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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第一章
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6.ティオと街へ

 

 それまで入ったことのない林道や足を延ばして森の中へも行った。

 初めて見る香草や果物や木の実を手に入れることができた。

 塩コショウして焼いた肉に、香草の独特な味や柑橘系の果物の酸味、砕いた木の実の食感などが加わった。

 味の幅が広がって、ティオに褒められたので気をよくして奥へと進む。

 ティオはまさに戦闘では敵なしだった

 森の中の迫りくる木々の間、前を歩くティオが作った道を歩いていくと、小さな湖がある場所に出た。見えた空にようやく自由に呼吸ができる気がする。

『きゅうけいする?』

「うん、少し休もう」

 行動を共にし始めて、体力のないシアンを良く気に掛けてくれる。情けないやら申し訳ないやら、だ。



 背嚢を下ろし、湖が見える方角に木の幹に背中を預けて座り込んだ。

 周りの木々を映して緑色の陰影を作る湖面を吹く風が心地よい。

 長く歩いて火照った体が冷やされて、ついまどろみにたゆたった。

 静かに水面が盛り上がったのには気づかなかった。すう、と頭部が現れ二対の爛々とした目がシアンを窺う。しばらく様子を見ていたが、ゆるゆると水から顔を出す。

 美しい女性の白い顔、細い首、華奢な肩、豊満な乳房、くびれた腰、そして、その後に鱗に覆われた蛇の半身がゆっくりと現れた。

 現実世界の神話で主神にしつこく言い寄られその妻の嫉妬を買い、半人半蛇の怪物にされた女性のなれの果てだ。子供を全て殺された上、その悲しみを常に覚えていろと眠れぬ体にされてしまう、という激しい呪いをかけられた哀れな怪物は、何故か女性ではなく、男性を激しく憎み、出会うと頭から丸かじりにされてしまう。


 そんな恐ろしい化け物に標的にされたとは知らず、シアンは水音にようやく目が覚ました。しぶきがかかる。

 蛇の下半身を持つ女性が自分を見ていた。

 眠気は一瞬にして冷めた。

 濡れて肌に張り付く栗色の長い髪が艶めかしいが、異様な姿がそれらを全て台無しにしている。

 シアンは息を飲んだ。そのまま呼吸を忘れる。

 鈍い音がして、女性の首が吹っ飛んだ。首を失った胴が飛んで行った首の方へとスローモーションで倒れていく。

 温いしぶきが顔にかかる。生臭いそれを拭いたかったが、視界がホワイトアウトした。

 久々の強制ログアウトだ。

 ありえない怪物の姿も、それと知った次の瞬間には首が千切れ飛んだのも、それが人のであったことも、シアンに多大な負荷を与え、気持ちを落ち着かせる間もなく、異世界から弾き飛ばされた。


 いつの間にか、現実世界で目を見開き、天井を見上げていた。

 ああ、ここは自室だと理解するのに大分時間がかかった。

 驚いた。

 その一言に尽きる。

 徐々に状況が蘇ってくる。

 現実世界では平常通り息をしていた筈だが、呼吸を止めていた気がして、深呼吸を繰り返す。

 ゆるゆると体中に血液が巡り始めた気がした。


 ティオのことが心配ですぐにログインする。

 戻ってきた途端、首がちぎれた首から下の女性の胴と蛇の下半身が視界に入り、咄嗟に鼓動が高く跳ねる。懸命に落ち着かせる。

 蛇の下半身の半ばまでが湖岸に横たわり、残りの半分は水につかっている。水辺の草が赤く染まっているのが視界に入った。

 ぼんやり目に映る光景を眺めていると、ふと影が差した。横向けていた顔を正面に戻すと、ティオの顔が至近距離にあって、こちらも状況が分からなかった。

 視線をさまよわせてみれば、ティオの背景は空で、シアンは仰向けになっているようだった。

 起き上がろうとするも、ティオの顔に押し戻され、しばらく胸から腹にかけて頬をこすり付けられた。

 心配かけたことを申し訳なく思う。

 初めて強制ログアウトした時に調べたところ、ゲームのシステム上、ログアウトしている間のアバターの体や身に着けているものは保障される。他者は手出しできないのだという。実際に他のプレイヤーが強制ログアウトしたのを見たことはないが、目覚めてからティオが近寄ってきたところからすると、触れることすらできないのかもしれない。


