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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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16.ゾエ村2

 

 冒険者は以前、ここに迷い込んだ親子からこの村の話を聞いたのだと語った。静かで丁寧、かつ、物怖じしない態度、そして何より異種族の者に対しても程よく興味と関心を示し、自然体で接するところが村人たちに受け入れられた。

 元々は陽気で気さくな者たちばかりだ。

 ゾエは異類の村だからいたずらに権力者を刺激しないよう、積極的に外から客は招かないが、親しみを表す相手を粗雑には扱わない。


 グリフォンはその大きさから厨房には入れなかったので、酒場の片隅に寝転がった。食事をする場所に伴っても良いと言われたことに冒険者は軽く目を見開いたが微笑して礼を言った。その表情にリリトの鼓動が跳ねる。原因を考える暇はなかった。

 驚いたことに、ドラゴンだという小さい白い幻獣も料理を手伝ったのだ。

 力があるというのは本当で、獲物を簡単に持ち上げて運んだ上、解体でも活躍した。冒険者と息の合った動きを見せた。

「リム、そっち持ってくれる?」

「キュア?」

「そうそう、ちょっと押さえておいてね」

 どうやら、言葉が通じているようだ。幻獣たちは周囲の人間の話す言葉を理解していると冒険者が話した。

「おや、リリト、手が止まっているよ。村人全員分作るんだ。頑張っておくれよ」

 発破を掛けられているところを、冒険者に見られてしまった。慌てて作業に戻ったため、普段しない失態を犯す。

「危ない」

 足を滑らせて、手にした鍋を放り出してしまう。何と、それを白い獣が地面に落ちる前に拾い上げる。

「大丈夫ですか?」

 リリト自身は冒険者に腰を支えられていた。

「ひゃっ」

 思わず、声を上げて身を固くする。

「落ち着いて、ゆっくりでいいですから。起き上がれますか?」

 咄嗟に声が出ずに二度三度頷き、脚に力を籠める。

 台の上に手を突きながら、ようやく立ち上がった。

「リリト、大丈夫かい? 解体の近くで作業させて悪かったよ。あっちを手伝っておくれ」

 ロラはそう言うが、村人四百人弱が食べても余るほどの巨大な獣を解体しているにも関わらず、血の匂いが薄い。風が吹き飛ばしているからだ。今日は風のない日だったのだが、ありがたいことだ。

「はい、すみません」

 ロラが心配そうにのぞき込んでくるのに、小さく答えた後、冒険者を見やる。気を悪くした風ではない様子に安堵する。

「あの、ありがとうございました」

 勢いよく頭を下げ、そそくさとその場を離れた。

「さあ、リム、残りも片づけてしまおうか」

「キュア!」

 リリトは背中の向こうで穏やかな笑顔とそれに元気よく答える幻獣の姿があるのを想像し、知らず顔をほころばせた。

「私も手伝うよ」

 何事もなかったように作業は続いた。



 夜は闇のとばりで覆われ、視界がきかなくなる。村人たちは昼間に活動するため、宴会も日が高いうちに行う。冬の間、塩漬けか燻製した肉、干し肉をたまに食べるのが楽しみだ。例年よりいち早い、しかも滅多に食べられないリュリュの肉を前にして、村人はこぞって集まった。

 冒険者は最初、酒場に案内されたが、人数が多かったので、広場に即席竈がいくつも設えられた。肉を焼き、鍋をかけ、みな、家からテーブルと椅子、食器を持ち出している。

「ここは見てわかるだろうが、二百世帯もない村なんだ」

 村長の弟であるグェンダルは率先して働く男だ。血や脂にまみれて解体しつつ、冒険者の手際の良さを褒めていたのを聞いた。リリトはその雄姿をさほど見ることなく、別の持ち場へ移ったが。

「のどかで穏やかで良い雰囲気ですね」

「そうだろう?」

 冒険者の隣に陣取ったグェンダルは素直に喜んだ。


 反対側のテーブル脇にグリフォンがその威容を見せつけている。ドラゴンには到底見えない白い幻獣とともに食事に夢中だ。無心に食べる様を村の子供たちが遠巻きに熱心に眺めている。

