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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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81.仮面祭り(ユエ・カラン編)

 

 綺麗に手入れされた植え込みの作る花道を、ユエは鼻をうごめかしながら歩いた。その後ろをカランも左右の花々に目をやりながら続く。

『ちょっと館の庭と似ているにゃね』

『うん。初めて館で目を覚ました時に見たのに似ているの』

 花に囲まれ、緑の狭間を優しい風が通り、柔らかい日が降り注ぐ、見たこともない光景だった。

『目が覚めたばかりのころは弱っていて、ベッドの上から見下ろすくらいがせいぜいだった』

『俺もにゃよ』

 幻獣たちがはしゃいで遊ぶ姿を窓から見下したのはついこの間のことのようだ。あのころは二足歩行し、言語を解する巨大な猫という不可解な存在を受け入れて貰えないと半ば諦め、残りの半分は思いきれず、その部分で人の世を旅してまわっていた。気力も体力も使い果たして、残った諦めの悪さでようよう延命していた。そうして良かったと思う。今はこんなに毎日が充実している。

『カランが島に来てくれてよかった。自分だけではこんなに色んな道具を作ることは出来なかったもの』

『本当に色々作っているにゃね』

 幻獣たちがつけている仮面しかり、調理器具しかり、日用品しかり、挙句の果てには幻獣のしもべ団の義手や武器までも手掛けている。

『楽器もミシェレの陽下活動動力装置も、みんながとても感謝しているにゃよ』

『うん。でも、楽器は界が魔道具になり得る素材を提供してくれたからだし、島にある魔晶石がなかったら出来なかったもの。それに、ミシェレのは魔力蓄石を応用しただけだから』

 言って、ユエはため息をついた。

『ミシェレは激しく動きすぎるの。しょっちゅう、メンテナンスが必要になるの!』

『生前の動きをしたがるんだろうにゃね』

 つまり、生前はとんでもない動きをしていたということだ。

 さもありなん。

 カランは人間の中でも一、二を争うほどの身体能力や魔力操作をする幻獣のしもべ団を複数相手取ってなお、余裕しゃくしゃくの元勇者、現スケルトンの姿を思い出す。

『あのセバスチャンに挑むほどだからにゃあ』

『そうだよねえ』

 二頭にはもうそれだけで、相当な実力者だということが分かる。セバスチャンに対峙するだけで未だに体が強張る。

『でもね、自分はもっともっと良いものが作りたいの。ミシェレが島から出ることができるようになれるくらいのもの!』

 あれが島から出るのか。

 とんだ災厄が他の大陸に振りかかるのではないか、とカランは一瞬意識が遠のきかける。

『だってね、ミシェレはあんなに自由なんだもの。きっと、本来はもっと伸び伸びしていたの』

『あれ以上に好き勝手されるのはにゃあ』

 そう言いつつも、恐らく、ミシェレの願いはユエの言う通りであろう。叶えてやりたいという気持ち、それを元勇者は嬉しく思うからこそ、この兎の姿の幻獣に絶対服従の態である。シアンを呼び捨てにしてもユエには敬称をつけている。カランはそれはセバスチャンに対する挑発で、また対戦をしたいからではなどと邪推している。シアンが気にせず受け入れているので、内心どうかは不明だが、家令は冷静沈着の様態を崩していない。

『それにね、他のみんながシアンの料理の手伝いをもっと出来る道具! 後はね、グラエムの義手の改良と魔粋石を使って楽器と魔力蓄石とを改良したいの』

『楽器は有難いにゃ。魔力蓄石に魔粋石を使ったら、ミシェレのにも応用できそうにゃね』

『そうでしょう!』

 やりたいことが沢山あって良いことだ、と頼もしく思うカランに、勢い込んだユエはだが、沸いた湯が差し水されたようになる。

『でも、全然技術が足りないの』

 ユエは元は家事を手伝う妖精だった。それが物づくりに目覚め、人里に降りた。工房での技術を見て学び、こっそり仕事を行った。初めは喜ばれた。けれど、職人の仕事を横取りすることだし、どこも少ない予算で素材を贖い、やりくりしての作業だ。その計画を狂わせる者は邪魔でしかない。

 それはどこでも同じだった。

 工房を転々とし、その全てで気味悪がられ、嫌がられた。食べられなくて、一旦は家事妖精に戻った。でも、胸にぽっかり穴があいたように、何をしても楽しくなかった。どれを食べても美味しくなかった。二度と家事妖精には戻らないと決めて、兎の幻獣に変化して、再び人間の工房に潜り込んだ。