 ティオの心配そうな様子に、なるべく強制ログアウトにならないようにしようと強く決意する。

『ごめんね、シアン。何かいるって分かっていたんだけど、狩りの獲物くらいにしか思ってなかったんだ』

 あの半人半蛇もあっさり狩れる獲物の一つに過ぎなかったらしい。

 急にシアンが倒れて、ティオも驚いただろうに、気遣ってくれる。


 しばらくして気分が落ち着くと、早々に湖を後にした。

 買い物をする必要があるから、昼過ぎには街に戻るとシアンが伝えると、ティオはついて行くと言う。

 最近では、街へはログインとログアウト用の宿泊施設と冒険者ギルド、買い物の用途でしか行っていない。

「近くまでついてきてくれるの?」

 心配して送ってくれるのかと思いきや、街の中にもついてくると言う。

『知ってる! 石に取り込まれている人が住む巣だよね』

「あ、もしかして、上を飛んだことがある?」

『あるよ。でも、うるさくさわがれるからあまり低くは飛ばないようにしている』

「グリフォンに驚いたのかな」


 ログアウトする、つまりこちらの世界では一日の多くの時間を眠る必要があるのだと簡単に説明すると、ティオはそれ以外の時間は一緒にいたいと主張した。

 シアンは今までも何度か強制ログアウトを経験していた。

 強い感情を感じると、緊急避難として強制ログアウトさせられる。

 戦闘もあるゲームで、感覚の内、痛覚を最大百%から最小五十%までカットできる。激しい痛みを感じたり、驚いたり、不安になった時にも発生する。

 逆も同じくで、現実世界で尿意や睡眠要求、強い痛みを感じたりすると、強制的にこの世界から切り離される。

「ごめんね、僕はさっきみたいに急に眠りに落ちてしばらく起きないこともあるし、こまめに眠る必要があるんだ」

 強制ログアウトもそうだが、プレイ時間が限られているので、こちらには長く滞在することができない。その間、この世界でアバターは眠り続けることになる。

 一緒にいる人間が急に倒れ、短くない時間、目覚めないとなれば驚くし迷惑だ。それが安全地域で起こったとしてもそうなのに、戦闘地域で起こったとしたら、お荷物以外の何物でもない。眠っている本人だけは無傷でいられるが、周囲は心配して注意力散漫となり、怪我でもしたら大ごとだ。


「だから、ずっと一緒にはいない方がいいんだ」

 幻獣が音楽を理解し、一緒に楽しむことができたことに夢中になりすぎた。

 街の外へ出るときはその時々でNPCパーティーに同行させてもらっていた。常に一緒に行動できる、しかも強い存在であるため頼りすぎた。

『そんなの、いいよ』

「でも……」

 頼っていることを気にしないからこそ、罪悪感を覚える。

『ぼくがいっしょにいたいの』

 確固たる意志を込めて見つめられる。

『シアンはいっしょにいたい? いたくない?』

 自分の意思をしっかり伝え、なおかつ相手の意思を尋ねてくる。とてもシンプルな問いだ。

「うん、僕も一緒にいたいよ」

『うれしい! いっしょにいようね!』

 でも、と続けようと思った言葉は、ティオの心底、嬉しそうにのどを鳴らす様に発することはできなかった。

 戦闘では一方的に頼っていることなどなんとも思っていないティオに、以前、戦闘は任せるが、料理では役に立つと自分が言ったことを思い出す。自分の役割を果たせばいいのだとシアンが言ったのだ。

「じゃあ、ログイン、異界の眠りから覚めたらよろしくね」

 自分の口で異界の眠り、というこちらでの固有の言葉を口にするのに少し照れながら、ティオにログアウトログインについて説明する。

「僕は頻繁に眠らないといけないんだ。後、長時間眠って大きな声で呼びかけても起きないことがあるんだよ。それから、僕が眠る場所を探すんだけど、セーフティエリアに野宿、かなあ。ティオ、人がたくさんいているところには行きたくないよね?」

