79.仮面祭り(九尾・麒麟・鸞編)
『実に清潔にしておるな』
『本当だねえ。それに、こんなに花がいっぱい』
魔族の心からの寿ぎを感じて鸞も麒麟も街を眺め渡した。
『綺麗にしていますがね、狐千年王国のきゅうの字もでてこないですよ!』
『狐千年王国?』
憤慨する九尾に麒麟が戸惑った風情で小首を傾げる。
『狐千年王国とやらには元々そんな字は含まれておらぬではないか』
鸞が顔を顰める。
九尾は有用なことを話すこともあるが、時に変な方向に突き刺さる。変な方向に着地するのではない。地面を抉るのだ。
しかし、今は祭りだ。楽しげな喧騒が伝播してくる。
『様々な物品があるな』
鸞が物珍し気に露店の商品を検分する。
諸書に通じると言われるも、昨今では実物を目にすることにも重きを置きはじめた鸞の姿を、麒麟が微笑まし気に見守る。
『人々はエキゾチックな物を求めますからなあ。探検家たちは世界中を歩き回って、珍しいものや本国や植民地で利用できそうな有用な動植物を収集するものです』
魔族の商人たちは祭りに間に合うように各地の物品を運び入れた。一儲けするのももちろんだが、何より良い商品を沢山並べて、幻花島の者たちを喜ばせたかった。
『無理なスケジュールで急ぎ過ぎたため、難破した者もいるとか』
『ああ……』
『本末転倒ではないか』
『何かと振り切るというか、行き過ぎるきらいがあるのが魔族ですよねえ』
言いながら、屋台の軒先に吊るされる黒っぽい何らかの小さい動物を示して見せる。
所謂、ゲテモノ喰いというやつだ。
『各地から、現地でもあまり食さないと言われるものまで取り揃えたそうですよ』
『あ、シェンシ、あそこに売っている植物は初めて見るよ』
薬草工房の看板がかかった建物の大きく開いた扉の左右に棚が設えられ、籠や笊に様々な植物が設置されている。
『どれどれ。ふむ。この近縁種が記載された書を目にしたことがあるな』
『他にも見せて貰いましょうよ』
『吾らだけでか?』
『すみませーん』
躊躇する鸞を余所に、九尾が店内に向けて声を張る。
『あは。きゅうちゃんは慣れているねえ』
「はいはい。お待たせしまし……」
『それって他にも似たようなのはありますか?』
途中で言葉が途切れて棒立ちになった店員に構わず九尾が尋ねる。
『これ、九尾。困惑しておろうが』
「……いえいえ。お気づかいなく。こちらですね。お目が高い。つい先日船から運び込まれたものですよ」
『この方は薬草に詳しいんですよ』
『薬を作るんだよねえ』
「……! さ、さようでございますか! 貴方様が! さあさあ、どうぞどうぞ、お好きにご覧になってください!」
麒麟の言葉に唾を呑み込み、声が上ずらせながらも店員は戸を広く開けて入室を促す。巨躯の麒麟も愛想よく中へ入れてくれた。
『りんりん、バレちゃいますよ。ただでさえ、翼の冒険者の特効薬で魔族の種族病は治ったんですからねえ』
『あっ』
九尾の囁きにはっと麒麟が口を噤む。
「いえいえ!」
耳ざとく聞きつけた店員が上の方の棚から壺を下ろして蓋を開けて中身を見せてくれながら否定する。
「翼の冒険者の特効薬と言えば、うちの坊主も姪っ子も、おかげさまで嫌がらずに薬を飲んでくれましたよ。美味しいってね。いやあ、あの味付けは素晴らしかったですよ。私は生きているうちに、一度、特効薬とその味付けのお礼を言いたいと思っていますよ。いえね、これは世間話の一環ですがね」
『あれ、モモ味はすぐにできたんだけれど、リンゴ味が上手くいかなかったんだよねえ』
薬作りに参加した麒麟がついつい話に乗ってしまう。
『りんりん……』
『あっ』
「ははは。それで、蜂蜜を混ぜたら上手く味が付いたんでしょうかね?」
『うむ。そうなのだ。いや、そうらしいのだ』
棚に陳列された容器を覗き込みながら鸞が伝聞調に言い直す。
『リンゴ味は外せませんよねえ』
「まことに。薬草に興味がおありなら、珍しいのを仕入れた店をお教えしますよ」
贖ったものの他にも、土付きのままの薬草いくつもを、もし叶うなら、翼の冒険者に渡してほしいと懇願され、受け取らない訳にはいかなった。店主が要求した金銭に上乗せし、ついでに焼き菓子も渡しておいた。
『息子さんと姪っ子さんにあげてね』
麒麟はモモも渡していた。薬草を扱う店の主はモモを大事そうに撫でた。特効薬の味付けを思い出したのかもしれない。




