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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
618/630

78.仮面祭り(当日編)  ~武運は必要ですか?/じっとしていたら居眠りするの巻~

 

 蒼天から降り注ぐ日差しが柔らかく庭の緑に受け止められる。

 待望の祭りの日を迎え、午前中に料理を作って送り出した。どれも味見は十全、なかなかの出来栄えで、お陰でお腹もそこそこ空いているという状況の昼下がりだ。祭りでは沢山の露店や屋台で食事も販売しているというから、幻獣たちの期待は高まった。朝から晩までシアンと一緒に過ごせるということも、高揚を助長した。

 そして、今、一列に並んだ幻獣たちが家令に見送られて出発しようとしていた。

『イケメンポーズ!』

 リムの掛け声で一斉に動作をし、出立のあいさつに代える。

『幻獣音楽隊、出陣!』

 肩を怒らせ意気揚々と二足歩行して先陣を切るリムに、続々と幻獣たちが続く。この時ばかりは一角獣も一番槍を譲った。

 闇の精霊の生辰祭、今日この日のために彼らは様々に準備してきた。

『ご武運を』

 セバスチャンが胸に掌を当て、恭しく一礼する。

 一体、どこへ何をしに行くというのか。

「ええと、行ってきます、セバスチャン」

 音楽隊だよね、と思いつつシアンは家令に後のことを頼む。

『楽しんできてくださいませ』

「はい」

 シアンは幻獣たちの後について、転移陣を踏んだ。

 移動した先で光のカーテンが収まると、白い壁に繊細な金色の細工、扉や柱など所々配された深い赤色が金色と相まって華やかでいて禁欲的な雰囲気を醸した部屋が姿を現す。

 禿頭の国王や新大聖教司やその他大勢の者たちが出迎えてくれている。いつからそうしていたのか、跪いて額が床に付きそうなほどに垂れている。

『こんにちは!』

「「ようこそいらっしゃいました」」

 リムの挨拶にも顔を上げないまま、国王と大聖教司が異口同音になる。他の者は固まったり、逆に小刻みに震える。息を詰めて幻獣たちの気配を感じ取ることに集中している。

『今日はね、みんなで深遠の誕生日おめでとうって言いに来たんだよ。アベラルドもおめでとう!』

『おめでとう、アベラルド』

 リムの寿ぎに麒麟も追随し、新大聖教司は恐れ入る。

「招いて頂けて嬉しいです。幻獣たちが祭りを楽しめるように手配して下さり、ありがとうございます」

 シアンの言葉にようやくリベルトとアベラルドは顔を上げた。

「こちらの方こそ、多くの品々を、ありがとうございます」

 物資は数日前に、作り上げた料理は午前中に運び入れている。セバスチャンとディーノが手伝ってくれた。

『リベルトとアベラルドは仮面をしていないの?』

「はい。我らは祭りを執行する必要がありますからな」

「良くお似合いですよ、仮面の君」

 アベラルドはリムの仮面を見たことがある。

 それでもそう言われて、リムは満足げにうふふと笑った。

 リムは目元を隠す仮面をつけている。黒地に銀の装飾が施されている。

 ティオは顔の右半分を隠す白い仮面をつけている。顔の縦半分がのっぺりした白い仮面に覆われ、もう半分から嘴全体と炯々と光る瞳が露わになっている。

 九尾が面白半分で提案したもので、それでは仮面をつければ「顔」である「その者の本性」を隠すことになるという建前自体が成り立たなくなると鸞を呆れさせた。

 ティオがその仮面をつけているのは、シアンがふと試しにつけてみてはどうかと提案し、そうしてみたら、格好良いと驚き気に入ったからだ。その後にティオ自身が気に入ったものをつけることを勧めたが、シアンが格好良いと思う仮面をつけたいと言ってそれにした。

 わんわん三兄弟は額から鼻先の顔の上半分を隠す仮面をつけた。

 魔神と同じもので、狼の顔を模したものである。

『犬が狼の仮面をかぶるのかにゃ』

『あは。格好良いねえ』

『……』

『はい。ワイルドです』

 その他、顔全体を隠すもの、仮面に耳がついているもの、木製で多彩に色をつけているもの、ふわふわの毛皮だったり、なめし革を用いたり様々だった。

 リムは目元だけを覆った、左右に飾りが張り出した横長の仮面をつけてわくわくと街を見渡す。

 可愛い。

 ティオと顔を見合わせてため息交じりに笑った。

 祭りは夜に最高潮を迎えるので、それまでは飾り付けられた街並みを楽しんでほしいと国王と大聖教司に勧められた。幻獣たち全員が賛成し、早速繰り出した街は以前来た時よりも整備されていた。

