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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
607/630

67.直面する危機

 

 シアンは巨大化し狂暴化したリムに躊躇なく普段通り接した。それは彼が強大な力を持つ自覚が薄いことと連動していた。感知能力を普段から使わないことも関与した。力に対し無頓着に近かったために、身構えることはなかった。

 だから、リムもシアンを信じることができた。寄生虫が増幅させたほんの少しの負の感情。従来持っていた記憶を改悪して誘導する手法はものの見事に覆された。

 勘違いや思い違いといったものの小さな齟齬が積み重なっていって大きな不審に繋がる。 人の世にごまんとあるほんのわずかな齟齬、寄生虫異類はそれを利用していた。

 シアンにはリムがどれほどの力を持っていても、抑えることができるという信頼が根底にあった。

 シアンは寄生虫異類に乗っ取られたリムからも仔ドラゴンたちからもブレスを受けることはなかった。

 浴びたと言えば、口いっぱいに頬張って咀嚼して飲み込んだ時のリムの満足の息だ。シアンや他の幻獣たちと一緒に料理を作って食べる、幸せの吐息だった。

 なお、仔ドラゴンはティオから幻獣に言い渡されているので、シアンにブレスを吐こうなどとは露ほども思わない。ついうっかり寝ぼけてブレスを吐いたり爪で引っかいたり、尾で払ったりしないように、細心の注意を払うべき人間である。

『いつものリムお兄さんだ!』

『戻った!』

『やったー!』

『大きくなったリムお兄さん!』

『綺麗!』

『恰好良い!』

 初めて見るブレスに硬直していた仔ドラゴンたちがギュワギュワと騒ぎ出す。

 リムお兄さんとその仲間たちが来てくれたこと、憧れのリムお兄さんの大きくなった雄姿に、すっかり荒ぶるドラゴンのことはどうでもよくなっている仔ドラゴンたちであった。ある意味、大物ぞろいである。



 セルジュの小鳥型の魔獣は島にたどり着いた。マスターの指示通り、足に括り付けた書簡を届け、労いの餌を貰った後、いそいそとリリピピに会いに行った。期待通り、尊敬する炎の鳥に賞賛の言葉を貰ってご満悦だった。

 問題はその後だ。

 マスターの傍にいて定期的に魔力を貰うのだが、往復するのはちと骨が折れる。

「お。お前、セルジュのテイムモンスターだろう? 俺たちはセルジュの所へ行くんだが、一緒に行くか?」

「止せ。急ぐんだ。転移陣を踏む。そいつが登録していなかったら一緒に行けないぞ」

 団員の誘う言葉をマウロが諫める。

 果たして、インカンデラ西方のセルジュがいる場所に最も近い転移陣へはテイムモンスターも登録をしていた。

「じゃあ、連れて行くか」

 頭をがりがり掻くマウロは金銭と必要魔力に関しては鷹揚だった。

「留守番させておくのも良いが、マスターと離れていると魔力を貰えないからな」

 そうは言うものの、この島でならば、マスターから魔力を貰う必要がない。いながらにして魔力を得ることができるほど、横溢しているからだ。

 それでも最近テイムモンスターとしての自覚を持ち始めていたので、マスターの傍にいようとした。セルジュがテイムモンスターを褒めると、尊敬する炎の鳥は嬉しそうにするのだ。自分がマスターに大切にされ誇りとされていることが喜ばしいという。ならば、行こうではないか。

 マウロたちは一路、先を急いだ。

 幻獣たちから薬を貰った後、すぐにインカンデラ西方へと向かった。

「出られる者はみんな行くぞ」

 こういう時、本拠地に連絡役を数人残すだけで済むのは有難い。留守を預かる人手を割く必要はない。強力なアイランドキーパーがいるからだ。

「思い切りましたね」

「シアンたちのお陰で、俺たちは操られる心配が減ったからな。総力戦だ」

 カークにマウロは太く笑う。

 幻獣たちが自分たちのために薬を作ってくれたということも、士気を高めていた。

「お前ら、気合入れて行けよ!」

「「「「おう!」」」」

「必ず、寄生虫異類を捕らえるか殺すかして、ここで終わらせる」

 禍根を残すに、危険すぎる存在だ。

 大陸西は疲弊しきっていた。これ以上のさばらせて好き勝手されれば、こちらの息の根が止まる。

 武力のないエメリナも付いて来た。片腕しかないグラエムを何かと手伝っている。

 ルノーもレジスも、ドラゴンの住処に行くというのに怖気つつも加わった。

「俺たちは密偵集団だ。真正面からぶつかるんじゃない。戦いを避けられるなら、そうすれば良い。寄生虫異類を止めることが任務だ」

「「はい」」

 ディランの言葉に二人は神妙に頷いた。

「そうそう。何も戦いに行くんじゃない。目的を明確にしておかなくちゃね」

「とか言いつつ、リベカは訓練の鬱憤を晴らせるならドラゴンとも戦いそうだな」

「まともに相手できそうで怖いわ」

 どっと沸く。

「そうだね。ドラゴンよりも師匠の方が怖いしね」

 リベカの言葉に笑い声がぴたりと止む。

 彼らの脳裏には小山ほどのドラゴンに対峙する骨の光景が過った。快活に笑いながら双剣を振るい、ざっくざっくとドラゴンの硬い鱗をものともせずに切り刻んでついには倒してしまいそうだ。

