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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
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65.心の間隙を突かれる

 

 シアンは自分が標的になり攻撃されることよりも、幻獣たちが狙われる方を苦しく思う。

 ログインして部屋を出た途端、幻獣たちが待ち構えていたのに、目を丸くする。挨拶をする間ももどかしく、僅かの差でリムが飛び出して行ったと聞き、眉を顰める。その直後、精霊たちの警告を受け、青ざめる。

 取るものもとりあえず、シアンは転移陣を踏んだ。この時ばかりは魔神たちが気を回して転移陣を敷いてくれたことに感謝する。

 幻獣たち全員が付いて来たことにも気が回らなかった。寄り添うティオの背に手を置いて逸る気持ちを押しとどめていた。動く手足の感覚がどこか遠い。なのに、指先が冷たいことだけは自覚があって、ぎゅっと握りしめる。


 その間も、リムと寄生虫異類の攻防は続く。

 貴光教の薬師を操った同胞ならばここまで粘ることはできなかっただろう。複雑な心の機微を知るからこそあの手この手で働きかけることができた。リムはそれだけ人の世に慣れ親しみ、その価値観に近しくなっていたということもある。


「リム!」

 シアン。

 リムの心が大きく揺れた。


 ———今だ。

 貴光教教徒のこめかみに筋が浮き上がり、激しく蠢く。

 貴光教教徒は小ぶりのナイフを取り出して自分の喉を搔き切った。残る力で腹を横一文字に切りつける。

 暖かい粘液が白い毛並みに降り注ぐ。

 近くにいたリムは血を被った。

 シアンはリムが怪我をしたのかと思い、声もなく竦んだ。向けられてくるこわばった表情に、リムは自分は何もしていないのに、シアンは自分が人間を殺したのだと見て取ったと思った。嫌悪されたのだと怯んだ。一角獣の必殺技である突進を初見した際、強制ログアウトしたことがある。九尾と共にパンにジャムを塗って食べた際、顔や手にジャムがべったりついてシアンが起きて来たのに、飛びつくことができなかったことがある。あの時は笑って拭ってくれたのに。今、ひきつった顔で固まっている。あまりリムに向けたことのない表情だ。

 恐怖と寂しさが膨れ上がる。


 いやだ。

 怖がらないで。

 いやだ。

 傍にいて。

 リムの中で力が爆発した。

 瞬時に体が大きく変化する。


 ———これだ!

 ———この力だ。あらゆるものを溶かす熱、数多のものを停止させる絶対零度。相反する属性を有することが出来る強靭な精神と肉体。


 貴光教教徒の血と共にリムの体に付着した寄生虫異類はその心の動揺の隙を縫って体内に侵入することに成功した。

 有頂天になった寄生虫異類は興奮のあまり、一時、リムを操った。


 虹色の輝きを持つ美しいドラゴンが首を大きくたわめ、口をうっすらと開き、溜めの姿勢をとる。銀の粒を弾く闇色のリムの翼が、今は縮れた細かい金の筋を纏う。雷光がちりちりと絡んでいた。くわ、と口を開く。間髪おかず、その咢の奥から光の筋が一本まっすぐに射出された。

 レーザーである。

 山脈の裾に穴が開く。

 星をも穿つレーザーであった。


 ティオは一目でリムが尋常ではないと見抜いた。

 寄生虫異類とやらに操られているのだ。

 こうなることをこれまで考えなかった訳ではない。

 リムがシアンと争うことがあればどうするか。もちろん、止める。

 しかし、リムは自分では歯が立たない強者だ。

 ティオは喉を鳴らして笑った。

 強くなり過ぎて、身震いする敵に会うことはなくなって久しい。

 シアンは異世界人だ。死んでも戻って来られる。大切な者の安全は保障されている。ティオの最大の問題は解決する。本当は毛一筋も痛い思いや怖い思いをしてほしくない。それでも、最低限は保証されているのだ。

 ならば、後は自分だけだ。

 今ここで死ぬだろう。

 けれど、自分を殺すほどに強い存在と闘えること、その相手がリムであることに感謝した。


 この時、ティオは彼を失うシアンの悲しみについて、考えなかった。

 後に、シアンが「ティオは強いから滅多なことはないだろうけれど、できれば無事でいて欲しいと思う。いなくなったら、僕……」喉を詰まらせたことから、猛省する。仔ドラゴンが見ればシアンへの畏敬の念を深めただろう。


