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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
596/630

56.誕生日会(本番編1)  ~新しい遊び/あーん/変神どもの/魔族公認聖域/ちょっとだけね!/ナイスガイ~

 

「みなさん、お越し頂きありがとうございます。今日はここにいる深遠と稀輝の誕生を祝う会です。料理も沢山作りました。お口に合うと幸いです。楽しんでいってくださいね」

 銘々、料理や酒、会話を楽しんだ。

 精霊にはよく振る舞っていたが、神々にはどうかと一抹の懸念を抱いていたが、物珍し気に、美味しそうに食べていたのを見て安堵する。

『シアン、ケーキは?』

 光の精霊にせっつかれ、シアンが取りに行こうと立ち上がる間もなく、セバスチャンが恭しく運んできた。

『お誕生日のケーキにはね、蝋燭を立てるんだって!』

『こんなに綺麗なケーキの上に? 勿体ない』

 恐らく九尾の入れ知恵であろうリムの言葉に、光の精霊が断固拒否した。

 それもそうかとリムが頷く。

「じゃあ、こうしようか」

 皿に溶けた蝋を垂らし、その上に蝋燭を立てた。

『立った!』

『わあ、綺麗!』

『良い香りがする』

『上質な蝋燭だな』

 幻獣たちが皿に鼻先を近づける。

「それにしても、良く蝋燭を準備できたね」

『うん! セバスチャンに相談して、魔神に作って貰ったの』

 神が作ったものだった。

 シアンの笑顔が引きつる。

 魔族の人知を超えた力を有した者が魔神と呼ばれ、これが闇の神となる。魔族は神を排出する種族だ。そういう意味では確かに人外で異能を持つと言える。

『深遠、稀輝、ふーって息を吹きかけて、蝋燭の火を消すんだよ。ぼくがね、辺りを暗くするからね』

 部屋の電気を消すとでもいう気軽さでリムが言うのに、二柱の精霊は首肯する。

 と、周囲が薄暗くなる。快晴の昼下がりだったのが、突如、宵になった。蝋燭の火が映える。

「えっ……」

 シアンは驚愕して周囲を見渡す。一部の幻獣たちも驚きを隠せないでいた。ティオは泰然としていており、シアンと視線が合うと、ひとつ頷いた。

 精霊たちがリムに言われた通り、蝋燭の火を消した。

 途端に、元通りの明るさが戻って来る。

 とすれば、これはリムが行ったのだろうか。

 流石は光の精霊と闇の精霊の加護を持つドラゴンというべきか。これほどまでのことができるとは思いもよらなかった。

 そのリムはと言えば、光の精霊に遊んで貰って実に楽しそうである。シアンができない遊びを代わりにやってくれたのだ。

『仲の良い者同士、手を繋いでくるくる回り合うんだって!』

「お花畑で?」

『そう! 後ね、波打ち際を追いかけっこするんだって!』

 シアンは目を輝かせて見つめてくるリムから視線を外し、九尾を見やった。

 両頬を引き上げて、実に楽し気に見返してくる。後ろにゆらりとティオが忍び寄ったのには気づいていない。

「ええと、僕がリムの前足を掴んで振り回す、という感じになるのかな?」

「キュア!」

 シアンはこのゲームで相当レベルが上がったが、リムの体を振り回す、ということがなかなかできなかった。暴力を振るうのではもちろんない。リムの体は強靭で、自分で飛べることができることも知っている。でも、体の構造上、短い両前足を持って回すということに、忌避感を抱く。痛そうだという意識から逃れ得なかった。

「キュア……」

 リムが残念そうに眦を下げる。

「ごめんね、リム」

『僕が代わりにやる』

 名乗りを上げたのは光の精霊だ。確かに、リムに負担をかけずに振り回せるだろう。綺羅綺羅しい風貌もシチュエーションを大いに盛り上げてくれる。

 ただ、彼は無表情が標準装備だ。

 表情のない繊細な美貌の持ち主が花畑で羽根つきオコジョをぐるぐると振り回す。なお、花畑はセバスチャンが丹精した庭の花壇で代用した。

『シュールな光景ですなあ』

 ティオの制裁で撃沈していた九尾が復活し、後ろ脚立ちして前足を腰の後ろに回してシアンと並び立つ。

「キュアッキュアッ」

「うん、でも、リムが楽しそうだから良いのかなあ。稀輝なら花畑の上に浮けるから、草花を傷つけることもないしね」

『お次は波打ち際で追いかけっこですかな』

「それはみんなできそうだね。あ、きゅうちゃん、リムに変なことを教えないでね?」

『はーい』

 片前足を高く掲げて、返事だけは良い子のものだった。

 なお、金色の方の光の精霊もリムを振り回したが、途中、手がすっぽぬけて小さな体が飛んで行った。すぐさま戻って来て、ぴっかぴかの笑顔で楽しかったからもう一回!と言い、腰が抜けるほど心配させたシアンを呆れさせた。

