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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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83.仮面祭り(ティオ編)

 

「おう、旦那! うちのを食べて行ってくんな! タレに工夫をしているんだぜ!」

 威勢の良い声が自分に発せられていると気づき、ティオは歩みを止めた。

 エディスでも良くこんな風に屋台の者に勧められたなと想起する。その時はもっぱら傍らを歩くシアンに向けられていた。いくら人語を解するとはいえ、グリフォンに直接話しかけようとはしないが、シアンがつけてくれたティオという名前を覚える者もいた。

 他の者が呼ぼうと呼ぶまいとティオはティオだ。けれど、そう呼ばれるのは中々に心地良いものだった。

 シアンがくれたものの中でも一、二を争うくらいに気に入っているものだ。ティオをティオたらしめるものだ。そして、シアンが優しく呼ぶ、リムが弾む声音で呼ぶものだ。とても良いものだという彼らの感情が伝わって来る。

 串焼き屋からは香ばしい匂いが漂ってくる。

 シアンがこの匂いがたまらないよね、と言っていたのを思い出す。

 つい先ほど離れたばかりなのに、そして、すぐにまた合流するのに、シアンと彼に関するものばかり思い返している。

 六柱もの精霊の加護を得て、危険などないのに、どうしても出会ったばかりの脆弱さが基準となり、過保護に接してしまう。苦笑して好きにさせてくれるので特に障りはないだろう。

 ティオはマジックバッグに嘴を突っ込んで貨幣を挟み取り出す。そのまま差し出せば、ひとつ息を呑んで屋台の者が腕を出す。その手に貨幣を落とし込む。

 店員は小銭をぎゅっと握り締める。緊張しているのが分かる。それはティオに攻撃されると思っているのではなく、畏怖と敬意からだった。

 リムはあれほど人間の機微に敏いのに、どうしてこんなに明白な感情を読み取れないのだろうか。

 仮面をしていても、あの可愛らしさは覆い隠せない。

 しかし、魔族の国王と新大聖教司が全力を傾け、リムに人間の祭りを楽しんでもらおうとした。魔族たちはそれに乗った。彼らは敬愛する者の意を酌むことに全力を注ぐきらいがある。身近な敬愛ではなく、闇の精霊は特別だ。係累にもそうなのだろう。シアンとリムを敬い、恭しく接するのであれば、ティオも迎合するところだ。

 九尾やディーノから聞くところによれば、島の幻獣に対してもその傾向があるそうだ。さもありなん。自分たちは魔族のために様々に動いた。

 翼の冒険者として名を馳せたことによって、憧れの眼差しを向けられることに慣れていたティオは、特に何の感慨もなく魔族の屋台の者が畏まって差し出した串を嘴で受け取った。

「あ、どうやって食べるんで? 手伝いやしょうか?」

 要らぬことだった。

 シアンと出会ったばかりのころは串を持って貰って食べるか、皿に置いて食べるかした。

 しかし、今やティオは様々な能力が上がっている。

 嘴で肉を挟み、ひょいと片前足を上げて串を掴み、一気に引き抜いた。肉は全て嘴の中へ入る。その間、三本足で危なげなく立つ。

 用済みになった串は、他の者がするのを真似て、屋台の脇に置かれた筒の中に入れた。

 何故か、歓声と拍手が上がった。

 そんなことは我関せずで、ティオは店の者が言っていたタレを味わっていた。確かに、甘味の中に辛味が混じって乙な味わいだ。こってりした濃さが少し癖のある肉と良く合う。

 シアンにも買って行ってやろうと再び貨幣を差し出す。

「お、おおお! お気に召しましたか!」

 上がる雄たけびを必死に呑み込み、満面の笑みで店の店員が二本目の代金は要らないと言う。

 仮面をつけていれば、それは誰だかわからないという趣旨の祭りだ。そんな訳にはいかないと首を左右に振って、貨幣を押し出す。

 受け取った串焼きを咥えたまま、ティオは移動し始めた。

「もしかして、持って行くんですか? なら、この葉に包んで行ったら良いですよ。冷めにくいし埃避けになりますし!」

 途端に、傾注していた周囲から声が上がる。

「じゃ、じゃあ、包んだものをこの籠に入れてください。籠は差し上げます」

 言って差し出したのは年端も行かぬ少女だった。入れていた花を掴み出し、籠を掲げて見せる。背が低いので巨躯を誇るティオに見せようとするとそうなるのだ。

 多くの者の注意がティオに集中した。少女は不注意の男にぶつかられてたたらを踏み、花を落としてしまった。地に落ちた花は他の者に踏みつけられた。

「ああ! もう売れなくなっちゃう!」

 慌ててしゃがみ込んで、守ろうと両手を広げる。

「おっと、ごめんよ!」

「あんたがぼさっとしているから」

 踏んだり蹴ったりで、ぶつかられて売り物を駄目にされたのに、責任を負いたくないからか責められ、子供は特有の経験不足からしゃくりあげ始めた。

 ティオはやれやれと思いながら葉に包んでくれた串焼きを受け取り、それを転がった籠に突っ込む。貨幣を突きつけると、少女は呆然としたまま反射的に受け取る。

 踏みつけられた花を嘴と前足で籠の中に入れる。

 渡した貨幣で籠と花の代金には事足りるだろう。

「えっ、あの、これ!」

 ようやく我に返って貨幣を掲げて見せる。

 ティオは代わりに持ち手を嘴で挟んで籠と花とを掲げて見せる。

「嬢ちゃん、それは花と籠の代金だってことよ」

「粋だねえ。受け取っておおき」

「流石は、翼の冒険者、太っ腹だ!」

 少女が掌の中の貨幣を見つめ、顔を上げると、悠々と歩き去る後姿が見えた。

「ティオ様……」

 どこか熱に浮かされたように名を呟く。幻花島の幻獣たちの名はインカンデラでは広く知られていた。

 罪作りなグリフォンである。

 さて、へたれた花はティオが嘴で挟み、魔力を流してやる。大地の精霊の加護を持ち、一なる樹、全なる樹に宿る精霊に好かれるティオの魔力を得て、花は瑞々しく復活する。

 待ち合わせ場所でティオが籠を嘴に咥えているのを見たシアンが微笑んだ。

「ティオは花を買ったの? ふふ。綺麗だね」

 どうぞ、と差し出す。

「え、僕に? ありがとう。あれ、串焼きも入っている。花も団子も、だね」

 礼を言うシアンにどういたしまして、と笑う。

 何気ない行動がイケメンなグリフォンである。




私の書くキャラクターの中で、一番のイケメンはティオです。

格好良さがいまいち表現できないのが恨めしいです。


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