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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
598/630

58.闇の新大聖教司   ~乗り比べ/やる気の巻~

 

『音楽と踊りによって無我の境地に至り、祈りを籠める』

『楽しい!だけじゃダメなの?』

『リムはみんなと一緒に楽しもうという気持ちがあるにゃろう?』

『きゅっ! その語尾は苦しいんじゃないの?』

『……精霊王の誕生の日を心から祝おう、みんなで楽しもうという気持ちがあるなら、それは祈りなのにゃ』

『うん! それに、深遠も稀輝もとっても喜んでくれたものね!』

 リムの心には楽しかった記憶が残る。音楽に合わせて心の奥から溢れる律動に突き動かされて体を動かす。

 以前、シアンや幻獣たちと遠出した際、村の人間たちも同じように音楽に合わせて踊った。そうやって他の者も大勢で楽しむことを知った。

 それは豊穣を祝い、神や精霊と言った高位存在に気持ちを籠めるものなのだ。

『魔族のみんなも一緒に祝えたら良かったのにね』

 リムがしょんぼりする。

『魔族みんなとなると、宴会というよりも祭りになりそうにゃね』

『そんな中にリムが行けば大騒ぎになろう』

『カノーヴァには行ったことがあるよ?』

『その時はちらちら見られたり小声で噂されるくらいだったねえ』

『しかし、祭りのような非日常であれば別だ。浮わついた者たちが多ければ多いほど、箍が緩み、とんでもないことをやらかすだろう。平常では考えられないことをやってのける』

