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天地無窮を、君たちと  作者: 天城幸
第十章
592/630

52.誕生日会(準備編1)  ~べしょっ/降参、しないもの!/やっぱり仲良し~

 

『誕生日会?』

 リムに喚び出された闇の精霊が初めて聞く単語だとばかりに繰り返す。

『そう! 誕生日会は生まれてきてありがとう、おめでとう、ってお祝いするんだよ!深遠、生まれてきてくれてありがとう!』

 言いながら、リムが闇の精霊にしがみつく。

「それでね、リムが沢山の人にお祝いしてもらいたいって。僕もそうしたいと思うんだ。深遠の誕生日会したいんだけど、どうかな? 美味しいものを食べて、音楽を楽しんで、っていういつもの宴会と同じ内容なんだけれど、皆で祝うんだよ」

『ああ……、私の誕生を寿いでくれるんだね。ありがとう。楽しみだよ』

 闇の精霊がリムとシアンの願いを断れるだろうか、いや、断れない。

『稀輝も同じ日に稀輝になったからね、深遠と一緒に誕生日会をするの!』

『そう、その日が私の特別な日。生まれてきて初めて良かったと思った日。綺麗な音を聴いて、音楽を楽しいと思った。美しいものを感じて、深遠という名前を貰った日。私が深遠になった始まりの日』

 シアンとリムは顔を見合せて微笑み合う。

『深遠も一緒に誕生日会の準備をしよう!』

「自分の誕生日会だけど、準備も楽しいと思うんだ。それにね、一緒に準備しながらわくわくした感じとかを共有するのが良いんじゃないかなって。リムや他の幻獣たちと誕生日会を作り上げることで、『生まれてきてありがとう』って気持ちがより伝わりやすくなると思うし、自分から『生まれてきて良かった』って感じられるんじゃないかなって思うんだよ」

『うん。ふふ、そうだね、楽しそうだ。準備というのは何をするの?』

「まず、出席してほしい人たちに招待状を送るんだ。後は料理を決めるんだけれど、深遠は何か食べたいものとかある?」

『ケーキ! お祝いのケーキ!』

 ぴっと前脚を上げ、リムが答える。

『ケーキか。リムの成獣の祝いの時にも食べたね。稀輝がとても好きだと言っていた』

「スポンジケーキに生クリームか。そうだ、リム。折角だから、イチゴの他にモモやブドウも入れて、フルーツケーキにしようか」

『リンゴは?』

「うん、リンゴも」

『わあ!』

『良かったね』

『うん!』



 神々への招待状についてはセバスチャンに相談することにした。魔神にならば鸞が文面を考え、幻獣たちで書いたことはある。それは初手から魔神たちが幻獣に非常に好意的であったからだ。

『他の神々も同じと思いますよ』

 九尾はそう言うも、人の身であるシアンからしてみればしり込みする。

 そこで、セバスチャンにアドバイスを貰いがてら、闇の精霊の誕生日を行うこととその準備の手伝いを依頼した。

『素晴らしい催しでございますね。わたくし、微力を尽くさせて頂きます。ぜひ、準備のお手伝いをさせてください』

 闇の精霊云々を抜きにしても、精霊公認の誕生日祝いなど、歴史的瞬間である。

『本当? ありがとう、セバスチャン!』

「お手数をかけますが、宜しくお願いします、セバスチャン。早速なんだけれど、招待状の文面はどんなものが良いと思う? 食事のメニューはいつものでも大丈夫かな? 会場は庭でと思っているんだ。テーブルやイス、テーブルウェアは特別なものを用意した方が良い?」

 シアンの疑問に、セバスチャンが次々に応えていく。

『セバスチャンがいればなんでも分かって早いですなあ』

『すごいねえ、セバスチャン!』

 白頭二頭が顔を見合わせて感心し合った。



 さて、料理としてケーキの他に、チョコレート菓子を作ることになった。

 甘いものが好きな銀色の光の精霊の他、珍しいものを好む闇の精霊の姉のためだ。

『主役二柱の御為ですから外せませんよね』

「色々試してみたいから、カカオを多めに取り寄せられないかな」

『それでは、蛙の王を喚びましょう』

 シアンは神を喚びつけることに違和感が拭えないが、セバスチャンがそれらを一手に引き受けてくれた。

 すぐさま駆け付けた蛙の王とセバスチャンは淡々とやり取りをするも、やはり、重厚な雰囲気が漂う。何しろ、彼らが敬愛してやまない闇の精霊の誕生を祝う会だ。

 しかし、幻獣たちにとってはいつもの宴会と何ら変わりないようだった。

「キュアー!」

 リムと九尾が喧嘩をした。それはままあることではあったが、いつもよりも激しいものとなった。

 セバスチャンと魔神たちの前でリムに敵意を向けられることの恐ろしさを、九尾は熟知していた。にもかかわらずリムを揶揄うことをやめない。いっそ見上げた心意気である。無論、蛮勇に類するものだ。

