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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
610/630

70.心の持ち様次第   ~のんびり観戦/ギリセーフ?/くっつきリム~

 

 飛ぶ巨大生物に対して、リムは全身バネの動きを見せ、素早く動いて後ろを取り、長く太く先に行くにつれ細くなる尾をしっかと掴み、ぶんぶん振り回し、他のドラゴンにぶつける。二頭撃破した。

 ティオはドラゴンの頭を掴んで高く飛び上がる。もがきまくるが、平然と上昇する。

 シアンを背に乗せているので、安定した飛行を徹底させている。騎乗者からしてみれば、下を見ない限りいつもと変わらぬ空の道行きだ。足下にはもがく巨大な生物がいる。

 ドラゴンは体を揺すりすぎて、首に負荷が集中し、その結果、もげ、胴体は落下する。

『あ』

 短い言葉を発し、まあ、いいか、と次の獲物に向かう。掴んだ頭は邪魔なので、そのまま上昇して、他のドラゴンの上に落とす。物すごい衝撃音がして、一頭が沈む。

 幻獣たちの戦いぶりに数瞬茫然としたドラゴンが、向かって来る死の災厄にびくり、と身体を震わせる。それでも勇気を振り絞るようにして咆哮する。見上げた精神である。だが、ティオとリムに尾を掴まれ宙づりされた後、『せーの!』で互いの体をぶつけられ昇天したのを見た。残ったドラゴンはようやく攻撃する愚を悟り、慌てて逃げようとする。

 怖ろしいのは、それほどまでに自由勝手に動いているのに、背の上のシアンはやや体が傾く程度の体感しかないということだ。

『あー、まあ、何物をも寄せ付けない強靭な体だったら、その体を武器に打ち合わせればいいよね』

『さすがに首がもげては、なあ』

『力持ちだねえ』

『暴れても掴まれたところは外れないなんてにゃあ』

『……』

『『『リム様、みな様、頑張って!』』』

『ドラゴンたちは泣きが入っていますなあ』

 ユエが呆れつつも冷静に状況を見極め、鸞が嘆息交じりに言い、麒麟が感心し、カランが驚き、ネーソスが同意し、わんわん三兄弟がエールを送り、九尾が最後を締めくくった。

 戦闘を回避することも厭わないネーソスはユエを甲羅に乗せて仲間たちが撃破した素材を回収することに従事した。その後は戦闘能力の低い幻獣たちに目くらましの魔法をかけていた九尾に合流し、流れ弾が時折飛んで来るのを水の壁で防ぐことにした。

 仲間たちとのんびりティオたちの雄姿を観察するのも一興だ。

 ドラゴンから見ればティオも小さい。だが、その小さな破壊者たちによって恐慌をきたした。

 鷲は全長一メートル、翼を広げれば二メートルにも達し、爪の長さは十数センチある。

 翻って、ティオの体長は四メートルを超え、両翼は十メートルを超す。爪は五十センチを超える。湾曲し扇状に広がる四本の爪にで、自分よりも大きい魔獣でさえ鷲掴みにする。

『初めて恐怖を感じたんだろうねえ』

『爆撃音がするな。火薬を使っていないというに』

『今は魔法も飛び交っていないよね』

『肉弾戦でござりまする』

『彼我の体の大きさをものともせず!』

『あ、そこ!』

『『『行けー‼』』』

『こえー。にゃ』

『……』

『うん、無理があったね』

『シ、シアンは向こうにいるから、セーフにゃよ!』

 みるみるうちに数を減らし、最後の一頭に向けて、一角獣が俯きがちになって角を向けた。ドラゴンは自分が最後だとは気づく余裕もなかった。驚愕に見開いた瞳に、美しい輝きを放つ切っ先が点から爆発的に大きくなって映る。そして、眉間を貫かれた。特に力を入れずとも角からするりと獲物が抜ける。ふっ、とひと払いした後、陽光を受けて銀砂を振りまく角は一片の汚れもない。

