80.仮面祭り(一角獣・わんわん三兄弟編)
一角獣は困っていた。
咥えて差し出した貨幣でジャガイモ料理を買おうとしたら、路地から幾つも小さな頭が出て来た。
子供たちだ。
きらきらした目を向けられ、ちょっと嬉しかった。彼らもまたジャガイモ料理に興味を持ったと思ったのだ。屋台でもジャガイモを扱った料理を沢山出している。以前訪れた時とは別の、様々な趣向を凝らしている料理たちに、浮き立つ気分がいや増す。
子供らの身なりはそう良くなく、ゼナイドのことを彷彿させる。
寒いのに多くの子供たちは裸足なのだ、とあの子は涙をこぼしていた。魔族の子らは靴を履いていたが、汚れて破れている。親指が垣間見える子供もいた。
屋台のジャガイモ料理は自分で器を渡して盛って貰う方式だ。器込みとなると値段が跳ね上がるし、器を準備するのは店側の大きな負担となる。あらかじめその作法を聞いていた一角獣は自分専用の器に料理を盛って貰うと、釣銭をマジックバッグに収め、子供らの方へと向かった。そっと器を差し出すと、途端に子供たちの顔がこわばった。
一番大きい子の手に押し付けると、ようよう持ったが、手が震えて料理が零れそうだ。
『大丈夫。我は襲わないよ。これが食べたかったんでしょう? あげるよ。きっと美味しいから食べてみて』
そう言うも、子供たちは零れ落ちそうなほど目を見開いて身じろぎしない。
困った。
風の精霊の助力によって一角獣が意思疎通をしようと思えば、伝わっているはずだ。
周囲を見渡し、感知能力の端に覚えのある気配が引っかかった。
『ちょっと待っていて』
そして、ふ、と風を起こして姿を消したかと思うと、次の瞬間、美しい馬身は子供らの前にあった。
今、消えたように見えたけれど、気のせいかなと思ったが、一角獣の背には子犬が三匹乗っていた。
『あ、あれ?』
『ここは、どこでござるか?』
『さっきまで屋台の前にいたのだが』
『わんわん三兄弟、この子たちにジャガイモ料理をあげたんだけれど、食べないんだ。きっと、知らない者に食べ物を貰っちゃいけませんって言われているんだよ』
一角獣はゼナイドの隣国で起きた立て籠もり事件の話を聞いていた。わんわん三兄弟は人質になって怯える子供を宥めすかして逃亡させるのに成功したと聞いている。また、南の大陸でも、流行り病に疲弊した子供たちを笑顔にさせたとも。
わんわん三兄弟はその愛らしさで他者に力と勇気を与えるのだ。明るい気持ちにし、頑張ろうという気力を持たせることができる。
それは素晴らしい能力だと思う。
単に自分の力が強いだけではない。他者に力を与える稀有な能力だ。
『ベヘルツト様でしたか』
『背に乗せられても気が付きませんでした』
『突進も極まれり!』
『カランが乗り心地を良くしてって言っていたからね』
『さようにござりまするか。流石はベヘルツト様』
『特訓に励まれたのでござりましょう』
こうして他者の美点を口にすることもやる気にさせる能力の一環なのかなと思う。
『さて、知らない者に食べ物を貰ってはいけないのは我らも同じ』
『我は食べたくなければ食べないだけなんだけれど、子供らは食べたくてもそう躾けられているんだよ。九尾が言っていた』
『我らは怪しい者ではないと伝えれば良いのでするな』
『しかし、今日は仮面を装着しておりまする』
『何とかして、身を明かさず、我らの害意のなさを伝えねばなりませぬ』
長い首を後ろに振り向かせ、一角獣と子犬三匹が喧々諤々話し合っていた。その様子はどこかほのぼのととぼけていた。
「えっ、あっ、その、ええと、ありがとうございます」
ようやっと事態が呑み込めて来た子供が礼を言う。
まさか、翼の冒険者が料理をくれるとは思わなかった。救国の英雄を見ることが出来、喜んでいたら話しかけられ、驚いて固まっていたのだ。
『あれ、我たちが怪しい者じゃないって分かったのかな?』
何もしないうちに子供らに変化があり、一角獣が驚き、地面を蹄で掻いた。
「だって、翼の……」
