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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
597/630

57.誕生日会(本番編2) ~ぺったんこ!/慌てての巻~

 

「ふふ、リム、沢山食べたねえ」

「キュア!」

 リムの腹は常よりもふっくらしている。つい撫でると、少しくすぐったそうにするくらいで嫌がっていない風である。

『シアンもいっぱい食べた?』

 言いながら、リムがシアンの腹に小さな前足をひたりとつける。良く両前脚を揃えて体を支えている姿を見るが、こんな時にも両前足をつけるのだな、と妙な関心をしているシアンを他所に、リムがはっと息を呑んだ。

「リム?」

 尋ねるも、リムはシアンの腹をぺたりぺたりと触ることに忙しい。何だろう、と思ってくっきりと分かれたピンク色の指を腹に当ててくるのを眺めていると、やがて、ばっと音がしそうなほどの勢いで振り仰いで一言。

『お腹がぺったんこ!』

「ああ、そう言えば、料理をお出ししたり食器を下げたりするのが忙しくて食べてなかったなあ」

 シアンからすれば、忙しさにかまけて食べていなかった、程度のものである。下げた食器は幻獣たちが交代で洗ってくれたので、そう手間はなかった。

 しかし、リムは違った。

 よろりとよろけ、こてんと地面に横倒しになる。細長い柔軟なからだがくてんと弧を描いて横寝する。顔だけはシアンを振り仰いだままだ。その表情は驚愕に彩られていた。短い四肢が投げ出されている。

「リム、大丈夫?」

『どうしたの、リム』

 ティオがシアンの言葉を聞きつけて近寄って来る。

『シアンが、シアンが!』

『え、シアンがどうかしたの?』

『何? 何かあった?』

『……』

『みんな、集まってどうしたのかにゃ』

 リムの悲痛な声に幻獣たちがわらわらと集合する。

『シアンのお腹がぺったんこなの! 何も食べていないって!』

『『『『それは大変だ!』』』』

 幻獣たちは一斉にシアンを見た。

 あんなに美味しい料理を味わっていないなんて。頑張って作った甲斐があったね、精霊たちや神々が喜んでくれると良いねと幻獣たちで笑い合って食べていたものを。お腹いっぱい、幸せいっぱいになっていたと思っていた。それをシアンだけが分かち合っていなかった。

 何ということだ。

 あってはならないことだ。

「だ、大丈夫だよ。今から食べるから。気にしないで」

 幻獣たちの剣幕に内心おののきながら、シアンが宥めようとする。

『セバスチャン! シアンのお腹と背中がくっついちゃう!』

 シアンの背中とリムの腹がくっつくのは良くても、シアンだけの背と腹が狭まるのはいただけない。

 有能な家令はすかさず現れ、手に持った湯気が立ち上る料理をリムに差し出す。

『シアン、これ! これを食べて!』

 懸命な表情でキュアーと口を開けながら匙で料理を掬って食べさせようとする。

『これも』

 ティオが九尾に焼肉を皿に盛らせ、差し出して来る。

『こっちも美味しかったよ』

『……』

『あ、わたくしも、ネーソス様と同じく、そちらの料理を美味しく頂きました』

『わ、我らも、料理を取ってまいりまする!』

『しばしお待ちくだされ!』

『行ってまいり……きゃあっ』

『慌てると危ないの』

『そうにゃよ。わんわん三兄弟はここで待っていると良いのにゃ。シアンに何がどんな風に美味しかったか教えてあげると良いのにゃよ』

 流石に目端の効くカランはユエの言葉を受けて上手にわんわん三兄弟が歩き回らないように誘導する。

『我がもっと獲物を狩ってこようか?』

『料理は十全にあるゆえ、まだ良かろう』

『そうだねえ。ベヘルツトも美味しかった料理をシアンに教えてあげるのはどう?』

 鸞に同意した麒麟の提案に、一角獣が嬉し気に地面を蹄で掻く。

 さて、放置された精霊たちと神々と言えば、シアンと幻獣たちとがわいわい賑やかにしているのを、楽し気に眺めていた。無論、一部の神は陶酔していた。



 楽しかった会はお開きとなり、名残惜し気に招待客は帰っていく。

 神々のうち、やはり魔神たちが最後まで粘った。

 闇の精霊の姉が彼らに婉然と笑う。

『褒めて遣わす』

 大上段な物言いがまさに様になる。思わず跪き、褒辞を恭しく頂戴したくなる風情だ。魔神たちは一斉に額づいた。

『ほめてつかわすってなあに?』

「よくできました、よく頑張りましたって褒めることだよ」

 闇の精霊と魔神のやり取りを眺めていたリムが問い、シアンが答える。

『リム様にも褒めて頂けるよう、今後とも精進いたします』

 魔神の一柱がにこやかに言う。

『ううん。ぼくはお礼を言うね!』

『よろしいのですよ、お礼など』

『でも、お礼じゃないと、ぼくはシアンと一緒の側にいられなくなっちゃうから』

 シアンは息を飲んだ。

 リムは二柱の精霊の加護を得た世にも稀な幻獣だ。褒める側に立ってしまえば、シアンとは全く違う立ち位置となる。

『シアンもティオもね、して貰ったことにはちゃんとお礼を言うんだよ。ぼくも一緒!』

 ティオと顔を見合わせて微笑むリムにも、魔神たちは頭を下げた。

『今日はありがとう、シアン。生まれてきたことを他者から寿がれることがこれほど喜ばしいなんて初めて知った』

『実にその通りだわ。稀輝と共に味わったチョコレートの美味しいこと』

 銀色の光の精霊は闇の精霊の姉とは仲が悪く、アダレードでは一時も同じ場所に居たくはないという風情だったが、今は鼻を鳴らしてそっぽを向きつつも、姿を消そうとはしない。

 気に食わない者でも共存を許容するという非常に困難なことを覚えたのかもしれない。

 光の精霊は自分と闇の精霊にしか興味はなかった。

 闇の精霊の片割れが苦しんでいるのを見ていて、どう励ましても何ともすることができなかった。

 そんな彼を、シアンが救い出してくれた。契機を得ても、また同じところに戻ってしまったり、後退ったり、足踏みしている彼に、それでも良いのだと笑った。行ける時には一緒に色んな景色を見ようと伝えた。分かち合おうと。

 それで、闇の精霊は救われた。

 一歩踏み出す勇気を得た。

 自分を認める気力を得た。

 光の精霊はシアンが好きだ。尊敬してもいる。

 そして、大地の精霊と協力してシアンたちが好む農作物が良く育つようにしたり、それにシアンが手を加えて自分が好きなものを作って貰ったり、風の精霊の助言通りにしたらシアンが喜んだりしたことが嬉しかった。そうして、他の存在と交わるようになって、色んなことを経験した。

 水の精霊に笑われるも、当の水の精霊もシアンのために何かしたくてうずうずしている。

 独りでまい進していた眩しい途を、シアンと、他の者たちと行く。その道行きは稀なほど輝かしく鮮やかに変じるだろう。

 そして、新しい世界へ進んで行くのだ。

 殊の外、心が弾むことだった。

 精霊が活発になるということは世界が活性化し、魔力が遍く行き渡るということだ。

 世界は黎明期から活性期へと移行しつつあった。




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