「皆さんはあまり出歩かないようですが、ドラゴンを見かけたというのは?」

「ああ、あれはアシルだな。あいつはお調子者のベルナルダンと今は組んでいるが、前はふらふらあちこちを旅していたんだ」

「あまりこの村ではそういったことはよろしくないのでしょうか?」

「はは、はっきり聞くね。でも、そうでもないよ。皆好きにやるさ。ただ、この村が居心地がいいものだから、結局は旅に出ても戻って来てしまうんだ。もちろん、アシルも今はちゃんと役割を担って生活している」

 またぞろ旅の虫がうずかないとは言いかねるがね、とグェンダルは肩を竦める。

「おーい、アシル! ちょっとこっちへ来てくれ」

 グェンダルと同じくらい細身だ。しかし、均整の取れた体つきのグェンダルとは違い、ひょろりとしか言いようのない細い体つきだ。どこか茫洋とした、悪く言えばぼんやりした顔つきで、何を考えているのかよく分からない印象を受ける。

 冒険者はロラと同じほどの身長しかなく、体つきもどちらかというとアシルの方に似ている。


「アシル、シアンにお前が旅先で見たドラゴンの話をしてやってくれよ」

「おお、あれな!」

 ぼんやりしているのは顔つきだけで、よく気が付くアシルは冒険者の皿にリュリュの串焼きを追加してやりながら、自分もかぶりつく。しっかり、自分の皿と杯を確保している。

 グリフォンとドラゴンには村人が入れ代わり立ち代わり肉を持ってくる。獰猛な魔獣を狩った功労者は他者から渡されたものを食べないので、一旦、冒険者が受け取っている。

「ここよりもっと南の暖かいところで見かけたんだ。親ドラゴンはドラゴンらしい蜥蜴の体に蝙蝠の翼、長い尾を持つ獰猛で鋭い感じだったんだがね、その近くでちょろちょろしているのがそこの白いのみたいな感じだった。いや、大きさから言って、象と蝶くらいの比率だったね」

