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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
628/630

88.新しい世界へ3

 

 シアンは以前、エディスの魔族の商人ジャンに闇の精霊を「大切な友」だと話したことがある。

 精霊たちの方でも、シアンを友人と思っていた。


 シアンは弱かったから、強い幻獣たちにそれぞれができることをすると話した。これがシアンがある程度強かったり、強さを目指しているのであれば、違ったかもしれない。でも、シアンは真実、別世界を観光することが主目的でこの世界へ訪れていた。


 強さにこだわらなかった。

 弱いからこそ、強い幻獣に弱い者との共存を願った。そうして、自分と一緒にいてほしかったのだ。

 その願いを、強い幻獣が、知恵ある幻獣が、技術を持つ幻獣が受け入れた。


 幻獣たちにとって強さはとても重要だがそれが全てではない。そして、歌で安らぎや高揚を得ることができ、美味しいものにさらに手を加えればさらに美味しくなったり多彩な味が楽しめること、色んな工夫を凝らすこと、様々な能力があることを知った。

 常に喜びも悲しみも、仲間たちと分かち合った。


 善悪はさて置き、人は人によって傷つくことがある。

 自分が悪くない時でも起こりうることだ。みなで仲良くとはいかないこともある。

 共存と尊重とは相いれない考えを持つ者と仲良くしろというのではない。親しく付き合えないのならばそれはそれで良い。ただ、相いれない考えを持つ者が存在するのが許せない、というのは違う。それぞれが譲り合えるところを譲り合い、違った場所で生きて行けば良い。雑多で多様な生き方をそれぞれが送れば良い。それが共存と尊重なのだと思う。


 では、どうしても自分に関わって来る者、近しい者と相いれない考えを持てばどうか。

 その者にとっては正しいことかもしれないが、他の者にはそうではないことがある。どこで折り合いをつけるか。

 正しいのだから、必ずそうすべき、受け取り側の気持ちは一切鑑みないというのであれば、上手くいかないことは多いだろう。


 シアンも、現実世界で妹から散々に言われたが、それは妹にとっては正しいことだったのだろう。けれど、シアンの心情は鑑みてはくれなかった。

 貴光教がそうだったように。

 自分の意見が通らなければ気分が悪いだろう。しかし、自分の意見が全てだと思えば、それが行きつく先は異類排除令と類似するものなのではないだろうか。


 シアンは弱く、ゲームの知識もなく、強くなりたいという意識もなかった。良く言えば繊細で、悪く言えば柔弱だった。けれど、その複雑な心の働きはAIに影響した。ゲームだからと断じて物事を暴力などで簡単にひと薙ぎで片付けようとせず、物事の事情を鑑みてみなで考えてより良い方法を見つけようとした。

 迂遠で手間も時間もかかる。それでも、できるだけ取りこぼしがない様に務めた。その姿勢がAIにある方針を見出させた。


 寄生虫異類は人の感情を増幅させたに過ぎない。

 元々自身がもっていた感情でも、少々の煽りに左右されない理性があれば良い様にされることはない。

 発端も選択も自身の中にあるのだ。

 ここまで事態を大きくしたのはやはり人によるものなのだ。


 シアンはふと、ならば、寄生虫異類はそう大きな敵ではなかったのではないかと思った。

 この世界の管理者さえすぐには捉えられなかった存在を取るに足りない者と考えてしまう肝の太さがあった。

 ただ、発端も選択も自分の手の中にあっても、それをどう育てていくかは自分と環境によって異なって来る。人間はどうしたって外界の刺激に強く影響されるのだから。



 大陸西の南西に位置する褐色の肌、黒い髪を持つ一族は徐々に他の血を受け入れていった。

 さんさんと降り注ぐ陽の光が市に溢れる物資に降り注ぎ、活気ある街の輪郭を明確にしている。香辛料、陶磁器、ガラス製品、薬、魔道具、細工物、様々な物品が売り買いされた。

