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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
606/630

66.温かく眩いもので

 

 だとしても。

 シアンはシアンの精いっぱいをするだけだ。

 それでどうこうできる問題ではないのかもしれない。

 でも、何もしないでいるよりかはましだろう。

「きゅうちゃん、前に、ヒュドラの住処に行った時に、リムが威嚇してきたらどうするか聞いたのを覚えている?」

 シアンの問いかけに、九尾は彼が落ち着き払っているのに内心感心しながら頷いた。

『ええ、もちろん。そういえば、あの時もドラゴン絡みでしたなあ』

 そうだった。九尾の言う通り、最初はドラゴンではないかと危惧した冒険者ギルドに調査依頼を出されたのだ。

 そして、今まさにリムに威嚇され、攻撃されようとしている。

「こうするんだよ」

 シアンはスリングショットでリンゴを飛ばした。

 こんなに大きな弾は撃ったことがない。そこはそれ、精霊が力を貸してくれる。

 炎の精霊に会うために砂漠に行った際、リムは植物が飛ばした種を口でキャッチしてそのままぼりぼり食べた。耐性が強い動物ならではの鷹揚さゆえだ。ならば、放ったリンゴも食べるのではないかと思った。そういうのは癖になっていて咄嗟に出るものだ。何より、リムがとても好んだ食べ物だ。

 予想違わず、飛び込んできたリンゴを美しいドラゴンは口の中に収め、咀嚼した。

 口が閉じられたことで、幻獣たちが安堵するのが分かる。

 リンゴに引き続きトマトをスリングショットで打ち、それもリムは食べた。

 カラムがドラゴンのために作った農作物を味わっている。

 その様子を眺めていたら、す、と視界の端に何かが映る。見れば、九尾が芋栗なんきんを用いた焼き菓子を差し出していた。

 ふ、と笑うと九尾も口の端を吊り上げて一つ頷いた。

 シアンはスリングショットで九尾の好物をも打ち込んだ。リムは器用に口でキャッチする。

 麒麟がモモを渡す。

 祭りに参加するに当たって麒麟にもマジックバッグを用意していた。羽毛と皮膜の翼が交差する中央に、後ろに反った角が描かれているものだ。貰って早速モモを入れていた。

 鸞は豆腐と小豆を見比べ、後者を。一角獣はジャガイモを取り出した。

『良く煮たりふかしたものがあったものですねえ』

『すぐに食べられるようにね』

『ふかしたジャガイモは塩だけでも美味しい』

『保管に関しては風の精霊王が助力してくださったのだ』

 加護を与えていない者にまで至れり尽くせりである。

 わんわん三兄弟はシアンの手を煩わせてはなるまいとばかりにハンバーグを取り出して口に咥え、首を振って勢いをつけて、えいやっと放り投げた。フリスビーよろしく空を横切る。空中分解しそうなものである。しかし、ここでも精霊が力を貸した。ハンバーグは姿を保ったまま中空を飛び、途中で失速して落ちそうになる。

『そこまでは力を貸して下さらぬか』

 わんわん三兄弟がしょげる。自分たちの力のなさ、不甲斐なさが恨めしい。

 リムは兄貴分としてわんわん三兄弟を何かと気に掛けて来た。麒麟と鸞が島にやって来たばかりの時、湖へ遊びに出かけて斜面を転がる遊びに興じた後、水を怖がるわんわん三兄弟が大回りをしてシアンらの下に戻るのに、湖を突っ切りかけていたのをわざわざ戻って付き合った。シアンの障りになる菌を持つキノコを差し出された時にはさっと避けてしまうなど、致し方ないことはあったけれど。

