝に堪えない。

『役割分担だもの。ぼくやリムは狩りを頑張って、シアンが美味しい料理を作ってくれているものね』

 鳴き声を発したティオが頭をシアンの腹にこすり付ける。

「おう、グリフォン様もその通りだとさ! あんた、変な因縁つけるのやめときな! ここいらの店はそのお人のお陰で、いち早く商品を仕入れることができたんだからな」

 騒動を眺めていた隣の店の店主も声を上げる。

 ティオの鳴き声が理解できなかったとしても、その甘えた仕草で意味は分かる。

「いい気なものね」

 捨て台詞を残して少女は立ち去った。


 シアンはリム要望の果物屋に足を向ける。

「あの、大変でしたね」

 声を掛けられ、そちらを向くと、華奢というよりも痩せ細り、身長だけが伸びた風情の少女がいた。遠慮がちに、こちらを気遣うように見上げてくる。

「以前、エディスでお会いしましたね」

 少し前にもこうやって声を掛けられた。もの言いたげな、話していること以上のものが声音に含まれているように思えて、覚えていた。

 少女はぱっと表情を明るくする。

「そうです。あの、私、アリゼと言います」

「僕はシアンという冒険者です」

「はい、噂をよく聞いています。でも、その噂のせいで、ああやって絡まれることもあって、大変ですね」

 一生懸命に言葉を紡ぐが、やはりもっと何か別のことを言いたいのではないかと思えてくる。

「ああいう風に見られることもあるから、それは仕方がありませんね」

 何しろ、ティオは目立つし、特定しやすい。それでも、大半の街の人たちに受け入れられているので、活動しやすい。

「そうですか。あの、魔獣討伐、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。では、これで」

 肩の上でリムが果物屋が気になって仕方がないらしく、そわそわしている。動くにつれてその柔らかい毛がくすぐったい。笑いをこらえるのがそろそろ耐えがたくなってきた。早く果物を手に入れなければ。



 アリゼは散々、役立たずと罵られ、ごく潰しと蔑まれた。暴力は受けない。その分、自分は恵まれているのだ。

 シアンという街で評判の冒険者が女に絡まれているのを見た。

 少し溜飲が下がる。

 すごい幻獣を連れていて、彼らに慕われ、街の人たちからも良く思われ、充実しているのだ。少しくらい痛い目を見ればいい。他と比べて多少は恵まれている自分より、随分色んな恩恵を受けているのだ。

 苦い胸中を聞けるかもしれない、と思ったわけではない。ただ、言葉の刃で傷つけられる痛みは自分にもわかるので慰めることができるかもしれない。街で一躍有名人となった冒険者に優位に立った気分で声を掛けた。

 親切を装って大変でしたねと言うと、ああいう風に見られることもあるから、と何事もなかった風な平静な風情だった。

 光に打たれた気がした。

 アリゼは毎日毎時間、仲間と顔を合わす度に心無い言葉を浴びせかけられた。自分を否定され続けるのは辛い。でも、そこしか居場所はない。外の世界では自分はもっと役立たずだと言われ続けていた。だから早く役に立つようになれという激励だと思い込もうとしていた。

 しかし、シアンは平然と悪意を受け流した。

 その強さに憧れに似た感情を抱く。

 人の悪意にも、自分を卑下することもなく、まっすぐに道を進んでいる強さに。

 そして、アリゼには先ほどの女とは違って、柔らかい笑みを浮かべてくれたのだ。きっと、痩せて頼りなげな自分に保護慾をかきたてられてのだろう。この優しい人ならば、自分に酷い言葉を投げかけたりなんかしない。それどころか、守ってくれるかもしれない。

 周囲が敵ばかりに思えていたアリゼは守護者を欲していた。思い込みでこの人だと決めつけたのだ。



 クレールの店で果物を大量に購入する。

 リムが黄色いリンゴを気に入ったのを覚えていたらしく、真っ先に美味しそうなものを差し出してきた。

 人通りの多い道を通り抜け、いくつかの道がぶつかる小さな広場のベンチに座って果物を食べる。

 リムはもちろん、ティオも喜んで食べる。

『やりましたね、シアンちゃん! 複数ヒロイン候補フラグか?!』

 九尾が両前足で口元を押さえて含み笑いをする。

『きゅふふ』

 九尾の含み笑いは「きゅっきゅっきゅ」である。可愛い子ぶっているのが明白だ。

 リムがそれを見て『くふふ』と真似をする。

 可愛い。

 以前にも見かけた仕草だ。やはり、九尾の影響か。

 九尾のみならば不気味だが、二頭並ぶと可愛いのが不思議だ。九尾のあざとさが緩和されるのだろうか。

「別にここで出会いは求めていないからなあ」

 人が周囲にいないことを良いことに、小声で独り言ちる。

『リアルでもてる男は言うことが違いますね』

 からかう九尾が唇の両端を吊り上げる。

「あ、でも、きゅうちゃんやリム、ティオたちと出会えたのは嬉しいかな。異界の眠りに入るのが残念なくらいだよ」

 言いながら九尾やリム、ティオを撫でる。リムもティオもシアンに頭をこすり付ける。

『リアルでもてる男は言うことが違いますね』

 九尾が感心した声音になる。



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