『仮面をつけたら大丈夫! ぼくだって分からないもの!』

 幻獣たちは顔を見合わせた。婉曲な言い回しで諫められる。

 九尾ですらそのものずばりを言わなかったのは、麒麟を慮ってのことだ。麒麟の友人の忖度を無駄にしたくはなかった。

 その場では他の幻獣たちの意見を受け入れたリムは、アベラルドの下へ遊びに行った際、闇の精霊と光の精霊の誕生日会のことを話した。

『とっても楽しかったの!』

「さようでございますか。それは宜しゅうございましたね」

 我がことのように喜んでくれるアベラルドに、リムはしおたれた。あれこれと楽し気に誕生日会のことを話していたのに、と聖教司は慌てる。

『アベラルドにも来てほしかったの。魔族のみんなもね、深遠が生まれて来てくれて嬉しいと思うの。だから、みんなでおめでとうってしたかったの』

 だが、魔族全体となると、宴ではなく祭りになるという。

『でもね、魔族のお祭りにはぼく、行けないんだって。ねえ、アベラルド。仮面をつけていたら、ぼくだって分からないよね?』

 さしものアベラルドも咄嗟に返答が出来なかった。表情を取り繕うのがせいぜいだった。

「リム様はお祭りに行きたいんですか?」

『うん! 魔族の街はね、今、みんなが頑張っているから、色んなものがいっぱいあるんだよ! みんなで美味しいものを食べて音楽をするの!』

 リムが魔族の活発な様子を喜んでくれることが嬉しかった。

「美味しいものや音楽ですか?」

『そうなの! 音楽はね、上位存在に祈りを込めてするものなんだって。みんなでしたら、楽しいし、深遠にも気持ちが伝わるの!』

「ああ……、何と素晴らしいことでしょう」

『そうでしょう?』

 うふふ、と笑う様が可愛らしくも尊い。

 同時に、仮面をつけたら分からないと言った自分の責任を感じる。

 アベラルドは誠実な人間だった。翼の冒険者たちに恩義も感じていた。

 何より、自分が見てみたかった。幻獣たちが魔族の国で魔族たちと共に闇の君の誕生を祝うのだ。

 こんなに眩い光景があろうか。

 アベラルドは体の隅々にまで力が横溢するのを感じた。心に翼の冒険者を持つ魔族もまた、こんな気持ちでやり甲斐を持って活動しているのであろう。

 アベラルドは心を決めた。

 関係各所に書簡を送り、訪問の約束を取り付けた。

 レスポンスの速さに、再三打診されていたのも、自分を見込んでくれてのことだったのだなと実感する。

「誰かある。出かけるので後のことは頼みます」



 両側の壁際と中央に等間隔で立つ柱から二つの半円筒アーチが天井高く交差する。交差する交点を頂点に優美なふくらみを持つ。黒い岩肌に銀色の筋交いがされ、曲線状の端部である穹稜がまるで夜空に吸い込まれて行く光のような幻想的な光景だ。奥行きのある穹稜は中央の柱の数だけ連綿と続いている。柱の間からたっぷり陽光を取り入れる仕組みとなり、静謐な雰囲気を醸している。

 アベラルドは闇の神殿から転移陣を踏んで、インカンデラ国都カノーヴァへ移動した。

 光のカーテンが収まった後、現れ出た聖教司の姿を見て、転移陣の間に控えた者たちが一斉に膝をつく。

 一人が素早く立ち上がって先ぶれに立つ。

 案内の者に誘導されて通された部屋に、すぐに今日の面会相手がやって来た。

「快癒したと書簡は受け取ってはいたが、誇張ではなかったようだな。いや、良かった」

 リベルトは立ち上がったアベラルドのすぐ傍に行き、顔色を眺め、肩を軽く叩いた。

「はい。シェンシ様が煎じて下さいました薬が素晴らしい効き目をもたらしました。他の幻獣様からも頂いた野菜や果物も大いに助けて下さいました」

「だからだな。以前よりも精気に満ち溢れている」

 からりとした笑顔が真剣味を帯びる。

「翼の冒険者らは我ら魔族を救う特効薬を開発して下さった。そして、全員に行き渡るほどの量を下賜された。まさしく、国民の命の恩人だ」

「まことに。ご存じですか? 特効薬は効き目があるせいか口当たりが良くないもので、魔族の子らが服薬しやすいように味を整えられて下さったのだとか。幻獣様方で喧々諤々、意見を出し合って味の改良をされたのだそうですよ」

「そうか! レンツ様は良くそちらの神殿へ来駕されるようだな?」

 その時に様々に話を聞くのだろうとリベルトの笑顔に明るさが戻る。

 アベラルドにイスを勧めて自分も腰かけた。

 リベルトは侍女が配した茶を飲みながら、だからなのだろうと思う。地位に固執しなかったアベラルドが変心したのは。

「ようやく引き受けてくれたか」

「ええ。再三お断りしていたのに、条件をつけた上でお受けして済みません」

「なに、闇の君の生辰を魔族みなで祝いたいという、黒白の獣の君のお優しい気持ちだ。これほどやり甲斐のある事業もあるまい」

「本当に、何とお優しく数多を癒し得るお気持ちか」

「我らの祭りに参加したいというささやかなご希望を叶えることができるなど、幸せ以外の何物でもない」

「では、もう一つ、幻獣様たちの願いを聞き届けて下さいますか」

「無論だ」

 内容を聞かずに受け入れる国王にふと笑う。

「幻花島に陛下をご招待したいそうですよ」

「まことか!」

「その際、大きくなられたネーソス様がお運びして下さるそうで、その代わり、ネーソス様も陛下の頭の上に乗せて欲しいそうなんです」

 アベラルドの言葉に、リムがリベルトの頭に乗ってユルクと似ていると言ったことを想起する。あの柔らかく温かい感触、この上ない栄誉は忘れようもない。

「おお、ユルク様と比べるのだな。ガルシンの国王に恨まれそうだな!」

 そんなことを言いつつも嬉し気だ。

 ニカを要するガルシンの国王とは国交が太く繋がり始めている。偉丈夫のリベルトの姿に驚いていたが、リムがユルクの頭と同じと言っていたと話すと羨ましそうにしていた。ニカで大活躍したユルクとネーソスのファンなのだそうだ。