 そのわんわん三兄弟が彼らの好物をリムに食べて欲しいと投げたのを知らん顔しようはずもない。

 リムは軽やかに翼をはためかせ素早くハンバーグ向かって飛び、口を開く。

『『『おお、ないすきゃっち、でござりまする!』』』

 わんわん三兄弟が水に落下しそうになったらしてくれると良く言っていたが、この時もそうしてくれた。

 生態系の頂点に立つドラゴンに兄と認められたリムは、わんわん三兄弟の兄貴分でもあったのだ。わんわん三兄弟の称賛に応えるようにリムが管楽器の華やかでまろやかな鳴き声を上げた。

『リム、オレンジにゃよ!』

『肉の味がしみ込んだ野菜!』

『わあ、ユエ、深皿ごと投げるつもりなの?』

『……!』

『ネーソス殿、そこは止めましょうよ』

 リムの好物を投げたカランに続いてユエが自分の好物もと料理の入った器を投げようとするのをユルクが目を丸くして驚き、ネーソスがやってしまえと煽り、リリピピが諫める。

 リムはカランの投げたオレンジを皮ごと咀嚼しながら彼らに近づき、そっと鼻面を近づけた。ユエが掲げる器に口を近づける。ユエは心得、器をその口に向けて傾ける。ドラゴンの口が間近で開くのに、幻獣たちは流石に緊張を覚える。つい今しがたレーザーを射出した口だ。

 ユエが器を取り落としそうになり、勇気をもってリリピピが支え、二匹でリムの口に中身を注ぐ。

 目を細めて咀嚼するリムに、ユエとリリピピが顔を見合わせて笑い合う。

 一連の出来事を眺めていたシアンがリムを呼んだ。

「リム」

 華やかな楽器に似た鳴き声が返事する。

 シアンが腕を差し伸べると、リムはそちらへひと羽ばたきでふわりと浮き上がる。鼻面を寄せてくるのをそっと撫でた。

 ああ、リムだ。

 歌うのが好きで、音楽を心の底から楽しいと感じるリムだ。

 シアンは最初に大きくなったリムを見た時の気持ちを再び味わった。



 カラムが育てたリンゴ。トマトも。リンゴは黄色くない。トマトはちょっと悲しい。

 九尾が良く食べる芋栗なんきんを使った菓子。九尾はいつも色々教えてくれる。少し困ることもある。

 麒麟と一緒に育てたモモ。ジョウロで水を撒いた。美味しい果物や野菜が育つのに、そんなに時間が掛かるなんて初めて知った。

 茹でられた小豆にふかしたジャガイモ。鸞は風の精霊みたいに色々教えてくれて、魔族を救う薬を作ってくれた。体を直す手伝いをしてくれる薬。一角獣はいつも誰かのために何かしようとしていた。力があっても、他者のために使う。

 遠く、軽やかな歌声が聞こえる。リリピピだ。小鳥と一緒に歌うのは楽しい。

 ハンバーグが飛んできた。空中分解しそうだが、風の精霊の力が及んでいることを知る。

 投げるのをうまく捉える、というのはシアンが麒麟に雪玉を投げてやっていた。それを思い出す。

 シアン。

 シアン、大好き。

 大好きって何?

 何だろう。

 ふわふわして優しくて嬉しくなる。

 自分やティオに優しくしてくれるのも嬉しいし、九尾や麒麟、鸞、わんわん三兄弟、その他のみなに優しくしているのを見るのも好き。みながシアンに優しくしているのを見ると嬉しい。

 シアンはわんわん三兄弟が細長い部屋でボール遊びしていたのをフォローしていた。閉じ込められた一角獣を救いたいと言い、音楽を水の精霊に捧げた。ユルクの援護するためにお爺ちゃんに会いに海の中へも行った。鸞に研究を依頼して、その情報を得るために他の大陸に飛んだ。水の中の神殿やとても大きい岩のある村、深くて高い森にも入った。

 その他、いっぱいあちこちへ行って美しいものを見て美味しものを作って食べて、音楽を楽しんだ。

 音楽。シアンが教えてくれたものだ。

 腹の底から律動が沸き上がり、体が自然と動く。

 心が弾んだり、きゅっと絞られる。

 みなですると様々な音が重なり合って、大きなうねりになって、どこまでも意識が拡がっていく。

 リムは卵の中にいる時に、優しい音楽を聴いた。

 歌と振動を感じていた。そして、殻から出て世界で初めて聞いた言葉が可愛いだった。嬉しそうに可愛い、と。とても良いもので、大切なものに向ける意識を感じた。

 だから、リムにとって可愛いは素晴らしいものになった。

 大切?

