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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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74.仮面祭り(音楽隊練習編)  ~なんて天使?/使いじゃありません~

 

 リムはお祭りが好きだった。

 シアンはリムの楽しい気持ちは他の者にも影響すると言ってくれた。

 でも、多くの者が浮き立つ気持ちで何か一つのことを成そうとするのは、リム一頭だけでは生み出し得ない、目に見えない大きなエネルギーを持っていると思うのだ。それがリムの体にも入って来て、弾む気持ちになる。

 そして、リムがその気持ちを素直に外に出せば、シアンもティオも喜んで一緒に楽しんでくれる。それが殊の外嬉しかった。今は、九尾やその他の幻獣たちも共に楽しい気持ちを分かち合える。幻獣たちはリム一頭の時よりもより多くの楽しい気持ちを発してくれるのだと思う。力を合わせて、より大きなエネルギーのうねりとなって伝わっていく。それが魔族、引いては闇の精霊にまで伝わると良いと思う。

 リムは自分は確かに闇の精霊の加護を貰っているが、だからといって過剰に崇められるのではなく、様々な光景を見て、多様な文化に触れたいと思っていた。

 魔族はそれまで閉鎖的であったため、その高い魔力による独自の文化は広く開かれていなかった。それが解放され、積極的に他文化を取り入れるようになった。

 魔族の国で大々的に執り行われることになった闇の精霊の生辰祭、そういった歴史的瞬間に触れる機会は鸞もまた滅多にない機会だと喜んだ。闇の聖教司が大聖教司になる祝いをも兼ねていると聞いた麒麟も寿ぐ。

 シアンは街の魔族全員が見て見ぬふりをしてくれるのだということに驚き、最後には笑って受け入れた。なんとなく、彼ららしい仕儀だと思ったのだ。これで魔族もまたリムと一緒に祭りを楽しむことができるのなら、それで良いだろう。

 招待状が届き、浮かれる幻獣たちは折角だから祭りで音楽を披露しようと言い出す。

『わあ! 幻獣音楽隊だ!』

『可愛い幻獣音楽隊ですな!』

 リムも九尾も乗り気である。

『セバスチャンも一緒にいかない?』

 ユルクの誘いを家令は丁重に断る。

『……』

『あ、それは良いの』

『そうですね。セバスチャンに練習の成果を見て頂きましょう』

 ネーソスが幻獣音楽隊のリハーサルを見て貰えばよいというのに、ユエもリリピピももろ手を挙げて賛成する。

 歩きながら演奏するのに、シアンが転んだという遊戯で鍛えた体幹が役に立つ。不自然な格好で静止することができる。

 ティオはシンバルをくちばしでつつき、たまに左右の前足で太鼓をたたき、三足歩行する。

 太鼓は中空に浮き、自動で動いてついて行く。

『もはや何が何だか』

「神器だからねえ」

 頭を左右に振る九尾もまた後ろ足立ちするのに、シアンは苦笑するしかない。

 ティオの太鼓は切れ良く、リズムを力強く支え、時に牽引し、時にぴたりと音を閉じる。そして、時に一種の緊張感を孕んだ。

 シアンが最初にティオに音楽を教えた時、地面を叩くティオに、いつかもっと色んな楽器と一緒に演奏できると良いと言った。それが叶った。

 他の者たちをよく見ているカランは、指揮でもその能力を発揮した。

 南の大陸の流行り病で奔走した際、カランは役立たずだと消沈するわんわん三兄弟に村人を元気づける役目を担えると断じた。わんわん三兄弟が普段から言う可愛くあるべき、である。

