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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
64/630

17.力加減 ~酔っぱらい社畜/くふふ/語るに落ちる~

多少のグロ表現を含みます。

ご注意ください。

 

 思いがけず、人型の異類の村を訪ね、リムの同胞のことを聞き、音楽セッションを楽しんだシアンはエディスからトリスへ向かい、ログアウトした。

 三十幾つもの太鼓が生み出す律動は大きくうねり、腹から体中に響き渡らせた。

 ティオもそれほど多くの太鼓とともに打ち合うことは初めてだったが、堂々たる演奏をしていた。

 リムは強弱も緩急もお手の物で、裏拍も使って多彩なリズムを奏でていた。


 翌々日、再びエディスへやって来たシアンたちはのんびり狩りに出かけた。緊急の依頼は全て片付けたので、後は目についた獲物を狩るだけだ。

『一昨日行った異類の村はどの辺りなんですか?』

 九尾は天帝宮の呼び出しに応じており、行くことができなかった。

「あっちの方だったよ」

 ティオの背に乗って大まかな方向を指さす。

『きゅうちゃんも行ってみたかった?』

 リムがティオと並んで飛びながら尋ねる。

『お肉をたっぷり食べられたから、十分だよ』

 村人たちと腹いっぱい食べても肉が残ったので、九尾の分を持ち帰ったのだ。せめて、美味しいものだけでも共有したい。そういう意図もあって滅多に食べられないというリュリュの肉を貰って帰ったのだが、正解だった。

 あの日、トリスへ戻ったら九尾も戻ったところだったらしく、異類の村へ行ったと話すと驚かれた。

『人型異類の村ですか。アダレードではない場所ですね。そこへいきなり行けるなんて、さすがはシアンちゃん!』

 しかし、その後、自分は休日出勤を強いられ、プレミアチケットのコンサートかテーマパークかに行けなかった社畜のようなものですよ、と妙なことを言いだした。

 会社勤めする獣という意味だろうか、と首をひねるシアンを他所に、九尾が幻影の屋台を作り出す。

『うぃ~、おやじ、もう一杯! 飲ませてくださいよ~』

 ふっと目の前を赤ちょうちんをぶら下げた大八車に屋根を付けた屋台が現れ、椅子に座った九尾がグラスを握っている。

「きゅ、きゅうちゃん、身長足りてないよ!」

 九尾は狐の姿をしているので身長ではなく体長だ。

 カウンターに顎を乗っけるので精一杯だ。丸椅子に座った後ろ足は地についていない。

 異類の村でも珍しがられた肉だといって食べさせたら途端に機嫌は直った。


 その時のことを、拗ね方も一筋縄ではいかないと思い出しつつ、また美味しいものを作ると言っておく。

「異類の村で初めて見る草を乾燥させて香辛料として使っていたし、新しい味付けも教わったよ。ソーセージやハムも沢山貰ったよ」

 肉を振舞ってくれた礼だと自給自足の食料をくれた。トリス近郊の牧場主ジョンの作る加工品とはまた違った味わいがある。

『得るものが多かったようですな』

 ティオの背に前後して座りながらの会話がスムーズに行えるのも、おそらく風の精霊のお陰だろう。本来の飛行速度による空気抵抗他諸々により本来ならば、九尾の思考が読み取れても、シアンはろくに話すことはできないだろう。