 大切なものは宝物。宝物はいっぱいある。

 様々な重要な局面で音楽があった。

 第三者からしてみれば、何を呑気なことをと思うかもしれない。けれど、彼らは常に美味しいものを食べ、美しい音楽を楽しんだ。そうして、体の奥底に訴えかけるものを分かち合ってきた。

 リムは奔流のように色んなことを思い出した。

 シアン不在の寂しさが常にあった。そこを寄生虫異類に付け込まれた。

 異様な風体の巨大ムカデに好き勝手する巨大ネズミを見た。

 タンバリンを焼失した際、闇の精霊にちょっとくらい大丈夫と思えるようによく話すと良いとシアンは言った。

 仕方のないドラゴンだと思うかと聞いたら、笑いながら鼻ちょんされたことがある。

 今までの積み重ねがあった。リムとはティオと共に、歩んできた過去がある。

 リムに取ってシアンは喜びや楽しさ、美味しさ、美しさ、色々な良い事を教えてくれた。同時に、切なさや寂しさ、哀しさを与えた人間だ。

 異界の眠りという制限がある中、どうしたって切なさ寂しさが付きまとう。でもそれはシアンが好きだからこそ感じる感情だ。

 ドラゴンに楽しいことも悲しさも教えた人間だ。

 リム、と呼ばれると同時に、温かくて優しい良いものに向ける意識を感じる。柔らかくてしなやかで繊細で勁い、卵の中にいる時から向けられてきた気持ちだ。

 シアンに撫でられ、微笑みを向けられると、じわじわと暖かくてほんのり甘くてむず痒い柔らかな気持ちになる。後にそのことをティオに話すと自分も同じような感覚を覚えると言っていた。自分も体の余計な力が抜けて柔らかくほどけていくのを感じると。

 リムは全身を毛で覆われている。短い四肢もくまなくだ。

 シアンはふわふわの毛はない。尾も翼もない。鋭い爪も牙もない。長い髭もない。たまに短いのが生えてくるらしいけれど、剃っていると言っていた。感知能力で重要な役割を果たすリムの髭に関しては、肩に乗られるとくすぐったいけれど、切らないでと言っていた。

 シアンはリムのように四つん這いと後ろ脚立ちの両方ができるのではなく、後者のみだ。長い手足で後ろ脚立ちするものだから、アンバランスに思える。

 けれど、シアンは広い肩を持っている。リムが長い体で半分を覆うのにちょうど良い。陣取れば、シアンの顔がすぐ傍に見えるのも良い。

 シアンの手は大好きだ。

 リムを撫でたり食べこぼしを拭いてくれたり、何より、楽しく美しい音楽を紡ぎ出す手。

 差し伸べて肩まで送り出してくれることもある。腕に毛は薄っすらしか生えていなくとも、お気に入りだ。

 それ以上に、リムやティオ、幻獣たちのことを思いやって色んなことを教えてくれ、一緒に美味しいものや楽しい音楽や美しい景色を楽しむシアンはとても優しい。うふふと笑い合うと、胸の奥からじわじわと暖かい気持ちがこみあげる。

 だから、リムはシアンにふわふわの毛や長い尾や翼がなくても、自分とは全く異なる容姿をしていても、大好きだ。

 リムの心は温かく眩いもので満たされた。

 そうして、寄生虫異類は精霊の加護を持つリムとリムの中のシアンによって、消滅した。




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