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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
599/630

59.残党1

 

 数多いる信徒の中から大聖教司の座に就くに至るのは並々ならぬことである。知識、経験、場を読み時に権力者に取り入る才覚、様々な要素があるが、最大の点は神への愛だ。

 貴光教でもまた、大聖教司たちの神への愛は本物だった。

 全く自分を寄せ付けなかった。あれだけ負の感情を持っていたのに。

 しかし、宗教という物に純粋な愛情だけで接する者ばかりではない。

 神という高位存在ならばこそ、救ってくれる。自分の悩みはそれほど深刻なのだと思いたいからこそ、一層神に縋る。無論、明確に自覚していない。本人は真剣に悩んでいるつもりだ。畢竟、自分の悩みがすごいものだと思うために、より優れた者でしか解決できないと思いたいのだ。

 もし仮に悩みが解消しなかったり願いが叶わなかったとしても、聖教司からそれは信心が足りないからだと言われてより一層のめり込む。

 生きるということは、現実を直視してある部分を受け入れ、ある部分を諦め、場合によっては逃げたりやり過ごして付き合っていかなければならない。それができず、容易な方へ逃げた者がいた。

 その者に寄生して逃げた。

 その貴光教信徒は承認欲求が満たされなくて常に不満を抱えていた。

 こんなに大変な思いをしているのだから、神のごとく超越した存在しか救えない。そう信じ込んでいた。自分のことしか考えていない。自分の感じることが全てで、他の者がどう感じてどう考えるかは頭にない。

 だから、多少の無理をして潜り込んでも不快感がいや増すだけで、不満が解消されないせいだと宿主は捉えた。

 負の感情を持っていたから、操るのは簡単だった。

 行動を誘導して、翼の冒険者の噂を集め、立ち寄りそうな場所へ向かわせた。ニカという港町では多くの情報が手に入った。少しばかり翼の冒険者に傾倒している風を見せてやれば、周囲から情報をもたらしてくれる。

「荒地?」

「そうさ。巨大な亀の姿をした幻獣が大勢の異能保持者を乗せて海を渡ったんだよ!」

「巨大な亀? 人を多く乗せることができるなんて、危なくないんですか?」

「そんなことあるもんか!」

「そうだよ。大人しいものだったぜ」

「護衛の蛇さんが、これまた可愛らしくてさ」

「蛇が護衛を?」

「そうさあ! こちらも大きくなって、海から襲ってくる魔獣を見事に撃退してくれたんだ」

「中にははしゃいで亀の甲羅から落っこちる子供もいたらしいんだがね、蛇さんが引き上げてくれたんだってさ」

「もうね、うちの国王様が羨ましがってさ」

「ニカにも何度も来て、今日は亀さんと蛇さんはいないのか、ってがっかりしながら、追っかけて来た大臣に引っ張られて国都へ帰って行ったよ」

「俺たちにもくれぐれも粗相のない様にって言いつつも、悔しそうだったからなあ」

「ああ。俺の子も蛇さんに遊んで貰ったと言ったら、どんな遊びをしたんだって聞いていたよ」

 翼の冒険者は随分、気さくなんだなと思った。

 大陸西の英雄とも称されるほどだから、お高く留まっているだろうという意識があったので、意表を突かれた。

 翼の冒険者の行方を聞いたが、誰も知る者はいなかった。

「さあねえ。翼があるだけあって、あちこちで目撃情報があるらしいがね」

「ブルイキンさんなら知っているんじゃないかい?」

「ただ、ブルイキンさんほどのお大尽なら、そんじょそこいらの貴族よりも話しかけづれえや」

 街の者の言う通り、訪ねて行った大商人の館では丁重に追い返された。当主に会うどころか、使用人から話を聞くことすらできなかった。しっかりと躾けられて礼儀に適ってはいたが、どこかよそよそしくこちらを下に見ていた。慇懃無礼というやつだ。

 この光の神の敬虔なるしもべに対して、何という態度か。恐らく、一般的な旅装をしていたから、侮られたのだろう。

 仕方がないではないか。光の神のしもべたる衣装を旅塵で汚す訳にはいくまい。それに、何があるか分からない旅路だ。現在の貴光教に不満を持つ不逞の輩に襲われでもしたら大変だ。

「ああ、光の神よ。至高の御身の輝かしさは無知な者どもの愚かなる振る舞いでは汚されません」

 自分を大切に扱わない者と同じ場所にはいたくないと、勢いで荒地へと向かった。

 ニカの南に位置するも、山脈に隔てられている。峻厳であることとそれ以上に、そこを住処にする世界最強の種族が原因で、海を渡っての移動が一般的だ。

 首尾良く荒地へ物資を運ぶという船に乗ることができた。光の神を信奉する者に神の教えを伝えに行くのだという彼の崇高なる使命に少なからず理解を示した所以だ。この何人たりとも文句をつけようのない使命の前では、船賃などといったものは些末なことである。

 現に、何度か船員が船賃のことを言い掛けたが、神の素晴らしさを語ってやれば、感じ入った様子で引き下がった。

 蒙昧な者どもに神の素晴らしき一端を教えてやるのは胸がすくことだった。

 船旅は酷いものだった。

 常に床が揺れ動いている。特にすることもないので、人を捕まえては布教に勤しんだ。それも腹の底からむかむかする不快感に中断されてしまう。

「ああ、これこそが神の与え給うた試練。ならば、何としてでも乗り越えて見せましょうぞ」

 懸命に吐き気と闘う彼を船員たちは見守り、余計な声を掛けてくることはなかった。恐らく、彼の神の語らいに心を打たれ、一目置いているからであろう。

 食事も喉を通らなくなり、いよいよ試練は最高潮を迎えた。空腹に耐えかねて食べても戻してしまう。

「無理すんなよ。貴重な食料を食べても吐いちまうだけだろう? 第一、働きもせずにじっとしているだけなのに、腹が減ろうはずもないさ。神様にかこつけて無理やり乗り込んできてさ。自分の食料も持っていないなんて」

 船べりでへばりつく彼に船員が心配して声を掛けて来た。戻してしまうのだから、食べない方が良いと言う。ふらつく体で何とか頷きつつ、やはり学がなく荒っぽい性格からか、言葉遣いが悪いなと内心思う。心配しているのならばそれ相応の物言いがあるだろうに、まるで、自分が無駄飯喰らいの無為者のようではないか。

 これは回復すればきちんと教え諭してやらねばなるまいと心に決めた。

 だが、結局、荒地に着くまではそんな調子だった。

 荒れた土地。

 大陸西の西南端であり、未開の土地である。

 どんな蛮族や魔獣が跋扈するおどろおどろしい場所なのかと戦々恐々と上陸した。

 そこは緑と水が豊かな花が咲き乱れる地だった。何より、天から降り注ぐ光が柔らかく、全てが優しい調和の中にあった。

「神に祝福された土地だ。この地が荒地など。誰が言ったのだ」

「ああ、何でも、元々は本当に砂塵が舞う乾燥地で、魔獣ですら力あるものしか生き延びられなかったらしいぞ」

「こんなに美しい場所が? 何が起こったというのだ?」

「さあなあ。ただ、翼の冒険者がここに異類、おっと異能保持者ってんだか? そいつらを連れて来るよう、色んな人たちに話して回ったって」

「翼の冒険者が?」

 してみると、翼の冒険者が荒地をこれほどまでに変貌させたというのか。

 いや、まさか。一介の冒険者にそんなことができようはずもない。




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[一言] 600話達成、おめでとうございます。 これからも更新、楽しみにしております。
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