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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
602/630

62.追跡2

 

 アーウェルが引っ掛かった事柄に、マウロも興味を持った様子だ。

 送った報告書の返答に、アーウェルが知り得た情報の中にあった癖は共通点ではないかとあった。そして、それは何かの兆候だと考えられるとも。

 急ぎ、荒地に応援を送るので、無理せず後を追うように記されていた。

 荒地では神殿が建ったと聞いているが、まだ転移陣は敷かれていない。連絡のやり取りは船便経由となり、大幅なタイムラグが生じる。しかし、今回、アーウェルはセルジュと同行していた。緊急事態のだからとテイムモンスターを飛ばした。本拠地は遠いが、島にいるリリピピを目指せとセルジュが言うと、勇んで羽ばたいて行き、本拠地からの返答を携えて来た。

「ここが荒地?」

「まあ、そういう反応になるわな」

「アーウェルさんはここへ来たことがあるんですよね」

「うん。前に来た時よりも建物や商品が多いなあ」

 アーウェルとセルジュはのんびり話しているように見えて、その実、街の様子に注意を払っていた。例の貴光教教徒の姿の他に、自分たちを窺う者や妙な素振りをする者はいないかを確認する。

「兄ちゃん、幻獣のしもべ団じゃないか?」

「おじちゃん、覚えていてくれたん?」

「おう! 物資を運んできてくれた恩人だからなあ!」

 店先でアーウェルの既知と出会う。

 店主の言葉通り、幻獣のしもべ団には街全体が感謝の念を抱いており、耳目が集まる。

「そう言やさ、貴光教の人が来たんだって?」

「そうなんだよ。流石に耳が早いねえ」

 隣の露店では近くの農家が収穫物を売っている。出来栄えをぜひ味わってくれと渡された。

「貴光教の人まで来るなんて、ここも有名になったもんだよな」

「その貴光教から逃げて来たってのにな!」

 アーウェルの言葉に声を立てて笑う彼らは屈託がない。

 故郷を追われることになったが、高位幻獣が甲羅に乗せて運んだり護衛をしてくれたことや、たどり着いた先が恵まれた土地であったことに、まず度肝を抜かれた。もう驚かないぞと思っても何度もたまげた。

 新天地ではあちこちから集まって来た者たちがいて、その価値観の違いからの大小の衝突があったし、一から街や村を作るという困難なことがあった。しかし、やればやるだけ形になる。非常に遣り甲斐があった。それに、衝突するのは何も各々の欲望からだけではない。より良くしようという気持ちからぶつかることはままあることだった。事を乗り越えた後は妙な連帯感が出来上がった。

 そして、異類排除令を発令した貴光教の大聖教司や実行に及んだ聖教司は刑に服し、新大聖教司が広く謝罪した。その大聖教司を翼の冒険者が支持したというのが大きい。

 自分がしでかしたことでなくても、過ちを謝罪し、他の者たちのために尽力する大聖教司は概ね好意的に見られていた。といっても、突然訳の分からないうちに暴力を持って迫害され、家族を奪われ、故郷を追われる羽目になったことは到底許せるものではない。お互い接触しないでそれぞれの道を行く、というくらいの気持ちだ。

 だから、内心では貴光教の縁者は歓迎せざる者だ。

 それでも、そうやって冗談口で笑い飛ばせるくらいには持ち直すことができたのだろう。

 アーウェルの胸に唐突にこみ上げてくるものがあった。

 こうやって立ち直って生活をし、笑うことができるのだ。

 何て逞しいのだろう。

「おじちゃんたちはさ、すごいよな。こうやって一から街を造って生活しているんだもんな」

「何を言っているんだ。お前さんたちが物資を運んでくれたからできたことじゃないか」

「そうさ! 亀さんと蛇さんが連れて来てくれたからだよ!」

「それを言うなら、この土地は荒地だったらしいじゃないか。それをこんなに住みやすい場所にしてくれた翼の冒険者のお陰だよ」

「いや、亀さんも蛇さんも翼の冒険者だよ?」

「あ、それを言うなら、俺らも翼の冒険者の支援団体だよ」

「そうだった!」

 またぞろ、どっと沸く。

「明るいなあ」

「ここでの生活は楽しいからね」

「働いたら働いた以上に食べ物や金が手に入るからなあ」

「正直、故郷では働いてもこんなに腹いっぱい食べることなんてできなかったよ」

「それに、食べ物が美味しいしさ」

「インカンデラの王様も色々気を使ってくださって、税は待って下さるそうだけれどね。あたしら、もっと早くに収めようって、自分たちで決めたんだよ」

 どうにかして税を減らせないか考えていたころからは思いもつかないと笑う。

 そんな頼もしい話の合間に、貴光教の信徒のことを探る。

「ブラシ係? あの仔ドラゴンたちの?」

「そう。色々聞いていたぜ」

「俺、ブラシ係から直接聞いたけれど、確かに会いに来て、翼の冒険者のことを聞いていたってよ。ちょうど仔ドラゴンたちに会いに来たちびさんに敬語を使わなかったって怒っていた」