『リムのドラゴンブレスはレーザーなんですね。流石は光の精霊王の加護を持つドラゴン!』

 九尾はリムが血を被ったのを見て、動悸が激しくなるのを懸命に落ち着かせた。麒麟とネーソスの一件では過去に自分に降りかかったことが思い起こされたがために取り乱した。

 今度こそ。

 シアンの心の平静を取り戻させる。自分の役割を果たすのだ。力みの抜けたしなやかな心の有り様こそがシアンらしさであり、それが最大の武器であると九尾は思っていた。

 その状態を保つために、九尾は行動して来た。

 ここが正念場である。


 他の幻獣たちは鸞に読んで貰った書籍の内容を思い出していた。

『「その魔獣と出会ったならば、魔法使いに一縷の望みを託すほかない」……だって!』

『それ、ティオさんが砂漠で一撃で倒していたやつだよ』

『歴戦の冒険者が死を覚悟する魔獣を一撃でかにゃ』

『流石はティオ!』

「何をしているの?」

『絵本を読んでいたんだよ!』

 そんなティオである。この世界の生命体の頂点に立つドラゴンだろうと敵ではなかった。

 けれど、それがリムであれば、どうだろう。

 そして、幻獣たちにとってどちらも大切な仲間だった。

 明らかに様子のおかしいリムがシアンに向けてブレスを吐こうなどというあり合えない事柄に、ティオが臨戦態勢を取っている。今にも飛び掛からんばかりで、幻獣たちは戸惑い、固まった。


 シアンは以前、リムが魔獣の雛を助けたいと言われた際、襲ってきたら、リムが出来なくても、自分が精霊に倒してくれと願うと言ったことがある。

 では、リムがシアンを襲えばどうするか。

 リムは高度知能を持つ幻獣だ。

 人間社会とは異なる価値観を持つものの、いたずらに他者を害するということは咎めて来た。力があるからといって、そうして欲しくなかったからだ。

 滅多にないことだが、言い聞かせることができないこともある。素直に聞けない時もあろう。そういう時、シアンはいくらリムが見た目が小さくても強靭だと分かっていても、諫めるためだとしても叩いたりすることは出来なかった。

 だから、リムとこつんと額を合わせた。シアンにとっては、こつんとやるのはこれが精いっぱいだ。

「リム、額は痛くなかった?」

『大丈夫! シアンは?』

「僕? ふわふわでちょっと気持ち良かったかな。」

 と、顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 その後で、リムは自分が悪かったと謝った。


 今のこの場合はどうすれば良いのだろう。

 呼び掛けても、反応はない。

 それどころか、シアンたちに向けて顎を大きく開く。

 少しばかりシアンが怪我をしただけで心配するリムがだ。


 以前、リムが他者に牙を剥くのに思わず手を出してしまったことがあった。文字通り、掌で遮った。目測を誤り、うっかりリムがガッと前へ出た際に出したものだから、掌が傷つく。

「キュアッ!」

 怒った相手はもはやどうでも良いリムは、慌てふためいて精霊六柱を喚んだ。シアンを治して、と。

『ちょろっと皮膚が破けただけで、精霊王六柱揃えるなんて! さすがはシアンちゃん!』

「僕なの?」


 リムがブレスを吐こうとする緊急事態の最中、様々な場面がシアンの脳裏を巡る。

 この世界で、常に一緒にいた。

 ティオが傍らで臨戦態勢を取っており、今にも飛び掛かろうとするのが分かる。

 兄弟のように仲が良い二頭が争うのか。

 どちらかが倒されるのか。

 成長痛で苦しむリムを心配したシアンのことを、後から見たことのない顔をしていて自分の方が泣きたくなったと教えてくれた。心配は物すごく大事おおごとなのだと思い知らされ、だから、タンバリンを燃やされて泣いたリムを闇の精霊が心配したと聞いて、驚愕したとも言っていた。

 そんな優しいリムが、ティオと相争うのか。



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