85.仮面祭り(幻獣音楽隊編)
集合場所では自分たちの小遣い全てを使って腹を空かせた子供らに料理を買って食べさせたという一角獣とわんわん三兄弟に、カランがジャガイモ料理を買って一緒に食べようと誘った。ユエは買い過ぎた野菜と肉の料理を分けた。実際、調子に乗って買い過ぎたと冷や汗をかいていたのだ。わんわん三兄弟に感謝のまなざしで見上げられ、他の幻獣たちに感心された。
幻獣たちはそれぞれどんなことをしたか、何を買った、どれが美味しかったと話し合った。
ユルクとネーソス、リリピピが孤児院の屋台の販売を手伝ったと聞き、驚き面白がった。
「インカンデラは急速に変化しつつあるね」
魔族の国では冒険者ギルドはあることはあったが、そう重要視されていなかった。それよりも、商人ギルドが発達していた。最近、冒険者ギルドの設備が整い、様々なシステムが構築されてきた。
「ああ、そうなの?」
『そうなんですよ。何しろ、シアンちゃんが冒険者ですからね』
「え?」
『もう一度言おう。シアンちゃんが冒険者だからだ!』
誰に向かって言っているのか。
『シアンちゃんが魔族の国に来るようになったら、不便があったり困ることがあってはいけない、ということらしいですよ』
そんな理由で。
シアンの表情を読み取った九尾は頷いた。
『そんな理由です。ですが、彼らにとっては最重要案件です』
許しを乞うこと、それが魔族の精神に染みついていた。
それまでは積極的に生を全うしようとはせず、高い魔力を持っていても、差し迫った危険が訪れる時にのみ武力に用いていた。
その魔族が、凝り固まっていた思考から解き放たれた。
初めは戸惑いながら、徐々に加速度を増して。
生活をより良くするための生産から科学が発展し、何より芸術に関して熱を帯びて取り組んだ。
拗れていた考えを解きほぐした人物が音楽に親しむ者だったからだ。
そして、その後、一大文明を築き上げる。
高い魔力ゆえに定期的に猛威を振るった種族病に対して、有効な治療薬を得たことにより、爆発的に人口が増えたことにも由来する。
強靭な精神と肉体と、自分たちを思う存在がいたことが励みとなった。何かを犠牲にして生かされているという意識は完全には消え去らなかった。だからこそ、常に自分が正しいという意識は持たず、他者に寛容である種族へと変化していった。花帯の君が高位幻獣という種族を異にする存在に、共存と尊重によってより大きく多様な力を発揮することを教えたことに起因する。
それが彼らの指針となったのだ。
集合した幻獣たちは王宮へと向かった。
幻獣音楽隊は王宮の門から大通りを行進し、広場で何曲か演奏する予定にしている。演奏終了後王宮に戻って転移陣を踏んで島の館に戻るのだ。
門の両側に立つ衛兵は幻獣たちが近づくと額ずいた後、通してくれた。門の内側に待ち構えていた使用人に案内され、王宮の一室でリベルトとアベラルドの歓待を受ける。
幻獣たちは口々に祭りのことをあれこれ話す。
一角獣とわんわん三兄弟が小遣いをはたいて子供らに料理を買ってやったと聞いて、国王と大聖教司は礼を述べるにとどめておいたのは流石である。ここで使った金銭を出されても、戸惑う。一角獣とわんわん三兄弟は自分たちの好きにやっただけなのだ。
『この国は良い国だ。子供らが飢えずに元気そうにしていた』
『まことに』
『どれだけ目端を聞かせても、取りこぼしは出てきてしまうもの』
『子らに十分に食べさせてやれないのならば孤児院に預けるというのが秀逸ですな』
『そうなると、孤児院という名称もどうかな。養育院などはどうか』
『まあ、本人たちは親御さんがいるからにゃあ』
『でも、名前を考える前にもっとすることがあるの』
『そうです。子供らは魔族語を読めませんでした』