「仔ドラゴンたちに会いに来たってことは、リム様だろうなあ」

「リム様もドラゴンだからな」

 そこで、アーウェルとセルジュはブラシ係に直接話を聞くことにした。

「アーウェルさん、久しぶりだな」

「うん。元気そうだな。お、それがリム様たちから貰ったブラシか?」

「そうなんだよ!」

 得意げに掲げて見せるブラシを触れないようにそっと覗き込む。

「ユエさん謹製かあ」

「きっと、とんでもなく頑丈なんだろうなあ」

「仔ドラゴンたちも、ブラシを掛けているとうっとりしていて喜んでいるみたいに思えるんだ」

 ブラシ係に貴光教の信徒のことを尋ねると、確かに会いに来たという。

「なんでも、翼の冒険者に貴光教の大聖教司様からの伝言を預かっているからって言って、断り切れなくて」

「へえ。そうなんだ。何だろう。俺たちが預かって渡すこともできるんだがなあ」

「うん。本当かどうか分からないがな。それで、俺について回って、黒白の獣の君がやって来られた場に居合わせたんだが、仔ドラゴンたちに追い払われた」

 セルジュは思わず噴き出した。

「確かに、子供とはいえドラゴンだ。それが束になったら怖いな」

「それで、その貴光教の教徒はどこへ行ったんだ?」

「一旦、街へ戻って来たらしいが、旅装を整えて出て行ったよ」

 諦めて帰ったのではないかと言うブラシ係に、アーウェルたちは礼を告げて別れた。

「ここまで来て、諦めて帰りますかね?」

「そうだな。でも、一応、港の方は確認しておこう」

 果たして、港では貴光教の教徒が乗船したという情報は掴めなかった。

 マウロたちへの伝言を託して、アーウェルたちは街へ舞い戻った。再び情報を集めていると、ブラシ係に呼び止められる。

「ああ、良かった。まだ帰っていなかったんだな」

 翼の冒険者は大陸西のあちこちに出没する。各地から集まって来た者たちは彼の話をやり取りしている。その支援団体もまた、神出鬼没で広範囲にわたって活動していた。

「うん。何かあったのか?」

「それがさ、俺も気になって、貴光教のやつがどこへ行ったか、周りに聞いてみたんだよ。そしたらさ、知っているやつがいて」

「えっ⁈ 本当か!」

 アーウェルはこういう時はさりげなさを装うことにしていたから、こうやってセルジュのように食いつきが良い方が、話す相手も気分良く、色々と語ってくれるのだなと改めて思う。

「それがさ、仔ドラゴンたちが見たって言うんだ」

「仔ドラゴンたちが! ついに意思疎通ができるようになったんか!」

 流石のアーウェルもこれには驚かずにはいられない。

「いや、俺の方は何となく分かる程度だ」

「つまり、仔ドラゴンたちはあんたの言葉は分かるんだな」

 幻獣たちと付き合いの長いアーウェルはなるほどと頷いた。

「ああ。大体、言っていることは分かるらしい。言う事を聞いてくれるかどうかは別だがな」

 さもありなん。相手は子供とはいえ、ドラゴンだ。異種間コミュニケーションで苦労するセルジュが何度も頷く。

「それで、貴光教のやつを仔ドラゴンたちの住処の近くで見かけたって言うんだ」

「ドラゴンの住処の近くで?」

「山脈の麓だと思う。俺がきちんとやつらの言わんとするところを理解することはできないが、黒白の獣の君にも関わることかもしれないと言ってしつこく聞いたら教えてくれた」

 あいつら、黒白の獣の君のことになると目の色変えるから、と嘆息するブラシ係もまた魔族なので、並々ならぬ尊敬の念を抱いている。

「ドラゴンの住処に行くつもりなのかな」

「どうかな。命知らずなのは間違いないが」

 仔ドラゴンたちと交流するうちに情が沸き始めたらしきブラシ係が不安げに言うのに、生半のことしか言えなかった。

「俺の方でも、気を付けておくよ。また、仔ドラゴンたちにも聞いておく」

「ああ。もし、できたら、ドラゴンたちにも気を付けるように言ってくれ。人間たちを無暗に襲わないという約定はあるが、身を守ることを優先してくれって」

 貴光教の教徒がドラゴンたちに危害を加える可能性を示唆する言葉に、ブラシ係は息を呑んだ。

「そうだな。あいつら、遠慮する可能性もあるか。うん。そう言っておくよ」

 ブラシ係はドラゴンと接するうちに、彼ら側に近い立ち位置で考えるようになりがちであるらしく、アーウェルの言を心配したのだと受け取って感謝した。

 ドラゴンが仮に遠慮して不意を突かれて殺傷されてしまえば、仲間が怒り狂って近くの人の集落を襲う可能性はある。人間がドラゴンの見分けがつかないのと同じく、ドラゴンもまた、人間を一括りにしているだろう。もしかすると、高い感知能力や魔力で見分けがつくかもしれないが、怒りによって見境がなくなればどうなるか分からない。

 折角作り上げたこの周辺の街や村が破壊されるかもしれない。

 異類排除令によって生活を奪われ、逃げて来た先でも圧倒的な力によって壊される。そんなことはあってはならない。きっと、翼の冒険者はそう考えるだろう。

 彼らを支える秘密結社としては、その意を汲むことは重要任務だった。

 その日、街から小鳥が飛んだ。つい先だって往復して来たばかりなのに、とへそを曲げるのを、セルジュが苦労して宥めすかせた。

 連絡を受け取ったマウロは迅速に動いた。その際、詳細を判明させてからシアンに報告しようと考えた。気を回したのだが、そうせずにすぐさま伝えていたら、結果は違っていただろうか。けれど、人ならぬ身でも先々は知る由もない。千里眼を持たぬ人ならばこそ、なおさらであった。



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