 清潔に保たれ、花や色とりどりの布で飾られていた。

 大通りから逸れた路地に建つ住宅も樹や草花が多くあった。

 やや尖り気味のレンガを積み重ねた門柱に蔓薔薇が巻き付いている。奥には多角形の瀟洒な建物が建つ。緩やかな坂道はカーブを描き、次はどんな建物が現れるのだろうというわくわくした気持ちにさせられる。

 立派な煙突のある大きな三角屋根の家、石造りの壁に色とりどりの花を咲かせる植木鉢が並んだ木製の斜交いのバルコニー、見ていて飽きない。

 高い街灯のすぐ下、人の頭上に花やつる草が植わった植木鉢が設置されている。花と緑にあふれた街で、石造りの家々にガラスが嵌り、明るい雰囲気があった。

『わあ、綺麗だね!』

『うん、花が多いね』

『布で建物を飾って前に来た時と雰囲気を変えているね』

『お祭り仕様にゃ』

『これもみな、闇の君を祝う気持ちがあらばこそ』

『少しでも慰めにならんと美しく飾ったのでござりましょう』

『殿やリム様、みな様が楽しまれたら、闇の君も喜ばれましょう』

 華やかに街を飾り、山車を準備し、祭りの料理を考案した。活き活きとして立ち働いた。

『インカンデラ西方の新しい街でも祭りをするそうだよ。随分頑張って準備を整えたんだって』

 物資が行き交い、人手が必要とされ、新しいインカンデラ国民たちはたちどころに働き手として歓迎された。

 異類排除令による暴力や追放、危険な旅、慣れない土地、受け入れてくれた魔族に蔓延した種族病、暗く重苦しい出来事ばかりだった彼らにとっても明るく心躍る催しだった。自分たちが一員となった国のルーツに関わる闇の精霊を、自然と敬い慕うようになった。移動から街の建設まで尽力した風の聖教司が風の自由な教えを伝え、心の赴くままに、と決して強制しなかったことも一因となった。

 彼らはより一層翼の冒険者一行に感謝する。もし自分たちが滞在する街にやってきたら、その姿を遠目にでも一目見ることが出来るかもしれないと楽しみにした。

 一行はのんびり街並みを見物しながら、屋台の料理を楽しんだ。

『射的?』

『シアンのスリングショットなら当てられるね!』

『決まったものを使わねばならぬようですよ』

『……』

『そうだね。全部当ててしまったら景品がなくなっちゃう』

 風の精霊に手助けをして貰わなければそうでもあるまい。

『闘鶏?』

『お金を掛けるのかあ』

『ティオやベヘルツトが近寄ったら、荒ぶる鶏も戦意喪失してしまうの』

 烈しい鶏同士の争いの迫力を楽しむことも含まれるが、彼らは普段からもっと苛烈な戦いを間近にしている。

『サーカス?』

『曲芸師という人間や動物が芸をするんだよ』

『大きな玉に乗るのも綱渡りをするのも、ナイフを当たらないように投げるって当たり前じゃないの?』

 幻獣たちにとっては大したことではないことを見世物にするというのに、逆に興味を抱いた様子だ。

『劇団?』

『芝居をする集団のことだな。物語などを身振りや動作、台詞で表現することだ』

『どんなのだろうね?』

『じっとして見ていなければならないんだねえ』

『大きな声で喋っても駄目にゃよ。笑うくらいは良いにゃ』

『ええー!』

『殺生な!』

『い、居眠りは良いでしょうや?』

『……』

『ああ、確かにわんわんの寝息の方に気を取られそうだね』

 幻獣が客席にいるだけで、観客の意識が舞台から逸れるだろう。

『あ、こっち、とっても綺麗だよ!』

 ユエが覗き込んだ家々の狭間の路地は、両側に低い植え込みのあるまさしく花道だった。方向のせいなのか、道の半分は日当たりは良い。そのため、明るく気持ちの良い道だ。

「じゃあ、みんな、それぞれ好きなことをして、後で集合しようか」

 シアンはこうなることを予想して、あらかじめインカンデラの貨幣、小銭を多めに用意して幻獣たちに配っていた。

 幻獣たちはあれこれと話し合い、興味の赴くこと、物にそれぞれ向かい始める。

 ティオがもの言いたげに見つめてくるが笑ってその首筋を軽く叩いた。

 たまには単独行動を楽しんでお出でと独りで送り出すことにしたのだ。シアンとてティオやリムと別れての行動は不安がある。この世界で一人で行動することは今や殆どなかいのだ。

『大丈夫ですよ。シアンちゃんには精霊王がついています』

『それも六柱もにゃ』

『過剰戦力なの』

 仲間たちの慰めに、ティオは渋々首肯した。




察せられている方もいらっしゃるかもしれませんが、

誰がなんの仮面をつけているか考えていません。

ですが、わんわんだけは譲れない!

これしかないですよね。


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