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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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69.幻獣たちの飛翔

 

 幻獣たちが風を切り、飛ぶ。

 追うはドラゴンだ。これ以上ブレスを吐かれ、山林を焼かれると、ドラゴンたちの住まいに適さなくなる。

 リムの中の寄生虫異類の本体は消滅したものの、ドラゴンたちの中の切れ端は残って未だ機能しているようだ。

 逃げるドラゴンも必死の様態である。ドラゴンは一頭ではなかった。複数いた。今は何頭か数を減らされていた。一角獣の突進にひとたまりもなかった。

 幻獣たちは大空を縦横無尽に飛び回る。

 複数が上になったり下になったり、先行したり背中を追ったり、体勢を入れ替えながら猛スピードで空を突っ切る。

 額に頬に、むき出しの肌全てに風が被さってくる。耳の端から、顎から、白い筋が棚引くのではないかと言うほどの速度だ。耳元で風が唸る音が持続する。だが、眼をしっかり見開き、まっすぐ前を向く。

 上昇する。内臓が持ち上がり、喉元までせりあがってくる。

 彼ら一行の飛行は勇ましいの一言に尽きた。

 それに耐えられるのは、偏に精霊の助力があるが故だ。

 シアンを背に乗せているティオは得意の一撃必殺を行わず、岩の杭を放つ。

 ドラゴンの組んだ隊がひと塊となって斜めに傾く。大きく弧を描く端を狙う。群れの塊から外れた者が狙われるのは陸地でも海中でも同じだ。群れは巨大な一体の獣となり襲い掛かって来る。しかし、一度そこから外れれば卑小な一個となり果てる。

 被弾して体勢が崩れる。そこを狙われる。

 リムの体からはペクチンの働きに似た何らかの成分が発されるらしく、よって、シアンにくっつくことがある。そんな時、力加減は絶妙で、隙間なく密着するのに、シアンは痛みを感じたことはない。手を添えなくても大丈夫だと認識した後は、肩に乗ったリムは普段通り動き回ることもある。

 今、シアンが目にしているのはそんなものではなかった。

 正気を取り戻した後、小さい姿に戻ったリムは早速シアンの肩を陣取っていた。

 その縄張りから跳び出し、ティオの放った岩の杭が被弾したドラゴンに飛びついた。短い四肢から伸びた爪ががっきと食い込む。前足だけでなく、後ろ足でもしっかと獲物を捕らえている。

 そういえば、ティオも後ろ足も割に器用に動かしていたな、とこんな時だがふと思い出す。

 暴れまわっても離れず牙をむいて食らいつく。

 ドラゴンの急所は逆鱗にある。

 一枚だけ逆さの鱗の下に、魔石がある。

 それだけに、どの鱗よりも強固だ。そして、触られると狂ったように暴れ出す。

 リムはその鱗をべりっと剥がし、もう片前足を突っ込んで魔石を取り出した。いそいそとマジックバッグに詰め込む。

 ドラゴンはこと切れた。そうなれば、幻獣たちにとって素材と認識される。

 ドラゴンの素材は秀逸で、特に魔石は特級品だ。ユエが一度は取り扱ってみたいとうっとりした表情を浮かべていた。そのユエはリムが魔石をしまい込むのを見てそわそわしだす。

