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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
595/630

55.誕生日会(開始前編)   ~ぷにぷに、ぽよぽよ/仲間~

 

 闇の精霊と光の精霊の誕生日会当日、シアンと幻獣たちは準備を終えて招待客を待っていた。

 精霊たちは六柱、庭に顕現している。

 神々の来訪を待つ間、ふと思いつき、シアンは闇の精霊に顔を向けた。

「ねえ、深遠。闇の下級精霊っていないの?」

『うん、いないよ』

「えっ……、そう、いないんだ」

 闇の精霊は慌てた。

 リムよろしく目を輝かせて尋ねてきたシアンに軽い気持ちで答えたら、潮が引くように輝きが失われていった。

『あ、あの、シアンは闇の下級精霊がいた方が良かったの?』

「ううん、そういう訳じゃないんだけれど、もしいるならどんな感じなのかなって。もしかして、深遠がたまに変化する黒い楕円形のぽよぽよしたのとかだったら良いのになあって思っていたんだ」

『あの黒いの? 気に入っていたの?』

「うん。あれのそっくりの姿かなって。小さいのとか大きいのとかいたら楽しそうだなって考えていたんだ」

『楽しそう! ぼく、あっちこっちにぷよぷよ飛び乗ってみたい!』

「リム、次々飛び乗られたら、勢いが加わって、痛いんじゃないかな?」

 いないものを実在すると仮定して話が進んでいる。

『ええと、じゃあ、代わりに私がたまにあの姿になろうか?』

「いいの?」

 嬉しそうなシアンの表情に、あんな姿の自分でも良いのか、と闇の精霊も嬉しくなる。

『ぼく、また、上に乗っても良い?』

 リムが期待に満ちた表情で闇の精霊を見上げてくる。

『うん、いいよ』

『深遠の上でぽよんぷよんしても良い?』

 恐らく飛び跳ねるまではいかなくともその弾力性を楽しみたいということだろう。

『うん、いいよ』

 上目遣いのリムは殊の外可愛い。闇の精霊は知らず唇を綻ばせた。

『わあ! 良いって!』

 嬉し気にシアンを見やる。

「良かったね。あの姿の深遠も可愛いものね」

 初めはリムが楕円形になった闇の精霊の上に乗るのを止めようとしていたシアンだが、大きくなったリムに乗られても大丈夫だと話したところ、納得してくれた。

『うん! それにすっごく面白い感触がするんだよ! ぷにっぷにで、ぽよっぽよなの!』

「ふふ、そうだよね。でも、それは魔神さんたちの前では言わないでおいてね」

『はーい! 深遠、ぷにぷに、ぽよぽよ、ぷにぷに、ぽよぽよ』

 言葉の響きが気に入ったのか、節をつけて歌うように繰り返す。

 シアンは魔神たちの手前、闇の精霊の扱いに気を使う風だが、あの姿をリムと共にとても良いもののように扱ってくれるのがくすぐったい。自分が自信を失った時の不甲斐ない姿だというのに、他の人にとっては良く見えているというのは不思議なものだった。

