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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
601/630

61.残党2

 

 そこには新しい町や村がいくつもできていた。

 ニカの他にも魔族の国から物資が運び込まれているそうで、立派な建造物が出来上がっている。

 整備された大通りに公共施設、衛生的な街並みは清浄を掲げる貴光教の教徒の目から見ても申し分ないものだった。

 街づくりは完了しておらず、活気がある。

 一から田畑を耕すのは並々ならぬ苦労があるものだが、大地は鍬を拒まず、農作物をすくすくと育てた。牧草地も豊かで、家畜が肥え太り多くの仔を成し、食料も十全にあるそうだ。この地に移住してきた者は医者や鍛冶師、職人といった様々な技能を持つ。手工業者も引っ張りだこで、作れば作る端から売れていく。

 神に見放された土地だと思っていたが、逆に祝福された場所であった。

 貴光教の教徒はしばらく街を巡った後、本来の目的を思い出す。

 翼の冒険者だ。

 ここでも彼らの噂は容易に手に入った。

 しかし、肝心の、彼らに接触する方法は皆無だ。

「さあなあ。いつ来るかねえ」

「ちょっと前に来てくれたんだがね」

「また来てほしいな」

「ああ、でも、小さい白い幻獣はよく来るんだろう?」

「小さい幻獣? どの街に来るんですか?」

「いや、街じゃないよ。山脈の方の平原」

「平原に? わざわざ幻獣がやって来るんですか?」

「ああ。何でも、仔ドラゴンと良く遊んでいるらしい」

 子供とはいえ、ドラゴンと遊ぶ、何の冗談だと吹き出しそうになるのを堪える。

「どの辺りにやって来るんですか?」

「さてね」

「ブラシ係に聞けば分かるんじゃないか?」

「ブラシ係?」

「そう。ドラゴンのブラシ係」

 貴光教の教徒は今度こそ戯言をと笑った。

 よくよく聞いてみれば、実際、仔ドラゴンが住処である山脈から平原へ飛来してくることや、長い柄のついた大きいブラシで体をこすって貰うことを好むのだという。

「ドラゴンたちはここが荒れた土地だったころにはやって来なかったが、随分豊かになったから、子供たちを遊ばせるのにちょうど良いってので、降りてくるようになったんだ」

「それを、翼の冒険者が話を付けてくれて、人間たちに無暗に襲わないようにしてくれたんだ」

 だから、自分たちもおいそれとドラゴンに手を出さない。お前も気を付けろと言われた。

 寝ぼけて夢物語を話しているのだろうかとも思ったが、通りで露店を出す者たちや買い物客もみな一様に頷いた。

「ドラゴンにそんな約定を承諾させることができる者なんて」

「だが、翼の冒険者だからなあ」

「グリフォンやドラゴンを連れているからな」

「ブラシ係の話じゃあ、親ドラゴンたちもグリフォンにたじたじだったそうだぞ」

「すごいよなあ、グリフォン!」

「まあ、ここじゃあ、亀さんと蛇さんが一番だけどな!」

 訳の分からないまま、貴光教信徒はブラシ係とやらを探してみると、褐色の肌、黒い縮れた髪を持つ魔族だった。

 もうそれだけで、接するのを拒否したいと心が悲鳴を上げる。使命を果たすためだとねじ伏せ、愛想よくドラゴンのことから翼の冒険者のことに会話を発展させる。

「で? あんたは翼の冒険者に何の用があるってんだ?」

 有益な情報を漏らさず、警戒露わに尋ねてくる。

「それは翼の冒険者にお会いしてからお話しします」

「そんなあやふやなことで会わせる訳にはいかない。帰りな」

 すげない言葉にならば、と切り札を切る。

「私はロラン大聖教司からの伝言を預かっているのです。いえ、そう急ぎではないから、お会いできた時にでも話してくれれば良いという程度のことではありますが、奥ゆかしい方ゆえの遠慮からそう仰られたのです。翼の冒険者の幻獣様が近くにいらっしゃるのであれば、ぜひともお伝えしたいのです」

