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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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77.精霊たち

 

 闇の精霊が顕現する際に弟の方の出番が多いのは、彼がシアンたちを好いているからで、姉が遠慮していると聞いてシアンは驚いた。自己主張の薄い弟はシアンたちに喚ばれれば、これには積極的に自分が応えたがるのだという。

 闇の精霊は人の精神の安定を司る。不安定にさせることも可能だ。だから、寄生虫が行う人の負の感情を増幅させるということがどういうことなのか分かった。

 そのため、寄生虫非人型異類に対してシアンが嫌悪している姿に、自分のことも否定されたような気がして落ち込んだ。

 遠く深い、闇に輝きをちりばめた小宇宙の体にそっと掌を乗せると、おずおずとそう言う。

「まさか! 深遠は全然違うよ。だって、あいつは人の破滅が見たいのだと言っていたでしょう。でも、君は無暗に何かを壊そうとしているんじゃない」

 むしろ、シアンは思うのだ。人の精神に触れる機会が多いがゆえに、こうやって不安定になっていくのではないかと。様々なものを内包し、矛盾を抱えるからこそ、その複雑なものに翻弄されるのではないかと。

 人の心は容易に理解することができない。彼の名前と同じように。

 管理AIは意味のある名前を受け取った時、性格付けをされた。設定に過ぎなかった「性格」は、行動や思考の基準となる「個性」となった。

 闇の精霊はシアンと出会い、「深遠」となったのだ。

「深遠、君の名前は奥深くて簡単には理解することができないという意味があるんだよ」

『うん、稀輝もそう言っていた。私は分かりにくい、よ、ね……』

 自信無げに語尾を濁らせる。

「僕たち人間からしたら、精霊はみんな不思議な存在だよ」

 そう、彼ら精霊もまた、人の心と同じように容易に理解できる存在ではない。

 シアンは笑って、闇の精霊の手を取る。

「でもね、だからこそ、知りたいと思うんだよ」

『え?』

 戸惑って視線を上げるとシアンの微笑む顔がある。シアンはこうやって俯きがちな自分を自然と前を向かせる。

「深遠は奥深くてどこまでも吸い込まれて行きそうで、こうして傍にいて自分を保つのが難しいくらいだけれど、それでも、君のことを知りたいと思う。人間ってそういうものなんだよ。知らないことがあれば知りたいと思う。探求心ってやつだね」

 自分の掌の上に闇の精霊の掌を重ねた状態で、逆の手で甲を軽く叩く。

「だって、深遠は遠く深い闇の中にきらきらしたものが輝いて見えるんだもの。ずっと見ていると意識が溶け込んでいきそうな不思議な美しさだよ。だから、君のことを知りたい、理解したいと思うよ。特に魔族はみんな、君のことが大好きだからね」

『でも、それは初代闇の神が授けた力を、私が力を安定させたからで』

「うん、それもあるよね。そうやって君が心を砕いたから、好かれるんだよ。真心に真心が返ってくる。容易に実現し得ない難しいことだよね」

 なのにすごいね、とシアンは笑う。

『え、あ、私は好かれているの?』

 闇の精霊はそうか、自分は好かれているのか、自分の行為を好意的に受け入れられたのか、とゆっくりと得心していく。シアンの言葉の一つ一つが暖かく柔らかい質感を持って闇の精霊の隅々にゆるゆるとしみ込んでいく。

「うん、そうだよ」

 シアンの言葉を呑み込むうちに好意を向けられていることを実感していく。それにつれて、ほんのり頬が上気する。

 シアンは内心で安堵のため息をついていた。ようやく、本当にようやく魔族の好意を理解して貰うことができた。

 リムの好意を受け取り、好意で返した闇の精霊だ。他者の好意を受け取ることもそれに応えることもできるのだと確信していたからこそ、言葉を連ねた。

 シアンの小さな白いドラゴンは偉大である。



 ドラゴンは樹の精霊とも親しく交流した。

 リムの樹の精霊の周辺の大地をキュアぽんするのは未だ時折行われている。

 幻獣音楽隊の練習や可愛い研究会、その他の遊戯などがその根元で良く行われる。

 自分の身から作り出した楽器で奏でる音は期せずして、樹の精霊を活性化させた。音楽をしたいという彼らの願いを叶えようとしたのが、自分をも楽しませてくれることとなった。

 九尾曰く「きゃっきゃっきゅいきゅいきゅあきゅあきゅっきゅ」しているのを、樹の精霊が微笑ましそうに眺めていた。

 まさか、こんなことになろうとは想像だにしなかった。

 あの時。

 人の子によって世界の粋を極めた魔力を与えられ、目覚めさせられ、こんなに楽しいことが起こるとは。生とは予期せぬことの連続だ。

 それもまた楽しい。

 そして、今。

 自分を種から発芽させた人の子の友であるドラゴンが、梢にうつ伏せになって昼寝をしている。だらん、と四つ足が下に垂れ下がり、時折、むにゃむにゃと口が動く。

 闇の精霊も傍らで眠ることもある。

 風の精霊が梢を揺らし、必要な時に必要な分だけ雨雲を運んでくる。光の精霊が陽光をたっぷりと注ぎ、大地の精霊が栄養素を集めてくる。

 とてつもなく恵まれた環境で樹はすくすく育ち、「世界一大きい木」へと成長した。人の子が友らと海を見渡すことができるように枝を高く高く伸ばした結果だった。



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