「師匠ならやれるな」

 ディランも頷いている。

「だ、大丈夫だ、こっちにはイレルミがいる!」

「しっかりしろ。師匠と闘うんじゃない。ドラゴンだ」

 げらげら笑いながら幻獣のしもべ団の精鋭を鍛えまくっていたことを思い出して団員が取り乱し、他の者が修正する。

「ドラゴンか。群れで来られると難しいなあ」

 イレルミののんびりした声に周囲がぎょっとする。

「おまっ、一頭なら倒せるのか⁈」

「いや、待て。群れって言ったぞ。複数でも大丈夫だってことだ、ろう?」

 途中で自分が言っていることに自信が持てなくなって、語尾が疑問形になる。正しくは、難しいのであって、無理だとは言っていない。

「あいつら、飛ぶからなあ」

「イレルミも跳躍するじゃないか。あの滞空時間の長さはどうかと思うぞ」

「そうそう。跳び上がったら身動きが取れないものだが、風魔法で足場を作って縦横無尽に動くのは、もう人間離れしている」

 イレルミがぼやくとディランとリベカがすかさず突っ込む。

 離れた場所複数に空気の足場を作るなど、よほど魔力操作に秀でていないとできない。更に、神速で動き回るのだ。足場を作る速度、タイミングがずれると体勢を崩す。そちらに気を取られると隙が生じる。

「それでも、師匠に届くかどうか、なんだよなあ」

 嘆息まじりの言葉に、再び周囲は沸く。

「げえっ!」

「イレルミ、師匠に届くようになったんか!」

「人外!」

「まだ届いたとまではいかない」

 イレルミは肩を竦めて見せた。当人は到って冷静だ。

「それでも、射程圏内に入ったのか」

 マウロでさえ感心した様子だ。

「うん。力を持てば持つだけ、幻獣たちとの距離の遠さを感じる。届かない高みを知る」

 イレルミの言に、幻獣のしもべ団たちは感じ入った。

「み、みんな、普通に話しているけれど、ついて行くのに精いっぱいだ」

「こんな山道をひょいひょい上りながら、良くのけぞることができる」

 ルノーとレジスは感心しきりだ。

 流石は身のこなしの軽い密偵集団だけあって、垂直な崖も何のそのだ。時にロープを使い、時に魔法補助を用いて脱力者を出すことなく上っている。

「頭。向こうが騒がしい。多分、奴だ。騒ぎを起こしているんだと思う」

 ロイクもまた感知能力を高めながらも、急峻な山を登るという離れ業をやってのけていた。

「ああ、ドラゴンが暴れているな」

 イレルミも感知能力を高め、事の次第を知る。幻獣のしもべ団団員は難しい表情になる。

「拙いんじゃないか? 人里に降りて暴れられたら」

「折角、開墾してあそこまで街や村を作り上げたのに、壊されるのはな」

「街の連中の中には故郷を非人型異類や異類審問官にめちゃくちゃにされたやつらもいるだろう? 今度はドラゴンにやられるってのか?」

 そうなれば、ドラゴンたちとの約定は破られ、亀裂が入るだろう。翼の冒険者の顔に泥を塗ることになる。元はと言えば、安全だからと荒地を勧めたのは翼の冒険者だ。

「急ぐぞ!」

 一層の強行軍となり、新人たちは弱音は吐かないものの、青息吐息だ。流石のマウロやグラエムも息を切らせるも、ディランとリベカは顔色一つ変えない。

「頭、アーウェルとセルジュがいた」

「良し。合流しよう。ロイク、案内してくれ」

 そのころには全ての団員たちが大きい体を持つ者が動き回り飛翔する気配を感じていた。暴力的に木々をなぎ倒し、時折上がる咆哮を間近に感じる。

 幻獣のしもべ団のほぼ全員が一塊になっていたからこそ、何とか竦まずにいられた。互いの実力を知っているからこそ、そして、つい先ほどまでドラゴンを下せると話していたからこそ、恐怖に打ち克つことがことができた。

 隠密の密やかな行動を意識せずとも、ドラゴンたちは地面を蠢く小さき者を気にも留めなかった。

 アーウェルとセルジュと無事合流を果たした。テイムモンスターは労われて自慢げである。

 流石の彼らは暴れまわる複数ドラゴンに茫然とし、しばらく動くことができなかった。イレルミ他一部は状況を見極めようとしていた。

 そんな折、彼らは見た。エディスでも目にした美しい真珠色に輝くドラゴンが顕現したのを。その口から吐き出されたのは光の太い線だった。向こうの山脈を削った。いや、線が貫通して穴を空けた。

「すげえ」

「山を穿った」

「流石はリム様!」

 見たこともないブレスに度肝を抜かれた幻獣のしもべ団は、やにわにリムの力に活気づいた。

「おかしいな」

「ああ。魔力が乱れている」

 マウロ他一部の人間は異変にいち早く気づいた。

「あ、あれ! シアンたちにブレスを吐こうとしている!」

「何だって⁈」

 ロイクの指さす方に全員が目を凝らす。

 確かに、グリフォンや一角獣がいる。グリフォンの背には人影がある。そちらへ向けて、羽ばたくドラゴンは大きく首をたわめ、顎を開く。

 あり得ないことだった。

 リムである。

 あれほどシアンを慕い、過保護なまでに守っていた。

「操られているのか……」



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