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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
622/630

82.仮面祭り(ユルク・リリピピ・ネーソス編)

 

 リリピピはすい、すい、とインカンデラの国都カノーヴァの上空を飛び、その賑やかな様子を楽しんでいた。

 趣向を凝らした仮面の一つひとつを見ているだけでも面白い。

 建物や街路樹が色とりどりの布で飾られ、あちこちに花が配され、実に艶やかな装いだ。物資に溢れ、熱気が盛んで、仮面をしてもなお人々の笑顔が良く分かる。

 するりと身を翻した際、通りで子供が転んだ弾みで泣き出したのが見える。周囲に保護者はおらず、うつ伏せで泣いている。

 こんなに晴れやかな日とは対照的な様子に、思わず近くの低木の枝に止まり、歌って見せた。

 シアンはリリピピの歌は楽しさや切なさ、喜びや悲しみを良く表していると褒めてくれる。

 今は涙を引っ込めるくらいに軽やかで弾む歌を歌う。

「鳥さん、歌が上手ね」

 うつ伏せになったまま顔を上げて笑う子供がはっとなる。

 リリピピもまた仮面をつけていた。だから、翼の冒険者の一員だと分かったのだろう。長居は無用かな、と歌い終えたら飛び立つ心づもりでいた。

 小鳥としてはそれ以上のことができないし、いくら国王の下知があるとはいえ、頑是ない子供であれば、腕を伸ばして触ろうとするかもしれない。それは捕らえようとかその他の邪悪な考えから来るものでなくても、加減を知らぬ無遠慮さでこられれば、ひとたまりもない。

 炎の精霊を始めとする六柱の精霊が気に掛ける幻獣であればこそ、そんな仕儀には到らないのだが、自覚のないリリピピは慎重にならざるを得なかった。風の精霊に歌を届けるという任務があらばこそ、精霊たちの助力を得ることができるのだと思っていた。実際は他の幻獣たちと同じく、様々に守られていた。

『あれ、どうしたの、リリピピ』

『……』

『ああ、本当だ。転んだんだね。歌を歌ってあげていたの?』

 空を泳ぐようにやって来たのはユルクで、ネーソスを頭に乗せている。

 ニメートルほどの長さの体で、さほどの頭の大きさはないが、ネーソスを見事なバランスで頭に乗せている。

 二頭もまた仮面をつけている。

 これは子供の好奇心を煽ると見るべきか、リスクが分散されると見るべきか。迷うリリピピを余所に、ユルクは子供の前に進み出、尾の先でそっと涙を拭った。

 蛇の姿の幻獣にそんなことをされるとは思わなかった子供はぽかんとする。そして、片手を上げる。

 リリピピは知らず緊張した。無遠慮にユルクの胴体を掴み、潰そうとでもしたら飛んで行って突くくらいの気持ちでいた。

「えへへ。ありがとう、蛇さん」

 言いながら、自分でも目元を擦った。

 その間にネーソスはユルクの頭から降りて、子供が転んだ拍子に地面に散らばらせた物品を拾い集めている。

 それを見た子供は立ち上がって一緒に集める。

「拾ってくれてありがとう、亀さん。小鳥さんも。とってもお歌が上手ね!」

 リリピピは恥ずかしかった。

 シアンは自分を勇気の小鳥だと言ってくれたが、臆病者の自覚はあった。こうやって、善人を疑わねばならぬ力のなさも。

 それでも、どんなものがどんな感情でもって接してくるかは分からない。臆病だと謗られても、警戒を怠らない。ただ、こうやって親密さを示してくれるのであれば、その手はしっかりと取ろうと思う。