 その光景を、光の上位神が恭しく眺めていた。



「雄大はご飯ものの料理が好きでしょう? 色々作ったからね」

 ティオが器用に匙を嘴で挟んで口元へ持って行く。

 加護を渡したグリフォンに食べさせて貰って大地の精霊の孫娘はご満悦だ。

 驚いたのは大地の上位神である。

 大地の精霊に「あーん」である。

 それを見ていたリムは、魔神たちの前で、闇の精霊に向けて料理を盛った匙を向けた。

「キュアー」

 口を大きく開けて見せる。

『闇の君に……』

『『『あーん』』』

 闇の精霊は嬉しそうにリムに世話を焼かれている。

 大地の上位神は大地の太鼓が鳴らされた時、それと知った瞬間からそのグリフォンに注意を向けていた。余計な手出しはせずにずっと観察し続けた。

 あの気難しい大地の精霊から加護を得たティオとシアン、加護を得ていないのに何かと助力して貰っている幻獣たちを、大地の上位神は崇めている。

『お祝いの音楽!』

 リムがリリピピと歌い出し、シアンとティオが顔を見比べて伴奏を始め、その他の幻獣たちが愛器を構えた。

「折角だから、雄大、歌ってみる?」

 アダレードにいた時にもそう誘ったことがある。

『シアン、前に作ってくれた楽器を作って!』

 リムもそのことを思い出して、あの時の楽器をとせがんだ。

「うん、いいよ。英知、稀輝、手伝ってくれる?」

 祖父の方が顕現することでシアンの提案に応えた大地の精霊は、歌わされることに嫌そうではないが、やや恥ずかし気に笑う。しゃがれた声が力強く伸びていく。

 大地の上位神は驚愕で口が開きっぱなしだ。

 そして、腹の底からふつふつと笑いがこみ上げて来た。

 何ということだ。

 今までにないことが目まぐるしく起きていく。

 何より、大地の君が活気づき、楽しげだ。

『ああ……、大地の君の歌声と大地の太鼓の、何と心地よいことか』

 この地が恵み豊かなのもさもあろう。



 リムがティオの真似をしたように、光の精霊はシアンがリムの鼻を突くのを見て、自分もと思った。

 形の良い鼻先を向けられて、シアンは躊躇した。

 ひたと見つめられ、金色の美しい瞳に吸い込まれるようにして、つい腕を伸ばしてやってしまった。

 光の上位神は愕然とする。

 風の上位神はげらげらと笑う。

 炎の上位神は風の神を諫める。

 水の上位神は風の神に煩げに眉を顰める。

 大地の上位神はひたすら物陰からティオを眺めてうっとりしている。

 光の精霊は満足げに頷き、闇の精霊にもしてやってくれと言い出した。

「特にされたくないよね」

 言いつつ、闇の精霊を見ると何か言いたげな様子である。明確な言葉にならなくてまごついている。

 闇の上位神らははらはらと見守る。

 シアンはため息混じりに笑って鼻ちょんをした。

 はにかむ闇の精霊に、魔神たちはほっと息を吐く。

 九尾が面白い見物だとにやつく。

『夏草や変神どもが妄想の跡』

『お前、本当に勇気あるにゃ!』

 カランが目を剥いた。



「キュアァァァァ」

 シアンの肩に腕をかけた風の上位神にリムが威嚇した。

『おっと、そう怒るなよ。ちょっとくらい、いいだろう?』

『ダメ! シアンの肩はぼくのだもの!』

 シアンの肩から離れ、両手を自分の顔の側面に掲げて、敵意はないと意思表示する風の上位神に、だが、リムは目を怒らせたままだ。

 シアンは目前の二人よりも、背後の魔神らが起こすざわめきの方が気になった。

『花帯の君の肩……』

『肩は黒白の獣の君の……』

『決して何人たりとも犯してはならぬ』

『まさしく聖域』

 どんどん激化していく。

『きゅっ! 魔族公認肩縄張り!』

 九尾が実に楽し気だ。

「随分、大ごとになっちゃったなあ」

 対峙するリムと風の上位神、小さい方に向かって手を差し伸べる。

 掌に小さな前足を乗せて来たのに、そっと細長い体を両手で包んで持ち上げ、目線を合わせる。

「リム、僕の肩を深遠が貸してほしいって言ったらどうする?」

『深遠が?』

 小首を傾げて考え込む。

「うん、そう」

 魔神が音もなく硬直するのに気づかず、シアンが頷く。九尾が全身の毛を逆立てているのにも気づかない。

『むー……。ちょっとだけなら、いいよ』

 自分の胴を支えるシアンの指に前足をかけ、やや躊躇いながら言う。

「ふふ、そう。貸してあげるんだね。リムは優しいね」

 思わず笑みを浮かべたシアンに釣られて、リムも笑う。

「リムは深遠が大好きだものね」

『うん!』

『おお! あんなに固執していた肩縄張りを貸してあげられるなんて!』

 九尾が感激の声を上げる。以前、夏に幻獣みんなで遠出した際、ハプニングが起こり、シアンの肩にとりついたことがある。その際、リムに怒られた。情状酌量を訴えるも、聞き入れられなかった。