 そんな風にして幻獣たちに助言をしていきたカランは、様々な音色を殺すことなくうまく活かしてまとめ上げた。

 リリピピが作って貰った楽器は、小さい縦笛だった。とても軽やかな音が鳴る。

「ふふ、リリピピにぴったりの音だね」

 微笑み混じりのシアンの言葉が嬉しくて練習した。

 非常に速い小刻みに吹いてみる。

 リムが顔を輝かせて合奏する。すぐにリリピピが即興で考えた旋律を覚えて合せる。

 シアンがバイオリンの弓を素早く返す。

 わんわん三兄弟は自分たちも参加したそうにしたが、あまりに速くてついていけない。

 そこで、シアンが全く同じメロディーを奏でる必要はないと合いの手の旋律を教えてやる。

「ほら、こんな風に挿入してみて」

 バイオリンの旋律をわんわん三兄弟が愛器で真似る。

「折角だから、三人で音の高さを変えてみようか。アインスはこの音を」

『こ、こうでござりまするか』

「うん、とても良いよ。ウノはこの音を」

『は、はい』

「その調子。じゃあ、エークはこの音を」

『む、難しゅうござります』

「音程はそれで良いよ。ゆっくりやってみようか。このくらいの速度で一緒に弾いてみよう」

 繰り返し弾くうちに徐々に旋律を速めていく。

『で、できました!』

「ふふ。よく頑張りました。じゃあ、アインスたちだけで合わせてみてくれる? ……うん、とても良いね」

 リリピピとリムの疾走する楽器の旋律をティオの太鼓の音が支え、そこへわんわん三兄弟の合いの手が入る。

 鸞と麒麟が主旋律を奏で、九尾が時に呼応し時に飛び跳ね、一角獣とユエが低音高音の飾りをつける。

「ユルクとネーソスはシェンシとレンツの主旋律に呼応する旋律を奏でてみようか」

 シアンは主旋律を支え、みなで通しで演奏する。

 最後の音がより一層透明に響き渡る。

 一曲弾き終わった後、おし黙り、余韻を噛みしめた。

 賑やかに、あるいはひそやかに流れた音楽は、最期の一音がそけく消えていくのに感じ入惜しんだ。

 いつも何かと騒がしい幻獣たちを黙らせる何らかの力があった。

 一体感を共有すること。美しいハーモニーを、音楽のインスピレーションを共有すること。演奏しながら同じ光景を見た後の鳥肌が立つ感動。昂揚感。

 シアンもまたそれらを味わった。

 ティオと出会ったことでこの世界を広く知ることが出来、リムには音楽が楽しいという気持ちを改めて教わった。

 そうして、音楽を取り戻すことが出来た。

 幻獣たちと共に音楽を楽しむ。

 音楽家は楽器演奏に適した脳の機能を持つように進化した。

 複雑な演奏を要求されることから、人の脳の多くの神経細胞が働く。逆に、普段から練習をしている音楽家の脳はより少ない働きで難しい指の動きを可能にする。僅かな活動で大きな結果をもたらす。その分、他の要素に使える。

 プロのピアニストは初心者よりも小脳の体積が大きい。

 ピアニストは左右の手が全く別の打鍵をする。

 右手の動きは左脳が、左手の動きは右脳が支配し、両手を動かす際、左右の脳が動く。この時、左右の脳をつなぐ脳梁を通って脳から筋肉に送られる信号の一部が反対の脳に漏れる。

 両手の動きを早くすると、脳はより多く指令を筋肉に送らないといけないので、その分、脳梁を渡って反対の脳に漏れる信号の量も増える。

 ピアニストが音を聞くと、聴覚野だけでなく、指を動かしていないのに、指を動かすために働く神経細胞も同時に活動する。

 AIは規則性のあるものをより習得しやすい。音楽は数学的な捉え方をされることもある。美しく整った音の仕組みに則した表現の繊細な彩が、AIを動かした。



 幻獣たちは祭りに野菜や果物、狩りの獲物を差し入れしようと話し合った。

 大陸西に物資を届けたことから、慣れた作業である。

 落葉樹は落葉から翌春の発芽までを休眠期がある。芽は自発休眠から覚めるために低温を要求する。種によっても異なるが、例えば、落葉果樹は十度以下の低温を千時間必要とする。

 しかし、島のリンゴは常に実っている。

 しかも、ごく隣り合った果樹にも関わらず、常に順々に実をつけていくのだ。つまりすぐ傍の果樹の温度が異なる。今まではこれを順繰りに行っていたが、樹の精霊がやって来てからは、このサイクル自体が短くなった。

 ティオぽんすればすぐに発芽して結果するが、それを一本の果樹が繰り返していれば寿命を早く迎える。それを無理なく行えるように樹の精霊が調整した。

 通常、枝葉の生長が盛んになれば体内に炭水化物は蓄積されず、花芽は形成されない。島の植物、特に農作物は体内の炭水化物と窒素は常に十全である。例えば、果樹は幼木時代もすぐさま終わり、枝葉も結果も豊富な成木期が長く続く。

 植えた種は炭水化物と窒素をふんだんに得て、すぐさま幼木期、若木期を経て、長い成木期を迎える。

 前年に木に蓄えられた貯蔵養分が不足した木は発芽、展葉、開花が遅れ、結果率が低くなったり、果実の細胞数が少なくなったりする。また、結果を自然に任せていたら、木の負担能力以上になる傾向がある。そうすると、果実同士の養分の奪い合いとなり、品質が落ち、樹本体の養分も摂られてしまい、翌年の結果のための花芽の形勢が抑えられ、隔年結果に陥ることになる。

『つまり、摘花や摘果は重要で、実がなった後の肥料のやり方、吸収の仕方によっても植物は影響を受ける』

 しかし、この島は大地の精霊の恵み深く、光の恩恵をふんだんに受け、それらを風の精霊が統制し、樹の精霊が植物の成長を調整する。雨量とて、風の精霊が雲を運び、受粉も担う。温度は闇の精霊が、幻獣たちが畑に撒く水を水の精霊が美味しくする。

 虫や細菌による病も遠ざけられる。

『作物の量質ともに、最上のものが得られる条件が揃っているのですよねえ』

 九尾が両前脚を組んで二度三度頷く。

 収穫したものは風の精霊が長期保存してくれる。

「国への差し入れだから、量が多くても大丈夫だよね」

『こんなに立派な農作物を配るものだから、シアンちゃん神様説が出回るんですよ』

 そうなのだ。

 翼の冒険者は神使だと言われている。

『神使は動物が多いですから、多くの幻獣で構成される翼の冒険者としては当然と言えば当然かもしれません』

 なるほど、とシアンは頷く。

 狐や烏、蛇などはシアンも聞いたことがあるが、その他にも蜂や鹿、鶴や鷺といった者たちが神の使者とされているのだそうだ。

『まあ、神使でよかったですね』

「え?」

『だって、翼の冒険者ですよ? 翼がある人間が空から降りて来たなんて、それ何て天使?』

 シアンは閉口した。

『違う。シアンは神の使いなんかじゃない。神はシアンに跪く』

 間違えるなというティオが止めを刺し、シアンは撃沈した。



「幻獣音楽隊」としていますが、「withシアン」でお願いします。

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