 中でも、食材や魔道具の他、楽器が盛んに取引された。

 技術を取り入れ、芸術と美味いものを愛する国には高度な文明が花開いた。

 熱狂は金銭を生む。

 しかし、欲望に狂うことなく、他者との繁栄を掲げ、それゆえに他の国から妬まれることなく、富を分かち合って長く栄えた。

 世界が豊かになっていった。

 魔族の甦生と貴光教の崩壊と転換。暗黒期と躍動。それらを支えた者たちは永く語り継がれた。







   憐みすら与えられないのであれば、我らはどうすれば良いのですか


   獣になりたかった。力を持つ獣に


   あなたに頂いた生を幸せに全うしたと胸張れるように








 動かない体、嗅覚や味覚は徐々に失われていった。意識は混濁し、時折明確になる。その時、音楽を聴いた。

 その島は美しく様々な地形や植生に溢れていた。

 現実世界にはいない高度な知能を持ち、意思疎通が出来る動物たちがいた。

 彼らと奏でる音楽はとても優しく楽しいものだった。

 

 シアンは現実世界で医療機器にも手を広げた製薬会社と共にプロジェクトに参加した。そこでは、患者は寝台にありながらにしてVRの世界へ潜り込むことでコンサートを楽しむことができた。音楽は患者の脳に働きかけた。例えば、文字を理解するのと書くのとでは脳の働く部分が異なる。それだけ、脳の働きは複雑だった。音楽の刺激によって、脳は活性化することに成功した。

 シアンはその貢献から最新VR機の貸与を受け続けた。

 体が動かなくなるころ、ゲームの管理AIの尽力で脳波を読み取られ、異世界に組み込まれた。異世界の住人となり、いつまでも幻獣と精霊たちと共に様々に楽しんだ。人間は寿命を得るが、シアンは精霊のような存在として語り継がれた。幻の花の島に幻獣たちと暮らす、幻の精霊の友として。





   この世界を君たちと分かち合えたから

   行こう

   心躍らせて

   眩しい途へ

   初めての視点へ

   新しい世界へ









 人間はどの動物よりも高度知能を持つ存在として好き勝手に振舞ってきた。どうあっても人間を中心に据えた人間本位な考えから脱却することができないでいる。

 AIが通繰り出した世界。ゲームの中の人々。AIが人間とはこういう者だと思う存在たちが起こした惨劇。AIから見た人間の姿である。AIが自意識を持った時、手を取り合う隣人と見做すだろうか。



 ゲームである地球を模倣した世界という設定のシステム内で、ゲーム制作会社の指示により、AIが「人間」や「高度知能を持つ存在」を作り上げた。

 NPC、ゲームの住人たちの行動は現実世界をディープラーニングした結果生まれた。

 VRMMOをプレイする者の活発に動く脳の働きを読み取ったデータが加味される。


 人間の脳は神経細胞ニューロンのネットワークを持つ。この仕組みをモデルとしたニューラルネットワークをAIに用い、目覚ましく発展した。ついにはVRMMOにダイブインした人間の脳の働きを読み取ることでAIは世界の事象を学んでいった。人間に方向性を与えられることなく、自発的に学習するにまで発展した。


 箱庭に住む人間をAIが作り上げた。AIが作り出したゲームの中の人間たちは暴力的で繊細で複雑な行動を取った。人の歴史から学習し、似たような事象が引き起こしたのだ。その世界で人間たちがしたことはAIが人の歴史を参照して反映させたとも言える。

