13.人型異類
また魔獣が出てくるかもしれないから、とシアンがイレーヌたちとエディスへ同行することを申し出た。一連の騒ぎで疲れた様子を見せていたので、ティオに頼んで荷車を曳いてもらう。イレーヌが申し訳なさそうにするが、荷車に乗せられた小さい子供二人は大喜びだ。
『さっきの狩りでお肉をいっぱい狩ったから、それを野菜のお礼に分けようか?』
ティオもまたリムと同じ理由でニーナには警戒心が薄れるのか、もしくはカラムと出会った時と同じことをしようとしたのか、そう提案する。野菜の汁で汚れたリムの顔や前足を拭いてやりながら同意した。
「そうだね。ニーナさん、ティオが先ほど狩りで得た肉を野菜のお礼にお裾分けします、と言っています」
「何だって?!」
ニーナは眼をくわ、と見開き、現在の肉の希少性について熱を込めて語り始めた。
エディスは夏には冒険者も多く滞在するが、冬になると強くて金銭にも余裕のある冒険者は南下するのだという。
「残った冒険者は弱くて金のないやつで、冬の間は金がある一部のやつはのんびり過ごすものさ。金のないやつは何でも屋をするんだよ。そうして、冬に時折現れる魔獣討伐に出かけたりもするんだけどねえ」
これで命を落とす者も多く、あまり仕事を受けたがらない。それだけ雪に閉ざされるというのは危険が多い。
「転移陣は使わないのですか?」
「そんな大層なもの! 金も魔力もたんといるのに、簡単に使えるものじゃないさ」
大仰な身振りで言う。シアンたちが毎日ゼナイドとトリスを転移陣で行き来していることは黙っておこうと決める。
後に、両世界の物価から換算してみて、およそ航空機のファーストクラスの料金ほど掛かると知り、やはり、積極的に他言しないでおくことにする。なお、航空機の料金と同じく、移動距離が長ければそれだけ金銭も魔力も必要とされる。
「そういえば、冒険者ギルドでも討伐依頼が多くありました」
シアンが積極的に受けた方が良いのかな、と呟くと、ニーナが大きく頷く。
「そうしてくれると助かるね」
ただ、今みたいに周辺に影響があると予想されるので、冒険者ギルドは冒険者の討伐があることを周知して周辺の住民はそれを念頭に道を選ぶのだという。時には迂回するのだそうだ。
今回はティオたちが電光石火で討伐してしまったため、周知が間に合わなかったのだろう。これから討伐してくれるのなら自分が街や周辺の村の皆に言っておく、と節くれだった拳で胸を叩き、頼もしく請け合ってくれたので任せることにする。
「さっきのティオちゃんが言ったことだけど、魔獣を狩ってその肉を売って街の肉屋に流してくれるとありがたいねえ。冬の間は塩漬けの肉や干し肉くらいしか食べることができなくてね。それもたまのご馳走だよ。何年か前に冒険者が来るのが待ちきれなくなった肉屋のせがれが狩りに出かけて行って大けがをしたこともあるもんさ」
今時分、肉は貴重品で野菜や果物との交換となるとこの荷車いっぱいでも一塊の肉がいいところだろう、とため息をつく。
それでも、流通に乗せることで、正規の手段を踏んで肉を食べようとする姿勢は見上げたものだ。
誰にでもちゃん付けで呼ぶんだな、と思いつつ、これからどんどん狩るので、と言って、果物や野菜と交換を申し出る。
「でも、ティオは体が大きいんだから、たっぷり食べるんじゃないの?」
荷車に弟と並んで座ってニーナが滔々と話すのを静かに聞いていたシリルが口を挟む。ティオのことを思ってくれているようだ。
「うん、沢山食べるよ。でも、ティオやリムが食べる分よりも多く狩ってきたからね」
「うんと食べたら、僕もティオやリムみたいに強くなれる?」
今度は弟のエディの方が声を上げる。
「きっとね」
痩せた体で目だけが大きく、その瞳をまっすぐに向けられ、シアンは思わず頭を撫でる。
初めて会った際には狼の襲撃からの救出劇に興奮していたのだろうが、今はやや顔色が悪い。