「そ、そんなに?!」

 そういえば何とかが館くらいに大きいと言っていた、と冒険者が呆然と呟くのが聞こえる。

「ああ、よく踏みつぶさないなあ、と感心したもん、俺」

 言って、わっしと串に刺さった肉にかぶりつき、串から抜き取って咀嚼する。

 冒険者は皿を両手に持ったまま固まっている。

「冷めちまうぞ、それ」

 杯を持った手の人差し指で冒険者の皿の上を指す。

「そんなに大きくなったらどうしよう。家に入れない。というか、森か山で住むしかないのかな?」

 アシルが杯を口に持っていきかけていたのを慌てて遠のける。

 そして吹き出す。

「はは、まあ、そうだろうがね。でも、そんなにすぐに大きくならんだろう。なんていったって、長寿だ。俺たちのひ孫のひ孫でも成体の姿を見れるかどうか」

「ああ、そうか。僕はリムが大きくなった姿を見ることはできないんですねえ」

 静かに言う言葉は感慨が籠っていた。

「キュア?」

「ピィピィ。キュィ」

 冒険者の隣で食べることに専念していたドラゴンとグリフォンが、彼の感傷を感じ取ったかの様子で反応する。近寄ってそれぞれの頭を彼にこすり付ける。

「ふふ、そうだよね。できるだけ一緒にいようね」

 おおよそ、どんな会話をしたのか察したアシルがばつの悪そうな顔をし、それをグェンダルがフォローする。

「済まないな、悪気はないとはいえ、配慮のないことを言ってしまった」

「いいえ、いつかは必ず訪れることですから」

 穏やかに笑う冒険者は既にその時のことを考えているのだろう。

「彼らも気を悪くしないでくれたらいいのだが」

 幻獣たちを見やりながら話すグェンダルに、冒険者は一瞬言葉を詰まらせる。

「それはどうでしょうか」

 歯切れの悪い台詞に、アシルが頭を抱える。

「しまった! リュリュを狩って無傷のグリフォンと、自分が言ったでっかくなるドラゴンを怒らせた!」

「いえ、怒ってはいないんですが」

「少なくとも、嫌われたな」

 言葉を濁した冒険者に、グェンダルが容赦なく続ける。

「なんだなんだ、どうした、アシル。何かやらかしたのか?」

 アシルと仲の良いベルナルダンが乱入してきて、騒ぎは一層大きくなった。


 冒険者はアシルに旅先のことを更に色々質問していた。国ごとによって違う風習、犯罪まがいのぼったくりや詐欺、ならず者たちへの対処など、熱心に耳を傾けている。

 そして、良い具合に満腹になり、酒の酔いが回ってきた頃、太鼓が運び出された。三十数台もの太鼓が力強いリズムを叩き出す。

「キュア!」

 ドラゴンがひと声高く鳴き、尾を振り振り冒険者のカバンに顔を突っ込む。すぐさま瓜を半分に割った形に竿を付けた楽器のようなものを取り出す。

「ありがとう」

 冒険者が受け取りながら微笑む。

「キュア!」

 またぞろカバンから今度は木の丸い枠のようなものを取り出す。薄い円盤がいくつもついている。

 と、太鼓の律動に合わせて木の丸い枠を叩く。すると、澄んだ音が響く。しゃんしゃんと円盤がぶつかって軽快なリズムを刻む。

「おお、ドラゴンも楽器を演奏するのか!」

「やるじゃないか」

「可愛い~」

 あちこちから声が上がる。

 冒険者も楽器を奏で始める。弦をつま弾くと華やかな音が響く。

 不意に強い魔力を感じた。

 視線が吸い寄せられる。

 グリフォンの足元にいつの間にか、太鼓が出現していた。

 村の、いや世界のどこにもないだろう、美しい彫刻の施された魔力の塊のような太鼓だ。

 村人の演奏が一瞬止まった。が、グリフォンの視線に促され、再び演奏が始まる。

 グリフォンの力強い律動も合わさる。華やかな弦の響きと澄んだ音色も重なって、太鼓の律動の中、空に溶けてゆく。

「おお、まさしく天の調べ」

「大地の律動じゃ」

「光の輝かしい音だ」

「闇の癒しを感じる」

「風が柔らかくなったような」

 村の老人たちが口々に小さくさざめく。

 冒険者のリュートは正直なところ、ものすごく上手いわけではない。けれど、律動を、音を楽しむ姿に、村人の心がほぐれていくのを肌で感じる。リリトは自分がこつこつ積み上げてきたことを一瞬で成し遂げたことに、軽い嫉妬と純粋な尊敬の念を抱いた。


 日が傾いてきて、冒険者は暇乞いをした。すっかり冒険者に心酔した村人たちは引き留めた。固辞したが、何度も請われ、実は異界の眠りというのは長時間睡眠をするのだと話した。眠っている間は何者をも寄せ付けず、何があっても起きることはないのだと言う。

 村人たちは異能があるからこそ、他者の特殊能力に関して理解があった。彼らも強い異能があるがゆえに、欠陥もまた抱えていたからだ。

 リリトは立ち去る前の冒険者に、その音楽も特殊能力なのですね、と声を掛けた。会ったばかりの者に気安く声を掛けることなど考えたこともなかったのに、どうしてかそう聞いていた。

 冒険者は、これは違うよ、と言って笑った。ああでも、少しは特殊能力なのかなあ、とも。

 自分の能力を分かっていないのか、と驚いた後、ああそうか、能力は隠さないと生存できないのだから当然かと得心がいく。聞いてごめんなさいと言うと、困った顔になって、そういうわけでもないんだけれど、と返ってきた。

 その素直な表情に好感を抱いた。

 早く行こうと傍目にも催促しているのが分かるグリフォンの首筋を冒険者が撫でると、どう猛な目を細め喉を鳴らす。すっかり彼の手でやわらぎ寛いでいる風情だ。白い小さなドラゴンは彼の肩を陣取っている。両前足を揃えて身を乗り出して周囲を見回し、時折彼の頬に顔をこすり付ける。リュートという楽器をつま弾いていた指で頭を撫でられると嬉し気に鳴く。

 甘えたら撫で返してくれることに、かすかな羨望を抱いた。



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