「貴光教の大聖教司様が?」

 貴光教の新しく立った大聖教司が翼の冒険者の後押しを得ているというのは周知だ。更に言えば、魔族が近々迎える闇の神殿の新大聖教司も翼の冒険者と親しくしているという。そのため、魔族は貴光教の新大聖教司に好意的だった。新大聖教司は自分がしたことではなくても、貴光教の行った非道について謝罪している。

 そういうことならば、付いて来いとブラシを携えて職場へ向かった。

 仮に、この貴光教の信徒が良からぬことを企んでいても、黒白の獣の君においそれと手出しを出来るとは思えなかったというのもある。

 一方、貴光教の信徒は切り札が有効に力を発揮したことにほくそ笑んでいた。ブラシ係とやらの冷ややかな空気が緩んだ。

 自分の思う通りに事が運ぶことに満足していられたのもつかの間のことだった。

 一般に、ドラゴンなどという生態系の頂点に立つ強力な生き物に出会う者はそう多くない。

 硬く険しい岩山のような頑強な体が敏捷に動き、空を飛び、魔力を持つのだ。

 近寄るだけで恐ろしい。

 それを、ブラシ係はすぐ傍にまで行って、ブラシでごしごし擦った。

「そら、ここはどうだ? 気持ち良いか?」

「ギュワ~」

「ギュワワ!」

「ギュワギュワ!」

 驚いたことに、ドラゴンたちは一列に並んで順番を待った。

 尋常ではない知能の持ち主だと、それだけで分かる。

「ギュワッ!」

「ギュワワッ!」

「ん? いらっしゃったぞ」

 ドラゴンが騒ぎ出したと思えば、ブラシ係が言う。

「誰が来たのですか?」

「翼の冒険者だ」

「「「「キューアー!」」」」

 ドラゴンたちが異口同音に鳴く。ぴったりと合わさった声はさながら訓練したかのようだ。

「キュア~」

 と、ついと弧を描いて鳥が飛んできた。

 いや、蝙蝠の皮膜の様な黒い翼、細長い白い毛並みの鼬のような生き物だった。

 途端に、ドラゴンたちが囲む。

 小さい動物はすぐに見えなくなった。

「もしや、あれが翼の冒険者?」

「そう。この仔ドラゴンたちの兄貴分だ」

 普通に見れば餌にされる構図だが、言われてみれば、ドラゴンたちに囲まれて鳴き合っているというのは、仲が良いということか。

 ともあれ、ようやく翼の冒険者に会うことが叶った。

「お前が翼の冒険者か」

 言いながら、近づこうとした。

「だからそうだって言っているじゃないか。敬意を払え!」

 魔族が妙なことを言ってくるがどうでも良い。それどころではなかった。翼の冒険者にようやく会えたというのに、ドラゴンが阻むのだ。何とかして翼の冒険者の気を引こうと声を掛けるが、いっかなこちらを向かない。ならば、とドラゴンたちの隙間を縫うことにした。相手は巨体だけあって、隙間が出来るのだ。

 だが、それもできなかった。

 ドラゴンである。

 生態系の頂点に立つ生物に触れんばかりに近づくことなど、誰ができようか。ましてや、触れることができるなど、伝説の勇者くらいのものではないか。

 その勇者さえも、ドラゴンを倒すことは難題だ。

 と、ドラゴンの一頭が自分に顔を向けた。

「ひいぃっ」

 喉から自然に悲鳴が出る。

 何故か、鼻先を近づけて静止した。飛び退って身を縮めて硬直していると、興味を失ったように翼の冒険者を囲む中に戻っていった。

 恐ろしい。

 これでは、翼の冒険者に近づけないではないか。

 はて。自分は翼の冒険者に近づいて何をしようとしていたのだろうか。

 まあ、良い。

 自分の邪魔をしようなどと、邪悪な存在に違いない。

 翼の冒険者が仔ドラゴンたちと仲良くしており、その住まいが山脈にあるのだということを知った。

 重要かつ有益な情報だ。

 これで計画が立つ。



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