 リベルトとアベラルドはあれこれと祭りのことについて語り合う。

 ひっそりと闇に潜むようにして生きて来た魔族が幸せになるための船出に乗り出したこと、こんな思いもよらない未来が待っていたこと、それを迎えることができた僥倖を二人して噛みしめた。



「闇の君の誕生を祝う祭り?」

「おお! そりゃあ、良い!」

「全力で用意するぞ」

「その祭りなんだがな、変わっているのが仮面をつけるんだって」

「仮面をつける?」

「そうなんだって」

「闇の上位神みたいなのか?」

「そう。かの君らは人の身を捨てた際、仮面をかぶった。だから、仮面をかぶるというのは違う存在になるってことなんだってさ」

「無礼講ってことかな」

「それはそうなんだけれどさ。俺、すごいことを聞いたんだ」

「もったいぶらずに早く言え」

「何でも、あのアベラルド様が大聖教司の位に就かれるんだってさ」

「おお! めでたい!」

「それが祭りとどう関係するんだ?」

「新しい大聖教司様が陛下とともに仮面祭りを主催されるんだと」

「なるほど。闇の君の誕生祭だ。陛下と大聖教司様とでないと執り行うのは難しいからな」

「俺はもっとすごい情報を掴んできたぜ! 何と、祭りには黒白の獣の君や幻花島の幻獣様たちが参加されるって」

「それだ!」

「どれだ!」

「新しい大聖教司様は幻花島の幻獣様たちと仲が良いって言うじゃないか。公開処刑の時も助けに現れたって」

「俺たち魔族にとっちゃあこの上なく有難いことだ」

「「「「……」」」」

「いやあ、どんな性悪だって口を噤んで目を閉じて感謝を捧げるってもんだよなあ」

「うん? それって俺らのことか?」

「俺らだけでなく、どんな魔族でも、っていう意味だ」

「それでだな。大聖教司様が仮面祭りを主宰されてるんだ。仮面をつけたら正体を詮索しないように下知されたそうだ」

「なるほど! つまり、仮面をつけた幻花島の幻獣様たちのことを分からぬふりをしろってことだな!」

「あれ? ということは、一緒に祭りを過ごせるってことか? 話したりなんかもできたりして」

 沈黙の後、誰かが唾を飲み込む音が大きく響いた。

 自分たちの国や祭りに幻獣たちが興味を抱き、来駕の栄誉を受けるのだ。

 国王は魔族の国民に二者択一の選択肢を迫った。

 幻獣を幻獣だと認識できなくされるか、完ぺきな演技で分からない振りをするか、である。

 魔族たちは即座に後者を選択した。

 幻獣たちに会える。

 自分たちの街で楽しんで貰える。

 そのチャンスをみすみす逃すなど、翼の冒険者が提示した幸せになるというのを放棄しているも同じだ。

 その意気や善し、と国王は満足げだ。

 魔族の国はこの上なく活性化し、主要都市は美しく整備され建築や補修、外装工事から始まって隅々まで清掃を行い、花壇や街路樹を整え、街を飾る計画が立てられた。



 シアンはディーノから話を聞いて仰天した。

「インカンデラで深遠の誕生日会、ですか?」

「はい。魔族を挙げて執り行うので、翼の冒険者のみな様をご招待したいと陛下より伝言を奏上させて頂きます」

 下位神になっても国王の尊称を使うのか、まだ自覚が薄いのかと思考が逃避する。なお、島の窓口はこれからもディーノが担ってくれるそうだ。

『魔族としての誉れ!』

『何を置いても』

『万障繰り合わせて参加しましょうぞ!』

 わんわん三兄弟が四肢を踏ん張り決意を籠めた表情で宣言する。

『魔族たちもね、きっと深遠に生まれて来てくれてありがとう、って思っているから、魔族たちも一緒にお祝いしたいの!』

「魔族のみなさんも?」

 リムが眦に力を籠めるのに、そういえば、以前もそんなことを言っていたなと思い出す。

『うん! 魔族たちはね、今、生きるのをいっぱい楽しもうとしているって聞いたの。だからね、楽しいお祭りをするの! それがね、深遠、おめでとうっていう日ならぴったりなの!』

