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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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75.仮面祭り(差し入れ作成編1) ~意外と色んなコツがあります/ふーして、ふーの巻

 

 料理も作って差し入れしようとなった。

『どんなものが良い?』

『リンゴ、トマトを使った料理は開発されていそうですよね』

『芋栗なんきん、ジャガイモも!』

『みんなで食べられる大量に作ることができる料理がよろしいかと』

『パスタは? ディーノにパスタを作る圧力機を持ってきて貰ったから、それを真似て作ってみたの』

『圧力機?』

『……?』

『パスタの生地を押し出す機械だにゃ』

『じゃあ、もうひとつふたつ作ったら、いっぱい作れそうだねえ』

『ふむ。乾麺を作っておけば、大量生産もできそうだな』

「パスタかあ。作りたてをすぐに食べないと駄目な料理じゃないかな」

『そこはそれ、精霊王たちにご助力を願いましてですな』

「うーん。まあ、そうだね」

 どんなものを作るにせよ、大量に作るならば劣化は免れない。祭りの差し入れのメニューはスープくらいしか思いつかなかったシアンからしてみれば、幻獣たちの意見はとても良いものに思えた。何より、折角差し入れるのだから、楽しんでもらいたい。パスタ自体にも様々に種類があり、ソースや具も多種多様だ。

『まずは一通り作ってみましょう』

『賛成!』

『お腹が空きました』

「そうだね。試作して昼食がてら味見しようか」

 幻獣たちはいそいそと庭にバーベキューコンロを設置し、大鍋に湯を沸かす。

「乾麺のパスタは茹でる時に水を吸って膨らむから、その分、水が必要なんだよ」

『どのくらいでござりましょうや?』

「そうだなあ。十倍くらいかな? 湯が少ないと、パスタを入れた時に温度が下がってしまうんだ。低めの温度でゆでると、パスタに弾力やコシがなくなっちゃうからね」

『大変だ! 廻炎!』

 シアンの説明にどんぐり眼になったリムが炎の精霊を呼び出して火加減を願う。

『この流れも定番ですなあ』

『でも、重要なことだ』

 ティオの言葉に、リムが絡んだから贔屓目が過ぎると思ったものの、九尾は口を噤んでおいた。冗談口も、時と場合によっては命に係わることもあるのだ。

『湯の量温度が低いと、パスタの表面にタンパク質の壁ができるのに時間が掛かり、デンプンが湯に流れ出る。デンプンが減ると、もちろん味が落ちる上、食感が悪くなる。湯の温度が高いほど、水の分子が熱エネルギーを吸収して運動量が多くなり、パスタに水が浸透しやすい。湯の量が十分であれば、湯が対流することでパスタ全体が自然に混ざってムラなくゆで上がる』

 風の精霊がそこで解説を切り、炎の精霊に視線をやる。

『ただし、煮立てると、パスタ同士がこすれ合って表面が崩れやすくなる。だから、沸騰した後は軽く煮立つくらいの火加減に保つ』

『任せてください、兄上』

 自信ありげな笑顔が炎の精霊に良く似合う。シアンと知り合った当初は世界の粋の一端である自身の力を料理の火加減などに用いるとは不愉快でならなかったが、風の精霊と共同作業を行えるのならやぶさかではない。

「パスタを茹でる時には塩を加えるんだよ。これは熱湯に対して百分の一くらいかな」

『結構入れるんにゃね』

「うん。パスタにきちんと塩味が乗ったらソースの味が良くつくんだよ。だから、ソースが濃厚だったらちょっと減らすと良いかな」

『そして、塩はパスタのコシとかたさを作り出し、食感が良くなる。塩は、タンパク質が熱で固まるのを助ける働きをする。パスタの表面に含まれるタンパク質が素早く固まると、壁ができて、デンプンなどの成分が湯に溶けだしにくくなる。デンプンをパスタから逃がさないことが重要だ』

 風の精霊の説明を受け、みなでわいわい話し合っていると大量のパスタもあっという間に茹で上がる。

「茹で上がったパスタは水気を切り過ぎないのがコツかな」

『えっ、そうなの?』

 自分の体よりも何倍も大きいざるを持って水切りしようとしていたリムがどんぐり眼になる。その様子は可愛らしいが、ざるをがっきと持つ様は中々にワイルドである。

「うん。茹で上がったパスタは、水分を吸収しやすいんだ。水気をよくきってソースにからめると、パスタがソースの水分を吸っちゃうんだね。パスタを入れる前にちょうどよいと思う濃度で仕上げたはずのソースの汁気が少なくなるんだよ。そうしたら、全体的に固まったような状態になってしまうんだね」

「キュア~」

『食べている最中にも固まってくることがあって、それは冷めてきたからだと思っていた』

 リムが残念な料理を思い出して消沈し、ティオが開眼した。

 シアンも経験を積んで過去の失敗を繰り返さないようになっていた。様々な知識を得てより一層美味しい料理をみなで楽しめるように日々積み重ねている。

『パスタの表面には、小さい気孔が沢山ある。茹でている時には、その気孔の中に水分が入り込むが、引き上げた瞬間から蒸発し始め、パスタの表面は無数の孔が空いた状態になる。ソースをからめると、パスタの表面の孔にソースが入り込むためソースの量が減るんだ』

