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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
600/630

60.追跡1

 

 ニカの酒場で声を掛けられた。

 アーウェルとセルジュに接触した男は、ナウム・ブルイキンの使いだと名乗った。知性の灯った瞳、きちんとした身なりに立ち居振る舞いで、幻獣のしもべ団団員に丁寧に接した。

「良くあることなのですが、翼の冒険者の情報を得ようと、当家にまでやって来ました。恐らく、道理に明るい者ではないでしょう。情報を重要視する商人ならばこそ、大事にせねばならぬことは他所へは漏らしません」

 なるほど、と頷くアーウェルの隣でセルジュが疑わしそうにナウムの使いを見やる。表情を表に出すなど密偵としては失格である。しかし、やってしまったものは仕方がない。使いも察しているだろうから、質問を投げかけてみることにした。

「それをわざわざ教えに来てくれたんですか?」

 使いは気を悪くした風を見せずに頷いた。

「気になることがあったんです」

「気になること?」

「はい。その訪ねて来た者が、貴光教の教徒だったようなんです」

 セルジュが身じろぎする。流石のアーウェルも内心、つい先日まで色々あった貴光教の名前が出れば動揺する。付き合いの長い友人を、彼らが引き起こした騒動の中で失ったのだ。

「へえ。服装がそんな感じだったんですか?」

 裏付けを取っておくことにする。

「いえ、服装は一般的な旅装でした。こちらの地方のものではありませんでしたが。応対した者が、去っていく際に光の神への祈りの言葉を唱えるのを聞いていたのです」

 流石は大商人の使用人である。目端が利く。

 貴光教の教徒である公算が高くなるとして、これはどういうことだろう。貴光教にとっては翼の冒険者は恩人だ。立て直すのに力を貸して貰っている。諸外国が矛を収めたのも翼の冒険者が貴光教の新大聖教司の後押ししたことが大きい。

「旧勢力、かな」

「我が主もそのように推察しておりました」

 アーウェルが導き出した答えに満足げに使いは頷いた。

 セルジュは口を噤んでいる。こういう時に迂闊に質問しないのはまずまずだ。

「わざわざ教えに来てくれて有難うございます」

「いいえ。我が主は翼の冒険者を友人とみなしております。名が売れると厄介ごとが舞い込みやすくなるもの。かの方には穏やかに過ごしてほしく存じます」

「あれ、シアンに会ったことがあるんですか?」

 見知った者に対する物言いに気づいてアーウェルの言葉が砕ける。

「ええ。我が主の前へ案内したことや、ネーソス様とユルク様の輸送に付き合わせて頂きもしました」

「そうなんですか!」

「なら、俺たちと同じですね。幻獣のしもべ団はシアンに及ぶ火の粉を払うのも仕事なんで」

「私は何度もネーソス様に乗せて頂いて海を渡りました。案内人は慣れた者が適していますからね。そして、幾度も奇跡の様な光景を目にしました。これほどの力ある高位幻獣が人のために尽力して下さる」

 そこで使いは言葉を切ってふと笑った。

「私も主や陛下と同じく、単純に亀さんと蛇さんが好きなんですよ」

「はは。ニカじゃあ、ネーソスさんとユルクさんは人気だなあ」

「島でもあの二頭はいつも一緒にいますよね」

「そうなんですね」

 三人でネーソスとユルクの話をしていると、他の酒場の客も会話に入って来た。

 幻獣のしもべ団団員としては、幻獣の話については尽きることはない。アーウェルは抜かりなく、時折意識して使いが教えてくれた貴光教信徒について探った。

 その結果、信徒は船に乗ったという情報を掴んだ。

「荒地へ向かった?」

 アーウェルは事の次第と貴光教信徒の足取りを追う旨をしたためた報告書を本拠地に向けて送った。

 集めた情報の中には気になるものがあった。

 顔を指で盛んにこするという癖があったのだという。指の先で掻くのではなく、折り曲げて関節を使うのだという。

 アーウェルはその癖を他でも聞いたことがあった。

「なあ、そいつってさ、こめかみが動いていなかったか?」

「そうそう! 何かちょっと気味が悪くてさ」

 ゼナイドの現国王の弟やエディスの街娘に見られた兆候だ。




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