表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
611/630

71.認め合い、補い合う   ~ベーグル/禁句~

 

 マウロたちと話し、ドラゴンたちと改めてインカンデラ西方、元荒地の約定について語り合うとシアンは島に戻ろうと振り返った。

 ユルクが本来の大きさになって、小さいネーソスやわんわん三兄弟の滑り台となっていた。仔ドラゴンの中でもひときわ幼い小柄な子供も羨ましがり、滑らせてやっていた。

 大きい仔ドラゴンが羨望の眼差しを向けていた。

 シアンはインカンデラ西方の街を経由していくというマウロたちと別れ、転移陣を踏んで島に戻った。

 その日はすぐにログアウトをし、翌日ログインした。

 いつもは飛び付いて来るリムの代わりにティオが迎えてくれた。

「リムは?」

 ティオに案内された先には、リムの故郷で入り込んでいた器を寝床にして眠っていた。

 細長く柔軟な体を丸めている。

 鼻先を後ろ足の間に挟む形だ。首がくるんと曲げられ完全に丸い形になっている。その腹の部分が呼吸に合わせてふいごのように膨らみしぼむ。

 その動きがまさしく生きているのだと実感させ、また、安らかな寝顔に、シアンはそっと手を伸ばして柔らかい毛並みを撫でる。寝ていても感触は分かるのか、への字口がゆるゆると緩む。

 いつも元気に感情表現する尾に顔をうずめて眠るリムに、不意に涙がこぼれそうになる。

『ベーグル』

 涙が引っ込んで代わりに小さく噴き出した。

 いつの間にかやって来ていた九尾だ。実に妙なことを知っている。

 リムが口元が薄っすら開く。ピンク色の筋から小さく牙が見えたかと思うと、舌がちょろちと出て鼻を舐める。

 起こしてはいけないと慌てて口を塞ぐ。

 リムがあくびをする。

 長く突き出た鼻先がぱっくりと大きく開き、鋭い牙が見える。舌がくあ、と伸びをする。何度もあくびをして器から首を出し、くったりと体の力を抜くリムの背中を撫でる。

 そのシアンの手を、両前足できゅっと掴む。長い体を丸めて両後ろ足も使ってシアンの手にかけ、四肢でしがみつく。

 シアンはため息まじりに笑ってその場に座ってその膝の上にリムの体を乗せる。

 すぐさまくるりと丸くなる。腹が規則正しく膨らみしぼむ。

 うっとりと眼を閉じるリムの後頭部から背中にかけて撫でる。

 リムがまどろみにゆるゆる落ちていくのが分かる。

「ゆっくりおやすみ」



 シアンはリムのようにふわふわの毛で覆われていない。

 シアンは頭に髪の毛がいっぱいあるだけで、後は手足にうっすら生えているだけだ。リムともティオとも異なる長い腕と脚。上の二本は腕と言うのだそうだ。だから、シアンは後ろ脚立ちするとは言わない。

 常にてっぺんの頭をひょろりと高く持ち上げる格好で、非常に不安定で不思議な格好をする。けれど、だからこそ、その肩に乗ると、視界が高くなる。何より、シアンの顔に近くなり、頬と頬を合わせやすい。リムが肩に乗ると良く手を出してくれるので、その手に両前足を乗せて見たり、足場にしたり、撫でて貰ったりする。

 今や一二を争う落ち着く場所だ。一番と言い切れないのは、シアンの膝の上で丸くなって眠るのもとても心地良いからだ。甲乙つけがたい。

 ともかく、シアンが毛に覆われていない件だ。

 それについて、あまり深く追求してはいけないよと九尾に言われていた。

『良い?リム。これはとてもデリケートな問題なんだよ。特に人間の男性はね、ふさふさとかつるつるとか薄いとかそういうのは言っちゃいけないんだよ』

『だから、ぼくがリベルトにつるつるって言った時、シアンは慌てていたんだね』

『その通り!』

 理解の早いことに九尾が満足げに頷く。その様子にリムもへの字口を横に長く伸ばす。

『とても気にしている人がいたら、更に心を痛めることになるからね』

『そっかあ。シアン、優しいものね。きっとリベルトが気にしていて、悲しくなっちゃうかもしれない、って心配したんだね』

『そうそう。まあ、あの国王は見た目通りの豪放磊落だから、気にしないけれどね。人間の価値観の中では頭髪がないあのスタイル自体が格好良いと捕らえられるだろうし』

『リベルト、格好良いの?』

 リムは小首を傾げた。

 人間社会に慣れ親しんできたリムは、しかし、判断基準の中心にいるのはシアンだ。島の幻獣たちもその傾向があるだろう。ティオに至ってはシアン以外の人間にはあまり興味はない様子だ。

『うん。まあ、気にしていたとしても、リムに嬉しそうに言われたら、欠点も良いものだとして受け入れられそうだよね。魔族だし』

 九尾の言にリムも納得する。

 闇の精霊だって、自信がない時の銀の星を抱く黒い姿を、シアンやリムがとても好ましいと話したら、自分も好きになれそうだと言っていた。好悪の価値観とはこのようにあやふやなものなのだ。気持ちの持ちようで簡単にひっくり返る。

 九尾が言うことは非常に的を射ている。リムに人間社会のことを教えてくれる。シアンは人間社会に関わることが多いので、とても重要なことだ。

 その他、九尾はシアン自身のことをも教えてくれるし、様々な遊びも教えてくれる。たまに困った狐の時もあるが、どんなに怒っていても、結局はリムは九尾を許してしまうのだ。他の者が九尾を悪く言っていたら、そんなことないもの!という気持ちが沸き上がる。

 九尾は仕方がない時もあるが、それ以上にいっぱい良いところもある。リムに色んなことを教えてくれ、思いもよらなかった視点に気づかせてくれる。他の幻獣たちもそうだ。何度もみなで相談して意見を出し合って事を乗り越えていった。

 きっと、それが、シアンが言う多様性であって、良いところも悪いところもあり、怒ったり嫌だと思ったとしたらそれを伝えて、リムもまた譲歩しつつ、付き合っていくことなのだと思う。みなで意見を出し合って、どう思っているかを知り、どうしていくのが良いかを話し合う。

 だって、一緒に美しいもの楽しいもの美味しいものを分かち合うのはとっても楽しい。

 認め合い、補い合い、大切にし合い、共に存在し合う。

 それを、シアンが教えてくれたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