「それくらい、深遠が好きなんだものね」

『うん!』

 リムが胸を逸らしてふんす、と鼻息を漏らす。シアンに抱えられたまま。

『ちょっとだけ、ちょっとだけね!』

「ふふ、僕の肩はリムのだものね」

『そうだよ!』

『きゅうちゃんが崖から落ちたシアンちゃんを助けるために、不可抗力で肩に乗ったときは怒ったのに』

 九尾が茶々を入れる。カランが呆れた視線で物も言えないでいる。

『深遠は特別だもの!』

『私は特別?』

 眦を決して、憤然と言い切ったリムに、闇の精霊が唇を綻ばせる。

『うん。特別!』

 闇の精霊とリムは顔を見合わせてうふふと笑い合う。

 その一幕を、流石は闇の君の寵愛する幻獣、と滂沱の涙を流しながら魔神たちが眺めていたとか。

『えー、俺、当て馬っぽい?』

 風の上位神の肩をぽんと叩く者がいた。

 振り向くと、九尾が肩に前足を乗せている。逆の前足をぐっと突出し、小さな指を一本立ててみせる。

『それが人生だぜ!』

 きらーん、と口から垣間見えた牙が光る。風の上位神は人の生を歩んでいない。

『……あ、うん、ナイスガイ』

『その肩は世界最強のドラゴンの縄張りに付き、何人たりとも侵してはならぬ』

 炎の上位神までもが腕組みして二度三度頷いていた。

 しかし、風の上位神は懲りなかった。

 音楽演奏をいたく気に入り、褒めてくれたまでは良かった。

 再びシアンに迫り、女でなくともいっそ、などと戯言が出る段でセバスチャンが間に入った。両掌を肩に掲げて見せ、するりと後退するも、その先には風の精霊がいた。

『誠意を見せてくださいよ、誠意を!』

 にたりと笑いながら九尾が中空を自由に行き来する風の上位神を見上げた。

 風の精霊の眼前で土下座する。

『オウ、ジャパニーズ、ド・ゲ・ザ!』

 茶化す九尾に、青くなったのは炎の上位神だ。

 その性質上、どの属性の神よりも気にかけている。風の精霊に取りなすよう、シアンに詰め寄る。

『あれを見ても何とも思わぬのか。いと高き所に坐す神が額づいておるのだぞ』

「僕が強要したのではないのに? 頭を下げて傷つくプライドなどそちらの都合でしょう」

『何を! 人の子風情が生意気な』

 炎の上位神は激高し、他の上位神らは各々温度差はあるものの、おしなべて感心する表情を浮かべる。幻獣たちは今までもシアンの肝の据わった場面を見て来ている。

「貴女は分かっていない。どうしてあなたたちの都合で風の精霊の意思を変えることが出来ると思うのですか?」

『なっ……!』

『そこまでだ』

 炎の精霊に止められ、炎の上位神は後退した。

『済まないな、シアン。どうも俺たちは風の属性に関して冷静ではいられないんだ』

「はい」

 それを言われれば、シアンとて、馴れ馴れしくて距離感が近いものの、軽やかでどこまでも自由な風情の風の上位神を嫌いになれないでいた。風の精霊の叔母やイレルミと少し似ているせいか、親近感があるのだ。何物にも捉われず進んで行く、どこまでも広がっていく先を見てみたいと思わせる存在だ。

『取り乱しました。申し訳ございません』

 先ほどの剣幕はどこへやら、炎の上位神が丁寧に謝罪した。驚くべき潔さである。

『風の上位神もいい加減な振る舞いだけでなく、あれで仕事はきちんとこなすのです。部下の失敗を笑って許せる度量があり、その責任を自身が取る。だから、多くの者が彼を慕っています。その割に孤独で淡泊でもあります』

『ふむ。風の性質が顕著ですな。単なるノリが軽い御仁という訳ではなさそうです』

 九尾の暴言を炎の上位神は苦笑しただけで流した。隣で聞いているシアンの方が冷や冷やする。

 案外、風の上位神と気が合う九尾のことを認めているのかもしれない。



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