シアンの考えを読み取ったようにイレーヌが躊躇いがちに言う。
「この子は、エディは生まれつき体が弱くて。それで国都なら良いお医者様がいるのではないかと考えて思い切って村を出たんです」
元々は大きな旅籠を経営していたが、夫を亡くし、夫の弟夫婦に譲ることになったことも手伝い、国都で一度医者に見せようと思い立ったのだという。
「弟夫婦はいつでも戻ってきて旅籠の手伝いをしてくれたらいいと言っていたというけどねえ。まあ、大きな旅籠はいつでも人手不足だと聞くから」
旅籠を奪われたが、最悪、働き手としては重宝されるといったところだろうか。ニーナの言う通り、それでも糊口をしのぐことはできるだろう。
イレーヌは南寄りの西方からやって来たそうだ。
旅籠らしく他国の港町からやってきた旅人から聞いた話などを語ってくれ、シアンは興味深く聞いた。ニーナも絶妙な相槌でイレーヌの語りを手伝う。
「異類の村?」
「そうなんです。街道から逸れてしまったようで、迷ってしまって。その時に辿り着いたんです」
シアンがニーナに問われるままに自分は異界人だと話したことから、そういえば、とイレーヌが異類の村に行ったことがあると口にした。
この世界ではあまり地図を手にすることはなく、また、詳細で正確なものはあまり出回らない。軍事目的に利用されると事だからだ。
旅慣れた商人たちでも地形や天候によって迷うことがある。
旅の道筋を示すのは影の方向や太陽や星の位置であり、また、街道の存在だ。街道は必ずどこかの集落の近くを通る。そして、その街道の分かれ道やセーフティエリアに街や村の名が刻銘された石塔や木札が設置されている。これを頼りに旅をする。
プレイヤーのようにマップというスキルを持っていることは大変なアドバンテージとなるのだ。最も、感覚の優れた幻獣や世界各地を簡単に行き来できる精霊たちに囲まれるシアンはそのありがたみを実感することはあまりないが。
「もちろん、人型の異類です。見た目も私たち人間と全く変わりありませんでした。ですが、姿を見かけた時がちょうど狩りをしている時で」
「凄かったよ! おじさんが腕をこう、突き出して、そこから目に見えない何かが出たみたいでね! 魔獣が吹っ飛んだの!」
シリルも現場を見たらしく、右腕をまっすぐ前に出して再現する。
「ものすごい音もしたんだよ! びっくりした!」
エディも加わる。
「思わず物陰に隠れた私たちに穏やかに声を掛けてくれて、どこから来てどこに行くのか聞いて、迷ったことを告げると、もう時分も遅いし夜はこの辺は危ないからと村に一晩泊めてくれたんです」
「隠れ里ってわけでもないんだね」
ニーナが相槌を打つ。
「はい。ただ、自分たちから積極的に観光客や旅人を呼び込むことをしないだけだと言っていました。でも、暖かい食事もいただきました。とても優しくしていただきましたよ」
「近くに綺麗な花畑がある丘もあったね。あと、太鼓を叩くのが上手かった!」
シリルの言葉にシアンは思わず声を上げる。
「太鼓? どんなものだった? 大きかった?」
「色んなのがいっぱいあったよ。細長いのとか丸いのとか。こんなに大きいのもあった」
と言いつつ、腕を広げて見せる。小柄な少年なので、シアンの一抱えくらいの大きさだ。
「そうなんだ。聞いてみたいな」
「お兄ちゃんも音楽好きなの?」
「うん。ティオもリムも好きだよ」
そうして旅してイレーヌたち親子は何とかエディスの近くの村までたどり着いた。その村でニーナと出会い、体の弱いエディの医者を求めてという話に親身になってくれ、自分の知り合いの料理店で働けるよう交渉してやると請け合ってくれたのだ。街で医者にかかるとしても、治療費の他滞在費も必要だ。
「街に農作物を売りに行くついでに連れて行く最中だったんだよ」
イレーヌは料理が得意なのだという。シアンも料理人であるのだから、ゼナイドの郷土料理を教えてくれると請け合ってくれた。