「うん、リムの種族のことも教えてもらえたし、ティオもリムもあんなに大勢で合奏できたし。とても気さくな一族だったよ」

『人型であっても、どの異類も全てが気持ちの良い者ばかりではないですから、シアンちゃんの引きの良さが遺憾なく発揮されましたね』

「色々なんだねえ」

『人間も様々、でしょう?』

 それもそうだと頷く。

 見知らぬ旅人を見れば吹っ掛けてやろう、陥れてやろうと思う人間もいるのだ。


『ティオ、あの群れを狩ろうよ』

『そうだね』

 九尾と話しているうちにリムとティオは目ぼしい獲物を見つけたようだ。

「じゃあ、ティオ、どこか適当な場所で降ろしてくれる?」

『分かった。あそこの森が開けた場所にセーフティエリアがあるから、そこに行くね』

「ありがとう」


 そこからはいつもの通りの役割分担だ。

 シアンは早速調理器具を取り出して、料理に取り掛かる。

 バーベキューコンロをセットする。ティオたちが狩って来る肉は異類の村で教わった香辛料を用いて焼くことにする。普通に肉を焼くだけでもいつもとは違う味を出せる。

 寒い地方のお国柄か煮込み料理を多く教わった。ワインビネガー漬け牛肉、燻製豚肉、塩漬け豚すね肉など、保存肉を使うものが多かった。ティオたちの戦果は時に大量だ。食べ切れない分は売り払うことが多いが、そうやって保存食として保管しておくことも考えるべきだろう。常に食べられる魔獣がいるとは限らないのだから。

 昨日の狩りの獲物は食べ切れない分はカラムの農場の人たちやジョンに渡してきたらしい。かわりに農産物や牧場加工物を貰って来たようだが、そのうち、ティオたちだけで冒険者ギルドで買取りをするよう手配してもらうべきか迷う。ティオたちは簡単に狩るが、魔獣一頭で村人全員が食べ切れない量の肉が取れる。異類の村がそうだった。頻繁に肉を持って行って生産品を交換して貰ってしまっては、カラムたちの出荷に影響を及ぼすかもしれない。

 かといって、マジックバッグから大量の肉を買取りに出すグリフォンなど、目立って仕方がない。

「これはもう、リムに血抜きを一人でできるようになってもらうしかないかな」

 先日、異類の村でも驚かれた程、リムは上手に解体を手伝っていた。血や脂の付着は風の精霊にお願いすれば良い。あとは闇の精霊に低温で保管して貰えば何とかなるのではないだろうか。異類の村で貰った塩漬け豚は闇の精霊のお陰で美味しく食べられそうだ。


 シアンはつらつらと考え事をしながら、教わった塩漬け豚すね肉の煮込み料理を作ることにした。

 玉ねぎとニンニクを薄切りにし、圧力鍋でバターでしんなりするまで炒める。塩コショウをよく刷り込んだ肉を加え、かぶるくらいの水を入れ、ハーブを散らして蓋をする。


 火加減を見ていると、ざっと木々を揺らし、黒い影が飛び出てきた。

 突然のことに、肩が跳ね、炭を掴んでいたトングを取り落とす。

『大丈夫。近寄らせないから』

 木々の葉よりもなお瑞々しい翡翠の輝きがつむじ風を作る。魔力の渦は緊張から、ふ、とほどけ、人型を取る。

「英知」

 風の精霊の出現に、シアンは安堵した。

 その姿を見るだけで安心するほどの信頼感ができている。

 木々の切れ目から転がり出た獣は細い四つ脚を持つウシ科の動物に似ている。頭部に四本の角が生えている。口の端に泡を吹きながら、興奮した態で、シアンの姿を認めると、一旦停止し、蹄で地面を二度三度掻き、勢いをつけて飛びかかってきた。

 それへ、灰色の塊が直撃した。

 鈍い音がして、シアンの視界の斜め向こうに飛ばされる。すぐに卵が潰されるような濁った音がする。そちらを向くと、木の幹に血肉がべったりとこびりついている。その木周辺の幹にも体の組織が飛び散り、脂がぬらぬらと尾を引きながら滑り落ちていく。内臓も弾け、どろりとした血肉と内臓の内容物が一緒くたに赤黒く木の根に溜まる。

「キュア!」

 雄々しい鳴き声が短く上がる。

「リム、大丈夫? 怪我はない?」

 シアンの声が聞こえていないように、滞空しながら粉砕された獲物を見下している。

「リム?」

 白い毛並みを血で汚しながら獲物を見る姿はどこか冷然として見えた。

 鍋の蓋がかたかたと音を立てる。

 頭の隅で鍋の具合を見なくては、という考えが脳裏を掠める。

 しかし、それどころではなかった。

「手加減できなかったの? 勢いがありすぎたのかな?」

 そっと声を掛けると、リムが振り返った。

「キュア?」

 わからない、と当人も戸惑っている風で首を傾げる姿に、いつものリムを見つけて安堵する。



 その後、すぐにティオと九尾は戻ってきた。

 三頭で協力して大物を仕留めたところ、やや離れた所にいた六頭ほどの群れが怯えて逃げ惑い、周囲への被害を鑑みて狩ることにしたのだと言う。てんでばらばらの方向に散らばる獲物を素早く狩っていく。そのうちの一頭がシアンがいる方向へすり抜けていったので、慌ててリムが後を追ったのだそうだ。

