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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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84.仮面祭り(リム編)

 

 リムは通りの両脇に並ぶ露店や店、展示された商品に目移りしていた。

 カノーヴァではこの日のために運び込まれた各地の物資と近隣から押し寄せた人間で溢れかえっていた。

 尾が左右に揺らしあちらこちらへ蛇行しながら飛ぶ小さな生き物に、周囲の者たちは懸命にそ知らぬふりを装った。好奇心の赴くまま様々に見て回っては楽しそうに鳴く姿に、身悶えしそうになるのを必死にこらえる。

 お忍びである。

 心行くまで楽しんでほしい。

 彼らのお陰で、今日があるのだ。賑々しく盛り立てたい。

 普段はシアンやティオ、九尾といった人間社会に慣れた者たちと行動するが、今は独りだ。

 しかし、リムは既にエディスで単独でお遣いを経験している。

 カノーヴァでは初めてだが、そう大きな違いはあるまい。今回はシアンが気を回してくれて、小銭を用意してくれている。

 試しに美味しそうな匂いが漂ってくる屋台で貨幣を差し出せば、ちゃんと買い物ができた。

 熱々の焼いたパンの中にはトマトと柔らかくとろけるチーズとが入っていた。味付けはシンプルな塩味だが、九尾曰く、シアンの作る料理は複雑な味わいがあり、そういったものは高級料理店でしか食べられないそうだから、こんなものだろう。このパンも塩気がトマトの酸味と相まって、十分に美味しい。

 何より、屋台ではリムや幻獣たちが好む素材を用いた料理が目白押しなのだ。

 見るもの全てが面白くて、リムは楽しくて仕方がなかった。

 だが、ふと今日は闇の精霊の誕生を祝う祭りなのだと思いついた。

『深遠!』

 リムの喚ぶ声にするりと陰から現われる。

 嬉々として飛び付くと、腕を差し伸べられたので伝って肩に乗る。

『今日はね、魔族の皆で、深遠、誕生日おめでとう、という祭りをしているの!』

『うん、そうみたいだね』

『それでね、こんなにいっぱいの物があって、綺麗に飾り付けられているんだよ! 深遠に楽しんでもらおうとしているんだよ!』

『そうなの? リムは楽しんでいる?』

『うん! とっても! リベルトとアベラルドがね、仮面をつけたら誰だかわからないから、みんなで仮面をつけるお祭りにしてくれたの! だからね、ほくがお祭りに参加していても、誰だか分からないんだよ!』

 リムはティオが不思議に感じるのを余所に、心底、自分の正体は知られていないと思っている。そして、闇の精霊はそれを感知していた。事実とは齟齬があることも分かっていた。そのリムが往来で闇の精霊を呼び、虚空に向けて話しかけていれば、周囲に知れようものだ。だから、複雑な条件に応じた隠ぺいを行い、リムが一匹で祭りを楽しんでいるように思わせた。

 なお、リムが隠ぺいを用いれば、「仮面をかぶったオコジョ姿のドラゴン」ではなく、「どこにでもいる魔族」だと認識させることができる。しかし、リムは仮面を被れば誰か分からないと思い込んでいたし、国王も大聖教司もリムの隠ぺいの威力を知らなかった。

『それでね、折角だから、深遠も一緒にお祭りを楽しもう!』

 これ、このパンが美味しかった、と屋台を指し示す。満面の笑みが可愛くて、闇の精霊はシアンたちが作った料理しか興味がなかったが、勧められるままに食べた。

 深遠食べないの?と小首を傾げられれば、関心がないとはいえなかった。

 美味しいね、と言い合いながら食べると、本当に美味しく感じるものだ。

 そのまま一緒に祭りを眺めて回る。

 活気のある街、笑顔が多い人々、賑やかで楽しい気配。

 生を活き活きと全うしている。

『ああ、美しいな』

 周囲を見渡しながらため息交じりに闇の精霊が呟く。

『良くここまで持ち直したね。みんな、よく頑張っている。素晴らしいことだね』

 そう言う闇の精霊の肩で、リムが満足げに笑う。

 これを見せたかった。

 そして、それこそが、魔族の本望でもあった。

 リムは期せずして魔族の願いを汲み、闇の精霊に良いものを見せることが出来た。

「リム、深遠。一緒に祭り見物をしているの?」

『シアン!』

 リムが闇の精霊の肩から飛び出し、往来で行き会ったシアンに近寄る。

 闇の精霊はリムに勧められるまま、同じような目元を隠す仮面を魔力で作りだして装着している。

「深遠も仮面をつけているんだね」

『うん。人には私の姿自体が見えないんだけれど、リムにお揃いにしようって言われて』

『深遠も仮面!』

「ふふ。良く似合っているよ」

 シアンがため息交じりに笑うと、リムが両前足を腰に当て、えっへんと胸を張る。

 思わず闇の精霊と顔を見合わせて可愛いねと漏らす。闇の精霊もまた祭りを楽しんでいる様子で嬉しかった。

 が、騒動は突然舞い込むものだ。

「黒白の獣の君に可愛いなどと! そこへ直れ! 剣の錆びにしてくれるわ!」

 わんわん三兄弟のような物言いだな、と見当違いのことを考える。

 数歩先に腰を落として抜身の剣を突きつける者がいた。

『可愛いは良いことだもの!』

 当の本人はシアンに害意を向けられてへの字口を急角度にしている。それで済んでいるのは、いつでもシアンを庇えるということと、闖入者が自分への好意からそうするのだと分かっているからこそである。そして、自分への好意とシアンへの感情とは同じようなものにならないのだなと驚いてもいた。

 翼の冒険者として、闇の加護を貰う者として、大体においてリムが尊崇される際には、シアンもまた同じく扱われていた。

 そこへ待ったが入る。

「不敬はどっちだ! 花帯の君だぞ!」

 冷静に事の成り行きを観察していたシアンは、その声がディーノのものだと分かった。

「な、なに⁈」

 驚愕に剣を取り落とした。

「し、死してお詫びを!」

 その場で片膝をついて地面に額を付けるのに、どう転んでも極端だな、と内心苦笑する。

 延々と繰り返される謝罪に、どうしたものかと戸惑う。と、ディーノが現れて男を立たせ、引っ張って行った。人ごみに紛れて行く際、シアンに向けて軽く手を上げて見せた。

 呆気にとられたシアンは周囲の者たちが何事もなかったように振舞っていることから、闇の精霊がそうしてくれたのだと知る。

 気を取り直して折角の祭りを楽しむことにする。

「待ち合わせ時間まで、ぼくも一緒にお祭りを回っても良い?」

「キュア!」

『もちろん』

「何か食べた?」

『うん! あのね……』





お祭り巡りの組み合わせ、いかがだったでしょうか。

楽しんでいただけたら幸いです。


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