「じゃあ、その料理のことなどを教えてもらう対価に、肉をお渡しするので、今度、その料理店を訪ねますね。料理上手のお母さんがお肉料理をシリルとエディに沢山食べさせてあげてください」
と、マジックバッグから解体済みの肉を取り出して渡す。
マジックバッグは高価なものなので、物を取り出して見せるのは極力伏せている。泥棒を引き寄せたり好奇の眼を集めるのは得策ではない。
今の場面では、狩った獲物を全て背負うわけにもいかない。
他の人に話さないよう口止めはしておく。
マジックバッグを持っているなんていっぱしの冒険者じゃないか、と感心するニーナを始め、誰にも言わないと約束してくれる。
更にニーナは受け取るのを躊躇するイレーヌに、こういう時は遠慮するんじゃないよ、と援護射撃をしてくれる。イレーヌは涙ぐみながら幾度も礼を言った。
イレーヌに受け取るように言った手前、ニーナも今度は断り切れなかったらしく、荷車の上の野菜は肉に変わった。ただし、先ほどティオが狩ったばかりの解体していない肉だ。
「街の者に見つかったら事だから、しっかり隠しておかないとね!」
ニーナはいそいそと梱包した。
「もしよろしければ、後日、ニーナさんの村に行って、直接肉と農作物を交換してもらうことも可能ですか?」
「もちろん、大歓迎さ!」
「良かった。ティオもリムもニーナさんのところの野菜が美味しかったようなので」
貰った野菜を顔中汁だらけにしながら食べていたリムが満足の息をつく。その体を拭いてやると、一つ差し出してくる。
『これ、小さい子にあげて』
「これをあげるの?」
『うん、何だか元気がないんだもの。せっかく助けたのに、死んじゃったらいやだもの』
直截的な言い方をしない方がいいということをどう説明するかシアンは悩む。
「エディ、リムがね、これを食べて元気を出してって。食べれそうかな? 無理だったら後でいいからね」
そう言いながら、トマトを差し出す。
エディは眼を丸くしたが、礼を言って笑う。
ティオにとってもリムにとっても、弱ければ食べられないということは当たり前のことだった。弱ければ狩られる。
でも、彼らはシアンから分け与えることや、力が弱くても他の優れたところがあるのだから、役割分担をするということを学んだ。そして、親しくなった人が生き永らえてほしいから分け与えるという発想を持ち始めた。
リムが初対面でそう親しくないエディに、生きてほしいと食べ物を分け与えたのは何か感じるところがあったのかと、大分後になってシアンは考えさせられた。
シリルとエディはこの辺りのお伽噺をニーナから聞かされて黄色い声を上げている。
「この辺りじゃね、水辺に棲んで近づいて来る小動物や子供を食べる魔獣がいるんだよ!」
「えぇーっ?!」
「毛だらけの大きい奴さ! 鱗があるアザラシみたいな姿をしているけれど、ガチョウの水かきがついた鉤づめを持った足がついているのさ! 腹から尾の先に鱗で覆われていて、背中は毛が生えているそうだよ」
子供たちの悲鳴にニーナが勢いづいて滔々と語る。
「うえー、気持ち悪い!」
「だから、水に入る時は注意するんだよ!」
結局は、フェルナン湖やその周辺の水辺に対する警告を絡めたお伽噺なのだろう。
イレーヌも襲撃にあった衝撃からようやく気を取り直して、穏やかな目で子供たちを眺めていた。
エディスの街でニーナたちと別れ、冒険者ギルドへ行き、依頼達成の報告をする。
「もう終わったんですか?!」
あまりの早さに驚かれる。
周辺の魔獣が騒いだことからその掃討と、行き会った村人を助けたことなども合わせて報告する。
「それでは、そちらの報酬も出します」
そういった人助けをすると街から謝礼金が出ると説明される。冒険者が助けることが多いのでギルドが仲介して支払うのだそうだ。そうやって積極的な人命救助を促しているのだろう。