『……』
『ネーソスの甲羅の上に乗せた紙の文字を読めなかったものね』
『食べて行くための働く技能と一緒に文字も教えた方が良いかもしれないねえ』
幻獣たちは喧々諤々話し合った。
リベルトとアベラルドはそっと目頭を押さえる。これほどまでにインカンデラの子供らのことを考えてくれる、いわば、国の先々を担う者のことを考えてくれるのだ。
『はいはい、みんな、それはこちらの陛下と大聖教司様がちゃんと考えられますよ』
九尾が両前足を打ち合わせ、幻獣たちの注意を引いてそう言うと、なるほどと一斉に頷く。
「はっはっは。これはご期待に添わぬ訳にはいきませんな。無論、このままにしておきません。しっかり子供らを養育していきますとも」
「聖教司を志す者も増え、人手が多くなっています。彼らに子供らの教育を割り振っていきますよ」
歓談するテーブルには王宮の料理人が腕を振るったものから街の屋台に並ぶ料理まで取り揃えられ、飲食を楽しんだ。
茜さすころ、幻獣音楽隊は街の中心部にある広場に向けて出陣した。
リベルトとアベラルドにも一列になってイケメンポーズを披露しての行進となった。国内でも最も高い位に就く二人は、自然と膝を地面につけ頭を深々と下げた。
リムを先頭に、楽器を演奏しながら進む。
「王宮内から?」
せめて門を出てから、とシアンは思ったが、案に反して、広々した廊下の両端に王宮で働く者たちが膝をつき恭しく待っていた。音楽隊の旋律に会わせて手拍子をしたり、籠の中に入った花をまき散らす。それらの顔には笑顔が咲いていた。
貴族たちは雨の日にロングギャラリーを歩くことで運動不足の解消をする。ロングギャラリーではファッションショーが行われたり、蔵書や美術品の展示を兼ねたりもする。となれば、音楽隊が練り歩くのも許容範囲なのか。ともあれ、王宮で働く者たちにも音楽を楽しんで貰えるということで納得することにした。
幻獣たちの持つ楽器は世にも稀な素材から作られ、精霊の助力によって演奏することを可能にする。
シアンとしては歩行の邪魔にならない楽器として鍵盤ハーモニカなどの案も考えたが、作って貰う時間がないのであきらめた。
リュートはこの世界で初めて手にした楽器だが、歩きながら演奏するのはそれなりの技術を要する。リュートには愛着がある。ティオと出会う切っ掛けになった楽器だ。
そこで、闇の精霊が贈ってくれたバイオリンを弾くことにした。もちろん、練習はした。幻獣たちと島のあちこちを練り歩いた。
リムやティオを始めとする幻獣たちは不自然な体勢で演奏を行う。それだけの力や魔力があった。
技量として不十分な点は大いにあった。下手だからこそ、一緒により美しく響く音楽を、という考え方をした。
それがAIに影響を与える。
演奏家はほんの僅かな違いの間の取り方、揺らがせ方、その空間、その空気に合わせて臨機に変化させる。空間に応じた奏法、彼らの感性によって変えてくる演奏。脳が働き、それに指示されて生み出した音楽。その領域はまだ幻獣でさえも到達しえない域であり、AIが追い求めるものなのかもしれない。
アンデッドさえ、音楽をしたいと願った。生前の記憶もなく、忌み嫌われて朽ち果てていくだけだったが、目的ができた。鉱物を変化させる音を生み出すことができ、引いては自分たちに他者貢献という光を、シアンが与えてくれた。
幻獣たちは綺麗な音を奏でる楽器が好きだったし、合奏は楽しかった。シアンが教えてくれる楽しいことだった。腹の底から浮き立つ気持ちがこみ上げてくる。
他の音色と合わさる妙味を心行くまで味わった。
シアンの現実世界での音楽は端正で美しく整っていた。
それがいつしか弾むような律動、きらきらした瑞々しい音に変化した。リムのお陰で楽しい!という気持ちを込めて演奏するようになった。幻獣たちと合奏において、個性豊かな音との饗宴を楽しんだ。