 拠点を持たないプレイヤーは宿屋を利用してログアウトする。シアンもそうしていた。

『別に構わないよ』

「本当? 人が住む街の宿泊施設に寝床があってそこを借りているんだけど。厩舎のある宿なら、ティオも泊まれるかな。テイムモンスターを預かってくれる宿もあるそうだよ」

『ふーん』

「一度、試しに泊まってみようか」

 現実世界との兼ね合いがあり、ログインしている時間は限られるが、純粋に自分を求めてくれることが嬉しくて、できる限りのことはしようと思った。



 街に入る時にちょっとした騒ぎになった。

 初めはその大きさに見た瞬間ぎょっとした顔をされる。次いで、ティオの猛々しく生命力に富む美しい姿に見とれていた。

「あんた、それ……」

「テイムしたのか?!」

 その剣幕に、そういうことにしておいた方が無難だと悟らざるを得なかった。

 門番にも呼び止められたが、及び腰で、危険性がないかを確認された。

「ちゃんと人の言うことは分かりますよ」

「そのグリフォンの行いはあんたが責任を取ることになる」

「キュィ?」

 ティオがシアンに向けて首を差し伸べる。なめらかで急な動きに、門番の肩が跳ね上がる。近すぎて、ティオの方に顔を向ける余裕はないようだ。遠巻きにしていたら存分に眺めている。

『シアンにめいわくがかからないようにする』

「うん、僕も知らないことが沢山あるから、一緒に覚えていこうね」

 道を歩くと人通りが割れて人垣ができる。

 視線が集中するが、ティオは気にすることなく、「人の住む巣」を観察している。

『あっちからいい匂いがする』

「あっちは屋台が並んでいる方かな。行ってみようか?」

「ピィ!」

 高く鳴く声にざざっと人垣が後退する。

 門の前は人通りが特に多い。早く移動すべきだ。


『シアン、あれおいしそう!』

 ティオがもうもうと煙を立てながら何かの肉を串に刺して焼いている屋台を熱心に見つめる。実に食欲をそそる匂いをまき散らしている。

「串焼きをください」

「お、おう、兄ちゃん、そこのでっかいのはあんたのツレかい?」

「はい、美味しそうだから食べたいって」

 シアンの言葉に、屋台の主が口を開いて固まった。

「グリフォンがうちのを食べたいって?」

 かすれた声で聞き返され、食べさせたらいけないのだろうか、と不安になる。

「ええと、食べさせたら駄目でしたでしょうか?」

「まさか! 待ってな、すぐ焼けるからな! そうか、グリフォンがうちのを食べてみたいってか! よし、すぐに美味いのを食わせてやるからな!」

 勢いづいて焼き始めた。どんどん網に乗せていくのに、シアンははたと気づいて背嚢から木皿を取り出す。客は手に持てるだけ買っていくのだ。

 皿に山盛りの串焼きを乗せてもらい、代金を払った。

「あれ? 安くないですか?」

「おまけだおまけ! 持っていきな」

 威勢よく言う主に礼を言って待ちきれない様子のティオにまず一串食べさせてやる。

『おいしいね!』

「よかった、ティオ、濃い味も大丈夫なんだね」

 すぐに咀嚼して次にかぶりつく姿に、屋台の主も満足気だ。

『初めて食べる味だけど、大丈夫!』

「じゃあ、醤油や味噌のスキルを頑張ってとれるようにするよ。料理に使ったら美味しいんだよ。他にも色々調味料も作ってみるよ」

『楽しみ! どんな味かな?』

 キュィキュィピィピィとさえずるティオと屋台の脇、通行人の邪魔にならない場所で会話しているのを、道を行きかう人が遠巻きに唖然と見守る。

「ティオは強いけど、屋台のおじさんはこんなにおいしい串焼きを作れるんだよ、すごいでしょう。他においしいパンを焼いたり、お椀やお皿を作ったりする人もいて、その人たちが作った美味しいものを食べたり、便利なものを使ったりする。人の世界はみんなが自分たちができることをや得意なことをして住んでいるんだよ。ティオにはできないことをしているんだから、ティオが好き勝手していいわけがない。ちゃんと順番も守らないとね」

『わかった!』





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