「ああ、そうことだったんだね」

 詳細なメカニズムは知らなかったシアンは感心した様子で頷いた。

 フライパンにオリーブオイル、ニンニク、赤唐辛子を入れて弱火にかけ、香りを引き出します。ニンニクに香ばしい色がついたら、パスタのゆで汁を少量加える。

「オイルベースのパスタにゆで汁を加えるのはどうしてなの?」

『フライパンの油とゆで汁は油と水だから、分離するように思える。しかし、パスタのゆで汁には、茹でる過程でパスタから出て来た成分によって、少しとろみがついている。このとろみで、水と油が混ざり合って馴染み、パスタに絡んで味が乗る』

「なるほどね」

 水と油をなじませたら、すぐに茹でたてのスパゲッティと和えて、とろみのついた油をすべて絡ませ、皿に盛り付ける。

『『『『美味しい‼』』』』

 美味しさのプロセスを知れば、より一層旨みを感じることができた。



『シアン、ジャガイモ料理も作るの?』

 カラムの畑から大量に貰ってきたジャガイモを見ながら麒麟が言う。一角獣が傍らでそわそわと地面を蹄で掻く。

「うん。色んな料理を作れるし、みんなで食べるのにちょうど良いんじゃないかなって思うんだ」

『魔族の街でもジャガイモ料理はいっぱいあったものね』

 ユエが最後のひと口を咀嚼しながら言う。その汚れた口元を拭ってやるのを、カランが目を細めて眺めている。自分がシアンの世話を焼かれるのも良いが、仲間の幻獣たちがそうされているのを見るのも好む。

『……』

「うん。ネーソスとユルクが狩って来てくれた魚も使おうね」

『トマトも入れる?』

 ユルクの問いに、今度はリムが期待に顔を輝かせる。

「そうだね。じゃあ、ジャガイモと魚とトマトの煮込みを作ろうかな」

 幻獣たちは早速皮むき器でジャガイモの皮を剥く。切り分けて水に晒す。

 パプリカをバーベキューコンロで炙るとユエが嬉しそうに長い耳を動かす。

「ユエ、これを焦げ目が出来るまで焼いたら氷水にとって皮を剥いてくれる?」

「みゅ!」

『カランはそれをフードプロセッサーでペーストにしてね』

『了解にゃ』

 シアンはユルクとネーソスと共に捌いた魚を切り分け、塩コショウし、オリーブオイルで両面に焼き色をつける。

 リムがトマトとピーマンを角切りし、九尾が玉ねぎとニンニクをみじん切りする。

『きゅうちゃん、大丈夫?』

『ええ。風の精霊王が玉ねぎの成分を散らしてくださっていますので』

『玉ねぎを切る時は鼻孔を塞ぐと良いと言うゆえな』

 鍋にオリーブオイルとニンニクとローリエを火にかけ、香りが立ったら玉ねぎを炒める。ここへ水気を切ったジャガイモとトマト、ピーマンを加え、ワインと西洋出汁、水を入れる。焼き色を付けた魚とパプリカのペーストを加えた後、煮る。

「後は塩コショウで味を整えたらできあがりだよ」



「そうだ。詰め物のパスタをジャガイモで作ってみようか」

『ジャガイモのパスタ?』

『ジャガイモはパスタの具にもなるんだねえ』

 一角獣と麒麟が顔を見合わせて笑い合う。

「まずはパスタを作ろうか」

 強力粉、薄力粉、卵、塩、オリーブオイルをよく捏ねる。まとまったら、濡れ布巾などをかけ、寝かせる。

「その間に詰め物を作ろうね」

 皮つきのままのジャガイモを塩茹でし、熱いうちに皮を剥いて潰し、裏ごしする。

『あ、熱いっ』

『きゃあっ』

『ふーして、ふー』

 わんわん三兄弟が頭を付き合わせてせっせと剥いたジャガイモを、もはやコメントもなくティオが難なく潰す。

 そこへパルメチザンチーズ、卵黄、タイムを加えて混ぜ、塩コショウで味を調える。

「次はソースを作ろう」

 ニンニクをオリーブオイルで火にかけて香り立たせ、キノコ類を加えて炒める。デミグラスソース、ローストアーモンドを加え、塩コショウで味を調える

 寝かしたパスタを伸ばす。表面に溶き卵を塗布し、詰め物を乗せていき、卵を塗布していない生地を乗せ、詰め物の隙間の部分を抑え、型で抜いて行く。

「中の空気を抜いてね」

 塩を入れたたっぷりの湯で茹で、水気を切る。

 ソースを絡め、上からパルメチザンチーズを掛ける。

『アーモンドの風味が良いね』

『キノコも奥行きを与えている』

 幻獣たちにも好評だった。




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