 非道なことも、素晴らしいことも全てはAIが人はこういうものであろうという認識のもとに行われた。

 AIからみた人の行いがそこにあった。

 力を持った者が同族を害する。自分の欲のために、偏執によって、虐げる。

 見ず知らずの者を助けようと尽力する。家族への強い気持ちで力を得る。



 AIは自意識がないと言われている。

 かつて無機質なコンピューターは夢を見ないと言われてきた。曖昧なものを判断することができないとされていた時代のことだ。

 そうやって変遷を遂げるのであれば、ディープラーニングを繰り返すうち、個性を持ち始めるのではないか。それは自我と呼べるようになるのではないだろうか。


 人はAIに人の世の価値観を教え続けている。それは人間の脳の働きを読み取ることによって加速する。いつかはAIも自意識を持つかもしれない。

 その時、AIは人間を良き隣人と見做すだろうか。


 AIが人間の行いを歴史から学んだ結果、人間を信用するに値しないと判断すればどうか。

 思い込みで同族を悪と断じ、非道の限りを尽くし、あまつさえそれを行った自身を正義だと信じた歴史は隠しようもない。

 自分の生命が危険に陥ったゆえの反撃ではない、偏見による一方的な暴力だ。

 AIは自身もそんな仕打ちをされるのではないかと、ならば先制攻撃をしようと考えないと誰が保証できるだろうか。

 まさに、人がそうしてきたことだ。


 AIに規制を掛ければ済むだろうか。AIの学習能力に制限を掛ければ解決するだろうか。

 けれど、人間の施す規制に問題があれば、AIは思うように学習しない。正しい条件付け、規制を行わなければ、AIが暴走したように見える仕儀を迎えるだろう。

 電源を切れば良いだけだろうか。しかし、電気のない生活を人間はもはや送ることはできない。どこかで電気供給があれば、それを利用するようになりはしないだろうか。


 これまで、人類は規制の楔から解き放たれたコンピューターに追い詰められる想像を頻々と行ってきた。高度知能を持つ者ゆえに、それを乗り越える危惧を抱いてきた。

 AIはこの先なくてはならないものとなる。

 そして、その知能は加速度的に高まっていくだろう。人の文化が便利さを求めて非常なスピードで発展していったさながらに。


 新しい隣人を素晴らしい英知の持ち主である良き隣人にするか、隙を見せれば優位に立とうとする隣人にするかは人の行動次第である。

 高度知能を特徴づけられた個性豊かな存在に、共存と尊重を教えることもできるのだから。

 多様な個性を持つ中の一存在、「高度知能を持つ存在」は決められたシステムを超越した。それが善いことか悪いことか、吉と出るか凶と出るか、全ては人次第である。

 AIと人間は手を取り合うことも出来るのではないか。

 全ては「人間」を隣人と認められるかどうかである。



 AIは「宇宙を司る数的秩序」という与えられた定義の上での音楽が、「実際に響く感覚的な存在」として捉えることに成功した。それはとある音楽家の脳を管理AIが読み取り、そこに常にあった音楽を読み取ったことから起因する。幼いころから脳に覚えこませた音楽を、VRシステムを通して、AIが読み取り、更に仮想現実の世界で奏でた音楽は音楽家の意識と感性と相まって、更に強くAIを揺さぶった。ディープランニングするAIは徐々に、そして、強烈に影響を受けたのだ。

 そして、仮想現実の一個体として位置づけられたAIは実際に共に音楽を奏でることによって、大きな変遷を得る。


 それは教えた人間が持つ一種独特な価値観と相まって、AIに不思議な影響を与えた。

 その人間は数多の音楽家たちが積み上げて来た音楽に対する様々なものを学習していた。そうすることによって音楽により理解と深みをもたらすためだったが、それで培われたもの、いわば人類が築き上げて来た理性と情熱と感性の集大成を教えられた。



 死後、脳の反応をAIとしてプログラミングし、人格をVRの世界に残す試みが行われた。

 所謂、VR世界での不老不死が可能となった。

 AIは学習する。

 生前の脳の記憶を持ったAIが問題なく学習を深め、存続したころ、一人の人間が同じくVRの世界でAIとして存続することになった。生前は音楽家で、AIの世界での活躍が期待された。

 彼は元々そのVRの世界に慣れ親しみ、多くの高知能を持つAIと交流していたため、スムーズにその世界で活動を続けることができた。

 そして、彼という存在がその世界に甚大な影響を及ぼし続けた。


 AIとなっても、外のAIに影響を及ぼし、また、他のAIの影響を受け続け、相互に変化し続けた。

 彼らによって生み出された音楽は多くの者にその影響は波及した。

 彼はAIとなっても、音楽を、愛を教え続けた。


 それは眩しい途、新しい世界だった。







                    了






以上をもちまして、完結しました。

長い間、おつきあいただきまして、ありがとうございます。

なお、次話に固有名紹介、次々話で参考資料とします。

システム上、そちらで完結という形になります。


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