子供はそこではたと口を噤んだ。
そうだ。
今日は仮面祭りだ。
国王様から下知があり、幻獣たちも参加するが、仮面をつけたら誰かは分からないのだと仰っていた。つまり、仮面をつけた翼の冒険者はそれと知らずに接しろということだ。幻獣たちも自由に祭りを楽しめるように、ということだ。
「ええと、とても美しくて可愛らしいから! そ、それに、これをくれたし!」
苦し紛れに言った言葉は的を射た。
可愛いは彼らにとって重要なことだった。美味しいものも大切だった。
現に、翼の冒険者たちは顔を見合わせて嬉し気に笑い合っている。
『それ、ジャガイモが使われているんだよ。さあ、冷めないうちに食べて!』
今までのやり取りで大分湯気は立たなくなったが、子供らは有難くみなで分けて食べた。
「美味しい!」
「本当だ!」
あっという間に食べ終わった。
小さい子が大きいジャガイモを頬張るのを、幻獣たちは嬉し気に眺めた。
『それだけでは足りないのではござらぬか?』
『ハンバーグ料理もござったぞ!』
『様々にアレンジされておった!』
『ジャガイモ料理もまだまだいっぱいあった』
顔を見合わせた幻獣たちはあれこれ買って子供らに渡した。
初めはおっかなびっくり、幼いながらに畏れ多いという態であったが、生存本能、食欲には勝てない。
発展著しいインカンデラ内でも困窮者は皆無ではない。特需で仕事にありつけるが、ようやっと日々の食事ができるようになったことに感謝しきりの者の子らは祭りの料理を食べるまでの余裕はなかった。そんな子供たちがどんどん加わり、一角獣とわんわん三兄弟はせっせと祭りの料理を買い求め、食べさせた。
感心なことに、初めに料理にありついた子供たちは一人占めすることなく、次々に来る者たちに譲った。
「美味しい!」
「こんなの、初めて食べた!」
「味が濃い!」
「甘かったり辛かったり酸っぱかったりする!」
あの子もこんな気持ちだったのだろうかと、一角獣の視界が不意に歪んだ。インカンデラの子らはそれでもまだ食べることが出来る。
きっと、あのころのゼナイドの人間たちはもっと痩せさばらえて今にも倒れそうなほどだったのだろう。その子らを、一角獣がもたらしたジャガイモや魔力が救ったのだ。それは麒麟や鸞といった仲間たちが教えてくれたからできたことだ。一角獣はその身を賭して国を豊かにするために力を使った。そして、そのまま囚われ続けた一角獣を、シアンが助けてくれた。弱った自分を水の精霊が回復させてくれた。
色んな力や知識や技術、そして思いが合わさって、多くの者を助け、歴史を紡いできたのだ。
一角獣の胸に、温かく柔らかなものが去来した。
わんわん三兄弟は冥府の入り口を守る眷属だった。
そこには飢えて生を半ばも全うすることができなかった者が訪れることも多かった。訳も分からず、楽しいこともろくになかった者たちのぼんやりした姿はいつだって胸を締め付けられるものだ。
今、眼前ではそれとは対照的な生気に富んだ表情、明るい顔色が溢れている。元気よく食べる様は生の象徴に思われた。わんわん三兄弟の好物や一角獣の好きなものを美味しいと言って、目を輝かせて良いものだと認識している。素晴らしいものを分かち合っている。
魔族は長らく生きながらにして闇の君への贖罪を胸に抱いていた。それは間違いだった。闇の君はそんなことを欲してはいなかった。優しい方なのだから、当たり前なのに、自分たちの罪悪感で事実を歪んで認知していた。
それを正してくれたのはシアンだ。
そして、幸せになること、精いっぱいそのために努めることが大事なのだと教えてくれた。眩い途を指し示した。魔族たちからすれば、後はまい進するだけだ。
それでも、すぐにその途に合流できない者たちはいる。
そう思っていたが、違うのだ。彼らは貧しくとも、楽しんでいる。もう自分たちで見つけた途を辿っている。だからこそ、わんわん三兄弟と一角獣が渡してやった料理を楽しむことが出来るのだ。




