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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第二章
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15.ゾエ村1

 

 村の家はオレンジがかった壁に赤い三角屋根で統一されている。白い漆喰で縁取りされた窓は真四角でどこか面白みを与えている。花壇や植木鉢に色鮮やかな花が植えられ、明るく気持ちに余裕のある雰囲気だ。

 暖かみのある家々は居心地の良い村そのものだ。

 ここはゾエという名前の村だ。

 リリトは卵が入った籠を手に、朝の早い時間に近所の家々を回っていた。朝食の準備に間に合うよう、あちこちに産みたての卵を届けるのだ。春先とは言え、この地方の朝は随分冷える。

「おや、リリト、今朝も早いね」

 扉を叩くと出てきたのは、最近この村へやって来たリリトを何かと気を掛けてくれる人だ。

「おはようございます、ロラさん」

 まだほんのり暖かい卵を渡すと破顔する。

「朝食にはこれがなくちゃね。お待ち。スープを作りすぎてしまったから、持って行っておくれな」

 おうとつのはっきりした羨ましい体形の長身美女は料理上手だ。室内に引っ込んだ体はすぐに小さな鍋を持ってきて渡してくる。

「ほら、たっぷりあるから、気を付けて持って帰るんだよ。しっかり食べて、少しは肉をつけなよ」

 やや蓮っ葉な口調で、初めは怖かったロラは今は面倒見の良い姉御肌と知っており、とても好きだ。憧れてると言ってもいい。

「ありがとうございます」

 自然と笑っていたのか、ロラが顔を覗き込んでくる。さらりとほつれ毛が垂れる。

「おや、笑った」

 至近距離に釣り目の美しい顔が近づいて、慌てて後退る。

 リリトはこれまでそばかすの浮いた頬ややや上向きの鼻、小さく尖った唇を気にしたことはない。しかし、高く鼻筋の通った白い艶やかな肌に大ぶりの口を持つロラと知り合い、時折ため息をつかずにはいられない。そうできる程の余裕ができたとも言える。

「そんなに警戒おしでないよ。あんたは笑った方が可愛いんだから、いつもそうしていればいいのに」

 そんな風に言われて恥ずかしくなり、もごもごと口の中で役体もない事を呟く。

「急くことはないから、ゆっくりおやり。ここには怖いものはいないからね」

 頭を撫でられ、思わず涙ぐみそうになる。あんなに泣いて、一生分の涙を流し尽くしたと思ったのに、まだ出てくるのか。

「お早う、リリト。今朝も卵配達、ごくろうさん」

「お早うございます、ギーさん」

 長身のロラと並んでも見劣りしない見事な体躯の男が姿を見せる。

「あら、お帰り。もうそんな時分? 朝食、すぐに作ってしまうわね」

 家畜の朝の世話を済ませたロラの夫ギーが戻ってきた。春先の朝は冷えるというのに、首にかけたタオルで汗を拭っている。藁をかくのも一仕事だ。

「それじゃあ。あの、スープ、ありがとうございます」

 鍋を少し上げてみせて、頭を下げてリリトは踵を返した。

 女性にしては長身とはいえ、ロラの胸の高さしかない背丈のリリトの小さな後姿を何となく夫婦そろって見送る。

「大分大きくなったなあ」

「そうね、この村に来てもう一年近く経ったかしら」

「早いもんだなあ。あんなぼろぼろだったのに、よくここまで元気に育ってくれたよ」

 まるで自分の子供に対するような言葉に、ロラは笑った。

「何言っているのさ。自分たちの子供もまだなのに」

「おっ、じゃあ、早いうちに作るか?」

「その前に朝食を作らなきゃね」

 夫婦仲睦まじく、家に入っていく。



 その日もいつもと同じ静かで地道で穏やかで、だからこそ安心して繰り返す日々の筈だった。

 けれど、少々村の入り口の方が騒がしくなった。

 そわそわして慌ただしい雰囲気だ。

「グリフォンが」「大きいのが」と口にするのを聞きつけた者が、すわ高位幻獣が上空を飛行しているのか、もしや、戦っているのか、まさかこの村を襲ったりは、などと雪だるま式に話が大きくなっていき、強い不安を感じたリリトはこっそり村の入り口へと大きく迂回して行った。途中で大人に掴まってしまうことを懸念したのだ。

 それが功を奏したのかどうかは不明だが、誰にも止められずに入り口付近に行くことができた。

 路地を抜け、アーチの暗がり、日が陰りふっと温度が下がるその向こう側に、オレンジや黄の壁の明るい色彩が目に眩しい。アーチに切り取られた光と影を計算して作られた景観だ。村でもひときわ綺麗な佇まいを保つ家々が並ぶ入り口付近だ。