 少し前まで息を潜めるようにして生きて来た魔族たちが生を精いっぱい生きることにした。楽しむことにした。闇の精霊を祝う日、その日を楽しむのと合わされば丁度良いというのだ。それに、誰よりも闇の精霊の誕生を祝う気持ちが強いだろう。

「ああ、それは良いなあ。ただ、魔族全員を巻き込むことってどうなんだろう」

 規模が大きすぎて想像だにできない。

『そこはそれ、国王と新大聖教司が主催すると決まったのです』

『新大聖教司?』

「アベラルド様がこの度着任されることになりました」

「そうなんですね。おめでとうございます」

『おめでとうなの?』

『とてもめでたいことでござりまするよ』

「闇の君の生辰祭は一大行事。着任後の第一の催しとしてはこの上ないものです。そのアベラルド様が尽力して参加者は仮面をつけるように執り行ってくださいました」

『仮面!』

「うーん、でも、仮面をつけても体は丸見えだから、リムだって分かるんじゃないかな」

 言いにくそうに、しかし、明言したシアンに、リムはがあん、と音がしそうなほど衝撃を受け、その後消沈する。

「いいえ、分かりません」

 ディーノがきっぱりと言い切った。

「えっ? そうなんですか?」

「はい。それで、ぜひとも、こちらの島の幻獣様たちも招待させて頂きたいと大聖教司様並びに陛下より承っています。特効薬や物資でお世話になりましたので、ぜひにと」

 何となく、シアンにもアベラルドの気持ちが分かった。仮面祭りにすることで幻獣たちにも参加させてくれようとしたのだ。仮面をつけたリムに知らぬふりをして合わせてくれていたのと同じだ。

 ならば、行かないという選択肢はない。

「それでは、伺わせて頂きます」

『わあ! お祭り!』

『良かったね、リム』

『仮面祭りでするか』

『みなでお祭りでござりまする!』

『我らも仮面をつけるのでするか!』

『リムはどうして仮面をつけたら分からないと思ったのにゃ?』

『魔神は人の身を捨て、仮面をつけて神になったと言っていたもの。だったら、仮面をつけることで、前身を隠すということだもの』

『なるほど!』

『それでか』

『人の身を捨てて神の高みに至ったこととは次元が違うような気がするけれど』

『でも、魔族になら通用するのでは?』

『そうかも』

『もう、それで押し通しましょう。幸い、アベラルドや国王も協力してくれるそうですし』

『島の食材も渡しておこう』

『……』

『ネーソスも仮面をつけてみたいの?』

『意外!』

『じゃあ、どうせなら、色んな仮面を作ってみよう!』

 ユエは仮面作りに乗り気だ。

『シェンシ、カラン、きゅうちゃん、手伝ってね』

『みんなでどんなものが良いか考えよう』

 一部の幻獣たちは盛り上がった。前にリムの仮面を作った際、とても楽しかったと記憶している。楽器を手にした時と同じ調子だ。

『あ、そうだ。みんなで演奏しよう。聞いてもらおう!』

 楽しそうな様子にシアンも心が浮き立ってくる。

「リベルト陛下とアベラルド大聖教司様にもお礼をお伝えください。それと、もしよろしければ、お祭りに差し入れをしたいのですが」

「ありがとうございます。みな、喜びますよ」

 どんなものを差し入れるか、ディーノとセバスチャンと相談した。

 よくよく考えてみれば、セバスチャンは前身は上位神でディーノは現在下位神だ。どちらも有能でシアンを助けてくれる。有難いことだった。




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