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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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72.力の使い方

 

 リムは生まれた直後から力を欲した。それも力加減が上手くできるように、といった難易度の高い能力を欲した。

 それはシアンの肩に乗ろうとした際、シアンが痛がったことに起因する。

 シアンの肩に乗るために力加減をできるようになりたいと願った。その願いは精霊たちによって聞き届けられた。加護を渡していない精霊もこぞってリムに力を貸した。

 こうして、肩縄張りの安全は守られているのだった。世界の粋の力によって。

 リムの白い長い体は柔軟だ。水平で丸くなり、頭と後ろ足がくっつく。

「柔らかいなあ」

 シアンはしゃがみ込み、リムの体を撫でながらつぶやく。

「キュア!」

 リムはさっと立ち上がり、シアンの膝に乗り上げる。シアンはそのまま地面に座り、リムを撫でてくれ、わんわん三兄弟の一匹がリムのブラシを咥えて来、残りの二匹が協力してクッションを運んでくる。

 シアンの膝の上でリムはくったりと力を抜いて目を細めてブラッシングを楽しんだ。

 シアンは統率力や威厳からではなく、役に立ちたい、何かしてやりたい、恩を返したいと思わせる人間だ。そして、シアンを助ける存在どうしで助け合う。シアンを中心とした好循環が生まれていた。

 シアンはこの世界へ来て、様々な出来事にあった。

 期せずして「力」を得ることが出来た。何よりも大きな力が傍にあった。

 しかし、それを使って事を収めることに、常に注意を払ってきた。

 力を手にいれれば、使いたくなる。膨大な力が傍にあったら、助けてほしいと思う。

 努力をせずに、力ある者に頼り、恭順を示すことで恩恵を受けようとするのは違うと思うのだ。

 この世界を幻獣たちとあちこち遠出した。

 でき得る限りを行い、どうしようもできない部分、たとえば自然の驚異に対して、力ある者に祈る、そういった人の姿を見てきた。これか、と目の前の紗が取り払われて物事の姿が明確になった気がした。

 懸命に一つひとつ積み上げるようにして生きる人々が、努力ではどうしようもない部分、たとえば自然の驚異や強者に対して、できるだけの尽力をしたうえで、力ある者に祈る。

 この世界で様々に見て来た事象らは、シアンに突き付けた。

 お前はでき得る限りのことをしたのか、と。

 自分の精いっぱいをしたのか、と。

 結局は、使い手の問題だ。

 力を得たのだから、その力を誇示するのは自由だ。弱者は強者に縋る。時に、対価なしに、自分にはないのに持っているのだから差し出せという者もいる。

 また、力を得たことに酔い振り回されることになれば、自滅の道を進むことになる。

 得た力で今度は自分がやる番だと他者を踏みつけて優越を感じる。自分が優れていると承認欲求を満たすのに、他者を絡めなければできない者もいる。

 それを少し角度を変えて、分かち合うこと、共感に変えることが出来たら、また違ってくるのかもしれない。

 貴光教の狂乱は寄生虫が操ったものではないと思う。少しばかり負の感情を増幅させただけだ。

 自然界の寄生生物がある種の成分を注入して宿主を操り、他者を意のままに動かす。それはどんどん巧みになっていったように思われた。

 シアンの想像は大筋を外れてはいなかった。

 ただ、監視網が厳しく、あまり大っぴらに動くとすぐさま「巨大な影」の気配がちらついた。だからこそ、短期間で進化を遂げた。前に出ず、ちまちまと残忍なことをしていた。

 寄生虫異類が母親に子供を魔獣に投げ与えるように操ったのと酷似して、邪魔となった子供を殺した母親も存在した。

 自分がした残忍な行いの責任を悪者に押し付け、醜い感情に蓋をしていれば、再び寄生虫異類のような存在が生まれる。

 貴光教がもたらした騒乱は人への警鐘であり、常に問い続けよというメッセージでもある。

 後世、有識者の一部は翼の冒険者はあれだけの力があるのであれば、もっと早く動けばより多くの者を救えたのではないかと言う者もいた。

 力がある者が助けるべきだと。

 そうしないのは怠慢だと。

 ある一面を見ればそうかもしれない。

 しかし、力があるからといってそれによって尽力するのが当たり前というのは傲慢だ。善意の強要であり、一種の集りである。

 誰がどのタイミングでどう動くかを強制するのは自由だ。

 地に足をつけて暮らす人々は、大きな力によって日々の生活を壊されようとした際、易々と翼の冒険者が助けてくれたことに概ね感謝を抱いた。

 巨大な力を持つ幻獣たちが助けてくれた。

 誰の命をも受けない孤高の幻獣たちが、翼の冒険者の要望に応じて、助けてくれたのだ。

 魔獣を倒してくれた。非人型異類の被害から救ってくれた。

 結局は人々が負の感情に引きずられないでいることが肝要だ。

 ひと口に善悪と言っても、立場や立ち位置によって見方は変わって来る。けれど、ある一定の線引き、基準は必要だった。自分にはそぐわないけれど「善」は必要だ、程度に考えていれば良い。

 翼の冒険者がもたらした中で、希望や憧れ、楽しそうな姿といった「善きもの」を教えてくれたことが一番大きかったのかもしれない。



 NPCとはノンプレイヤーキャラクター、つまりは人間の脳による個性ではなく、AIが作り出した個性だ。

 シアンはティオやリムといった多くの幻獣たち、そしてこの世界の者たちを個として認識し交流してきた。

 にもかかわらず、シアンに付きまとったNPCパーティのことをノンプレイヤーキャラクターだと認識してきた。

 それはひとえにティオに対する扱いの悪さや、こちらの言い分を度外視してしつこく絡まれてきたことによるものだ。

 シアンは彼らと貴光教の大神殿で再会した際、ようやく自分の偏見を知った。

 自分が嫌なことをされたからということを免罪符に、彼らの個性や内面を見ようとはしなかったのだ。彼らには彼らの考え方や価値観があって、そこから行動規範が定まる。

 自分の欠点を突き付けられるのは痛い。

 しかし、その偏見には原因があることや、自分にはどうしても改善できないこともあるのだと思い知る。

 意見や価値観の違いはどうしようもない。

 そこで妥協点を見つけて歩み寄れると良い。

 そうできないことがある。

 だとしたら、どうすれば良いのか。

 そこで性急に答えを出す必要はあるのだろうかと思う。

 幻獣たちが仲間の問題を一緒に考え、意見を言い合い、それぞれの視点を知ることで徐々に変化してきたことを、シアンはずっと見てきた。

 即決する必要がある場合もあるだろう。

 けれど、何となくこの問題は簡単に答えを出さない方が良いような気がした。

 それに、一旦結論を得たとしても、思想は変化する。

 こうだと決めつけずに多彩に姿を変えていく。幻獣たちや精霊たちがそうするように。

 シアンは彼らから教わってきたのだ。




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