「ありがとうございます。後、その村の方に色々お話を聞いたのですが、冒険者が少なく、討伐が滞っているそうですね」
「そうなんです。これからもう少ししたら腕利きたちが北上してくるのですが、せっかちな商人は護衛をつけてすでにやって来ている状況です。近隣の村々でも農作物を運ぶのに街道を使うので、実情、手が回っていない有様です」
沈痛な面持ちで話す。死に直面するケースが多い冒険者を育てていく必要がある。自己責任とはいえ、実戦で危険に放り込んだ結果、後任が育たなければギルドは立ちいかなくなる。目先の利益を追求するだけでは長らく大きな組織を存続させることはできない。
「北上してくる前に討伐を粗方片付けてしまった場合、後からやって来る冒険者の仕事を奪うことになるでしょうか?」
「いいえ、討伐した後も少し間を置いてまた現れます。春は芽吹きの季節だから、魔獣も北上してくるのです」
言いながら、隠しきれない期待が目に宿る。
「そうですか。では、明日から、いえ、明後日から討伐に出向こうと思います。今回は周知が間に合わなかったので、早めにしておいてもらえますか?」
「かしこまりました。ありがとうございます。では、討伐の詳細を今お話ししますか?」
「いえ、念のため、直前に伺うことにします。今日はこれで」
もう大分昼を過ぎている。ティオたちは大活躍だったのだ。腹を空かせているだろう。シアンも昼食後はログアウトする予定だ。
買取りに出した後、トリスへ戻ることにする。この時期にしては大量に持ち込まれた獲物にギルド職員が腕が鳴ると喜んだ。
「また、肉は全部そっちに渡せばいいのか?」
「いえ、大半は街の流通に乗せていただけますか?」
「そいつはありがてえ!」
「肉が食える!」
「いつもより早いな!」
解体担当職員のやる気が上がった。例年より早く仕事にありつけることも嬉しいことだと、後から聞いた。
「異類の村、か」
『興味があるのですか?』
冒険者ギルドを後にしたシアンが漏らした呟きを九尾が拾う。
「うん。ゼナイドに来て初めて非人型の異類を見たからね。人型の異類が作る村というのはどんなものなのかな、と思って。それに、沢山の太鼓の演奏というのがね。ティオに一度聴いてもらいたいな、と思って」
『ぼく?』
ティオが真円の目を向けてくる。
「うん、ティオもリムも三人でしか演奏したことがないから、もっと沢山の人が演奏するのを聞いてみるのも良いなと思うんだよ」
『太鼓、いっぱい?』
リムがシアンの肩の上で小首を傾げる。
「うん、そう。すごい迫力だよ、きっと」
『どんなだろうね?』
リムも興味を持ったようだ。
「人型の異類は特殊能力を持つだけで人とはそう変わらないんでしょう?」
野生動物も人間よりも強い力を持っている。今一つ何が異類でそうではないか、その判別がつかない。
『そうですね。非人型異類にしろ、この世界の人間にとっては、魔獣と同じくどちらも襲われる危険のある害獣です。そして、同じ人でも異能を持つ人間がいた。力のある存在を恐れました』
特に権力を持つものは自分たちの地位を脅かす者を野放しにはしたくなかった。折に触れて異類の恐ろしさを伝え、それで人々は異類を恐れたのだと言う。
「そこに魔力の高い一族、魔族も分類されたんだね』
『その通りです。人々は異類に対して恐ろしいという思考を植え付けられつつも、実際に接してみると無害な存在であると知る。そうするとそれなりの付き合いを持つものですよ』
権力者に疎まれただけで、異能があるだけでそう変わらないと話す。アダレードで同じような憂き目にあったシアンとしては少しシンパシーを感じる。
「そうなんだ。僕も一度、行ってみたいな」
『探してみる?』
『ぼくも探す!』
シアンがしてみたいということをティオとリムが積極的に手伝ってくれる。そうやって、皆で分かち合えることが実に得難いものなのだと感じた。