14.エディスの人気者 ~気だるげなおネエ言葉~
エディスの冒険者ギルドを訪れ、概要を聞いて討伐に出かける。
一気にやった方が良いだろう、と九尾が提案し、ティオとリムは張り切った。
九尾編纂の戦い方、大型の魔獣を重点に上空から狙いをつけ、巧みに死角から忍び寄って仕留めたり、リムが気を引きティオが仕留めたり、逆にティオと対峙した隙にリムが仕留めたり、といった調子で倒しまくった。九尾が縄で単純に転ばせたり、幻影を見せて誘導したりなどもした。
討伐の周知が行き渡ったせいか、人気のないセーフティエリアでシアンは大量の解体を行うかたわら、煮込み料理を作っていた。
シアンなどは薄暗い森の木陰から何が出てくるか不安でしかないが、ティオたちは優れた感覚で森の中の様子を感知することができ、全く平気な様子だ。全てが明らかで何をどうすればどうなるのか分かっていれば、恐るるに足りないのだろう。
実に大したものだ。
フラッシュが作ってくれた圧力鍋に豚に似た魔獣の肉を入れ、肉にかぶるくらいの水とショウガを入れる。火にかけ、しばらく置いてゆで汁を捨てる。肉を食べやすい大きさに切り、鍋に入れ、醤油と酒、砂糖、蜂蜜と水を加え、火にかける。再びしばらく置いてゆで卵を入れて煮詰める。
鳥型の魔獣を捌き、小さめに切り分け、塩コショウする。
トマトを煮て湯剥きする。
鉄板にオリーブオイルを敷き、みじん切りしたニンニクと香草の香りが出るまで弱火で炒める。香草を取り出し、肉の皮を下にして焼き色を付け、ひっくり返す。
玉ねぎ、ピーマンなどの野菜を一口大に切り、フライパンで炒める。
大鍋に肉と野菜を入れ、潰したトマト、赤ワイン、西洋出汁、水、砂糖、香草を入れて煮込む。
張り切りすぎて昼を越えて戻ってきたティオたちはじっくり煮込まれて柔らかくなった肉に舌鼓を打ち、昼休憩を挟んでもうひと頑張りする。
もはやシアンは火にかけた鍋を精霊に任せて短時間ログアウトするまでになった。
気軽に引き受けてくれる精霊はだが、この世界の至高の存在だ。鍋の番などさせても良いのか迷うが、生理現象には勝てない。
この一日だけでもエディス周辺の緊急の脅威は取り除かれた。冒険者ギルドの受付嬢が飛び上がって喜んだ。シアンの両手を握り、感謝しきりだった。
シアンと言えば、料理と解体を行っていただけなので、恐縮しきりだ。
ティオたちの活躍は冒険者ギルドの他、ニーナの骨折りで街の人たちの知ることとなった。
安全が確保されたことや肉の流通、ひっ迫した安全確保から食の向上という楽しみまで改善してくれた幻獣たちを、街の人は喜色満面で歓迎した。
イレーヌ親子の様子を見に、料理店にも顔を出した。
忙しくかつ元気に働いていた。
シリルはエディの面倒を見たり、母親を手伝ったりしている。
料理店の主もティオたちの評判は耳にしていたようで、店には入れられないが、と店の外に長椅子を持ち出して、料理を振舞ってくれた。
「これ、お母さんが作ったんだよ!」
シリルが給仕をしてくれ料理を味わった。
道行く人の注目を浴びたが、街で噂のグリフォンが美味しそうに食べる姿は集客につながった。外にいるグリフォンが食べているやつをくれ、と入ってくる客もいた。
機嫌よく食べていると声を掛けやすいのか、おかげで街の出入りを安心してできるよとか、今年はいち早く肉を食べれたなど愛想よく言われる。中には近くの屋台で買ったものを差し入れてくれる者までいた。
店主もまた、気を良くしてサービスしてくれた。
「よくティオやリムやきゅうちゃんたちの噂を聞くよ。皆、すごいねえ」
長椅子の端に座ってエディも一緒に食事を摂りながら笑顔で言う。
まだ医者にはかかれていないと聞いたが、元気な姿に安心する。エディはリムがお気に入りのようで、小さな体でせっせと食べるのに触発されて、自身もよく食べたようだ。
途中、料理を持って来たシリルも隣に座らせて、一緒に食べる。
シリルの方はティオがお気に入りで、強くて格好いいという。何より、小さな弟のリムを守っているのが自分と重なるところがあるのだろう。
エディがこっそり、食べることに夢中のリムに触れようとしたが、するりとことごとく躱される。
「だめかぁ」