 ふわりとティオがその傍らにやって来た。その背からシアンが腕を伸ばす。

「これで最後だね。お疲れ様、ベヘルツト。怪我はしていない?」

『うん。大丈夫だよ』

 するするとユルクが、すいとリリピピがやって来て、シアンに労いと怪我の有無を尋ねられ、それぞれ目をきょろり、くるりとさせる。

「キュア!」

 リムがついと弧を描いてシアンの肩に乗る。

 シアンが反射的に手をやると、そこに頬ずりする。柔らかい毛並みに自然とシアンの唇が綻ぶ。

「みんなはあっちにいるよ」

 戦闘に参加しなかった幻獣たちと合流した後、幻獣のしもべ団とこの一帯を縄張りにしていたドラゴンたちの様子を見に行った。

 いち早くシアンたちに気づいたのは仔ドラゴンたちだった。

 ギュワギュワと騒ぐのに幻獣のしもべ団団員も察し、振り仰いでシアンらに大きく腕を振る。

 彼らは見た。

 木立の向こう、蒼穹を背景に優雅に大きな翼をたわめて陽光を受け、あえかな金色の光線で輪郭を包まれる鳥獣の王、その背に乗った自由の冒険者を。

 グリフォンが鋭利な炯眼を向けると、うるさく鳴く仔ドラゴンが静まった。視線ひとつでドラゴンの群れを御する。

 今更ながらにその美しさ、圧倒的な力、全てを超越した威に打たれ、幻獣のしもべ団団員はその場に膝をつき首を垂れた。

 セルジュのテイムモンスターは炎の鳥の小さくとも大きく見える雄姿を目にし、寿ぎの歌を歌った。リリピピが唱和する。

 辺りは晴れやかな雰囲気に包まれた。

 さて、その世にも稀なグリフォンは背中の人に頼まれ、地面に音もなく降り立った。

 さあ、と仔ドラゴンたちが後退する。全身でグリフォンの動向を探っている。同時に、下りて来た人間の肩に陣取るリムお兄さんにきらきらと憧憬に輝く目を向けていた。

 体の大きさは力の強さに比例する。例外は稀だ。その例外を体現して見せたリムお兄さんの戦いぶりに興奮しきりだった。

「キュア?」

 みな、無事か、揃っているかと自分たちを心配してくれたものだから、控えめに爆発した。

「「「「キューアー!」」」」

 無論、控えめだったのはティオが怖かったからだ。特に、シアンが近くにいる場で激しく騒げば。高揚する心のままにふるった尾が小石でも弾いてシアンに当たれば。想像するだに恐ろしい。先の暴れたドラゴンの末路を自分らも辿ることになる。

 いつもなら真っ先に自分たちの環の中に入ってくるリムお兄さんは肩縄張りから動かなかった。それが非常に残念だ。仔ドラゴンたちの視線はシアンの肩に集中する。熱を感じそうなほどのそれらにシアンは苦笑して、みなのところに行かないのかとリムに聞くも、イヤだもの!と肩にしがみついた。

 衝撃を受けたのは仔ドラゴンたちだ。

 自分たちの方に来るのは嫌だと言った。リムお兄さんに拒否されたのかと一部は硬直し、一部はがっくりと顔を地面に着け、一部は泣きそうに顔を歪めた。

「あ、あのね、違うんだよ。ちょっと、僕と、その、肩縄張りと離れたくないっていうか」

 シアンは慌ててフォローするもしどろもどろだ。

「ちょっとね、寄生虫異類に寂しいという気持ちを大きくされてしまっただけなんだよ」

『シアン、ぼくの気持ちが分かったの?』

「うん。稀輝と深遠の加護のお陰かな。リムがね、一生懸命寂しいという気持ちと闘っていたのが分かったよ。みんなのことが大好きで、一緒に色んなことをしてきた思い出が、リムの心を強くして助けてくれたんだね」

『うん!』

 ああ、理解してくれている。

 リムはたまらなくなって、シアンの首筋に頬をぐいぐい押し付けた。

 翼の冒険者と交流するドラゴンを攻撃すれば、見捨てることはできまいと踏んだ寄生虫異類は力を振り絞って近くの地に住む違う種のドラゴンを操った。

 今まで散々力を使い、短い期間で尾を何度も切り離した。休眠期間を得て、力を取り戻したからこそできたことだった。これが最後の手段だとばかりに力の限りを籠めたから敵ったことだった。彼を追い詰めた存在を、翼の冒険者と交流のある仔ドラゴンたちも恐れているという奇妙な繋がりを知らぬまま、助けを呼ばせることに成功した。

 寄生虫異類はほんの欠片をリムの中に入り込ませることに成功した。リムのシアンがいなくなったら、嫌悪され拒否されたらという不安に乗じて入り込んだ。

 シアンと一緒にいられないかもしれないという事柄を、シアン本人から言われて、リムの心に隙ができていた。負の感情が強くなった。そしてそれは餌になり付け入る隙となる。

 シアンもまた多くの者たちの死を見て、リムの死を意識せずにはいられず、咄嗟に動くことが出来なかった。

 リムは特訓していつでも大きくなれるようになっていた。今回、それが悪い方に転がった。操られてとても嫌な事、シアンといられないことに対抗するために力を欲し、大きくなった

 しかし、大きな体へ変化する過程は寄生虫に決定打をもたらした。耐えられない苦痛を感じた。リムは光の精霊、闇の精霊の加護を受け、莫大な力を身に有している。寄生虫異類はそれらの力を御することはもちろん、耐えることもできなかった。諦めることが出来なく欲し続けた力に、身を滅ぼされた。

 リムは成長痛に耐え、自我を失いかけたところをシアンの音楽によって引き戻され、特訓を重ねることによって自分のものにした。

 寄生虫異類はそうではなかった。身に余る力の渦中に飛び込み、自ら滅んだ。

 闇の精霊はシアンの精神を安定させるためにその脳の働きに触れた。シアンの人の考えを捻じ曲げさせることを忌避する考えを知り、それに準じようとした。学習したのだ。それほどに強い拒否反応であったため、差し控えた。

 そのため、寄生虫異類の足取りを掴むのに手間取った。

 今ようやく、それが消滅するのを知り、風の精霊に伝えた。

 この世界の管理者であり、万物を知る精霊はひとつ頷いた。

 本体は消滅させ、切れ端が潜り込んだドラゴンたちはことごとく幻獣が片付けた。だが、まだ残っているかもしれない。それらが人の世にばらまかれたら。本体ほど強くはないが、どんどん分裂して浸透していくだろう。いつ一斉に芽吹くか分からない。それは、人間の行い、気持ちの持ち様次第だ。

『いつの時代も心の持ち様によって多くのことが左右されてきた。今更だ』

 世界の管理者はそう断じた。



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