 本当に、グリフォンがいた。

 リリトの身長三人分近くもある体長の巨大な幻獣だ。村人の視線を集めているのに超然とした佇まいだ。伝承では獰猛だとよく聞くが、大きく優美な姿で、翼は畳まれている。

 買い出しから近くまで帰ってきていた村人が思わぬ難儀に遭い、グリフォンを連れた冒険者が手を貸してくれたのだそうだ。

「村の者が世話になったそうだな。何にもない村だけど、ゆっくりしていってくれ」

「いやあ、助かったよ。もうじき着くからと思って、騙し騙し進んでいたんだが、途中で溝に嵌ってしまってなあ」

「それにしても驚いたよ。グリフォンが荷車を曳いているのをこの目で見る日が来るとは思っても見なかった!」

「でっかいなあ。それに良い毛並みだ」

「立派なグリフォンだ。目に知性が現れている」

「俺、そっちの兄さんを乗せて飛んでいるのを見たぜ! すっげえ迫力だった!」

「お前、それに気を取られて道を外れて溝に嵌ったんじゃないの?」

「そ、そんなことはっ! そうそう、こっちの小さい方もすごい力持ちでさ! 嵌った荷車をひょいって持ち上げたんだぜ? こんなにちっこいのがひょいって!」

 幻とも言われる幻獣に、普段は冷静沈着な村の男たちが興奮を隠せないでいる。

「そりゃあそうさあ、そっちの小さいのはドラゴンだろう?」

「分かるんですか?」

 冒険者は驚いて尋ねた。

 目立つ幻獣を連れている当人は地味で弱そうだ、という印象だった。物腰柔らかく、穏やかなところはどこか安心できた。強いばかりが良い事とは限らない。強いのは怖い。

「ここいらでは棲息していないが、俺は以前、あちこち旅をしていたことがある。その時、見かけたことがあるよ」

「よろしければ、お話を聞かせていただいても?」

 丁寧に頼まれ、村人は快諾する。


 冒険者を連れて酒場へ向かう。ちょっとした料理を出す村で唯一の料理屋だ。数人の村人がついて行く。

「この村に人が来るのは珍しくてね。少し前に親子連れが迷い込んできたくらいだよ」

 あんたはグリフォンがいるから迷う心配はないな、と笑う村人に穏やかに相槌を打っている。

 あれこれと話すうちに、貨幣も一応あるにはあるが、ほぼ物々交換をしているなどといった話を聞き、冒険者は酒場に着くと、中に入る前に背嚢から肉を取り出した。どれほど大きい背嚢でも入りきらないだろう獲物を二、三取り出す。大きすぎるので外で取り出したのだと気づく。

 こんなに弱そうな人間がマジックバッグを持っているのだから、グリフォンとドラゴンを連れているのも伊達ではない。リリトにはあの小さな可愛らしい外見の獣がドラゴンだとは俄かには信じられないが。

「リュリュだ!」

 誰かが叫ぶ。

「俺たちでさえ、仕留めるのに苦労するのに!」

 猪の姿に似た大型の、それこそ威容を誇るグリフォンよりも一回り大きい巨体だ。そして立派な半月状の鋭い牙を持つ危険で獰猛な魔獣だ。

 ゾエの村人たちは狩りを得意とする。特に、二人一組でそれぞれの役割を担いながら行う狩りは圧巻だ。

 そんな村人たちでも手こずる獲物に、どよめきが起きる。

「この獣と交換でもよろしいでしょうか?」

 冒険者の言葉に数舜、沈黙が落ちる。その後、弾かれたように話し出す。

「いや、あんた、リュリュを初めて見るのかい?」

「しかもこんなに大きい奴、とんでもない値がつくぜ」

「これと交換できるものなんてないよ」

「でも、この牙、良いなあ」

「毛皮も」

「肉も美味いんだよなあ」

「何を言っているんだい、この時期の子を持ったばかりのリュリュの気性が荒いのは知っているだろう? それを退治してくれただけでもありがたいものさ」

 気風の良い口調で未練がましい男どもを蹴散らすのはロラだ。

「悪いね、あんた。せっかくなんだけど、こんなに立派なリュリュと交換できるものなんて、この村にはないんだよ。特殊能力を持つあたしらだって、数人がかりの命がけで何とか、って大物さ」

「特殊能力?」

 ロラの言葉の別の部分に引っかかった様子で冒険者が繰り返す。

「そう。異能を持つ異類さ。ここはいわゆる人型の異類たちが住む村なのさ。でも、噛みつきゃしないから、安心おし」

 易々と部外者に異類であることを教えてしまったロラにリリトは息を飲む。肝の座った村人たちは頓着しない。

「そうなんですか。僕は冒険者のシアンです。異界の眠りという異能を持つ異界人、異類の一種です」

 今度は村人たちが息を飲んだ。

「何だ? 異界人?」

「そんな異類、聞いたことがねえぞ」

「あんた、本当に異類なのか?」

「はい、最近異界からやって来た異類です。もう少し後になったらゼナイドにも増えると思います。あの、他の異類がやって来てはご迷惑でしょうか?」

 騒ぐ村人たちにやや不安そうに尋ねる。

「いやいやいや、初めて聞く異類に会ったから驚いただけだ」

「何だ、そうか。ご同類ってことか」

「おう、宜しくな! あんた、シアンって言ったっけか。俺はベルナルダンだ」

「はい、宜しくお願いします。お近づきのしるし、ということで、このリュリュという魔獣、みなさんも一緒に食べませんか?」

 再び、水を打ったような静けさが漂う。

 一拍置いて、雄たけびが上がる。

「やったぜ!」

「この時期のリュリュが余分な脂がなくて美味いんだよな!」

「太っ腹だね! 気に入ったよ」

「あ、僕は料理人なので、一緒に調理してもいいですか? 色々教えていただきたいので」

 三度、村人たちが呆気に取られる。

「あんた、なんかいいね! すっごくいい」

「うん、なんか、意表を突かれまくるというか。リュリュを狩る人間が料理人か」

「いや、良い意味で面白いわ」

 冒険者は肩や腕、背中を叩かれてはにかんで笑っていた。

「あと、不躾なお願いで申し訳ないのですが、太鼓の演奏をされると伺いました。よろしければ、一緒に演奏をお願いしたいのですが」

「君が太鼓を叩くのかね? 楽器を持ってはいないようだが」

 あんなに大きい獲物の他、楽器もマジックバッグに入っているのだとしたら、相当な業物だ。

「僕ではなく彼、グリフォンです」

 四度目のぽかーん、だった。



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