『世界最強種もリムにかかれば島の幻獣へのお土産なんですなあ』

 九尾も同じようなことを考えていた様子だ。

『ほ、本当? 自分にも使わせてくれるかな』

『高確率で分けてくれるだろうにゃ。ほら、また別のに向かって行くにゃ』

『あは。次はシェンシの分かな』

『……』

『ふむ。ドラゴンの魔石に麒麟の角と霊亀の甲羅、か。そこに吾の羽を加えたらどうかな』

『え、何それ! 自分も扱ってみたい!』

『四霊の素材が揃うなんて、しかもドラゴンの魔石でなんて、未だかつてないのじゃないかにゃ』

『リム様はドラゴンの体もマジックバッグに収めておられまする』

『流石はリム様!』

『可愛く美しく優しく明るく、しっかり者!』

 今、目の前で世界最強の獣が易々と狩られていき、得られる素材についてどのように扱うかという会話が繰り広げられていた。

 凄まじい凶悪さだ。

 シアンはワイバーンのような亜種はともかく、リムと同じドラゴン種を食材とみなすことなどとんでもないことだと思っていた。

 しかし、幻獣たちが素材として扱っているのを見ても何とも思わなかった。

 何故なら、ドラゴンたちはリムとは似ても似つかない種族だったからだ。

 例えるなら、人間と牛くらい隔たっている。

 これがあのリムの故郷で出会ったドラゴン種であれば、決してそんな発想はしなかっただろう。

 これこそが勝手な思考というもので、人間も犬や猫をペットや友人と接することもあれば、食材とする場合もあった。ただ、考え方の違いがあるだけだ。食用として育てるか、友人として認識するかで大きな隔たりがある。

 なお、持ち帰ったドラゴンの肉は料理してみると非常に美味だった。

『いっぱいあるからね、英知にね、腐らないようにして貰うの!』

 道理で眼の色を変えて狩っていたものである。



 一角獣はティオの放った石礫を体に掠らせることなく、その狭間を飛行する。

 雲に入った。

 そのまま追う。速度は変わらない。眼前のドラゴンはそうもいかないらしく、距離が縮まる。

 雲から出る。途端に地面が迫る。尖った岩肌が見える。山だ。あわてず騒がず高度を上げる。追っていたドラゴンは山に衝突して動かなくなった。

 次の獲物を探す。

 捉えた。

 再び高度を上げ、雲に突入する。今度はどんどん高度が上がる。寒い。角に氷滴が生じたかと思うと、どんどん広がっていく。

 違うドラゴンに後ろを取られた。

 急激に高度を上げ、視界から消えてみせる。大きく弧を描き、逆に後ろを取ってやる。

 ドラゴンがどこへ行った、と周囲を警戒する。すぐに一角獣の角に貫かれる。

 ドラゴンの胴体を貫通し、向こう側が見える。当の本人のドラゴンは何があったか分からず、衝撃を体に受けたものの、それに構わずブレスを吐こうとする。口を開けたものの、そこからは何も発射されなかった。

 一角獣は自分が倒したドラゴンの素材を回収するユエたちがドラゴンに狙われないように警戒する。



 ユルクは雲の中からせり上がり、飛び出た瞬間、水の槍を撃った。

 岩をも穿つ槍を受けたドラゴンが落下していくのが見える。すかさず、ユエを甲羅に乗せたネーソスが追う。素材を確保するのだろう。その姿にユルクは思わず笑うも、次のドラゴンが迫りくる。体を右に左に傾けながら蛇行する。時に高度を取り、螺旋を描いて縦横無尽に飛び回る。

 大陸西の各地の湖を転々と居を移しているころには、まさかこんな風に空を自由自在に飛び、ドラゴンと闘うとは思いもよらなかった。

 島の湖に居を移したのは、人の目に留まるようになったり、強い魔獣に追い払われたりして行きついたからだ。それが住処にした湖の中に白い幻獣が沈んで来、もがいているのを助けてやった。シアンと出会い、複数の高位幻獣たちと交流を深めた。数多の人間を助けることになるなど、そして、彼らから親しみを込めて接せられることになろうとは想像だにしなかった。人の目を避けて移動した先で出会ったのがシアンだったからだろう。

『おじいちゃん、ドラゴンと空中戦をしたって言ったら、武者修行として認めてくれるかなあ』

 ユルクは既に祖父よりも強くなっていることを知らない。



 リリピピはその小さい体と素早さ、鋭角に弧を描くことでドラゴンを翻弄した。

 十分に惹きつけ、相手の翼の接合部や目、後頭部、喉元、といった急所を狙う。確実に仕留めに掛かっている。危険察知はお手の物で、機を見るに敏の小鳥はタイミングを掴むのに秀でていた。

 物すごいスピードで飛ぶ体が風を作る。翼が白く風の尾を引く。

 長時間を距離を稼いで飛ぶのと短時間に猛スピードで飛ぶ能力とは異なる。

 リリピピはどちらかというと、前者を得意としていた。

 風の君は気ままにあちこちを行く。そこへ向かって新しい歌を届けに行くのがリリピピの大切な仕事だった。

 今、その風と一体となって空の覇者を追う。

 それまで考えたこともない事態に、リリピピは勇敢に取り組んだ。




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