『リム、最近、力の加減がうまくできていないようだね』

『うん、そうかな。そんなに力を入れてはいないんだけれど』

 何はともあれ、食事が最優先、と狩った肉を焼き、豚すね肉の煮込みと共に食べた。

 目の前で動物が弾け飛んだ惨状は、しかし、風の精霊のお陰か臭いは遮断されていたし、シアンも解体に慣れている。やや食欲が落ちる程度で済んだ。

『いつもの調子で殴りつけたら、驚くほど簡単に獲物が飛ばされていく、といった感じかな?』

 食事の後、四人で円になってティオが口火を切った。リムが考え考え答え、九尾が傍から見ていて感じた様子を語る。

『そんな感じ!』

「そういえば、山脈を越えた辺りで食虫動物の異類に対してもそんな風だったね」

 リムが異類を蹴って飛び立とうとしたら、倒れてしまった。蹴った当人が驚いていた。

『ぼくも大地の精霊の加護がついた時にそんな風になったよ』

 ティオが宥めるようにリムの小さな体に頬を寄せる。リムが嬉し気にへの字口を緩めて抱き着く。後ろ脚が嘴に乗り上がる。ティオが面白がって頭を上げながら、二度三度揺すり、リムの腹のちょうどいいところを頭頂部で支えて持ち上げる。

「キュアキュア!」

 リムが笑い声を上げる。

 その様子を見ながら無意識に息をついたシアンに、九尾が視線を送る。

『それほど心配しなくても大丈夫でしょう。ティオの言う通り、これから加減を覚えていくのではないですかな』

「うん、そうだよね」

『リム、ぼくたちは生きるために狩りをするんだよ。だから、悪戯に殺したら駄目だ』

 ティオが弟をあやしながら諭す。

『うん、無駄にしないように、手加減、頑張る!』

 リムもティオの言うことの意味を汲み取る。

 現状把握と分析、現状認識と励ましと今後の課題を見つめなおす様を、風の精霊は口を挟まずに眺めていた。



 その日は、湖の北西へと向かった。まだところどころ雪が残る場所がある。

 湖の南一帯の討伐は目途が立ったが、こちらはまだこれから魔獣が増えるだろう。

 森の切れ間にこぢんまりとした村があった。異類の村よりも更に規模が小さい。それでも石垣を組んでいるところから、獣害があることが窺える。

 密集する家の外れにぽつんと立つ家、その影に人影が見えた。

 その様が見える程の低空飛行をしても騒がれないのは、闇の精霊のお陰だ。

 シアンが上空からそれを気に掛けたのは、横たわっていることと、小さかったからだ。

「ティオ、あそこに降りてくれる?」

『でも、いきなり人の村の中に空から降りたら駄目なんじゃないの?』

 ふとシアンは息を漏らしながら笑った。

 出会った当初はティオは街のことを人の巣だと言っていた。今は街と村の違いを理解している。こんな時でも笑えるのだと思った。

「ううん、今は緊急事態だから。多分、もう間に合わないのだろうね。でも、降りて」

 倒れている子供は恐らく、助からないだろう。

 それでも、シアンは降りてくれるように頼んだ。

 シアンが必要以上の揉め事に巻き込まれることを嫌うティオは、確固たる言葉の響きに従った。

 静かに着地したティオの背から降りる。

 傍に膝をつき、瞳孔が開いた子供の首筋に手を当てる。念のため確認したがやはり脈はない。

 子供は嘔吐し、顔半分と辺りの地面を汚していたが、シアンは気にしなかった。近くに緑色になったジャガイモが転がっている。近くには緑の欠片も残っている。

 ジャガイモは毒を持つものが多いナス科の仲間で、日光に晒され古くなると毒素を持つことがある。調理の過程で大部分の毒素は分解されるが、芽が出ていなくても、皮の部分にも含まれている。