「やっぱり、触られるのは嫌なんだよ。嫌なことはやめておけよ」
「うん……」
兄の言葉に残念そうにしながらも頷く。ちゃんと弟を言葉で諫めることができるなんて偉いな、と内心感心する。
街の他の場所でもよく声を掛けられた。
ニーナから魔獣討伐を一手に請け負って成功させたと聞いた、確かに肉が出回り始めた、これで安心して街道を通れる、とどれも嬉しさを前面に押し出した言葉だった。
ニーナの顔の広さに舌を巻く思いだ。
市場で色とりどりの果物を眺めていると、皺に覆われた手がぬ、と果物を差し出した。
「ほれ、持っておゆき。あんたたちがニーナが言っていた冒険者たちだろう?」
言いながら差し出した果物を振る。戸惑って果物と老婆を見比べているシアンに不機嫌そうな顔を見せる。
「あんたたちのお陰で今年は早くからエディスまで来て商売ができるようになった。持ってお行き。リンゴだよ」
「キュア?」
老婆の言葉に反応したリムが鼻さきを近づけて匂いを嗅ぐ。
『これ、リンゴなの? 黄色いよ?』
「ちびすけはリンゴが好きなのかい?」
リムの声は聞こえないものの、物珍し気な様子から老婆はすぐに察して尋ねる。
「そうなんです。でも、黄色のリンゴは初めて見たらしくて」
「そういう種類なんだよ。ちゃんと熟れているよ」
リムも興味津々なので、ありがたく頂戴した。
いつもの通り、いや、今回は九尾がいるので四等分にして分けて食べる。
「おや、獣なのに分けて食べるんだね。優しくて頭のいい仔じゃないか」
気難し気な老婆のお眼鏡にかなったようだ。リムはやはり女性に人気が高い。
「キュア!」
「ありがとうございます。リンゴ、とても甘いですね。リム、この子も気に入ったみたいです」
リムの可愛さだけでなく、内面を褒めてくれたことが殊の外嬉しい。
『きゅうちゃんはそっちの焼き栗が食べたいです』
「あの、そっちの焼き栗はおばあさんのところの売り物ですか?」
目ざとく好物を見つけた九尾に応じて尋ねる。
「こっちは隣の屋台のだよ。あんた、お客さんだよ。焼き栗!」
声を掛けてくれ、店の主を呼んでくれる。
「はいはいっと。おお、グリフォン様じゃねえか! クレールばあさんが客の代わりに声を掛けてくるなんて珍しいこともあったと思いきや!」
「ありがとうございます、おばあさん。リンゴも貰えますか? あ、焼き栗をこの皿いっぱいください」
現実世界では紙袋に入れて売られているのを見かけたことがある。この世界で使い捨てという概念はまだ先のことだろう。マジックバッグから幻獣三頭の深皿を出す。
「おや、グリフォン様たちは肉だけじゃなく色々食うのか?」
「リンゴも嬉しそうに食べていたよ」
「美味しいものは何でも好きですよ」
言外にリンゴは美味しいし、栗も美味しそうだ、と含ませる。
「嬉しいねえ、じゃあ、サービスしなくちゃな!」
シアンの分の栗をおまけでくれる。
市場の空いたスペースで焼き栗を頬張る。ティオは殻ごと食べている。
『栗でお腹いっぱい。幸せいっぱいです』
栗が好きだと公言する九尾が実に幸せそうに腹を撫でる。
幻獣たちが美味しそうに食べる姿は微笑ましいのか、ここでもあちこちから食べ物を渡される。
リムが貰った果物をせっせと食べる姿を遠巻きに注目されている。丸い顔を小刻みに動かしている様に見とれる。
シアンが「美味しい?」と聞くともぐもぐと動かしていた顔を上げ、「キュア!」と鳴いて小さく牙を見せる。周りで「可愛い~」という声が上がる。
リムは街の人が近寄って食べ物を差し出してくると、シアンかティオの陰に隠れる。
街の人はティオに渡すのは怖いらしく、シアンに渡してくる。それを礼を言って受け取ってリムに渡すと、四等分にしようとする。
「リム、それはリムが美味しそうに食べるのが嬉しくてくれたのだから、リムが食べた方が良いんじゃないかな?」
「いいよいいよ、気にしなさんな。みんな、リムちゃんたちが美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてあげたんだから、好きにしていいんだよ」
「ニーナさん」
聞き覚えのある声はニーナのものだ。いつの間にか人垣の最前列に立っていた。
「今日も農作物を売りに来たんですか?」
