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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
613/630

73.仮面祭り(準備前の日常編)  ~高笑い/釣られ遠吠えの巻/障子に映る影/平安美女/平和の寝息の巻/構って~

 

 薄い水色の空に濃い藍色の雲が列をなし、地平線間際は茜色に暮れなずんでいる。

 街の街灯や窓は明かりで照らされ幻想的な姿を浮き立たせている。

 もうじき、街は闇に沈む。

 この日ばかりはこれからが最高潮だ。

 ひゅう、と尾を引く甲高い音が頭上高くに舞い上がり、破裂音を纏う。

 夜空に花が咲く。

『わあ、綺麗! 夜に咲く花だ!』

 後にこのリムの台詞が魔族に伝えられ、仮面祭りでは花火は欠かせないものとなった。

 闇と花とそれを喜ぶ黒白の獣の君。魔族としてはどれ一つをしても欠かすことができようか。

 昼過ぎに新しく座に就いた大聖教司が挨拶を述べ、国王と二人で闇の精霊を祝う祭りの開催を宣言され、夕暮れに最高潮を迎える。

 そして、再び地平線が茜に色づき、徐々に白んでくるころに終わる。闇が眠りにつき、光が目を覚ます頃合いだ。



 後ろ足に顔をくっつけて丸まり眠る。腹が規則正しく膨れ萎む様子が何とも心地よさげで、そして、生きているのだと実感させる。

 そっと背筋を撫でると、後頭部を掌に押し付けてくるのに、ため息交じりで笑う。閉じられた目は開かない。心地よさげなへの字口に安堵する。

 シアンは寝顔を眺めながら、リムの隠ぺいであれば、仮面をつけずとも、全く姿の違う無害なものと思い込ませることができるのではないかとふと思った。

 様々な仮面をつけて正体を隠して臨む祭りを間近に控え、そわそわする幻獣の楽しみを取り上げたくはなかった。

 リムが眠る庭はうららかな日差しが届いていた。

 煉瓦の壁に濃い緑の葉が這い、赤やピンク、黄色や白などとりどりの花が彩を添えている。

 向こう側の花は品種の所為か、緑よりもどうかとすると花の方が多いくらいだが、うすピンク色の花弁は華やかで優し気だ。

 壁際に悠然と佇むティオの毛並みもまた茶色で、光を浴びて輪郭が黄金色に輝いていた。花弁が可憐な彩を添えている。

 美しい獣だ。

 何度となく見て来た姿なのに、シアンは思わず見とれた。

 と、突然笑い声が尾を引く。

「きゅーっきゅっきゅっきゅ! きゅーっきゅっきゅっきゅ!」

『なんにゃ、あれ』

『高笑いだって。可愛い狐は発声練習も欠かせないらしいよ』

 九尾が後ろ脚立ちし、胸を張って高らかに笑い声を上げるのを、カランが気味悪そうに見やり、ユエが両前胸を胸の前で組む。

『もはや、どこに向かっているのか、分からないにゃね』

「きゅーっきゅっきゅっきゅ! きゅーっきゅっきゅっきゅ!」

「わんわんわわわんわんわわん」

 習性ゆえか、九尾の高笑いにわんわん三兄弟が吠える。

『うるさい』

 リムが起きてしまう、とティオの眼が炯々と光る。

『大丈夫、セバスチャンだ』

 一角獣の言う通り、家令が静かに九尾とわんわん三兄弟に歩み寄る。

 差した影に九尾とわんわん三兄弟が気づき、すくみ上る。セバスチャンは普段通りだった。つまり、怜悧な相貌に何の表情も浮かべていない。無言で意思を伝え添うようにした。

 カランではないが、シアンはふと九尾の日常とはどんなものだろう、と思い、覗いてみることにした。ほんの思い付きだ。

 庭遊びをして解散した後、九尾に与えられた部屋に行く。様々な幻獣に話しかけられたことから、後から追いかけることになった。

 覗き見をする気は毛頭なく、扉を叩く。

『どうぞ~』

 軽い応えがあり、扉を開いた。

 と、何故か室内は薄暗く、障子があった。

「あれ、きゅうちゃんの部屋って洋間じゃなかったっけ」

 木枠で仕切られた障子がぼんやり白く浮かび上がっている。その和紙にゆら、と墨色の影が映る。いびつな形をしているものの、特徴的な三角の大きい耳、飛び出た鼻面、何より揺らめく九本の尾に、それが九尾の影だと知れる。