 そして、シアンの懸念を他所に、リムはしばらくそのフレーズをよく口にしたことから、魔人たちに伝わってしまう。

 知れ渡った時、リムが驚き慌てたが、シアンが宥めた。知られてしまったものは仕方がないとシアンとリムは顔を見合わせた。前者は苦笑し、後者は楽し気に笑った。

 楕円形の闇の精霊の上にリムが乗って足踏みする。丸く弧を描く尻から脚のライン、尾を振り振り、節をつけて歌う様は可愛い。

『闇の君がぷにぷに』

『ぽよぽよ』

『いかん、御二方ともお可愛らしすぎて……』

『胸が痛くなるほどのお可愛らしさ』

『不敬だが、心の底から同意する』

 リムは安心して闇の精霊の感触を力説したという。

『ぷにっぷにで、ぽよっぽよなの!』



「英知、今日は来てくれてありがとう」

『こちらこそ、お招きありがとう。炎の小鳥が差し出した招待状を見て心が躍ったわ』

 リリピピは風の精霊の下に歌を届けに長い空の旅をするが、物を渡したことはなかった。

「リリピピも遠い所を行き来してくれてありがとうね」

『炎の御方が御力をお貸しくださったので旅することができました』

 言外に、炎の精霊も闇の精霊と光の精霊の誕生を寿ぐ気持ちがあるのだという。

「ふふ。廻炎は深遠と稀輝の誕生日会を一緒に祝ってくれているんだね」

 闇の精霊はひとつ頷いた。

『リムのタンバリンを燃やしたから、向こう千年の間、冷下に置くことにすることで手打ちにしようと思っていたけれど』

『そんなのダメだよ! この世界に炎が存在しないと、料理できなくなるもの!』

 今日も、闇の精霊と光の精霊の誕生日会のために、みなで料理を作ったのだとリムが胸を張る。

『君たちがそれで良いのなら』

 闇の精霊は小首を傾げる。

『これでシアンたちが甘いものを作れなくならなくて済む』

 光の精霊が唇の端を持ち上げる。

 そんな風にして話しているうちに、神々がやってきた。セバスチャンが次々に庭へ招じ入れる。

 精霊たちは世界の属性の粋が極まった存在だ。人は風も水も大地も火も光も闇もなければ生きていけない。すべての要素が少しずつ混じり合って成り立っている。

 その各属性の上位に位置する神々もまた、個性豊かであった。

 水の上位神はたおやかでほっそりした体つきの美女だ。

 セバスチャンの後ろを歩いていたが、水の精霊を見つけてその足下に首を垂れる。

『内心は、水の精霊王の父御にお会いしたいんだろうね』

『しっ。言ってやるにゃよ。ああいう美人は自分よりも美しい者に跪くのは苦痛なのにゃ』

『水明はとても美しいからね』

『……』

『……?』

 ユエとカランが囁き合い、ユルクが我が事のように誇る一角獣の後ろに無言で隠れ、ネーソスが不思議そうな顔つきになる。

 セバスチャンに伴われた穏やかで落ち着いた風貌の大地の上位神が大地の精霊の眼前で膝を付く。

 他の精霊たちやシアンにも如才なく挨拶や寿ぎの言葉を述べる。そして、ティオの姿を見て眩しそうに目を細めた後、庭の端に移動する。木の幹の陰からそっと顔を出し、ティオの様子を眺めている。ティオが移動する度に、視線も動く。

『鬱陶しい』

 ティオが顔をしかめて短く断じる。

 風の上位神は爽やかな整った青年の外見をしている。

 案内するセバスチャンを追い越して、風の精霊、炎の精霊、と順繰りに挨拶する。

 炎の精霊に跪いた風の上位神に、九尾が茶化す。

『おう、どちらも風の精霊王に顔を踏まれた仲間じゃないですか!』

『これ! 止さぬか、九尾!』

 鸞が慌てて口をふさぐも、二柱とも複雑な表情をする。後に共に酒を酌み交わしながら風の精霊の素晴らしさについて語り合った。

 炎の上位神はセバスチャンの案内に従ってまずは主催者であるシアンに挨拶をし、主役である闇の精霊、光の精霊に寿ぎ、各精霊たちに挨拶をする。

 長い赤毛が渦巻きを作っている。武芸に秀でた硬い口調の男勝りな風情である。

 リリピピを見て嬉しそうに顔を綻ばせる。挨拶をする小鳥の羽をそっと撫でた。

 光の上位神は端からセバスチャンの後ろを歩く気はなく、我が物顔で庭へやって来ると、光の精霊に近寄って額づいた。

 次に、リムに向けて一直線に進んでくる。

『今日はね、稀輝と深遠の誕生日をお祝いするの』

『リム様、「ようこそいらっしゃいました」でござりまする』

『我らが招いたのでする』

『リム様の闇の君への挨拶をして頂きたいという気持ちは分かりまするが』

『光の神は光の精霊王とその縁の者にしか興味がないんだねえ』

 リムが眦を下げて言うのに、こっそりわんわんが耳打ちし、麒麟がしみじみと述懐する。

『そうだった! ようこそいらっしゃいました!』

『お招き有り難く存じます。無論、闇の精霊王にも後ほどご挨拶を』

 光の上位神は自分と光の精霊以外はどうでも良かった。最近、光の精霊が加護を与えるなどという絶後の仕儀に仰天し、その対象にも注意を向けるようになった。そのため、人の世に混乱をもたらしたが、どうでも良いことである。神は人とは価値観を異にする。

 シアンにもまた恭しく、会の最中に会話をすることもあった。

『他の属性と同じく、光もまた、中位神や下位神も存在しますよ』

「え、そうなんですか? 貴光教の方が唯一とおっしゃっていたのを聞いたことがあるので」

『思い違いも甚だしい』

 やはり、シアン以外の人間に関しては辛辣だった。



リムが用いる擬音は少し風変わりです。(4章参照)

そして、今明かされる事実、パート3。

光の神は光の唯一神ではなかったのです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] リムとシアンが求めた、というか喜びそうだからという理由で闇の下位精霊が生まれそう。 [気になる点] ■ 「英知、今日は来てくれてありがとう」 『こちらこそ、お招きありがとう。炎の小鳥が差し…
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