 リムが翼を使って縦横無尽に飛び、九尾が幻想魔法で目くらましをする。

 勢い余ったリムがべしょっとセバスチャンの胸に張り付く。

 飛び退った先にいたセバスチャンの胸に四肢で垂直に着地し、再び飛び出す。力加減は絶妙で、力強い動作は足場の強靭さを加味した上での仕儀だ。セバスチャンが容易に耐え得るものだった。

 リムは高度知能を持つ幻獣だ。激しい動きの最中、即座に着地点の強度を推し量り、大丈夫だと判断したからそうした。その場にある物体でより頑丈で自分の力に耐え得る対象に飛びついたのだ。

 つまり、リムが飛びついてそのまま力を利用して蹴りつけて飛んで行っても大丈夫だと判断したのだ。セバスチャンの胸を。

 胸から張りついたように見えて、上手く四肢を着き、その反動を活かして跳躍する。長く柔軟な首は大きく曲げられ、小さな丸い顔が全く別の方を向いている。その視線の先には九尾がおり、つい先ほどまでリムを揶揄って笑っていたのが一気に青ざめる。

 セバスチャンは珍しく目を伏せ、頬をほんのり染める。

 何故だ。

 セバスチャンと闇の精霊の誕生日会の打合せをしていた蛙の王が羨まし気な表情を浮かべる。ハンカチの端を噛みしめ「キーィッ」と甲高い喚き声を上げそうな風情だ。

 リムにべしょんと張り付かれたのが前者は嬉しく、後者は羨ましかったのか。

 セバスチャンが上げた視線は冷え冷えとしており、対する魔神の目線と冷たくぶつかる。

「リム」

 これ以上、被害を出してはならぬとばかりにシアンは声を掛ける。

「キュアァァァッ」

 シアンの声は届いているのだろう、しかし、止めてくれるなとばかりに九尾に向かってわざと威嚇の声を上げる。

『ひぃぃぃぃっ』

 九尾がすくみ上る。

 ならば、初めからやらねば良いものを。

『リ、リム、降参! 降参するから! きゅうちゃんが悪かったよ!』

『ダメなのー! 降参、しないもの!』

『それを言うなら降参を受け入れない、だよ!』

『たまには狐もリムから直接お仕置きされる良い機会だね』

 傍観者に徹するティオが漏らした。

 逃げ惑う九尾をリムが追撃する。本気を出したら秒殺なので、手加減はしているのだろう。

「リムが怒るのも無理ないよね」

 言いながら、後ろからそっと細い体を掴み、胸に抱える。ペクチンに似た働きをする何らかの成分はこの時も分泌された様子で、シアンの胸に細長い体をぴったりとくっつけ、丸い顔を上げて見やって来る。不満そうにへの字口が急角度になっている。

「ふふ。じゃあ、きゅうちゃんにお詫びに何をしてもらおうか?」

 怒れる世界最強のドラゴンに触れ、微笑みかけることができる人間がシアンである。

「……キュア?」

 そして、リムもまた、他の精霊や幻獣たちと同じく、この表情に弱かった。

「まずは、謝って貰わないとね」

『ごめんなさい。きゅうちゃんが悪かったです』

 この機を逃さじとばかりに九尾が即座に謝罪する。

「ほら、きゅうちゃんが謝っているよ。何をして貰おうか。リムが好きな料理を作るから、それの手伝い? それとも、何かの遊びを付き合って貰おうか。一緒に楽器の手入れをするのも良いね」

 そして、ちょんと鼻を突く。ピンクの鼻が蠢き、その下のへの字口が横長に広がる。

「ね、リム。リムは何が良い?」

『えっとね、うーんとね。料理はぼくも手伝う! 遊びもしたいし、楽器の手入れも!』

『もちろんですとも。やります。やらせてもらいます』

 ティオがしょうことない、と鼻息を一つ漏らす。いつもの仕儀だった。

 そうやって賑やかに騒ぐ幻獣に時折、気を取られながらも、セバスチャンと魔神たちの重厚なやり取りは続いた。



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