そこへ深い苦悩や哀しみ、輝かしい喜びや鮮やかに突き抜けるような感が加わる。そして、時に癖がある旋律、時に柔らかで多彩な音へと変化した。
複雑なのにどこかシンプルに真っすぐ心に届く音楽に人々は酔い痴れた。
彼の演奏はびっくり箱さながら変化し、その時々に新たな発見や味わいがあった。時に端正な奏法をしていた同じ楽曲をがらりと変化させることもあった。そんな時、ちらりと見せる悪戯に成功したような微笑みに、聴衆は魅了された。
飽きることなく人々を惹き付けた。
王宮の門を出ると、今か今かと待ち構えていた聴衆からどっと歓声と拍手が起きる。
リムがつい、と飛び上がり、ひときわ高く鳴いてぴっと片前脚を上げて左右に振る。人々は地響きが起きそうなほどに沸いた。
それでも、大通りの左右に幾重にも連なる人壁は押し寄せてくることはなかった。リムが初めて大きくなった後のエディスを想起して、シアンは知らず入った肩の力を抜いた。またもみくちゃにされやしないかと危惧したのだ。
そんなことを考えているうちに、音楽隊はゆるゆると進み始めた。
リムは先頭を飛びながら踊り進む。
リリピピは一行の上空を、行きつ戻りつしながら歌う。
わんわん三兄弟、一角獣、麒麟、鸞、九尾、ユエ、カラン、ネーソス、ユルクと続き、ティオは最後尾、シアンの後ろを悠然と歩く。
鸞は二本の足で楽器を支え持ちながら羽ばたき、宙をゆっくり進む。ユルクは尾の先を楽器に巻き付け、中空を滑るようにして移動する。カランも今は指揮ではなく楽器を演奏した。
広場を一旦通り越し、王宮から一番遠くの門へたどり着くと折り返し、再び広場へ戻って今度は左折して行き止まりにたどり着いたら引き返す。
そうやって広場を中心に十字に移動した。
そのころには空の夕闇は紫紺色に変じつつあった。
街灯に火が灯され、その他にも随所にかがり火が焚かれている。
じきに闇に包み込まれるだろう。
ひゅう、と尾を引く甲高い音が頭上高くに飛び上がり、破裂音が後を追う。
夜空に花が咲く。
『『『わあ!』』』
幻獣たちからも歓声が上がった。足踏みしたり体を揺らしたり、わんわん三兄弟はその場でくるくる回ってはしゃぎまわる。
広場には国王と大聖教司も席を得ていた。
幻獣音楽隊は舞台に上がる。広場は黒だかりで埋め尽くされていた。なのに、微かなざわめきしか聞こえてこない。それも、カランが登壇すると潮が引くように収まる。
カランが指揮棒を構える。
幻獣たちの、聴衆の視線が、シアンがカランならばこそと期待を寄せた指揮棒に集まる。
そして、指揮棒は振り下ろされ、楽しい音楽が始まった。
ティオの好きな不思議な生き物が出る牧歌的な曲、子犬が走り回る曲、蜂が飛び交う勇ましい曲、リムの好きなテンポの速い曲、光の精霊と闇の精霊の曲、セバスチャンの曲、一角獣の好きな少女がドレスの裾を翻すような曲、様々に演奏した。
最後に、シアンがこの世界でピアノを初めて弾いた曲を演奏した。
シンバルの音から始まり、時折リムの尾が撫でて行くバーチャイムの音が軽やかに走りすぎる。ティオの太鼓が徐々に加速し音量を増すことで、盛り上がりを作り、迫力を出す。
主旋律を装飾する音、呼応する旋律にティオの太鼓の音がばち、ばち、と何度も切れ良く合わさる。
柔らかくまろやかな音が漂う。
太鼓の音は力強く支えつつ、他の音を邪魔するほどには前面に出ない。かと思いきや、盛り上がるところでは徐々に音を大きく、かつテンポを速め、クライマックスへの予感を抱かせる。
最後は光の粒がささやくようなバーチャイムの音で終わる。
リムの尾がバーチャイムから離れ、きらびやかな残音の余韻をその場の全員で味わった。