「そうだよ。ティオちゃんたちも元気そうで何よりだよ。大活躍をしているって聞いているよ」
「ティオたちが頑張ってくれたんです」
『シアン、分けたらダメ?』
シアンと果物を見比べながらリムが聞く。
「ううん、好きに食べてって言ってくれたから、どうぞ」
「キュア!」
元気の良い鳴き声にニーナが満足気頷く。見れば、周囲の人も二度三度頷いている。四等分して食べるのに、「偉いねえ」という声が上がる。
「大人気だね」
ニーナがシアンの腕を叩く。心なしか誇らしげだ。
「街の人に知られるようになって、どの店が美味しいなど気軽に声を掛けてもらえました。店内で料理を出す店でも、店の外に長椅子を持ち出して食べさせてくれました。イレーヌさんの料理店を一度訪ねたんですが、そうしてくれたのを真似してくれるようになったみたいです」
「それが逆に宣伝になるって聞いているよ」
「僕もティオたちとゼナイド料理を色々食べることができて嬉しいです」
シアンがニーナと話し込む傍ら、ティオとリムは食事を続けていた。九尾には小さい子供がとことこと近づく。エディよりも小さい子供だ。頭が大きくまだ歩くのにバランスを取るのが難しいくらいだ。九尾をじっと見つめる。
『きゅうちゃんに何かご用ですか?』
「きゅうたん?」
九尾の声を拾い上げた幼児に、シアンは驚いた。
『りぴーとあふたーみー、きゅうちゃん』
「りぴーと?」
『きゅうちゃん』
「きゅうたん!」
『ふう、仕方がないわねえ、それでいいわヨ』
なぜ気だるげなおネエ言葉なのか。
しっかり幻の長い睫毛までつけている。
「きゅうたーん」
九尾に抱き着く。勢いが良すぎて、九尾が悶えている。
アレンが見たら錯乱しそうだ、と考える。それとも、飛んできて引きはがすか。
慌ててやって来た女性が幼児を抱き上げて九尾は解放される。
『うう、なんて過激な愛情表現! 人気者は辛いですなあ』
『きっと変なことを言う狐で驚いたんだよ』
「ね、きゅうちゃんの声が聞こえていたよね」
辛辣なティオの言葉にシアンが気になっていたことを口にする。
後で聞いたところ、子供は時折幻獣の声を拾い上げることがあるのだそうだ。
残念ながら、エディスにはティオたちと住めそうな家や宿泊施設はなく、毎日転移陣を使うことにする。
コラの神殿と同じく金を受け取ってくれないから、毎回喜捨だと言って、転移料分を支払っている。金満家だと九尾に笑われる。鉄鉱石を始め貴重な鉱石をたっぷり持っているし、冒険者ギルドで依頼料を得ている。
エディスは旅人や商人、冒険者といった外部からの人間も多く集う街だ。
旅人たちの情報交換の場になっている酒場や怪しげな異国料理を出す店、情報屋、ぼろぼろの安宿、右も左も分からない旅行者を狙った詐欺師やぼったくりも多く、物なれない者は騙されることもある。
シアンは討伐依頼を多く行った功労者ということで街の人が飛んできて遮蔽してくれた。
街の人たちや幻獣に囲まれ語りあう姿を、痩せっぽっちの少年のような恰好をした少女が見つめていた。果物を分け合って食べる幻獣とシアンを、道行く街の人があれが最近魔獣討伐で頑張ってくれている冒険者だと言っているのを耳にする。
「幻獣と冒険者……」
獰猛で大きく視線を向けられるだけで身がすくみそうな鷲の頭を持つ獣も、白い狐も、翼のある白い小さな獣も、皆穏やかで落ち着いた雰囲気の男の人に鳴き声を上げたり、顔を拭いてもらったり、頭を撫でてもらったりしている。彼にとても懐いていることが傍目にもわかる。
柔らかな日差しの中、お伽噺にでもありそうな優しい、心を引き絞る光景だった。
「すごいですね」
声を掛けて、自分でも驚いた。いつもなら見知らぬ相手に話しかけることなどない。
しかし、色んな人が彼に声を掛けるのに乗っかった。
「すごいのは彼らなんですよ」
そう言って彼は笑った。
でも、役割分担で、自分はできることをしているから、とも言う。
気負わない風情にそれが心からの言葉なのだと信じられた。
羨ましかった。
街の人から笑顔と称賛を貰い、暖かく迎えられているその姿が。
彼から穏やかな笑顔を向けられている幻獣たちが。
こんなに優しく眩しい光景は見たことがなかった。




