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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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68.幻獣のしもべ

 

 そこでようやく、幻獣のしもべ団は事の次第を悟った。その向こうで暴れまわっているドラゴンも同じくだろうが、そんなことなど問題ではなかった。あっちのドラゴンには重石をつけた丈夫な紐を複数振り回して翼を絡めとり、地面に引きずり倒して、体勢を整える前に仕留めれば事足りる。

 しかし、リムだ。

 心情的に害することはできないということを抜きにしても、敵うとは思えなかった。例えば、ドラゴンと同じ戦法を取っても、きっと、縄をすり抜ける。何らかの力が作用して、縄で絡めとることすらできない。幻獣のしもべ団たちにはそれが分かっていた。

 はみ出し者の集団として、命知らずに危険な街の外の世界を縦横無尽に動いた。そんな彼らが言い様のない恐怖を感じた。

 今まで発想したことのない選択を迫られた。

 シアンを取るか、リムを取るか。

 いや、違う。マウロは心の内で訂正した。

 指をくわえて事の次第を見ているか、シアンを守って死ぬか、だ。

 リムがシアンを攻撃するのならば庇おう。けれど、どうしたって応戦することはできない。防戦一方で逃れることができる相手ではない。いや、攻撃に転じたとして、それが通用する相手ではない。

 ならば、ここで死ねということだろうか。

 シアンやその他の幻獣たちが死ぬのをただ見ているつもりは毛頭なかった。彼らが死ぬ前に自分たちが死ぬ。それがしもべである証だ。

「俺は行く。どうするかは各自で決めろ」

 マウロは言い置いて駆けた。

 行けば死ぬ。

 強制しないと部下たちには言った。

 なお、マウロはその時、シアンは異世界人であり、死んでも戻って来ることができるという事柄がすっぽりと頭から抜け落ちていた。それだけ、慌てていたとも言えるし、リムがシアンを攻撃するなどありえない椿事だった。

「行くか」

「そうだな」

「おう!」

 そして、他の団員も気持ちは同じだった。

 だが、彼らが肉の盾となる前に、シアンが何かを放った。

 それはリムの口の中に吸い込まれていった。

「兄貴のスリングショットは百発百中だなあ」

「あれ、リンゴだったよな」

「あ、次はトマトだ」

「食べているなあ」

「リム様だしなあ」

 次々にシアンは放つ。その意図するところを、幻獣のしもべ団たちも知った。

 緊迫した場面から一転、気の抜けた会話は、それまでシアンが幻獣たちと過ごしてきた光景を見て来たからだ。あの美しくも威圧感溢れる獰猛な幻獣たちから慕われ甘えられるシアンであったし、力の抜けたやり取りを散々目にしてきた。

 そして、ついに、大きくなって寄生虫異類に操られていたリムはシアンに顔を寄せ、撫でられるに至った。大人しいものである。目を細めて嬉し気だ。

「リム」

 シアンの呼ぶ声に、華やかな楽器に似た音が返る。

「リム様だな」

「うん。いつものリム様だ」

「流石は兄貴!」

 弛緩した空気が漂った。

 だが、すぐにそれはドラゴンの咆哮で破られる。

「くっ! このほのぼのした空気を壊しやがって!」

「万死に値する!」

「俺たちの癒しを!」

「やっちまえ!」

 リムでないドラゴンは脅威とはいえ、決して倒すことができない相手ではない。彼らは密偵集団であり、やり様はいくらもあるのだ。

 勇躍して重石をつけた縄を放つ。

 が、それはブレスによって消し炭となる。

「ちっ、これがあったか」

 先ほどよりも大きな咆哮が上がる。それは鼓膜を震わせ、腹の奥を叩く。肌が泡立つ。

 怯えを呼び起こす大音声だった。

 流石の幻獣のしもべ団団員たちも怯む。

 大きな小山ほどの体、その隅々に魔力を内蔵しているような圧倒的な力を感じる。飛ぶ恐怖であった。

 その時、ひと際強く楽器の音に似た鳴き声がした。

 はっと幻獣のしもべ団たちが我に返る。

 恐慌に陥る寸前、硬直して動けなくなった体と心に活が入れられた。

 仰ぎ見れば、美しい真珠色の輝きを纏った白い体、闇色に輝く翼を持つドラゴンが彼らを見下していた。

 そして、片前脚を振るった。

 外側から内へ。斜め前へ。

 ズア、と鋭い爪が空を切る音がする。

 それは幻獣のしもべ団たちへのジェスチャーだった。

 リムからの彼らへ向けた合図だ。

「「「「はい!」」」」

 不思議とリムが何を言わんとするか分かった。

 暴れるドラゴンに向かって行くのではなく、元々この地を住処にしていたドラゴンたちの避難を、という意志が伝わって来た。

 幻獣のしもべ団は、頭のマウロを始めとして、剣聖と称せられたイレルミまで、全員が腹の底から湧き上がる灼熱の感情に突き動かされていた。

 あの美しく甚大な力を持つドラゴンが、自分たちへ向けて合図を送った。彼らと意思疎通するために、ドラゴン自らが作り出した符丁だ。

 いつしかそれは翼の冒険者が各地へ広めて幻獣のしもべ団の活動をしやすくしてくれた。

 そして、今、仕えるドラゴンが彼らに向けて示して見せた。彼らへの意志だった。

 何てすごい。

 何てあり得ない。

 途轍もないことに、心が震えた。

 彼らは下知を全うすべく、ドラゴンたちの誘導に向かった。

 小さいドラゴンたちは島のリンゴやトマトで容易に釣れた。彼らが動くのに親たちもついて行った。

 仔ドラゴンたちはリムと親しくすると聞いている。彼らを安全な場所に移動させるために、幻獣のしもべ団たちは動いた。




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