「きゅうちゃん?」

 恐る恐る声を掛けてみたが、今度は答えは返ってこなかった。

 そっと障子に手をかけ、ゆっくりと横に引いてみる。大きく開く勇気はなく、隙間から内部を見やる。

 縦長のろうそく立てに据え付けられたろうそくの炎が大きくゆらりと動く。

 それを前に、こちら側からは白い背が見える。

『きゅっきゅっきゅ、今度は何をしてきゅうちゃんの国をも傾ける魅力を世に知らしめてやりましょうかねえ』

 シアンはそっと障子を閉め、部屋を出た。

 何も見なかった。そう、自分は何も見なかったのだと言い聞かせながら、廊下を足早に歩いてその場を離れた。

 後日のことである。

 九尾が後ろ脚で立ち、前脚を腰の後ろに回し歩き回る。

『きゅっきゅっきゅ、とうとうこの時が来たか!』

「また今度は何を企んでいるんだ?」

 フラッシュが胡乱な視線をやる。

『人聞きの悪い!』

「いや、今までの経験則からだ」

 フラッシュは現実世界の忙しさからこの世界へやって来る時間は減ったものの、軽妙な主従のやり取りは健在だ。

 観客に徹していれば、急に問われることもある。

『きゅうちゃんを誰だと思っている!』

「狐です」

 咄嗟に応える。

『きゅっきゅっきゅ、正しくは、可愛い狐です!』

 鳴き声を挙げながら、前足の人差し指を突き出して左右に振る。

「九尾と言えば、美女に化けるとされているんだがなあ」

 フラッシュが目を眇めて言う。やや疲れた調子だ。自由気ままな召喚獣を持つと苦労するというところか。

「きゅうちゃんはそのままで良いですよ」

『やってみましょうか?』

「えっ?」

 九尾はおもむろにどこからか平安貴族女性が着る唐衣を取り出し、羽織る。

 ほう、とフラッシュが感心したような声を上げる。だが、そこからがおかしかった。

 狐の姿のままで、貝殻に入った紅を口先にさし、いつの間にか長く伸びた睫毛をいたずらにばさばさと瞬きさせ、扇を振りかざす。

かもじをつけた方が良いでしょうかな』

「いや、いやいやいやいやいや、おかしいだろう、それ!」

『化粧、薄かったですか? 毛並みが白いので、おしろいをはたく必要がないんですよねえ』

 言いながら、チークを頬に乗せる。

『どうです、吊り目美女!』

 フラッシュは腹を抱えて笑い出した。

「きゅうちゃんはそのままで良いですよ」

『きゅうちゃんですからな! シアンちゃんもそのままで十分! たとえシアンちゃんがよぼよぼになっても! ふるふると腕を伸ばして鼻ちょんしてくれますよ!』

 散々な言われ様に、シアンは九尾に関しては深く考えるまいと悟る。

 九尾の戯言に腹を立てる暇がなかったというのもある。

 様々な幻獣たちに意識が分散され、些細なことをあげつらっている間がなかった。

「ぷきゅるる~」

「ぷきぷき」

「ぷふふ」

 わんわん三兄弟の寝息が聞こえてくる。

『あは』

『幸せの象徴、平和の証ですね』

 麒麟とリリピピがわんわん三兄弟が眠るバスケットを覗き込む。シアンも加わる。見ているこちらも安らかな心地になる。

 まさしく、平穏の象徴たる様だった。



 四角く切り取られ、階段状に低くなった池がきらきらと水面が波打っている。周囲には石畳が敷かれ、その両脇に手前には背の低い花が咲き誇り、奥になるにつれ背が高い植物が植えられ、壁代わりとなっている。

 庭の池のほとりから水面を覗きながらリムは考え込んでいた。

 色んなことがあった。

 シアンに心配を掛けたくない。そう思うのに、心配して欲しいという欲求が起こる。

 これは酷い我儘ではないだろうか。

 ティオに言うと呆れられるかもしれないと思うと、言い出せないでいた。

『リム? どうかしたの?』

『きゅうちゃん……』

 上げた丸い顔には情けなさそうに眦が下がっていた。

 近寄って来た九尾が言葉巧みにリムから心情を引き出し、事も無げに言った。

『普通に甘えてみれば?』

『うん、でも、我が儘じゃない?』

 リムが九尾を見上げながら小首を傾げる。九尾は片前足をその頭の上において撫でた。優しい仕草だった。いつもはどこか全ての事象を揶揄うような赤い瞳が今は柔らかい光を湛える。

 リムはこの瞳が好きだった。

 リムが成長痛で苦しんでいる時も今みたいにしてくれた。困った狐の時もあるけれど、リムが困ったら色んな知恵を貸してくれる。

『違うよ。素直に言ってごらん。シアンちゃんはきっと喜ぶよ』

 我儘を言うのに、喜ぶものだろうか、とリムは不思議に思う。

 でも、言ってみようかな、という気持ちになった。

『うん。そうしてみるね!』

 いつもの元気の良いリムになり、ぴっと片前足を上げる。

 後からゆっくりついて行った九尾はリムがシアンに世話されて嬉しそうに笑っているのを見た。

『いつもの光景ですなあ』

『麗しい光景でございます』

 シアンとリムを見守るセバスチャンが同意した。



サブタイトル、準備前の日常編……

もう、「仮面祭り」を取っ払って「島の日常」で良かってたでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仮面祭り、最初のセンテンスだけなので、確かに無くても言いかも? 文章量は日常のほうが多いし
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