 臆病でも全ての手を拒否する愚は犯さないでいたい。

『お遣いですか?』

「そうなの。そこの孤児院でね、小さい屋台を出すんだよ。あ、そうだ。蛇さん、亀さん、小鳥さんもおいでよ。それで、買って行ってよ!」

『……』

『うん。商売上手だね』

『そうですね。膝をすりむいてしまったみたいですし、一緒に行ってあげましょうよ』

『……』

「え? 何? 亀さん」

 リリピピが示す怪我にネーソスがお遣いの包みを抱えた子供の尻を突く。みるみるうちに大きくなる。装着した仮面も合わせて大きさを変える。

『乗せて行ってあげるって。甲羅に座ると良いよ』

「わあ! ……で、でも」

 亀の甲羅に乗るというのは子供からしてみれば楽しいことだろう。しかし、相手は翼の冒険者である。魔族の子供からしてみれば、畏れ多いことだ。

 それをユルクとリリピピで言いくるめ、甲羅の上に座らせると、ネーソスがすいすいと空中を泳ぐように飛ぶ。おっかなびっくりの子供の背をユルクとリリピピが支える。

 小石を隙間なく積み重ねた武骨な風合いの半円筒形状のアーチが見えて来た。

「あそこが孤児院だよ!」

 帰りが遅い子供を心配して孤児院の門まで顔を出した聖職者が腰を抜かした。孤児院は神殿に併設され、その管轄内にあるそうだ。

 事情を聞いて、闇の神殿の関係者は何度も頭を下げた。いつもは頼もしくも怒ると怖い先生である聖教司が平身低頭の態に、子供がどんどん不安げになる。

『どういたしまして。それより、その子に屋台を出すって聞いたんだ』

『……』

『何の屋台ですか?』

 ユルクが気を回して話題を逸らし、付き合いの長いネーソスが息の合った様子を見せ、機を見るに敏のリリピピが乗る。

「あ、こ、これから開店します。細長い丸パンに切れ込みを入れて肉や野菜を挟んだものです」

 興味津々の幻獣たちに、聖職者は目を白黒する。

『それは片手に持って食べながら祭りを楽しめますね』

 シアンや幻獣たちと料理をしてきたリリピピはすぐにどういうものか想像することができた。

「蛇さんと亀さんと小鳥さんがお客さん第一号だよ!」

『やったね』

 子供が嬉しそうい言い、ユルクが喜んで見せる。

『……』

『なるほど。それは宣伝にちょうど良いですね』

 ネーソスが折角だから、孤児院の門の外で食べようと言い、その意図するところを素早く察したリリピピが頷く。

 あれよあれよという間に、仮面をつけた幻獣が孤児院の前でパンを食べる。その隣で子供たちが客引きの声を上げる。

「あ、あの、そっちの仮面の方々が食べているやつかい?」

「そうです!」

「じゃあ、貰おうかな」

「俺も!」

「同じものを!」

 あっという間に行列ができ、客を捌ききれなくなった。

 幻獣たちは魔族語を書くことが出来る。

 マジックバッグから紙とペンを出して「最後尾はこちら」と書いたものをネーソスが甲羅の上に乗せて漂う。

 何の店か分からぬまま、通行人はその姿だけを見てふらふらと列に並び、先は伸びる。

 島でも料理の戦力となるユルクが屋台の奥でせっせとパンに肉と野菜を挟む。

 リリピピは物品の受け渡しの傍で金銭の受け取りやおつりを渡すことに従事する。

 及び腰の聖職者を余所に、好機とばかりに子供たちが大車輪で働いた。

 機を見るに敏のリリピピは素材の残数から個数と行列を換算し、売る個数の制限とネーソスの甲羅の上の文言を変更することを進言する。圧倒されっぱなしの聖職者は言われるがままに受け入れる。

 間もなく、ネーソスの甲羅には「好評につき、販売は終了しました」という紙が乗せられた。

 行列の最後尾付近の者たちは何とか手に入れることができる僥倖に喜んだ。

「か、完売しました」

 開店間もなく全て売りつくしたことに、聖職者たちは呆然とする。

 孤児院の子供たちはわっと歓声を上げる。

 リリピピとユルク、ネーソスも顔を見合わせて笑い合う。期せずして、屋台の販売を手伝うなど、面白い経験をすることができた。

 やってみると結構楽しかったね、と辞する段になってはたと気づく。

『ああ、そうだ。私たちもお金を払わなくちゃ』

『……!』

『そうでした。あれこれで忘れていました』

「いえいえ、手伝って頂いたお礼に取っておいてください」

 とんでもない、と聖職者たちが貨幣を差し出すのを押し止める。よもや完売するなど思いもしなかったのだ。多めに用意したものの、売れ行きが悪ければ値段を下げ、それでも残ったら孤児院の食事として出そうと決めていた。それがあっという間に完売した。孤児院の寄付にと置かれていった金銭も少なくない。

『そうなの?』

『労働の対価ということでしょうか』

『……』

 それならば、と幻獣たちで作った焼き菓子を配った。子供が喜ぶ。遠慮する聖職者たちにも勧め、幻獣たちも一緒に賞味した。

 笑顔で分け合う、労働の後の菓子は実に美味だった。

 孤児院を後にする際、非常に惜しまれた。

 リリピピは噂に聞くユルクとネーソスの子供扱いの巧みさに舌を巻きつつ、なるべく理性の薄い者の手から逃れて一歩引いたところにいる自分は好まれないだろうと思っていた。けれど、別れ際、転んだ子供がリリピピが歌った歌をハミングしたことに涙がこみ上げてきそうになった。

 彼らが健やかに成長することを願う。そして、養親のいない子供を保護する神殿と国に敬意を抱いた。

 幻獣たちの祭りでの出来事は委細漏らさず国王に報告された。禿頭の偉丈夫はガルシン国の方を見やってにやりと笑ったとまことしやかに噂されている。




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