 ユエは物づくりが好きだ。

 飢えてもしがみついた。

 今また壁を感じていた。

 もっと色々作りたいのに、身近な者が望むものがあるのに、それを為す技がないことが悔しかった。同時に、食べることや素材のことを心配せず、ただ自分の無力さだけを嘆いていれば済む環境をくれたシアンに感謝してもいた。後は自分の問題だ。それをどう乗り越えるかだ。

『ユエはすごいにゃね』

『えっ?』

『そうやって、いつも目標を持って頑張っているにゃ。しかも、他の者のために力を尽くしいているにゃ』

『そ、そうかな。でも、それはみんな同じだよ。カランだって、自分ができることを一生懸命やっているよ』

 だから、みなすごいのだ、とユエは照れくさそうに笑った。

 ユエは変わったなと思う。

 委縮していたところに自分の得意分野で認められ、誇るようになった。当然の仕儀である。もっと自分を認めてほしいと要求した。それも普通のことだ。だが、他者の怠慢を責めた。その者の事情を良く知らずに、いや、知っていても責める根拠になどならない。

 ユエにもそれまでの経緯があるし、実際役に立っている。だから、ある程度の増長や自己中心は目をつぶられる。そういうものだと思っていた。

 しかし、シアンは違った。

 笑って軽やかにユエの間違いを指摘し、価値観の違いやだからこそ尊重や共存が大切なのだと話した。

 そんなシアンだからこそ、こんなに個性豊かな者たちが集まり、その技能をいかんなく発揮することができる。その能力を伸ばすことができるのだ。

 カランも少しは勇気を持てたと思う。

 一歩踏み出して何かを為す勇気だ。

 シアンや他の幻獣たちはそれを認めてくれ、素晴らしいものだと賞賛してくれる。カランがいてこそ、尊重や共存が可能になると言ってくれる。

『ユエ、俺はね、そのうち、旅に出ようと思うのにゃよ』

『旅に?』

『うん。猫又になるための方法を探す旅に出るのにゃ』

 多分、それは自分のための旅ではない。

『他の者たち、困っている者たちを助けることで、猫又に慣れるんじゃないかと思うのにゃよ』

『カラン……』

 ユエもカランの来歴を知っていた。

 カランは人を寄せ付けぬ一族の中に生まれながら人と交流し、思い切れずに人の世をさ迷った。

 諦めが悪いのは自分と同じだが、カランは心を許した者と何度も別離を強いられた。

 シアンが親しくしていた人間に裏切られたと聞いた時、カランの様子がおかしかったことから、過去のことを思い出したのかもしれないと思った。でも、カランが弱った自分を殊更隠そうと振舞ったから、気づかない振りをした。そうしつつ、注意を払った。自分では足りないところがあるかもしれないから、セバスチャンを頼った。辣腕を振るう家令はこの時も頼もしく請け合ってくれた。

『分かった。自分も応援する!』

『ありがとうにゃ』

 ユエが言うとカランが笑った。

 力のなさに打ちのめされているのは自分だけではない。

 誰だって、懸命にもがいているのだ。あがくのをやめたらそこで終わりだ。もちろん、一旦下がって事態を見直すことや、無暗に動かずに頭を働かせるのも良い。停止も停滞も一時期は良いだろう。けれど、満足したり諦めたらそこまでだ。

『きゅうちゃんがね、シアンの傍にいるためにはとんでもない力が必要だよって言っていた』

『規格外に囲まれているからにゃあ』

『でもね、頑張ろうって思って懸命にしていたら、みんなが助けてくれるからね、とも言っていた』

『あいつは普段ふざけたことばかり言うものの、賢者だからにゃあ』

『良くリムに色んなことを教えてティオにお仕置きされているけれどね』

『あいつのなかではそこまでがお約束なんだろうにゃ』

 二頭は顔を見合わせて笑い合った。

 その後、ユエは魔道具を扱う工房で様々に物色し、職人気質の親方と話が合い、工房の作業室に入れて貰って技術を目にした。集合時間ぎりぎりまでああでもないこうでもないと職人たちとやり合っていた。カランが引っ張り込まれて助言を要求されたのは言うまでもない。

 こんな風に人間の職人たちと意見と技術を交換したのは初めてで、心躍る出来事だった。カランもまた、二足歩行や言語を解することなど何のそので、その発想や知識を珍重してくれ、道具作りの仲間として扱ってくれたことに言い知れぬ感激を覚えた。




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