 ゼナイドではジャガイモを用いた料理が多い。保存のきく野菜は貴重な食料だ。ジャガイモの扱いも浸透している筈だ。なのに、緑色に変色したジャガイモを食べた。それを食べるしかなかったのだ。

 そしてそれは、生だった。飢えに耐えかねて、どこからかこっそりくすねてきたのだろう。

 苦しんだ痕跡のある着衣の乱れを直した。

 死は瞭然だったので誰も何も言わなかった。

 不思議と、村人は誰も寄ってこなかった。

 カラムの農場の近隣にも小さい子はいた。シアンが通うようになってからはずっと豊作続きで、こんなに頬がこけ、唇がひび割れたやせ細った子供などいなかった。シアンはぐっと奥歯をかみしめ、泣くのをこらえながら、力いっぱい子供を抱きしめた。据えた匂いがした。もう肉が腐ってきているのだろうか。早すぎやしないか。もしかして、生きている時から腐敗が始まっていたのか。生きながら死んでいたのだろうか。そう思えてしまえるほど、哀しい姿だった。


「最後に歌を歌って、送ってあげよう」

 子供をそっと地面に寝かせ、両手を胸元で組ませ、瞼を閉じてやる。

「楽しい歌を歌おう」

『いいの?』

「うん、楽しい気分でいってほしいから」

 ティオもリムもシアンがとても悲しんでいることがわかった。シアンの瞳に涙が盛り上がっているのを見て、二頭とも体がこわ張った。普段あまり感じない、不安で落ち着かない気分になる。シアンになかなか会えない時のような寂しくて悲しい気持ちになった。

『さあさあ、二人とも、そんなしけた顔をしていないで。シアンちゃんの言う通り、賑々しく送ってやりましょう!』

 唯一の奏者ではない九尾が前足を重ねて叩き、ティオとリムに行動を促す。

 弾むリズムに跳ねる律動を乗せる。

 シアンは生前の子供のことを知らなかったから、しめやかに彼のことを思い返すことはできない。だったら、せめて楽しい曲で少しでも良い気分になってほしかった。流れゆく音楽に乗って、今度こそ楽しい世界へ行けるように祈る。

 エディスで魔獣討伐依頼を受けた際、胸におぼろげに沸き上がった、「国は何もしないのか」という考えが形を定める。

 入国の際、少なくない料金を取られるのは、街道利用料と城壁利用料だ。その街道が脅かされているのであれば、国は何らかの策を講じるべきではないのか。なのに冒険者任せなのか。

 こうやって国都近くの小さな村の幼い子供が飢えて転がっているのが現実だった。



 ログインして居間へ行くと、ソファーで九尾と遊んでいたリムが飛びついて来る。ティオは庭で横寝しているのが見える。

『シアン、ぶらーんってして!』

 一瞬、頭を掴んでぶら下げる方かと思ったが、両前脚を精いっぱい高く上げ、万歳のポーズを取る姿に違うと悟る。

 いつかやったように、翼を避け、リムの細い胴体をそっと両手で掴み、持ち上げて視線を合わせる。

『くふふ』

 リムはしなやかな体で両前脚を口の辺りに持ってきて口を覆う。そのままで漏らす笑い声はくぐもった。

「リム、どこでそうやるのを覚えたの?」

『きゅ……ええっと、内緒なの』

「そう、きゅうちゃんが」

『違うもん、内緒だもの』

 きゅうちゃんと言いかけたのを内緒だと言い張るのでそういうことにしておいた。

「リムは本当にきゅうちゃんが好きだねえ。色々教えてくれるものね?」

『うん!』

 語るに落ちた。

 シアンが仕方がないなあと小首をかしげると、リムも同じく首を傾げる。丸い耳の角度が変わる。

 可愛い。

 結局、シアンもリムには甘いのだ。



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